サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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無事トレセンに戻ったセキト。

そのトレセンには例のあの子がいるわけでして・・・。

あーあ、出会っちまったよな話、始まります。


再開と、再会の秋

『・・・随分久しぶりだし、これが最後になる、のか・・・』

 

脚の故障が判明してから3ヶ月近く。治療・・・と言っても屈腱炎らしいから、誤魔化しに他ならないのだけど。

 

それでも療養を続けた俺は、どうにかレースに出てもいい、というくらいには回復できたようで無事に美浦の馬房へと帰厩したのだが。

 

季節は回って、吹き抜ける風はすっかり秋の色。こりゃ、スプリンターズステークスには間に合いそうもねぇな。

 

・・・今日からが、俺の競走馬としてのラストシーズン。

 

泣いても笑っても、次にでるレースが最後。

 

年が明ければ、俺には第二の仕事が待っているだろうと太島センセイは言っていた。

 

いよいよ牝馬ちゃんたちと「うまぴょい伝説」をしなければならない時が迫っている・・・そう思うと気が重くなるが、それはそれ。

 

今は、最後のレースで全てを出し切るために集中する時期だ・・・っと。

 

相も変わらず敏感な耳が、隣の馬房に同族の気配を察知する。

 

『・・・誰かいるのか?こっちは・・・そうそう、マンハッタンカフェの部屋だったな、おーい!』

 

たしかそこはマンハッタンカフェの馬房だったなと思って、俺はその家主に軽い気持ちで呼びかけた。

 

ところが。

 

『あら?(わたくし)を呼ぶのは誰ですの?』

 

がさがさと音を立てて、怪訝そうに顔を出してきたのはマンハッタンカフェではなくて、むしろ正反対の白い毛並みをもった牝馬ちゃんだった・・・鼻先やたてがみは黒いから芦毛の子だな。

 

『(だ、誰だこの子・・・!?)』

 

一瞬ぎょっとしながらも、あぁ、そういえばこの時期、マンハッタンカフェは凱旋門賞に出るためにフランスへと飛び立っていたなと思い出して。

 

ならば空いている馬房を有効活用するなんでザラにあることだ。そう納得しつつ、そこまで考えが回らずに初対面の牝馬に馴れ馴れしく声をかけてしまったことを激しく後悔していた。

 

嗚呼、きっとこれからずっと俺はこの子に変態不審者扱いされ続けるのだ。そう思うと気が滅入る・・・!

 

『ご・・・ごめん!前そこに知り合いが入っていたからつい・・・!』

 

きっともう時すでに遅し、焼け石に水だろうが一応謝っておこうと謝罪の言葉を口にする。

 

これで少しは機嫌を直してくれるといいんだけど、と願う俺。

 

ところが。

 

俺を見るなり芦毛ちゃんはキョトンとした表情を見せて、その口から出てきた言葉に、俺は再び驚かされることになる。

 

『え・・・お兄、さま・・・!?』

 

ん?お兄様・・・だと・・・!?

 

思わぬ呼び方に面食らった後、いやいや、俺に芦毛の妹はいないはずだぞと冷静さを取り戻した俺は、芦毛ちゃんに何者なのか尋ねていた。

 

『お前は・・・?』

 

『まあ!お前、だなんて・・・酷いですわお兄様!このメジロマックイーンの娘の私を忘れたとは言わせませんわよ!』

 

成程、メジロマックイーンの娘。それで芦毛の馬体をしているのかとどこかずれた観点で納得しながら、どうやら俺とこの子はどこかで出会っているらしいというヒントは得られ。

 

しかしそれでもいまいちピンときていない俺の様子にしびれを切らしたのか、芦毛ちゃんは頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。口調の割に行動は幼いな・・・。

 

俺と、どこかで出会っている、芦毛のメジロマックイーンの娘。

 

相手がここまで豪語するのだ。かならず、きっと、どこかで・・・。

 

 

―「親父はメジロマックイーンで、今は黒鹿毛に見えるが、芦毛の牝馬や」―。

 

 

思考していると、ふと蘇ったのは薪場のおっちゃんの声。

 

そうそう、二年前、可愛らしいメジロマックイーン産駒の仔馬ちゃんと出会ったんだよな。どう見ても黒鹿毛なのに芦毛だって聞いて驚いた・・・って。

 

目の前で可愛らしく頬を膨らませているのも、芦毛の牝馬。

 

まさか。

 

『・・・あっ』

 

思わず漏れた声に、相変わらずそっぽを向きながらも芦毛ちゃんの耳が嬉しそうにぴこぴこと動いたのは見逃さない。

 

『・・・もしかして、あの時の、仔馬・・・ちゃん?』

 

『やっと思い出して下さいましたか!!お兄様っ!!』

 

恐る恐る尋ねた俺の声に、芦毛ちゃんはさっきまでとは一転して満面の笑みで喜びの声を上げた。

 

やはり、そのまさかだったようだ。

 

二年前、ほんの半月ほど一緒に過ごしただけに過ぎなかったにも関わらず、それからずっと俺を慕ってくれていたと思うとその健気さには涙が出そうになる。

 

というかそのお嬢様みたいな喋り方はなんなんだ、どこで覚えたんだ一体。

 

『あれからずっと、お慕いしておりました・・・ようやく、ようやく一緒になれましたわね、お兄様・・・うふふ・・・』

 

しかし、2年という月日は残酷だった。かつて純真に俺を慕っていた仔馬ちゃんの声は、嬉しさの中になにやら怪しさも含み始めていて。

 

というか、あれ?慕われている、というより最早これは想われている、というレベルのような・・・!?

