サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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我ながら前半と後半の温度差が凄まじい。

しかしトウカイポイントの流星はほんと一度見たら忘れられないクセ強流星ですね・・・。

この年の馬たちは一度は描写した馬ばかりで助かりました。


香港へのラストフライト

「・・・うん、これでよし。セキト、香港でまた会おうね」

 

『おう』

 

再入厩から、早2ヶ月。

 

生涯2回目の香港国際競走デーを二週間後に控えた俺は、千葉の競馬学校での検疫を終えて愉快な仲間たちと共に日本を経とうとしていた。

 

とりあえず、イカれて・・・はいないけど、今宵、狭苦しいストールでの一夜を共にするメンバーを紹介しようと思う。

 

 

『あれ、今年も一緒なんだね』

 

『おう、よろしく頼むぜ』

 

『うん、いいレースをしよう』

 

まずエントリーナンバー1番は、去年も一緒に香港へ飛んで、巷じゃ香港ジャック事件なんて呼ばれてる大快挙の一端を担ったエイシンプレストン。

 

今年は春先の香港で上げた一勝が唯一の勝利で、帰国してからのG1でも惜しい2着があったとか。ここは得意の香港でもう一花咲かせたいところだろう。

 

 

『なんや、あんさん、春以来やな!調子はどうでっか?』

 

『ぼちぼちでんな!・・・って関西弁で答えちまったじゃねーか!』

 

『そりゃあんさんの勝手やし、ウチは知らんがな!』

 

ナンバー2番、関西弁で喋るだけあって、案外ノリがいいこの馬は春の高松宮記念、出走メンバーの中で俺とショウナンカンプにしぶとく食らいついてきた芦毛のG1馬、アドマイヤコジーン。

 

俺と戦った次のレース、安田記念で見事に復活したそうで、そこからスプリンターズステークス2着、マイルチャンピオンシップの7着を挟んで香港の大舞台に挑む。

  

 

『あっ、あの、はじめまして!ビリーヴです!』

 

『おう、よろしくな。セキトバクソウオーだ』

 

ナンバー3番、自分から名乗ってくれたこの初対面の牝馬ちゃんはビリーヴ。今年に入って急に覚醒し、4連勝で今年のスプリント女王となったと言う。

 

つまり、先程のアドマイヤコジーンを押しのけてスプリンターズステークスを勝った張本人だ。年下とはいえ、その実力は侮れん。

 

 

『・・・誰?』

 

続いて、栗毛と先細りしながら右の方に流れた妙な流星が特徴的な・・・なんだこれ。牡馬でも牝馬でもない臭いが・・・そうかセン馬か!どうにもリアクションが薄くてやり辛い。

 

『そりゃあこっちのセリフだよ。お前こそ誰なんだ?』

 

初対面同士どう接していいかもあまり良くわからずに尋ね返してみたら。

 

『・・・聞いてるのは、こっち。早く教えて?』

 

なんて首を傾げるから、どうにも調子を崩してしまいそうになる。流星と同じで、相当な変わり者のようだ。

 

『ああもう!セキトバクソウオーだ!』

 

『ん。ボク、トウカイポイント。よろしく』

 

俺のほうが痺れを切らして先に名乗れば、栗毛の方もそれに習うようにして名前を教えてくれる。

 

・・・改めて紹介しよう。ナンバー4番、トウカイポイント。今年のマイルチャンピオンシップの勝ち馬で、あのトウカイテイオーの息子らしいから驚く他なかった。

 

それにしてもあの流星・・・どうなってんだよ。額の部分がまともな形なだけに、鼻先に向かうラインを一度見てしまったが最後、しばらく忘れられそうにない。遺伝子って不思議。

 

 

『バクソウオーさん!お久しぶりっす!』

 

『おう!元気にしてたか!?』

 

『勿論っス!!』

 

ナンバー5番、なんの変哲もない鹿毛の馬体ながらその身体に流れるバクシン魂と元気さは、サクラバクシンオーの血を引く兄弟姉妹の中でも随一といっていい爆速ホース、ショウナンカンプ。

 

香港の大舞台でも、また自慢の快速であっと驚かせるようなバクシンぶりを披露するのだろう。俺と同じくスプリントに出るって息巻いているから、今から再戦が楽しみだ。

 

 

『それじゃ、改めて・・・久しぶりな奴は久しぶり。それから初めての奴ははじめまして。セキトバクソウオーだ』

 

そして、ナンバー6番。このレースを最後に、現役から身を引くセキトバクソウオーこと、俺。巷じゃ現役最強スプリンターとか言われているらしい。

 

長期休養明けなのが不安材料、なんてことも囁かれているそうだが・・・負けるつもりは毛頭ない!

