サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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春の天皇賞、ようやく本命サイドが強い勝ち方を見せ、長距離王が誕生しましたね!G12勝目のタイトルホルダーも、G1初勝利となった横山和生ジョッキーもおめでとうございます!

そしてスタート直後に落馬し、ゴール後大外のラチを飛び越えたシルヴァーソニックが脚をバタつかせた後に動かなくなった瞬間をみた時はヒヤッとしましたが・・・その後自力で立ち上がり、馬運車に乗り込んだ上で馬体は何ともないとのこと。こちらも人馬ともに無事なのが幸いでした。



馬主の嘆願、そして香港到着

それは、セキトバクソウオーを香港を最後に引退させると正式に決まった時から、少し後のこと。

 

「もしもし、天馬です・・・えっ、薪場さん!?」

 

自宅で時間を潰していた朱美は、思わぬ人物から電話を受け取っていた。

 

『どうも、天馬さん。少しセキトのことで話したいことがあるんやけど・・・』

 

その声の持ち主は、北海道はセキトの故郷・・・マキバファームの場長である薪場だった。

 

「セキタンのこと、ですか?」

 

セキトの引退が通知されたのは、まだ競馬関係者のみ・・・とは言え、生産した人物という意味で、立派な関係者である薪場は、それを知る数少ない人物である。

 

そんな薪場から、セキトに関することと言われ、一体何のことやらと首を傾げるしかない朱美。

 

イマイチピンときていない彼女であったが、そこに放たれた薪場の言葉は、要件を理解させるのに十分であった。

 

『引退したセキトをどこにやるかってのは・・・まだ決まっとらへんよな?』

 

「ああ!何件かお話は来てますけれど・・・いまいち決めかねていて・・・」

 

それは、セキトの引退後・・・種牡馬としてのセキトバクソウオーの身を、どこに置くかという話で。

 

『それで、その・・・ひょっとしたらなんやけど・・・もしかしたらウチに戻してくれへんかったりしないかな、なんて。ハハ・・・』

 

「セキタンを、マキバファームさんに・・・ですか?」

 

 

薪場の思わぬ提案に呆気にとられてしまう朱美。

 

無理もない、彼女が最後にマキバファームを訪れたのはセキト一歳の夏・・・四年も前のことであった。

 

その頃のマキバファームと言ったら狭くはないのだが小ぢんまりとした牧場といった感じ。とても種牡馬を持てるような所には見えなかったというのが朱美の正直な感想で。

 

『せや・・・ウチもセキトの活躍のおかげでだいぶ楽になってなぁ』

 

しかしそれはセキトが活躍する前の話。いまやG1三勝馬を出した名ブリーダーとなったマキバファームの名は一気に高まり、仔馬をセリに掛けてみれば、これが売れる売れる。

 

特に昨年主取りとなってしまったセキトの弟が一歳になってみれば見事な好馬体の持ち主へと変身し、高い評価を受けて取引されたのが追い風となり、牧場の財政にはかなりの余裕がある状況となっていた。

 

『今なら・・・今なら。場所も、金もある。なんだったら新しい厩舎も行けそうなんや!そこにセキトが引退するって話が入ってきたやろ?どうせなら牧場の名を上げてくれた恩馬に、恩返しをしてやりたくてなあ』

 

「恩返し・・・」

 

薪場のその言葉に、深く考え込む朱美。

 

そのまま考えて、考えて・・・。

 

長く続いた沈黙に。

 

 

『・・・天馬さん、少し聞いてくれまへんか。なしてワイがセキトを新冠に連れ帰りたいのか』

 

やがて痺れを切らした薪場が、己の心の内を語りだした。

 

マキバファームは、北海道の中でも新冠町という場所にある。ここで生まれた著名馬といえば古くは元祖アイドルホースのハイセイコー、感動の復活劇でお馴染みのトウカイテイオー、幾度となくG1に挑み、遂に高松宮記念を制したキングヘイロー等だ。

 

しかしトウカイテイオーの父シンボリルドルフは門別で繋養されていたし、キングヘイローの父ダンシングブレーヴも新冠にはいなかった。

 

そして、新冠にもスタッド・・・種牡馬を繋養する牧場がないわけではないのだが・・・その中でも知名度のある馬といえばオグリキャップと先のキングヘイローぐらいで、前者は種牡馬としては早くも失敗の気配があり、後者は未知数な新種牡馬・・・つまり、顔となる種牡馬がいないのである。

