サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
そしてめでたくウマ娘化が決定したタニノギムレットのキャラ紹介を改めて読んだら安定の破壊神で吹き出した件。
XX02年、12月15日。
それは香港国際競走の開催日にして、とある馬に心酔した者たちにとってのXデー。
『セキトバクソウオー、香港スプリントで引退』。
つい数日前、その馬の馬主が開いたというインターネットのとあるサイトに、突然現れたその文字はファンたちに驚愕、納得、あるいは惜別の念・・・様々な感情を抱かせ。
そんな中でも時は止まってくれるはずもなく、チクタクと刻まれつづけた針はついに運命の刻を指していた。
これが引退レース。この祭典が終わってしまえば、セキトバクソウオーは種牡馬入りし・・・ファンからは遥か遠い存在になってしまう。
ならばその前にせめてテレビ越しでもその勇姿を一目見ようとしたファンは・・・何故か、一人、また一人ととある居酒屋へと足を運んでいく。
「やあ、ついにあいつも引退だねぇ」
「ええ。しかしラストレースが香港だっていうからついついこうして衛星中継が出来るって店まで来ちゃいましたよ」
上司と部下と思わしき二人の男も。
「あんなにかっこいいのにもう引退しちゃうなんて、寂しくなるなぁ・・・」
座席に座りながら、ソフトドリンク片手に一人ごちる女性も。
「かぁーっ!!外国の馬に!!大和魂!見せてやったれい!!」
顔を真っ赤にし、大騒ぎしながら酒の匂いを辺りに撒き散らす頑固そうな親父も。
「・・・」
・・・よくよく見れば居酒屋の主である大将までもが、仕事をこなしながらもちらちらと。
皆が皆、テーブルの片隅に置かれた小さなテレビを見つめている。
その画面に映るのは競馬場・・・しかも、その場所はまさに今日、これから始まる香港国際競走の舞台となる沙田競馬場であった。
この時代には珍しく衛星放送と契約を結び、国内外のあらゆるスポーツ観戦をすることができる・・・今で言うパブリックビューイングの先駆けとも言えるこの店は、その名を「居酒屋 ありま」と言った。
客が二十人も入れば満員御礼となるこの小さな建物が密かに持つ特権を知る人々が、ひっそりと休日の昼下がりから開かれた居酒屋から、日本馬の挑戦を見守らんと集まって。
定時どおりに始まった第一レース、香港ヴァーズは残念ながら日本からの出走はなかったが、最終直線では一旦は最内から抜け出したアクアレリストと、それを力強く捉えてみせたアンジュガブリエルの激闘が場内を大いに沸かせた。
そんな2頭に肉薄したファルコンファイトも含めると上位3頭が全てフランス勢という珍事も引き起こし。
だが、日本馬を応援する人々からしてみればそんな見事なレースもただの前座に過ぎなかった。
「さぁ、次だな」と誰かがつぶやくと共に、衛星中継のカメラは第2レース、香港スプリントのパドックへと移り変わる。
それと共に、店の中では「負けるな!」「今年もやってやれ!」等、激励の声が湧く。ついに彼の馬の出番がやってきたのだ。
『只今より香港国際競走第2レース、香港スプリントの出走馬を紹介いたします』
アナウンサーのその言葉と共に、客は皆テレビの画面を穴が開きそうなほどに凝視する。
そうして、出走各馬の紹介が始まった。
『ゼッケン一番を背負いますのはイギリスから参戦、日本の皆様にはセキトバクソウオーを追い詰めた馬としてお馴染みでしょう!大舞台の熱気で栗毛の馬体を輝かせるのはコンティネント!鞍上ダリ・オーランド!』
『続きまして2番はその走りは稲妻の如く!香港の現地G2を制した強豪がこのサンダーです。鞍上はフィル・コートリー!』
『3番、皆様おまたせしました。これが復帰戦にして引退レース!日本が誇る快速王!G1三勝、スプリントの絶対王者!セキトバクソウオーと
『4番はその快速王と同じ父の血がその身に流れています、偉大な王の背中を追うよりは、自ら逃げて活路を切り開く!日本からのチャレンジャー、ショウナンカンプと
『5番、2年前のこのレースの覇者にして、その勢いは未だ衰えず!復権狙うはオーストラリアからファルヴェロン!鞍上はディラン・オリーブ!』
『6番、当初はダートを使われていましたが、芝に移って成績向上!活躍と輝きを求めて海を渡った新天地に待つものは!?アメリカからテキサスグリッターと、エディ・プレーン!』
『7番を背負いましたのはフランスのジッピング!G1での惜しい2着止まりをこの香港の地で終わらせるのか!?鞍上はデイブ・バウンシー!』
『8番、地元の期待を背負って一番人気!調教師いわく絶好の仕上がりとのことで、この馬が一番の壁となることでしょう!香港のオールスリルズトゥー!鞍上はジェイル・モス!』
