サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します 作:Budge
ドウデュースと武豊ジョッキー、おめでとうございます!
ハーツクライもダービー馬といういい後継が出来ましたね。
それから推しのイクイノックスも惜しかったんですけどねぇ・・・直線で追い出すのに時間がかかった分ですかね。
ただ、大観衆の歓声に動じる様子がなく、ずっと堂々としていたのにはキタサンブラックの血を感じました。
PS
雑誌でドウデュースの馬体を見た瞬間やべぇと思ったんだから、イクイノックスとの馬単なり馬連なり買っとけばよかった・・・。
競走馬としてレースに出るのは、一月ほど前となった香港スプリントが最後。
そう認識していたからこそ一緒に遠征していた面々には引退すると伝えたわけだし、俺自身もそのつもりだったから帰国してからはまったりと過ごしていた。
しかし、そんな俺は今・・・目の前に広がる風景を見ながらフリーズ中だ。
馬運車に乗って、種牡馬として生活する牧場へ運ばれたのかと思いきや・・・意外や意外、連れてこられたのは正に今も現役の馬たちがしのぎを削る中山競馬場で・・・いや、完全に予想外だった。
「セキト、どうしたの?ほら、いくよ」
『あ、ああ・・・』
どうしてここへ来る必要があるのか、理由が分からず、呆気にとられたまま馬口さんに引きずられるようにして滞在厩舎に足を踏み入れる俺。
すると、デビューが近い、あるいはしたばかりだろうか、何頭かの若い馬の声が聞こえてきた。
『えっ』
『おい、あの馬って』
『あの毛色、間違いない、噂の馬だ!実在したのか!』
『シーッ、そんな大声を出したら気づかれるだろうが!』
・・・いやいや、そんなに警戒したところで俺は別に他の馬を取って食ったりなんてしないんだけどなぁ。
というかお前たちの中で俺はどういう存在になってるんだよ!?
「ほら、セキト。しばらくはここが君の部屋だよ」
『あ、うぃーす・・・』
既に年下からはそういう「畏怖」や「伝説」の対象となりつつあるという事実に隠しきれない寂しさを抱えながらも、俺は大人しく馬口さんに指示された馬房へと入る・・・ん!?
『(・・・まさか!?)』
俺から見て右の方向。隣の馬房にも馬がいるようだが・・・この匂い、そしてこの気配。間違いでなければ、俺はその馬に非っ常に!覚えがある!
『・・・え、あれ!?』
それは向こうさんも同じだったらしい。俺のことに気がついた瞬間、馬房の中がガサガサと騒がしくなって。
というか、この声!やっぱりだ!こうやって聞いたのは何ヶ月ぶりだろうか?
『ええと、ちょっと待ってろ・・・痛ぇっ!?クソ、そうだった!』
歓喜のあまり慌てて立ち上がろうとして・・・屈腱炎がズキッと痛んで寝藁に崩れ落ちる。が、この程度、大したことねぇ!
『よっこい・・・せぇっ!』
今度こそ、ゆっくりと患部に負担を掛けないよう慎重に身体を起こして・・・立ち上がる。うん、屈腱炎以外はどこも痛くねぇな。
「あ!セキト・・・大丈夫、みたいだね。それから隣の子に気がついたみたいだね?」
そのまま馬房の外に顔を出せば、馬口さんが俺の身に怪我が無いことを確認した上で、仕掛けたイタズラが成功した子供のような、にやっとした笑顔を浮かべていた。
ああ、チクショー、やられたよ。
けれど・・・。
こんなイタズラなら、いくらでも大歓迎だ!!