 

そんな新冠に、海外レースを含むG1を3勝したセキトバクソウオーを種牡馬として戻せれば。

 

新冠の馬産がもっと活気づくのではと。薪場はそう考えていた。

 

 

「・・・え、と」

 

それを聞いて尚、朱美は揺れている。

 

薪場の信念は、非常によく分かる。が、同時に、しっかりとしたノウハウのある大きなスタッドならば、セキトをしっかりと管理してくれるのではという期待もあるのだ。

 

・・・だが、セキトが種牡馬入りするに当たり、様々なことを調べていた朱美は、信じられない数字を目の当たりにする。

 

 

種付け頭数、223頭。

 

 

偉大なる大種牡馬、サンデーサイレンスの一年間における最高記録である。

 

更にはその影響で、期待を寄せられている種牡馬や既に実績のある種牡馬は3ケタを超える種付けも珍しくなくなっており、中には性格や体調に異変をきたす馬も出てきているという。

 

しかもサンデーサイレンス自身も、まだまだ活躍が期待される16歳の身でありながら夏が近づく頃には体調を崩しているとの報道がなされ、そして真夏の暑さの中、呆気なく亡くなってしまった。

 

なにも種付けばかりがその死の原因ではないだろう。しかし、如何に種付けが好きな馬であろうとここまで頑張らせたのでは、なにかしらの影響はあったはずだ。

 

もしも、大きなグループの種牡馬としてスタッド入りすれば、最高の暮らしと花嫁は確約される一方で・・・恐らく、その血を求めて殺到した種付けの数がセキトを苦しめることになる。

 

そうして再び考え込んで、朱美はふと思いだす。

 

 

「生まれ故郷に帰れる馬はほとんどいない」。

 

 

ならば、敢えてそのセオリーを打ち破り、懐かしい故郷でまったりとした余生を過ごさせる。

 

時代の流れに抗うかのような、そんな暮らしをしてもらうのも悪くはないだろう・・・と。

 

どうせ、種牡馬として成功するのは競走馬以上にほんの一握りの馬だけなのだ。

 

命を削ってでも子孫を残すよりは、細く、長く。健康なままでいて欲しい。

 

それが、朱美が引退後のセキトに望むこと。

 

 

「薪場さん。セキタンをマキバファームさんに戻す件、お受けします。けれど・・・」

 

『・・・ふむ、ふん、ふん・・・はぁ!?それはちょっと・・・あ、いやできないってことじゃあらへんけど・・・はぁ、仕方ないなぁ』

 

薪場を信用していないわけではないが、それでも確実に約束を結ばせたいのなら、契約を結ぶに限る。それが社会人として学んだ、基本戦略。

 

セキトの命と、心を守るために朱美は、薪場に幾つかの条件を持ちかけ。

 

薪場がそんな朱美の要求を呑んだことは、事実だった。

 

 

そして、時は流れて12月。真冬のマキバファームで騒々しい音を立てながらも完成の時を迎えようとしている真新しい厩舎を見守る薪場が、ふと呟いた。

 

「・・・しっかしあの嬢ちゃんも、なかなか思い切ったことをしよるなあ、『金は要らん、寧ろ出す。その代わりに最高の環境を』なんて・・・セキト、お前は果報者やで」

 

 

その足元には広々とした放牧地が広がり・・・それは、厩舎の一部と繋がっている。今は冷たい雪に閉ざされているが、春になれば土が顔を出すだろうし、そうなれば牧草だって生えてくる。

 

・・・種牡馬兼、功労馬としての特別待遇。

 

それが、朱美の望みを形にした「最高の環境」。

 

「ここまで用意したんや。香港でお陀仏なんてしたら許さへんで!セキト!!」

 

一頭の馬にかける場所としては破格の施設であるそこを見ながら、薪場は荒々しく叫んだのだった。

 

 

そして、その夜。

 

彼の馬、セキトバクソウオーとその一行を乗せた飛行機は、無事に香港の国際空港へと到着した。

 

 

 

 

大きな事故もなく香港へ到着した俺たちは、去年と同じく2頭一組で馬運車に乗り込んでシャティンへと向かうことになった。

 

『おー、お前と一緒か』

 

『はいっス!よろしくお願いします!』

 

ちなみに今年の相方はショウナンカンプ。よかった、これがトウカイポイントとかだったらめっちゃやり辛いところだったぜ。

 