『9番は現地G1馬、香港のファイアボルト!こちらも実績十分、この大舞台で勝利を収めてもおかしくありません!鞍上はウェイブ・マーベリック!』
『10番、オーストラリアから参戦、ミステジックは昨年のニューサウスウェールズ州の最優秀3歳セン馬です、G1馬の意地を見せつけるか!?鞍上はラリー・ニケ!』
『11番ケープオブグッドホープは、今年イングランドから香港に移籍して新たなスタートを切りました、最近は成績が上がりませんが、それでも侮れない一頭には変わりません!鞍上はマグナス・ホワイト!』
『12番、アベイユドロンシャン賞では惜しい惜しいハナ差2着、その時の一着馬が同じ場にいるのはなんの因果か。この大舞台で雪辱を果たすのか!?イタリアからスラップショットと、鞍上は今年ジャパンカップをダブル制覇しましたランブラス・フラメンコ!』
『13番、アイルランドの3歳牝馬が栄光を求めて果敢にアジア競馬に挑んでまいりました。折角の機会、折角チャレンジを無駄にはしたくないところでしょう!アグネサとピーター・スマイル!』
『14番は今年のスプリント女王!日本の静かなる輝く血は海外競馬をも飲み込むのでしょうか、鞍上の手綱を信じて、快速女王ビリーヴ!共に挑むのは日本が誇る天才
『最後、15番になりましたのは地元香港のアナバティク!8戦5勝、3着以下なしの安定した成績はトップスプリンターへの可能性を示しています、この国際G1の大舞台がG1初挑戦、その結果にも注目です!鞍上はミック・コーリング!!』
『以上15頭の精鋭が挑みます今年の香港スプリント、発走時刻は日本時間―』
第4回
XX02年 12月15日
芝1200m 沙田 天候 晴 馬場状態 Good to Firm
| 枠番 | 番号 | 馬 名 | 性 齢 | 鞍 上 | 斤 量 |
1 5[外]
2 8[外]
3 15[外]
4 10[外]
5 9[外]
6 7[外]
7 2[外]
8 13[外]
9 11[外]
10 4(父)ショウナンカンプ 牡4 萩川由伸 57
11 1[外]
12 14[外]
13 6[外]
14 12 ビリーヴ 牝4 谷 譲 55.5
15 3(父)セキトバクソウオー 牡5 岡田順平 57
『すぅーっ・・・はぁー・・・』
大きく息を吸って、吐いて。嗅ぎ慣れたものとは何処か微妙に違う青臭い香りを存分に味わってから、俺はいつも通りに馬口さんに引かれながら沙田競馬場の芝生へと歩みを進めた。
いつもの頭絡をつけて、いつも通りジュンペーを背中に乗せて・・・そんな日常も、今日で最後。そう思うと寂しいって気持ちも嘘じゃない。
・・・けれど。俺が今日、ここに立っているのは、ジュンペーや馬口さんに惜別の言葉を伝えるためでも、お客さんに走る姿を見せて別れを惜しんでもらうためでもない。
「・・・今までで一番落ち着いてる、なんて・・・やっぱり君は、すごい馬だね」
『ああ、当然だろう?』
泰然自若とした俺の態度に、ジュンペーが感心したように首を撫でる。
返事の代わりに少し鼻を鳴らしながら振り返って見れば、さっきまでどこか寂しさを帯びていたその顔は勝負師として「勝ち」の気配を察した笑みを浮かべていて。
・・・ああ。そうだ。それでいい、と俺もまた口角を釣り上げ、歩くスピードを上げた馬口さんに合わせて一歩、また一歩とターフの奥へと歩みを進めていく。
そして。
「セキトっ!いってらっしゃい!!」
馬口さんがなんだか涙ぐんだような声で俺たちに語りかけながら金具を外せば、頭絡から引き手だけが綺麗にするっと抜けて・・・俺は最後の戦場へと解き放たれた。
4つの脚で力強く、しかしリズムよく大地を叩きながら身体を躍らせていると、その最中。ジュンペーの心の内で膨らんで、溢れて、抱えきれなくなった言葉が口からこぼれ落ちたのが聞こえた。
「本当に、引退レースだけど・・・これなら、これだったら・・・「勝てる」かもしれない・・・!」
その言葉を聞いて、そうだ。と肯定する。
それこそ、俺が・・・「俺たち」が、今日この場にいる理由。
ただ、芝を蹴り上げ、ライバルを蹴散らし、最速を証明して勝利を刻むため。
それに、尽きる。
『・・・仕上がったようだな』
『おう。ファルヴェロン。負けないって言ったからな・・・下手な走りは出来ねぇよ』
『違い無い』
返し馬を終えて、後はゲートに入って飛び出すだけ。そんな風に集中を高めていた折、俺たちに話しかけてきたのはファルヴェロンだった。
『しかし、バクソウオーよ。あの欧州の荒くれではないが・・・勝ち逃げは許さん』
彼は、俺の言葉に同意を示した後、静かに、しかしその裏では闘志と自身に満ち溢れた声で確かに言った。
勝ち逃げ・・・か。この前俺の方から突きつけた言葉だけれども。改めて考えてみると競馬で勝ち逃げと言える状況って、どういうことを指すのだろう。
あらゆるレースで勝ちを収め、永遠の名誉を手に入れることだろうか?