勢いよく反対の方向を見れば・・・ほら、思った通り。漆黒の青鹿毛に、真反対の白い大流星が走った馬の顔があった。
『よう!!久しぶりだな!マンハッタンカフェ!!』
『元気で何よりです!先輩!!』
滞在厩舎の一角で、顔を突き合わせる青鹿毛と赤毛の牡馬。
方や菊花賞を始めG13勝、父によく似た容姿を持ち、種牡馬入りが決定している摩天楼ことマンハッタンカフェ。
方やジュライカップ等海外での勝利が光るG14勝、こちらも種牡馬入りが約束された赤き最速王、セキトバクソウオー。
思わぬ再会を、俺たち二人は顔を突き合わせて喜んだ。
というか、マンハッタンカフェってこの時期は引退して北海道へ帰っていた筈だよな?引退式は・・・って、ああ!!そういうことか!!
今やっと、俺が中山競馬場へと連れてこられた理由を遅まきながら理解した。
引退式だ!そうかそうか、そうだったのか!センセイも朱美ちゃんも・・・ひょっとしたら馬口さんやジュンペーもか?きっと皆が「俺の引退式を開きたい」って言ってくれたんだろう。
いや、冷静に考えてみれば・・・この時代でスプリント路線のみでG14勝・・・これってかなりの化け物だよなぁ・・・引退式も当然っちゃ当然になるのか?
そう思うと、今更ながら自分の成し遂げた実績の大きさを思い知る。
種牡馬として旅立つ前に・・・もう一つ、大切な仕事が残っていると思い出させてくれたマンハッタンカフェには、本当に感謝しかない。
『いやぁ!久しぶりだなぁ!調子はどうだ?』
しかしそんな感動の再会の喜びも束の間。俺がそう声をかけた瞬間、なにか思い出したのかマンハッタンカフェの満面の笑みはすぐに悲しげな顔へと萎びてしまった。
『ん、どうした、元気ないな?』
『あ・・・その、えと・・・先輩・・・』
そう問いかけると、マンハッタンカフェはバツの悪そうな顔をして。それでも少しずつ、引きずり出すように言葉を紡いでいく。
『ボク、引退、することになっちゃった・・・んです・・・その、脚を、痛めちゃって・・・』
『ああ・・・やっちまったんだな』
『・・・はい』
確認の為に尋ねた俺の言葉に、重々しく頷くマンハッタンカフェ。やはり、先月の初め、香港に経つ前に厩舎で聞いたあの話は本当だったのか。
俺というイレギュラーの存在で、何かしらいい影響を及ぼすことが出来ないかと考えてはいたが・・・どうやら、あくまでただの馬でしかない俺はそこまで大層な力は持っていなかったようだった。
それでも、マンハッタンカフェが本来勝つ筈のレースを誰かに奪われたり、最悪命を落としてしまうなんてことにならなくて・・・本当によかった。
そして、今の俺には・・・失意に満ちたマンハッタンカフェを励ましてやれる、とっておきのカードがある。
『あー、恥ずかしいことにな・・・俺もなんだ』
それは、幸か不幸か・・・俺が引退することになった原因が、マンハッタンカフェと全く同じであるということ。
いや、こんなのがとっておきって自分でもどうかと思うけどさ、これ以外に目の前の後輩を励ませる要素が無い訳よ。
『ふえ・・・!?』
俺から返ってきた言葉が予想外だったのか、目を点にするマンハッタンカフェ。
『レースに出て、無茶しすぎて、屈腱炎になって引退・・・だろ?』
『な、なんでわかるの!?』
『俺もそうだからな』
思わず敬語を忘れるくらいには慌てるマンハッタンカフェに対してカッコつけてみるものの、実は前々からこうなるって知ってましたってだけなんだよなぁ・・・。
何度か警告しようとも思ったが、彼の性格上、下手に伝えると怖がって走らなくなる可能性もあったし、しかもそもそもあまり会う機会がないしでこうなってしまった。
そして、マンハッタンカフェは俺の脚について尋ねてくる。
『・・・先輩も、引退する、とはなんとなく聞きましたけど・・・屈腱炎、なんですか・・・』
『ああ、幸いにしてそこまで酷くは無かったみたいだけどな』
神様の蹄鉄のお陰か、関係者の全力のサポートの甲斐があったか、あるいはその両方か。
俺の屈腱炎は、幸いなことに時間を掛ければ日常生活に支障をきたさないレベルで回復するという。
