サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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何も言わず、一週間更新をサボってしまい申し訳ありませんでした。

ジュンペーの・・・ジュンペーの心情描写(別名ウジウジタイム)が難しかったのです、許してください(スライディング土下座)



週末の競馬は、ヴィクトリアマイルで白毛のソダシが見事に完勝しましたね!やっぱりあの馬は、見ているとこの世にこんな馬がいていいのか?と思うくらいには美しい馬の一頭だと思います。




次のステージへ

「はあっ・・・はあっ・・・!」

 

呼吸が荒い。歓声が遠い。意識が朦朧とする。

 

どうしてこんなに苦しいのかも分からぬまま、何度も何度も息を吸って吐いてを繰り返して。

 

「ごほっ・・・!」

 

喉の乾きと違和感によってもたらされた咳と共に、ようやくまともに働き出した脳が周りの景色を認識し始める。

 

まずは延々と上から下へと流れていく緑が視界に入って。

 

それから、その真ん中で紐のようなものを掴む己の両手と、力強い鼓動を打つ太いなにか・・・思わず手を触れてから少しして、ようやくはっきりしたその正体は、馬の首だった。

 

「・・・そうか、そうだった。セキト・・・本当にお疲れ様」

 

そこまで見えてやっと、僕は国際G1である香港スプリントに、相棒と共に出走していたのだと思い出し。

 

そうと分かれば、さっきまであんなに霞がかかっていたはずの頭が、今度はくっきりと記憶を引きずり出してくる。

 

僕が跨っている相棒の名はセキトバクソウオー。

 

世にも珍しい赤い毛色を持つ、サラブレッド。

 

そして、この香港スプリントも、僕とセキトにとってはただのレースではなかった。

 

ゲートから飛び出して、わずか1分足らず。

 

四年間に渡りターフを駆け抜けてきた彼は、閃光のように駆け抜けて・・・最後の戦いを確かに終えた。

 

・・・そう、最後。引退レース。

 

今日、この場がこいつの最後の戦いだったのだ。

 

そう感慨に浸っていると。

 

『・・・ブホッ!!ブルルっ!』

 

「セキト!?」

 

突如、咳き込みだしたセキトに、僕は顔を青くする。

 

どこか故障したのか!?息が苦しいということは、鼻出血、或いはひょっとして肺をやられてしまったのかとも思ったけれど。

 

『ブホッ、ブホゥッ・・・!』

 

当のセキトはもう少しだけむせこんだ後、大きくフーと息を吐き出して・・・、またしっかり開いた鼻孔から大量の空気を吸い込んでいく。もしかして、息を止めていたのか?

 

酸欠なんかでひっくり返らなかったのは良かったけれど、あんまりびっくりさせないでくれよ・・・。

 

「・・・」

 

『ブルッ』

 

そう思いつつ、何も言わずに見守っていたらセキトはどこか恥ずかしそうに顔をぷいっと背けてしまった。

 

・・・まったく、なんて奴だ。

 

いや、そのなんて奴なのはきっと僕もだ。

 

さっきまで自分が置かれている状況もわからなくなっていた人間が何を言ったところで弁明にもならないだろうし。

 

無我夢中にも程があると自分に呆れつつも日本に帰ったらしっかりと反省しようと決めて、だいぶスピードが落ちていたセキトの手綱をもういいよと引いてやる。

 

するとセキトは一旦脚を止めた後、くるりと向きを変え、ゆっくりと大歓声の雨が降るスタンドに向かって歩みを進めていく。本当に賢い馬だ。

 

しかし、それにしてもゆっくりとした歩みだな。まるで、これが引退レースと分かっていて、最後のターフを名残惜しんでいるような。

 

こうやって歩けているくらいだ。命に関わる故障は発症していないようで安心した。

 

 

故障・・・?

 

そうだ、故障!!僕は何を安心しているんだ!慌ててその歩みのリズムに集中してみれば。

 

左後ろ、左前、右後ろ・・・問題のなかった三本の脚はしっかりとした常歩のリズムを刻んで・・・そして、問題の右前脚は・・・ああ、やっぱりだ!