 

以上6頭が、今年の香港国際競走を制覇せんとする、チームジャパンである。

 

 

 

 

なんて息巻いてみたけど、一言で言うと・・・なんというか、今年もまた個性的な連中が揃ったな。

 

ステイゴールドみたいに気性面って意味での癖じゃなく、人の力では如何ともし難いところでの一癖二癖的な。

 

これは道中で面白い土産話の一つや二つが簡単に生まれてしまいそうだと心の中で苦笑いしていると。

 

『・・・あの、皆さん。せっかく集まったんっス、オレ、実はずっと皆でエイエイオー!ってやるやつに憧れてて・・・!ちょっとやってみませんッスか!?』

 

ほら、早速少々恥ずかしそうにしながらショウナンカンプがそう発言した。ほぉ、みんなで声を合わせて士気を上げるアレな。

 

『おお!聞いたことあるで!ニンゲンたちがようやる、皆で集まって、タイミングを合わせてエイエイオーってやるやつやな!?』

 

いいんじゃねえか?と思っていたら、存外にもアドマイヤコジーンがその話題に食いついていった。

 

どこで覚えたのかまでは知らんが、アドマイヤコジーンの認識は正にそれ。話の通じる相手がいたことでショウナンカンプのテンションは更に高くなっていく。

 

『そうそう、それっス!話がわかるじゃないっスか、先輩!』

 

『かーっ!その呼び方!ええねぇ!一度は言われてみたい呼び方ナンバーワンなんちゃう!?』

 

そんな2頭の楽しげな雰囲気に釣られたのだろうか、話を聞くばかりだったビリーヴちゃんもいつしか『いいですね!!やりましょうよ!』とノリノリになっていて。

 

『僕も、そういうのは嫌いじゃないよ』と言ったエイシンプレストンの目も、その内心はやりたくてたまらないといった風にきらめいていた。

 

『いいんじゃねぇの?』

 

俺としても、こういうノリ自体は好きな方だ。だからこそそう返してやれば、ショウナンカンプはより一層目を輝かせ、さらなる提案をする。

 

『バクソウオー先輩もそう思うッスか!?・・・あっ!どうっスか、皆さん、ここはバクソウオー先輩に声掛けをしてもらうのは!実績も充分ですし!』

 

『えっ』

 

いや、確かに肯定はしたけどさぁ。これはちょっと対応を間違ったかなと思いつつも、他の連中が『いいと思うで』とか『そうしましょう!』とか、『オッケー』とか、揃いも揃って認めてくれるもんだから・・・悪い気はしないな。

 

『そ、それでは音頭を取らせて頂きますが・・・』

 

なあに。前世で飲み会の幹事なんて幾らでもやったじゃないか。これくらいで士気が上がるならお安い御用だろう。そう思って俺もノリノリで音頭を取ろうとした時。

 

 

『ふぁ〜・・・』

 

実にのんきな、トウカイポイントの大きなあくびがストール中に響き渡った。

 

さっきまでの空気が霧散し、途端に静まり返る一同に、俺は思わず冷たい目線を栗毛のセン馬にやる。

 

貴様・・・何故、よりによってこのタイミングで・・・!

 

しかし、彼の馬はどこ吹く風といった感じで、またしても大きなあくびをかましている、まるで効果なし。

 

成程、こいつはまともに相手をするだけこちらが疲れてしまうパターンだな。そうと分かれば俺だって深追いはしねぇ。しぶしぶ視線を外すと、今更不思議そうにこっちを見やってきた。なんかもう色々と遅ぇよ。

 

それにしても・・・さっきとは一転して誰もが苦笑いしながらため息をつくような雰囲気になってしまったし、あー、もう。予想通り土産話が早くも一つできてしまったじゃないか。

 

『ちょっと、これから遠征だってのに、これじゃあ締まらないじゃないっスか、あんまりっスよー・・・』

 

皆の様子を伺えば提案者でもあり、やる気満々だったショウナンカンプが耳を倒して1番不貞腐れてる。そりゃあそうだろう。

 

台無しにした張本人に向かって文句の1つや2つを言いたくなる気持ちも分かる。けどな。

 

『んん?ボクには関係ないよぉ〜』

 

案の定、トウカイポイントは柳のようにそれをいなして眠そうな顔をするばかり。

 

『自分、そのマイペースさはある意味武器やで・・・』

 

『あはは・・・』

 

アドマイヤコジーンがそれに心底呆れたような様子を見せ、ビリーヴちゃんは最早笑うことしかできないみたいだ。

 

なにこの・・・なんだこれ。

 

一気に気が抜けるような出来事が起きて、もう、どっと疲れたような気がして、がくっと項垂れる。

 

参ったな、香港に到着するのはずっと先の話なのに。

 