全力で走るのは難しい、しかし軽い駆け足なんかは出来るくらいには十分に傷は癒えるし、じっくり治療していけば更なる改善の余地があるらしく、種牡馬としての『お仕事』をしながらそちらも治していくとのことだ。
『・・・』
『・・・』
しかし、やべぇ。
あんまりにも長い時間離れすぎてたせいで・・・マンハッタンカフェと、引退以外の話題として何を話せばいいのか全く分からねぇ。
気まずい沈黙が場を支配しようとしたその時。
『なんだ、黙って見ていれば、吾輩に全く気が付かないとは・・・貴様ら、情けないにも程があるぞ』
俺の左にある、もう一つの馬房からこちらもよく知った顔が突然にゅるりと現れた。
『い、イーグルカフェ!?』
『イーグル先輩!?』
『そんなに驚かなくてもいいだろう』
予想外の馬の登場に驚きの声を上げた俺とマンハッタンカフェを、その当事者・・・イーグルカフェは『貴様らももう6歳と5歳だろう、いい加減に少しは落ち着いたらどうだ』と諭してきた。
いや、そもそも驚いたのはお前のせいだし。というかなんか妙にドヤ顔だし。ひっさびさに見たぞその顔。
確か前にこの顔をしていたのはNHKマイルカップを勝ったとき・・・って、あー!!そうか!!
マンハッタンカフェと同じく、イーグルカフェもまた、史実通りの軌跡を辿っているのだとすれば。その顔をしている理由は自ずと分かる。
『お前!とうとう勝ちやがったのか!』
勢いよく話しかければ、奴はゆっくりと頷き、栄光に輝いたその瞬間を思い出すように目を閉じながら言った。
『うむ。長き旅路の果て、吾輩はとうとう砂の上に輝く王冠を頂いたのだ』
イーグルカフェ、ジャパンカップダート制覇。
同時に、史上4頭目の芝ダート両G1馬の誕生であった。
長く続いた苦難の果ての栄冠。その余韻に未だ浸っているのか、イーグルカフェは恍惚とした顔で語る。
『異国の者を迎えての一戦・・・吾輩の背に跨ったのもなにやら不思議なニンゲンであったが、手綱捌きはどんな者よりも見事であった。叶うならもう一度手を組みたいものだ』
そりゃあそうだろうよ。その日、お前の背に跨ったジョッキーさんは世界で数々のG1を制してきた名手なんだ。下手くそなんて言った日にゃこっちが殺されちまう。
まぁ・・・そのジョッキーさん、香港スプリントで乗った馬は後ろから数えてたほうが早いくらいだったんだよな・・・とにかくそういう日もあるってことで!
しっかし、それにしても、だ。
『俺たち3頭が揃うなんて・・・一体いつぶりなんだ?』
『随分とまた久しぶりですよね』
『ふむ・・・確か前に会ったのは秋・・・いや、その時にはバクソウオーはいなかったからな』
太島厩舎自慢のG1馬が、三頭揃い踏み。
マスコミがこの事実に食い付かないわけがないんだが・・・きっとそこはセンセイがうまくやってくれてるんだろう。
お陰で、こうして
『それにしても・・・貴様ら二頭は引退、吾輩は現役続行とは・・・なかなかままならぬものだな』
ふと、イーグルカフェがそう漏らした。なんだなんだ、こいつも何だかんだでそういうことに興味が出てくる歳・・・だな。俺と同世代だし。
『お?どうしたイーグルカフェ?お前もそろそろ親父になりたいって思う年頃か?』
『む・・・否定はしない』
おお。一昔前ならこうやってからかった途端にムキになるような奴だったのに・・・海外遠征やらなんやらで精神が練れたのか?すっかり大人だな。
いや、そうならないとちょっといろいろと困る歳ではあるんだけれどさ。
そんな俺とイーグルカフェの会話に、マンハッタンカフェが乗ってきた。
『父親・・・かあ。ボクは正直、実感が沸かないです、今年はタキオンくんの子供が生まれるって聞いてても、まだいまいち信じられないですし』
そう語った後に、でも、まだちょっとくらい走りたかったなぁと呟いていて。
『そりゃまあ、お前は俺たちより年下だもんなぁ』
確かこいつは俺たちより1歳下だったな。興味が出てきてもおかしくない年だけど、興味がないのも頷ける・・・微妙な線引ってところか?