 

あれほど気をつけてくれと言われていたのに。

 

無事に回ってこれれば御の字だと言われていたのに。

 

 

最後、脚が上がりかけて、後は流すべきだと判断を下そうとしたその時、セキトと目が合って。

 

 

僕は、あの時、確かにムチを入れた。

 

 

勝ちに行ってしまった。

 

 

「セキトが走りたがっている」という、僕の勝手な解釈で。

 

 

その結果が、目の前のセキトだ。

 

屈腱炎を抱えていた脚は・・・セキトの右前脚は。その順番が回ってくる度にずる、ずると引きずられるばかりで。

 

「ああ・・・」

 

その意味を察した僕の口から、思わず声が漏れた。

 

・・・レースが始まってしまえば、レースが始まってしまえば、調教師も、馬主も、厩務員も。ただただすべてが終わるまで柵の外で見守るしかできない。

 

馬の側でたった一人、その脚を栄光あるゴールへと導き、命を守らねばならないのが騎手。そう、僕に他ならないのに。

 

それなのにセキトという名馬を無事に牧場に帰すという大仕事は無事やり遂げられたと思っていたのだから、世界で一番の愚か者を・・・数分前の自分を、ぶん殴ってやりたくなる。

 

どこがだ?どこが、セキトは無事だ?いい加減にしろよ。

 

僕という愚か者に栄光を与える代わりに、それ以上の対価を支払った彼の痛々しい脚を見ても尚、同じことが言えるのか?

 

「くそ、くそっ・・・!」

 

ああ、ちくしょう。

 

こいつはもっとやれる馬だった筈だ。

 

背中に乗っているのが僕じゃなかったら・・・例えば、獅童さんだったのならば。こいつはきっと来年も走り続けていたことだろう。

 

高松宮記念、安田記念・・・はちょっと長いかもしれないけど。

 

ならば、エイシンプレストンのように香港に遠征するのも良かったかもしれない。

 

こいつのことだ、きっと闘争心を爆発させて偉業を成し遂げていただろう。

 

 

ほら、こうやって。

 

未だにこいつが走る『夢』なんていとも簡単に見られるのに。

 

それが・・・こうして。こんな。不格好な形で終わるだなんて。

 

 

・・・全ては僕が招いた結果だ。

 

落馬事故という悲劇を建前に、騎乗技術を磨くことを怠った僕への罰というには、あまりに重い・・・日本競馬にとっての損失。

 

悔しさのあまり、目から零れ落ちるものを隠そうとして、顔を伏せる。

 

「うっ、ぐう・・・うぁ・・・!!」

 

僕の目からこんこんと湧き出してくる雨が、セキトの馬体に一滴、また一滴と染み込んでいく。

 

それが、純粋に別れを惜しむなんてものであったらどれほど美しかったことだろう。

 

しかし、今、僕の胸に押し寄せるのは申し訳無さと、悲しみと、後悔ばかりで・・・もう、心の中がぐちゃぐちゃだ。

 

それなのに。

 

『ブルルルルンッ』と。

 

こちらのことなどお構いなしに、セキトの方からいつもと全く変わらない声色で、僕に囁いてきた。

 

まるで「落ち着けよ」と言っているかのように。

 

そこまで考えて・・・まただ、と己を律する。

 

また僕は・・・セキトの一挙一動を勝手に解釈して、許されようとしていたからだ。

 

 

そんなことがあっていいはずがない。

 

 

それなのに。

 

 

どうして。

 

 

・・・本当に、どうして。

 

 

優しい声を出して僕を気遣ってくれているセキトは。

 

僕を許すような、澄み切った視線でずっとこちらを見つめてくれているんだ。

 

僕は、疲れ果てた君の尻を引っ叩いて、「行け、行け」と更に頑張らせようとした人間で。

 

痛みを感じていたはずの脚に気づかずにムチを打った、酷いやつなんだぞ。

 

 

許されちゃ・・・。

 

・・・駄目、なのに・・・。

 

 

「うぅ・・・っ!セキト・・・セキト・・・!」

 

おかしいな。涙が止まってくれない。

 

30を過ぎた男が号泣する風景なんて、誰も見たくなんてないだろうに。

 

けれど、何度両腕で目元を拭っても、視界はクリアになっては再びぼやけるばかりで。

 

セキトは相変わらず脚を引きずりながらも、ずっとそんな僕を気にかけながらスタンドへ向かっていたけれど・・・ふとした瞬間、その脚を止め、はるか上へと視線を向けた。

 

鳥かなにか・・・気になるものでもあったのかと彼の視線を追えば。

 

「うわ・・・!」

 

そこに広がっていたのは、雲一つない、晴天の空。

 

 

競馬場のターフ故に遮蔽物がなにもない・・・ありのまま、自然のままのその雄大さに圧倒され、思わず声が出る。

 

そのままどんな絵の具でも描けないであろう、見事なグラデーションをずっと見つめていると。

 

「風が・・・って寒っ!?」

 