 

それに少々たじろぎつつも、大きくなったんだもんな、お嫁さんになるって言ったらそりゃあそうだよな。と自分を無理やり納得させる。

 

けれどそんな情報をどこで覚えたのやら、このマセガキめ。かわいい後輩であることに変わりはないけど。

 

『あ、ああ・・・久しぶり、だな』

 

戦慄した感情を抑えつけて、再会を喜ぶ言葉を絞り出す。勿論それだって正真正銘本心からの本音だから安心してほしい。

 

『ええ、一体いつぶりかなんて、すぐには思い出せないくらいですわ。それでも、私はお兄様の事を忘れた日など、一日たりともありませんの』

 

『お、おぅ・・・』

 

なんてこった、長い間会えなかった反動もあるのかもしれないが、想われているというより、こりゃ、『重い』の部類に片足突っ込んでるわ。

 

けど、それよりも。

 

『ここにいるってことは無事、競走馬になれたんだな。えーと・・・』

 

『オスマンサス、ですわ!スーとお呼びください』

 

なんと呼べばいいのか言い淀む俺に、仔馬ちゃん改めオスマンサス・・・スーは元気よく言い放つ。

 

『そっか、じゃあ、スー。改めておめでとう』

 

『ふふ、お兄様からの祝言、ありがたく頂戴しますわ』

 

生まれたときには生きることすら危ういと言われたあの仔馬が、こうして無事に競走馬として門出を迎えたのだ、これを祝わずして何になる。

 

『しかし・・・立派になったな・・・』

 

だが、こうして見ると・・・スーの馬体は白い色も相まって随分大きく見える。500kg前後ってとこか?

 

他の仔より小さかった時。黒鹿毛にしか見えなかったあの姿を思い出すと、感慨深さと、生命のたくましさってものを感じずにはいられない。

 

・・・要するに。牝馬としてはデカいのだ。

 

『(でも、そんなに気にすることはないかな)』

 

メジロマックイーン自身が大きな馬体をしていたせいか、産駒にもその特徴が伝わることがあり、それでも結構お構いなしに走るんだよ。

 

ホクトスルタンとか、ディアジーナとかな。

 

『お兄様に相応しいレディになるため、私、頑張ったのですわよ?』

 

立派になったという言葉をそのとおりに受け取ったか、褒めて欲しそうに俺をじっと見つめてくるスー。

 

よくよく見れば、その瞳には少しばかり不安の色が見え隠れしている・・・ははあ。こいつ、慣れない土地に来て、新しい馬や人に囲まれて、寂しかったんだな。

 

で、ようやく見知った存在であり、長年思い続けてきた相手の俺を見て、こうして甘えて来ている。

 

その証拠に、俺を見つめる目は昔の、仔馬だった時代のクリクリとした愛らしいものから全く変わっていない。

 

・・・正直、このままだと競走馬としては難しいだろう。

 

けども、スーはまだまだ2歳。人間で言えば中学生くらい・・・生意気ながらも甘えたい、そんな時分。ならば時には甘やかしてやらないと、だな。

 

『・・・ああ、スー。君はちゃんとやれてるよ』

 

『まぁ・・・!』

 

ご褒美代わりに首を伸ばしてスーの首をグルーミングすると、彼女は顔を赤らめて照れていたが、嫌ではなさそうだ。

 

厳しいことや辛いこと。

 

そんなものはこれからいくらでも経験するのだ。ならば先に、それを耐えられるくらいには嬉しい思い出を作ってやろう。

 

そう思ってスーに構ってやっていると。

 

 

「やっぱり覚えていたか。二人共お熱いな」

 

「いいねぇ、実にいいねぇ」

 

いつの間にかやって来ていた太島センセイと馬口さんにバッチリその光景を目撃されてしまっただけでなく、仲の良さをからかわれてしまった。

 

『ッ・・・!?スー、すまん、ちょっとこれでおしまいだ』

 

『えぇ!?なんでですの!?』

 

あまりの恥ずかしさに、咄嗟にそっぽを向いてスーから顔を逸らす。

 

俺のグルーミングに鼻を伸ばして喜んでいたスーも、これには少しご立腹。すまんな、人間たちの前で堂々とイチャつくメンタルなんてまだ俺には存在しないんだ。

 