『でも、もう決まっちゃったことですけどね』
あはは、と未練を振り切るように、笑って自分を納得させようとしているマンハッタンカフェ。しかしその声色はどう聞いても無理をしていると分かるもので。すぐに『はぁ・・・』と大きなため息をついていた。
俺とは違って、まだまだこれから!というときに引退だもんなあ・・・ショックも大きい筈だ。今度はどう励ましたもんかと頭を悩ませていると・・・思い切ったようにイーグルカフェが切り込んでいく。
『マンハッタンカフェ。貴様、なにか一つ大事なことを忘れているのではないか?』
『へ?だ、大事なこと・・・ですか?』
ほう、大事なことと来ましたか。一体ここからどう出るのかお手並み拝見・・・
『貴様はもう、「現役」ではないということだ』
『ッ・・・!!』
って!!思いっきり地雷をほじくり返しに行った!?マンハッタンカフェは大丈夫か・・・ってあーあーあー、やっぱり涙ぐんじゃってるよ!傷をえぐってどうするんだよイーグルカフェ!?
『ちょい、イーグル・・・』
『貴様がいくら泣きわめこうと、その事実は変えられぬ』
こいつ!これ以上はまずいとせっかく俺が止めようとした瞬間更に傷口を広げやがった!!今、マンハッタンカフェはかなり繊細な状態になってるんだぞ、一体何を考えてやがる!
『おい!イーグルカフェ!』
『少し黙ってくれ、バクソウオー!・・・マンハッタンカフェ、辛いかもしれぬが、これが現実なのだ。足掻いても、足掻いても勝てぬ時があるように、思い通りに行かないのが、我らの運命である』
流石にこれ以上は不味い。そう思った俺は語気を強くして止めに入るが、イーグルカフェはそれを全く気にすることもなく、俯いたままのマンハッタンカフェへ説教を続ける・・・っと、なにやら風向きが変わってきた?
『せ、セキト先輩・・・?』
『・・・すまん、イーグルカフェの話に、もう少しだけ付き合ってやってくれ』
先輩からの容赦ない言葉に両の目が潤みだしたマンハッタンカフェを見ていると気の毒だが・・・俺は、一旦押し黙ることにした。
そのままイーグルカフェへと目配せをしてから頷くと、奴も返すように一つ大きく頷いて・・・続く言葉を話し出す。
『貴様がその事実から目を逸らすも逸らさぬも自由だ。だが・・・もう、良いのだ。歯を食いしばることも、涙を堪えることも、必要ない』
『(おぉ・・・!)』
これには俺もハッとさせられた。確かに、引退が決まったということは、もうレースに出ることはないということ。
そして、それはマンハッタンカフェのように、今まで心のどこかで悲しい、辛い、泣きたいと喚いている弱い自分を抑える必要も・・・最早無いのである。
だって、何をしようが、何を考えようが。俺たち「自身」はもう、勝ち負けのつく世界にはほとんど関係がないのだから。
『・・・!』
そんなイーグルカフェの言葉に、マンハッタンカフェは目を見開いた後。
『うっ、うっぐ・・・うぁ・・・!』
小さく嗚咽を上げ始め。
『うあ・・・うあぁぁぁアアアアァァ!!』
やがて・・・数年前、太島厩舎へやってきたばかりの頃のような大きな泣き声を轟かせながら、胸の内を吐露していく。
『もっど・・・!!も"っど走りたかったよ"ぉ""ぉぉ!!沢山勝づっで・・・タキオンくんと約束したの"に"ぃ"ぃ!!』