突然、ひゅう、と音を立てながら真冬の冷え切ったそよ風が吹き抜けてきて・・・それが激闘で火照った体には少々刺激が強かったものだから、小さな悲鳴を上げてしまう。

 

それに体温を奪われると同時、僕の頭は一つの事実を思い出す。

 

今日、確かに、「競走馬」セキトバクソウオーの物語は、終わりを告げる。

 

しかし、その物語を綴る本が閉じられるには、まだ早いのだと。

 

そう気がついた僕はようやく落ち着きを取り戻して。ぽん、と太い首の根本に触れる。

 

「セキト・・・今日で最後・・・だな」

 

相棒は僕の口から呟かれた言葉に耳をピクリと動かしながら、一つ一つの言葉に集中しているようだった。

 

・・・思えばいつだって、レースを終えた後は勝っても負けても、こうして彼を労うのがルーティーンになっていた。

 

けれどその行為だって今日が最後で・・・二度と訪れることはないであろう、かけがえのない時で。

 

背から僕が降りたその時こそ、「競走馬セキトバクソウオー」が、次のステージへと進んだ証になる。

 

きっと、セキトは痛む脚で懸命に踏ん張って、僕がそのことを受け入れるまで待ってくれていたのだろう。

 

「今まで・・・本当に・・・本当に」

 

受け入れられたどうか、で言うならば。

 

・・・受け入れられる筈がない。

 

それが他ならぬ、僕の本音。

 

それでも、彼の身体の事を・・・これからの彼の事を考えるのならば、こうするべきなのは間違いないのだから。

 

 

意を決して、すっ、と右の足を鐙から引き抜くと、そのままセキトの左側へとすとんと着地して。

 

「本当に、お疲れ様・・・」

 

そのまま僕をじっ、と見つめて動かないセキトの背中に乗っている鞍の腹帯に手を掛けて、金具を外す。

 

「・・・」

 

支えを失い、はらり、と垂れ下がったベルトを見て。

 

頭の中に思い浮かんできたのは、僕らの出会い。

 

 

 

 

『ヒヒヒヒーン!!』

 

「うわぁ!!?」

 

それは、厩舎中に轟くようなけたたましい嘶きから始まった。

 

太島さんから頼まれた馬に調教をつけるため、たまたま高い位置にあった手綱を取ろうとして・・・なぜか馬栓棒をくぐり、馬房から一頭の馬がにゅるりと飛び出してきたのだから・・・その時は、もう腹の底から驚いて。

 

「(赤い・・・!?)」

 

早く捕まえなければとその馬に目を凝らして、まず目を引いたのは燃えるような赤い毛並み。

 

それに、脱走してみせたように、彼は頭の良さだって相当なものだった。それをしっかりと映したような瞳はくりっとしていて愛嬌があり、そして何より柔軟な身体だからこそ、この脱出劇は成立した。

 

間違いなく、こいつは大きいところへ行く。

 

一目でそう確信できるほどに、恵まれた資質を持ったサラブレッド。

 

長らく関わることのなかった「本物」の才能に、思わず手を触れようとして・・・引っ込めた。

 

かつて「天才」と呼ばれながらも、落ちるところまで落っこちた僕なんかが触れたら、その輝きを邪魔してしまう気がして。

 

「・・・え、と」

 

『・・・』

 

しかし。その赤い馬は、僕のことを興味深そうに、しばらく見つめてから、丸い目を更に丸くして。

 

『ヒヒィーン!』

 

再び大きく嘶いたかと思えば、自分から僕の胸へと首を突っ込んできたのだ。

 

「え、うわ、ちょっ・・・!」

 

そこまでされてしまっては全く構わないというのもなんだか申し訳なくなってきた。片手で首や肩のあたりを撫ぜながら、なんて懐っこい馬だろう。そう思ったのを覚えている。

 

 

その後太島センセイから「こいつは誰にでも懐くわけではないし、特に男に対してはそっけない」と聞いたときには、更に驚いて。

 

今にして思えば、セキトはこの時既に僕を「選んで」くれていたのかもしれないと。

 

・・・遅まきながらそう思った。

 

 

 

 

「よいしょ・・・っと」

 

腹帯の次にゼッケンを外すと、汗ばんだセキトの馬体から湯気が上がる。

 

厳しい競走生活を耐え抜いたその身体は新馬の頃とは比べ物にならないくらいたくましく、そして、研ぎ澄まされていて。

 

それが、僕から見たら昨日の出来事のような気すらしてしまう思い出も、最早昔のことなのだと教えてくれているようで・・・少し寂しい。 

 