どこから話を聞いたのか、ショウナンカンプは目を輝かせながらパンダやらキムチやらと話題を出してきたが・・・残念なことに俺ら、馬なんだよね。パンダには会えないし、キムチは食えないし。

 

それを教えてやったらあからさまに落ち込んでたから、悪いと思って『飼い葉の味は結構違うから楽しみにしとけ』って言ったらすぐに復活してきた。素直だなぁ。

 

 

さて、そんな彼となんやかんや駄弁りながら時間を潰し、競馬場へと辿り着けば、各々を担当する厩務員さんを傍らに馬運車を降りる俺たち。

 

それを出迎えてくれたのは、これまた昨年と同じく派手派手な格好へと身を包んだ(チャオ) 馬飛(マーフェイ)センセイだった。

 

「你好!ようこそ香港へ!」

 

『おう、久しぶりだな・・・ん?』

 

昨年と同じような趙センセイの挨拶に返事を返していると、戸惑うような声が耳に入って来る。

 

『・・・うそやん、この胡散臭い人が調教師の先生とか、大丈夫なんかいな?』

 

『・・・私も、そう思います』

 

予想だにしない容姿の人物に、アドマイヤコジーンは疑念を抱き、ビリーヴちゃんは半分思考を停止しているのが目に入った。

 

『・・・!?』

 

トウカイポイントまでもが目を見開いて、理解できないといった風に趙センセイをじーっと見つめて観察している。

 

あー、まあ。初見の奴はそうなるよな。俺だって去年はああなってたもん。そう思って苦笑いしながらメンバー中唯一、俺と同じく香港遠征の経験があるエイシンプレストンをチラリと見やる。

 

すると奴も困ったような笑みを浮かべつつ、『アレは・・・ああなるよね』と初香港組を温かい目で見守っていて。

 

「さぁ皆、厩舎に向かうネ!」

 

その時、元気よく放たれた趙センセイの号令に従って、俺たちは厩務員さんに引かれてぞろぞろと滞在厩舎へ向かう。

 

しかし、考えをまとめても、趙センセイのアレばかりはアレとしか言い表せん。歩きながらエイシンプレストンの言葉に同意を示す。

 

何しろ白スーツに金の指輪に、ネックレス・・・と、上から下に視線を移す中で、ふと気づいた。

 

なんか、貴金属の類が増えてね?前はあんなにギンギラしてなかったような気がするんだが。いや、してはいたんだけど。

 

ひい、ふう、と数を数えて・・・確信する。間違いなく増えてるや。特に首周りがすごくなってるんだけど。前はあんなエジプトのナントカ王みたいじゃなかったもん。

 

馬房に向かいながら見た限りは厩舎は相変わらず綺麗だし、センセイ自身が無理をしてるような雰囲気もないし・・・ってことは、厩舎経営が順調なんだなと俺には関係ない内情が垣間見えたりして。でも、安泰なのは何よりです。

 

 

他にも厩舎の塗装が新しくなっていたり、見知らぬスタッフさんがチラホラいたりと間違い探しのように去年との違いを探していた俺だったが、馬房に入った途端、唐突に真剣な顔で「セキト」と趙センセイが呼びかけてきたから、そちらに向き直す。

 

「聞いたヨ。今度のレースが最後なんだってネ」

 

当たり前だが、引退レースの話は太島センセイからしっかりと趙センセイへと伝えられていたようだ。

 

「脚のことも聞いたヨ、まったく、無茶をしすぎネ」

 

趙センセイはやれやれ、といった様子で、しかし直ぐに「でも、出るからにはしっかりと仕上げさせてもらうヨ、ラスト一戦、頑張ろうネ」と励ましてくれる。

 

『・・・ああ』

 

趙センセイの心遣いは、非常にありがたい。

 

しかし、そもそもこういう結果を招いたのは俺が身体を酷使したせいでもあるんだ。その事実が少し後ろめたくて、少々返事が遅れる。

 

 

・・・ところで、俺の引退レースの話ってのは、関係者各位によって慎重に話し合われ、取り決められたものだ。

 

当然、ここにいる馬たちがその話を耳にする機会なんて、俺が口を開かなければ無い訳でして。

 

『なんやて!?初耳や!あんさん、引退するんかいな!?』

 

特に驚きの声を上げたのは、アドマイヤコジーンだった。

 

『いやー、残念やわー、スプリント戦線は寂しいことになるやろなぁ。それに・・・その・・・あのな』

 

『おう、なにかあんなら早く言えよ』

 