大粒の涙を左右の目からボロボロと零し、何度も何度も悲しみの声で嘶くその姿は、何度もG1を勝つような名馬の姿からはかけ離れていて。
でも・・・これが、ずっとこいつが心の中で抑えてきた本当の「マンハッタンカフェ」なんだと思うと、心のどこかでホッとする。
『ま"だ!!ま"だ・・・ゔあ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!!』
水門を開いたダムが如く心に澱んでいた思いを発散する後輩を優しく見守りながら、こちらも一息ついて。俺は小声でイーグルカフェに話しかけた。
『イーグルカフェ』
『なんだ』
『やるな・・・というか、ありがとうな』
先程の励まし方は、既に引退という事実を受け入れている俺には出来ないものだった。
そんな俺の言葉を聞いて、一瞬きょとんとしたような顔をしたイーグルカフェだったが・・・褒められてると気づくやいなや、すぐにいつものクールぶった態度へ戻って。
『・・・成長しているのは、貴様だけではないということだ』
心なしか少し表情を柔らかくしながらそう呟いた後、馬房の一角を示してイーグルカフェは続けた。
『そこの馬房にいる者こそ、我々の「我が家」に新しく入ってきた、「期待の星」だそうだ』
指し示されるままにそちらを向けば、そこで少し怠そうに顔を出していたのは黒っぽい、ありふれた鹿毛の馬。
しかしその眼差しは強く、「勝ちたい」という意志に溢れていて・・・うん、こりゃあ走る。そう確信させてくれるほどの素質がある。
『確か、奴の名は・・・サクラ・・・ううむ、どうにもサクラサクラと名の付く者が多くて覚えきれぬ・・・!』
成程、サクラ軍団の一員か。だったら俺の遠縁だったりするのかな、と思いつつも。
『しかし、バクソウオー、貴様も不運だな』
急なイーグルカフェの発言に、俺は引き戻される。
『なにがだよ』
おうおう、イーグルカフェ。俺の何が一体不運だと言うのか・・・聞かせてもらおうじゃねえの。
『引退するということは・・・もう戦績は積み上がらないのであろう?ならば、これからの吾輩の活躍によって、貴様の存在は霞むことになるからだ』
・・・はい?
こいつ、何を言ってるんだ?
今から、俺を、追い越す?いやいやいや、お前だって6歳だぞ?流石に無茶が過ぎないか?
時折そういうぶっ飛んだことを言う所は初めて会った時から変わらなくて・・・なんだかおかしくなった俺は、思わず『ふっ』と小さく笑いをこぼしてしまった。
『む・・・何がおかしい』
そんな態度を取られたのだから、イーグルカフェは当然少しムッとしたように俺に尋ねてきた。
勿論俺だって、その目標をまるっきり否定するような鬼じゃない。
何故なら・・・俺が、本来の歴史で勝つべき馬を追い抜いて、G1の勝ち馬として名を記した様に。
イーグルカフェだって、史実の壁とでもいうべき運命を捻じ曲げ、新たな勝ち鞍を得るかもしれないのだから。
『言ってくれるじゃねえか・・・やってみろよ』
未だ褪せぬ闘争心に満ちた目を見つめながら、叩きつけられた挑戦状を受け取ると。奴は満足げな表情で言った。
『言われなくとも望むところだ。そして、吾輩だけでなく、新たな若駒たちも、自然と貴様を目標としている』
『えっ!?そうなのか!?』
マジか。全然気づかなかったぞ・・・いや、今年はあんまり厩舎にいなかったから仕方ない・・・のか?