「あはは、セキト、ごめんねぇ。でもちょっとお出かけだから・・・」

 

・・・っと?馬口さんが俺に頭絡を着けた?どうやらどこかに出るみたいだな。

 

『ほいほいっと』

 

そのまま引き手を通して、馬栓棒とベニヤ板を外して。馬房の外へ一歩出た瞬間。

 

『お兄様!?どこへ行ってしまわれるのです!?』

 

「うわっ!?スー!?ごめんよ、ちょっと借りるだけ!ちょっとだけだから!」

 

また俺と引き離されると思ったのか、スーが大騒ぎし始めたのだ。

 

あまりの勢いに、なんにも悪くないというのに馬口さんなんか思わず謝っちゃってるし。

 

・・・まったく、この見た目ばっかり先に立派になっちまった中身仔馬ちゃんは。

 

スーはそのまま『お兄様と離れるなんて断固拒否しますわ!』とか『お兄様と私の愛は永遠なのですわ!』とか色々と喚いている。というかおいやめろ、そんな大声で騒いだら噂が厩舎中に広まっちまう。

 

ええい、このままだと埒が明かないな。恥ずかしいとか言ってる場合じゃない、俺がひと肌脱ぐしかないなと意を決して。

 

『こら、あんまりわがまま言っちゃだめじゃないか』

 

「あ、ちょ、セキトまで・・・」

 

『うりゃ!』

 

馬口さんを引きずるようにしてスーに近づき、その頬に口づけする。

 

「おぉー・・・」

 

それを目の当たりにして、感心するような、放心しているようなよく分からない声を出す馬口さん。

 

「青春だな」

 

至極冷静に頷きながらコメントするのは、太島センセイだ。

 

『(ぐぁぁぁぁ!やっちまった!恥ずかしいぃぃ!!)』

 

改めて俺のやった事を見返すと、どこのキザな男だって言いたいくらいには普段の俺からかけ離れているし、覚悟を決めたとは言え今すぐ叫び出したいくらいには無茶苦茶恥ずかしい!!

 

・・・でも、ほら、恥を押し殺して実行に移した甲斐はあったようだ。

 

『まっ・・・!?』

 

可愛らしい声を出して、途端に大人しくなるスー。俺のことが大好きみたいだからこうなると思ったんだ。

 

『大丈夫、すぐ戻るから。ちょっとの間だけ出掛けてくる。スーはいい子だから、待てるだろう?』

 

すかさず、囁くようにそう言い聞かせればスーは真っ赤な顔をしながらコクコクと頷いて。これにて調馬完了。

 

俺に対する気持ちを利用しているようで少々罪悪感はあるが、厩舎中にとんでもない噂を広げようとしていたのはそっちなんだからおあいこだと思うことにする。

 

あー、それにしても本当に恥ずかしかった。なんとか上手く行ってよかったよ。

 

 

『・・・ほら、大人しくなったぞ』

 

「セキト、ありがとう・・・君も隅に置けないねぇ」

 

『なんだよ』

 

なんだかニヤニヤとしている馬口さんにいじられながら、赤くなっているであろう顔を冷ますために深呼吸をしつつ厩舎の通路を歩いていった。

 

 

 

 

「はい、ここが目的地だよ、お疲れ様」

 

『ここは・・・装蹄所?』

 

しばらく引かれ続けた俺は、外に出て、今まで何度もお世話になった鉄の焼ける独特の臭いが漂う場所の近くに繋がれた。正直いい臭いじゃないからちょいとキツイ。まあ、ダメって訳でもないけど。

 

しかし、今になって装蹄?蹄鉄の交換時期的には納得だけど・・・と思いつつも、疑問符が浮かぶ。

 

そんな俺に馬口さんが俺の首を軽く叩いて言った。

 

「セキト。君のためにすごい人が来てくれたんだよ。装蹄してもらおうね」

 

すごい人?って一体誰だ?皆目検討がつかん。

 

首を傾げる俺の耳に、初めて聞く人の声が飛び込んでくる。

 

 

「おまたせしました。この馬ですか・・・早速始めますね」

 

『誰だ・・・な!?』

 

反射的にその男性を視界に入れた俺は、驚愕のあまり固まった。

 

おいおい。すごい、どころか物凄い人が来ちまってるよ。

 

何度も頭を下げる馬口さんに、「私なんかで良ければ、いくらでも力になりますよ」と朗らかに笑い。凄みなんて感じさせないその人は。

 

正に己の「思い」を形にして、それを競馬界に消えることのない「あるべき形」として刻みつけてしまった、そんな人。

 

『馬の・・・神様・・・!?』

 

今俺の目の前にいるのは、馬の神様。そう呼ばれて然るべき存在の、伝説の装蹄師だった。




なぜか感想欄で熱烈コールされていたこのお方、勢いにのって召喚しちゃいました。

「馬の神様」がセキトの脚に下す判断は。

次回更新は金曜日の予定です。
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