コツコツと走り続け、多額の賞金を馬主や生産者へ還元することだろうか?
それとも・・・ライバル達に絶望的な差を叩きつけた上で、二度と争えすらしない次元へ昇華してしまうことか?
いやいや、そうなると父親、あるいは母親として消えない記録を刻みつけるというのも一つの勝利の形だろう。
はたまた勝てはせずとも皆に愛され、静かな場所で愛に包まれながら天寿を全うする、というのも立派な「勝ち逃げ」。
・・・うーん?よく分からなくなってきたぞ。
『・・・バクソウオー?急に考えこんでどうした』
『おっと、悪ぃ悪ぃ』
恐らく急に考え込みだした俺を心配したのだろう。どこか不安そうなファルヴェロンの声が、俺の意識を呼び戻す。
首を振るってレースにだけ集中しよう、と気合を入れ直し、『今なら
そうしてお互いに別れを告げようとした時、「奴」は・・・やってくる。
『よう!!大分マシな顔になってんじゃねぇか!島国野郎!』
『・・・コンティネント』
相も変わらず動きと口調に荒々しさを溢れさせた、欧州からの刺客、コンティネント。G1に向けて研ぎ澄まされた栗毛の馬体はピカピカと輝いていて、まるで黄金だ。
『そっちのオージー野郎も随分と仕上がってんじゃねぇか』
そんなコンティネントがずい、と見定めるように身を乗り出し、ファルヴェロンを睨むようにしながらそう言うと。
『ここにいる者は、皆自分が勝って当然と思っている強者ばかりだからな』
その言葉に続いて『当然私も、その
それに倣うようにして俺も辺りを見回せば、成程。この舞台に上がる以上妥協は許されない。そう言わんばかりに誰しもが究極の仕上がりを見せていて。
『このレース・・・手強くなるな』
コンティネントとファルヴェロンに向けて呟くように吐き出した俺の言葉を聞いた2頭は、何を言わずに頷いた。
・・・と。
ファルヴェロンの背中の騎手が手綱を軽く引っ張って「そろそろ行くぞ」と促した。
「ファル、そろそろ行くヨ」
『・・・む。相棒がそろそろだと言っている、時間のようだな・・・だが。最後に言っておこう。勝つのは私だ』
それにしっかりと反応しつつも、ファルヴェロンは俺たちに宣戦布告を忘れない。軽く身を翻すと、ゆったりとした脚運びでゲートの方へと向かっていく。
その人馬の動きに、ジュンペーとコンティネントの騎手さんも発送時刻を思い出したのだろう。同じように手綱を引いたり、首に触れたりでそれぞれ「行こう」とサインを送ってくる。
「・・・行こう、セキト」
『ああ、ちょっと駄弁りすぎたか?・・・ファルヴェロン!!一つだけ言わせろ!勝つのはお前じゃねえ・・・俺だ!』
俺はファルヴェロンの言葉を正面から受け止めると同時、逆に宣戦布告を仕返してやった。
『・・・!』
『よし、届いた!行くぞ、ジュンペー』
「うん、行こうか、セキト!」
既に離れ始めたファルヴェロンの鹿毛の馬体から突き出るように生えた耳が、返事代わりにぴくんと動いたのを見届けてから俺もキャンターでゲートに向けて走り出す。
「コンティ、その気持ちはレースに燃やそう」
『・・・お前ら。色々言いたいことはあるけどよ!とりあえ勝ち逃げは許さねーし、一番になるのは、このオレだ!!』
最後に残っていたコンティネントも、相変わらず荒々しさを隠すことなく、一旦俺達から離れるようにしてゲートへと向かっていった。
こうして三者三様の言葉を交わし合って。
いよいよ、俺の現役最後の戦いが始まろうとしていた。
次回、ラストレース、発走。
更新予定は月曜日となります。