『・・・僕から言わせてもらえば、こういうのって、あんまり気にしないのが得策だよ』

 

そんな俺に気づいたエイシンプレストンがそうぼそっと助言してくれる。流石香港大好き魔王、何度も海を渡っているだけはある。

 

『・・・そうしとく』

 

俺はそれに礼を言いつつ、しかしあの空気ブレイカーをどうにかできないかと考えて、考えて・・・いつの間にか、眠っていたのだった。

 

 

 

 

・・・不意に。目覚めた意識が、ぼんやりとしている。

 

しばらくぼーっとしていると、脚から規則正しいリズムの振動が伝わってくる・・・どうやら俺は今、走っていたみたいだな。

 

・・・どこを?なんのために?

 

戸惑っていると、どこからか最初は微かに聞こえてきた音が徐々に大きくなって・・・油断すれば飲み込まれそうな位に膨らんだこれは、歓声だ。それも、レースのときに向けられるような。

 

『はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・!?』

 

そして、なぜだか。呼吸が苦しい。

 

理解が追いつかないまま、俺の耳に鬼気迫ったジュンペーの声が突き刺さった。

 

「セキト!!頑張れ!あと少しだっ!」

 

あと少し?一体何が?

 

何もかもがわからないまま、無我夢中で走る俺にジュンペーのムチが入ると、脚元から深緑のターフが広がっていって。

 

気がつけば俺は、沙田競馬場の直線に居た。

 

『・・・!』

 

そうか。これは夢だ。と納得すると同時、大歓声の期待に応えねばという思いも沸き立ってくる。そういう筋書きなのだろう。

 

 

幸いにして追いついてくるような馬はおらず、このまま駆け抜ければ、俺が一番にゴール板を通過できそうだ。

 

そして、間近に迫るゴール板に自然と口角が上がっていく。

 

 

あと一歩で、有終の美を飾れる―。

 

 

そう思って、「右前脚」を強く踏み込んだその瞬間だった。

 

 

『ばきり』と。

 

 

何かが砕ける音がいやに大きく響き渡った気がした。

 

 

『あっ』と短く声を出す間もなく、支えを失った馬体がゆっくりと倒れていく。

 

それを切っ掛けにさっきまで俺の体重に耐えていたはずのターフがどろどろに溶けたかと思えば、風景までもがぐにゃりと歪んで、捩じ切れ、俺を飲み込んで。

 

『なんだっ、これ・・・!』

 

前に進もうとしても、まるで泥沼のようになった地面に脚を取られて、動けない。

 

それどころかバランスを崩して、頭から地面に突っ込んでいってしまう。

 

『(い、息が・・・!)』

 

なんてこった。これじゃあ息ができないじゃないか!

 

慌てて立ち上がる・・・とまでは行かないまでも、せめて鼻先だけでもと懸命に首を上へと伸ばすが、空気のある場所に届かない。

 

苦しい、苦しい、くるしい・・・!

 

ああ。酸素が足りなくなって。頭がまわらなくなって。

 

だんだんくらくなっていく。

 

まわりのけしきも、おれの、いしきも・・・。

 

 

 

 

『・・・さい!起きて下さい!バクソウオーさん!』

 

『ふあっ!?』

 

それからどれほど経ったのか。耳に聞こえてきたショウナンカンプの痛いくらいの声で、意識が急浮上して、そして目が開く。

 

あれ?俺・・・今、レースを走っていて、それで、脚を折って・・・!?

 

最後に見た光景とあまりに違う状況に混乱した俺は呼吸を乱したまま周りを見渡し。ここが香港に向かっている飛行機の中・・・ストールだということを確認すると、なんとか現実(こっち)に戻ってこれたと一息つくことができた。

 

そこから深呼吸を繰り返して、ようやく頭が冷えたところで一際大きく息を吸い・・・すぐにため息にして吐き出す。

 

『まったく、なんつー夢だよ・・・』

 

「引退レースで、骨折する」なんて。よりにもよって誰も望まない最悪のシナリオを夢に見るなんて。

 

夢ってのは、時に強い不安から悪夢を生み出すこともあるというが、ありゃなんだ。冷静に考えれば、芝生が泥沼になるわけないだろう。

 

だが、裏を返せば、俺は心のどこかではああなるのではと怯えている。通説を信じるならば、どこかに強い不安を持っているってことだ。

 

『(不安っつってもなぁ。俺に不安なんか・・・あっ)』

 

なにか思い当たる節はあっただろうかと、そう考えてところで・・・ああ、確かに。と気が付いてしまう。

 

よくよく考えてみれば、俺はみんなの期待に応えたい、なんて大義名分を掲げて。

 

もしかしたら脚が折れるんじゃないか。もしくは一生引きずるほどの怪我を負うのではないか。

 