あれは・・・2歳の時だったから・・・四年、そうだ、四年間だ。それだけの間、こいつは走り続けた。

 

「四年間も・・・よく頑張ったな」

 

長い付き合いだからな、こいつは何があっても逃げ出さないと分かってはいる。けれど、他の人の目や万が一を考えて一応手綱を掴んで逃さないようにしながら、僕はセキトの首を抱擁する。

 

セキトがそれに『ブルルッ!?』と戸惑うような鳴き声を上げたが、それきり抵抗してくるようなこともなく・・・本当に賢いやつだ、と感心するしかない。

 

そして、そのまま馬体に耳を当てれば・・・人の耳では音こそ聞こえなかったが、その体温で、身体の奥底では心臓が力強く鼓動しているのだと伝わってくる。

 

何よりも美しく、尊い生命の神秘としか言えないその輝きを、次の世代へとバトンタッチしていくのが、これからのセキトに与えられる役割。

 

ならば。

 

騎手である僕からセキトに恩返しを、なんて言っても出来ることなんて、一つしかない。

 

それは、「勝つこと」。

 

彼の血を受け継いだ子供たちの背に跨がり、共に芝の上を駆け、栄光を追う。

 

そうして父として、祖父として、さらにその前の偉大なる先祖として・・・その名前を歴史に刻み続け、忘れ去られることがないように。

 

 

・・・そういえば、セキトは父親としてどんな子供をこの世に送り出してくれるのだろう。

 

自身に似たスプリンター?それとも案外サッカーボーイのように突然菊花賞馬を出すなんてサプライズがあるかもしれない。

 

そう考えていたら、ちょっと楽しみになってきた。

 

「本当にお疲れ様・・・君の子供に乗るのが、今から楽しみだよ」

 

泣いて、泣いて、セキトを抱きしめて・・・やっと僕は、ようやくそう口を聞けるくらいにはセキトの引退を受け入れることができた。

 

 

「・・・行こうか」

 

静かに離れながらそう語りかけると、セキトは首を大きく縦に振る。

 

その頃になると故障を察した係員がすっ飛んできて馬運車を呼ぼうかとこちらを気遣ってくれたけれど・・・セキトに尋ねてみれば首を横に振り、明確な拒否の意思を示したから丁重に断って。

 

そして、相変わらず引きずったままの右前脚を更に痛めることが無いように、ゆっくり、ゆっくりとスタンドの前まで戻ってくれば、観客席が一際大きく湧いた。

 

「えっ?」

 

その事実に困惑しながらも、周りを見渡せば他の馬はとっくに全員が出払っていた。

 

「えっと・・・こら、なんだよセキト。って・・・あれは」

 

いまいち状況が掴めていない僕の肩口に噛み付いて、軽く引っ張るセキトの首を擦り、かまってやれば・・・レースの結果を知らせる掲示版が目に入った。

 

顔を上げていくにつれて、5着、4着、3着・・・と、上位の馬の番号が見えてくる。

 

そして。

 

2着、8番。

 

1着・・・3番。

 

 

「えっ、えっ・・・えええぇぇぇ!?」

 

僕は驚きの声を上げながら、手に持っていたセキトのゼッケンと、掲示板の数字を見比べた。

 

しかし、何度視線を行ったり来たりと忙しなく移動させたって、掲示板の数字も、ゼッケンの数字も。

 

どちらも「3」という数字が刻まれている事実は、変わらない。

 

着差に表示されているのは、「head」・・・アタマ差。

 

・・・なんて奴だ。

 

最後の最後まで・・・こいつは・・・セキトバクソウオーは。

 

海を渡り、脚に抱えた爆弾がレース中に爆発したとしても。

 

そんなことは関係ないと言わんばかりに、最速の座を譲らなかったのだ。

 

「っ・・・ははっ!!やっぱりお前は、大した奴だよっ!!やった!やったなセキトッ!!」

 

今更ながらに、勝ったのだという実感が押し寄せ、喜びのあまり何度もセキトの首を叩く。

 

そして、それに対してどこか迷惑そうな顔をしている相棒にしっかりと届くよう、僕は歓声に負けないよう声を張って言ってやった。

 

「セキト!お前は・・・!最っ高の、相棒だ!!」

 

 

一瞬きょとんとしたような顔をした相棒は、すぐに嬉しそうな大きな嘶きで僕に応えてくれたのだった。

 




ジュンペー、相棒の引退を受け入れる。


次回更新は、上手く行けば水曜日の予定です。
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