それから急に悩むような、勿体ぶるような。怪しい素振りをしばらく見せていたから、早くしろよと急かせば、ようやくその口を割った。

 

『引退レースなのは、実は・・・ウチも・・・なんちゃって』

 

片目を閉じて、舌も少々出してテヘペロポーズも欠かさない・・・っておいやめろ。お前の年齢だとただのイタいおっさんだぞ。

 

まあ、それはそれとして。

 

『・・・お前もかよ!?』

 

俺もその場の空気に流され、思わずツッコミを入れてしまったが、そういえば史実のアドマイヤコジーンも、香港を最後に種牡馬入りしたんだったと思い出す。

 

『い・・・引退って、本当ッスか!?バクソウオーさん!?それにコジーンさん!?』

 

『え、え?お二方とも・・・引退しちゃうんですか?』

 

だが、2頭分の引退宣言をいきなり一気に聞かされた年下たちの衝撃度合いは俺よりよっぽど凄まじかったのだろう。信じられない、といった様子でこちらを見つめている。

 

『あれ、人間なの・・・?』

 

ちなみにトウカイポイントはまだ趙センセイを見つめて観察中。どんだけ気になってんだよ。もうしばらく無視でいいかな?

 

『・・・ああ、本当だ』

 

しかし、俺の引退に関しては随分と前に決まったことで、今更それを否定する理由も、隠す目的もない。

正直にそう応えてやれば、ショウナンカンプは戸惑うように尋ねてきた。

 

『何で・・・何でッスか!バクソウオーさん、オレよりも速くて、賢くて、頼りになって・・・本当に、すごい(ひと)なのに・・・どうして・・・』

 

話している最中で涙ぐんで、段々と声が声にならなくなっていくショウナンカンプ。

 

『(あー・・・これは・・・)』

 

まさかこうなるとは。素直に俺を慕ってくれているだけに、なんと返したら良いのか迷っていると。

 

『・・・だからこそ、なんじゃないんですか?』

 

そう言って助け舟を出してくれたのは。

 

『ビリーヴ、ちゃん・・・』

 

そう、ショウナンカンプが呼んだように・・・年下で、しかも牝馬のビリーヴちゃんだった。

 

『私達、毎日一生懸命走ってますけど・・・それは、そういう方を・・・その、優秀な方を探すためだと聞いたことがあるんです。ですから、セキトバクソウオーさんも、アドマイヤコジーンさんも、人間さんがそれを充分分かったから、「もう走らなくていいよ」って・・・そう言ってくれてるんじゃないのかなって』

 

その口から放たれたのは、ビリーヴちゃん自身が感じた、完全な持論なのだろう。さっきから何やら考え込んでいるようだったけれど、中々大人なことを言ってくれるじゃねえか。

 

『「走らなくて、いい」・・・?それはちょっと、考えたことなかったっスね・・・』

 

その考えに、ぽかんとした表情を浮かべるショウナンカンプ。まあこいつは素直な後輩のように見えて頭の中身はただのバクシンヤローだからな。今更「走らない」生活なんて考えられないんだろう。

 

それから。ビリーヴちゃんのその考えは、俺たち2頭に対しては正解と言える。

 

しかし、その一方で。「戦力外通告」としてそう言われる馬の方が圧倒的に多いという現実は・・・知らなくていいことだな。うん。

 

『なんかなぁ、ウチ、引退したら子沢山になるらしいねん』

 

『多分俺もそうだろうな』

 

けらけらと笑いながら自慢げにそう話すアドマイヤコジーンに乗っかる形でそう言えば、ほら。ショウナンカンプは『いいなぁー、俺もその内、自分の子供を見てみたいっスよー』と、いつもの明るさを取り戻した。

 

そうそう、その調子。

 

『そうしているのがお前らしいし、きっといい先輩になれるぞ』なんて言ってやると、更に笑顔が輝いて、それがなんとも愛らしい。

 

その後は『分かった、アレも人間』の中々強烈な一言と共にようやく趙センセイの観察を終えたトウカイポイントも交えながら。

 

みんなで談笑をしているうちに香港の夜は更けて・・・やがて明けていった。

 

 




セキト、引退後は故郷に永久就職の模様。

種牡馬に関しては情報が虫食いだったりして正確には分からないのですが・・・これくらいなら大丈夫ですよね?

次回の内容は未定ですが・・・なんとか書き上げてみせましょう!

次回更新は水曜日の予定です。
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