そういった「不安」に蓋をしていたのだと。 

 

本番を前にして、今更ながらそんな情けない本音が吹き出して、溢れてきただけなんだと。

 

恐らく、最大のトリガーになったのは、十中八九マンハッタンカフェの引退だろう。

 

そして、俺自身が骨折の痛みを知っていたことも、原因かもしれない。

 

屈腱炎・・・正確にはそれ寸前の症状を抱えた脚で、本当に耐えられるのだろうかという恐怖と疑念もある。

 

 

・・・俺たち競走馬にとって、身近な存在を日常から急に奪い去る「故障」は、確かに恐ろしく、きまぐれで、何より無常で。抗いようのない現実だ。

 

しかし、それ以上に、そんな不安に押しつぶされそうになっていたという事実に・・・自分に腹が立つ。

 

 

「走りたい」と。

 

「もう一度やらせてほしい」と。

 

俺を案じて泣きじゃくる馬主(朱美ちゃん)に、そう望んだのは自分だろう。

 

それを今更、臆病風に吹かれて、やめたいだと?

 

 

『ふざけるな』。

 

 

心の中で怒鳴りつけるようにして、自分を一喝する。

 

折角ここまできたんだ。そんなこと、起きて・・・いや。起こしてたまるか。

 

もし、俺が起こすとするならば・・・「奇跡」の方だ。

 

 

けれど、そうやって自分を奮い立たせて尚、「やめておけ」とか、「死にたいのか」とか。

 

心の内側で一つ、また一つと零れ落ちるそんな言葉たちが、俺の気持ちを不安へと誘おうとしてくる。

 

『(やめろ、うるさい。どこかへ行ってしまえ!)』

 

それに苛立つままに持ち上げた右前脚を、ストールの床に強く叩きつけて、響き渡る快音と共にレースではなんの役にも立たないであろう弱い心を踏み潰す。

 

突然のことに驚いた周りの連中が一斉に俺を見るが、俺は最早そんなことを気にしてなんていなかった。

 

『(あれは夢、ただの夢。夢でしかないんだ!)』

 

恐ろしい。確かに恐ろしい光景だった。

 

だが、あれはただの夢だ。それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 

そう自分に言い聞かせるように首を強く振るって。悪夢を振り払おうとしているとショウナンカンプが恐る恐る、といった様子で話しかけてくる。

 

『バクソウオーさん、大丈夫ッスか。なんだか随分とうなされてたみたいですけど・・・』

 

心配そうな表情の中に、どこか不安そうな雰囲気も含んでいるのは・・・ああ、さっきの音で驚かせてしまったせいか。

 

そうと気がつけばちょっと申し訳なくなって。

 

『ああ、ちょっと悪夢を見ただけだ。さっきはすまん』

 

起こしてくれて助かったと言えば、その顔はパッと明るい笑顔に変わって、『そうっスか!』と俺の役に立てたことを喜んでいるようだった。

 

『ほら、バクソウオーさんも。そんな顔してちゃ勝てないっスよ』と、無邪気に話すその笑顔をぼうっと眺めていて・・・ハッとする。

 

ああ。俺は何をやっているんだ。

 

「故障」の恐怖と戦っているのは、何も俺だけではないというのに。

 

他の奴らにも『すまなかった』と頭を下げれば、強張っていたストールの中の空気がほどけていくのを感じる。

 

『あんさん、急に暴れ出すもんやから驚いたで〜』

 

のんきな口ぶりで気にするなと言ってくれたアドマイヤコジーンなんて、幾多の故障に襲われ、ようやく安田記念で復活したんだ。

 

『びっくりしたよ、いきなりどうしたの?』

 

穏やかな口調で心配してくれるエイシンプレストンだって、骨折を乗り越えて香港の王者になった。

 

・・・みんな、みんな。G1馬でも、未勝利馬でも。競走馬は、大なり小なり、自分の中にある不安と戦いながら走っている。

 

 

それが、当たり前。

 

 

今更そう理解して。

 

俺の心に、爽やかな風が吹き抜けたかと思えば、それが苛立ちを一片残さずさらっていく・・・丁度その時、ドン、と脚元から飛行機全体を揺らすような強い衝撃を感じて、とうとう着いたんだなと妙にスッキリした頭で思う。

 

 

『さあ、着いたみたいだぜ』

 

 

散るとしても、咲くとしても。

 

これが、正真正銘最後の舞台。

 

俺は、「今」の俺の出せる全身全霊で挑もう。と。

 

今年のフライトは俺の中にある思わぬ弱さと向き合い、そんな意志を固めた時間だった。




悪夢を乗り越えて、そして、最後の舞台へ。

次回更新は月曜日の予定です。
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