『気づいていなかったのか?やはり貴様は阿呆のようだな・・・』
そう言いながら呆れたような顔をするイーグルカフェ。うっ、確かに俺が鈍感だったかもしれないけどさぁ。
親父や、名だたる名馬たちの背を必死に追っていた俺が、いつの間にやら後輩たちに追われているなんてな・・・ん?
『・・・お前、今『吾輩だけでなく』って言わなかったか?』
これはこれは、ひょっとして。そう思ってニヤニヤする顔を抑えきれないまま、イーグルカフェに尋ねて見るが。
『・・・気のせいだろう』
奴はぷい、とそっぽを向いてぽつりと呟いたきり、俺と目も合わせやしなくなった。
いや、その態度でモロバレだからな?何なら必死に見られまいとしているその顔がちょっと赤くなってるのも、隠しきれてないからな?
・・・と。
『はぁ、はぁ・・・ありがとうございます・・・ちょっと、落ち着きました・・・』
先程まで声を上げて泣いていたマンハッタンカフェが、疲れたような、しかしすっきりとした顔をしながらそう言っていて。
『おー、マンハッタンカフェ。ちょっとは楽になったか?』
『はい、恥ずかしいところを見せちゃいましたね・・・えへへ・・・』
俺の呼びかけに対し、恥ずかしげにそう笑って見せたマンハッタンカフェ。
その顔は、無茶をしていた時よりも何倍も柔らかく、穏やかなものへと変わっていて・・・寧ろ、可愛らしさを覚えるような感じがした。
『・・・どうだ、少しは気持ちが晴れたか?』
続けてそう問いかけると、マンハッタンカフェはしばらく『うーん』と考え込んで・・・困ったような顔で言った。
『まだ、ちょっとかかるかもです、でも『泣きたいときは泣いていい』って・・・イーグル先輩が教えてくれたから、多分、もう大丈夫です』
『そうか』
その言葉を聞いて、俺は大きく頷いた。これならば大丈夫だろうと、そう確信できたから。
「おーい、3頭とも!こっち向いてー」
そんなとき、馬口さんの声がした。
『おう?』
『む?』
『何?』
親の声よりよく知った呼びかけに、3頭皆で一斉に馬口さんの方を向くと。
パシャリ。
1回、2回。カメラのシャッター音が聞こえた。
気づけば馬口さんの手には、この時代に普及したばかりのデジカメが握られていて。これがシャッター音の元凶か。
なんだ、記念撮影をしていたのか。
・・・一応だけど、俺、変な顔になってないよな?ああ、そう思うとなんだか気になってきたぞ!
『馬口さん!それ!見せてくれ!』
「・・・あっ、セキト、気になるの?ほら、よく撮れてるよ」
『どれどれ』
前掻きで必死にアピールをすると、馬口さんは俺の意図を察したのか、とれたてほやほやの写真を見せてくれた。
馬口さんの肩に頭を持たれかけ、覗き込むようにしてデジカメの画面を見る。
『って、めっちゃ小さくて見辛いな!!』
でも、頑張れば見えないってほどでもないから何とか目を凝らして・・・うん、見えた!
『おー、いいじゃんいいじゃん、バッチリ決まってら』
そこにはカメラ目線のままきれいに並んだ俺たち3頭らしき馬の姿が収まっていて。一発撮りにしちゃあ相当いいんじゃないか?
『馬口さん、カメラマンの才能あるぜ』
「わ、何々、喜んでくれてるの?うれしいなあ」
感謝と感嘆を込めて馬口さんの顔に頭を擦り付ければ、少々ずれてはいるけど概ねその通りって感じで伝わってくれた。流石俺と付き合いが長いだけはあるな。
『今のは何だったのだ?』
『先輩、それ、何なんですか?』
しばしその写真を鑑賞していると、二頭も馬口さんのカメラに興味を示したようだった。
『あぁ、これはカメラって言ってな・・・』
その後、素人なりの知識で写真についての説明をしたり、写真が写る仕組みを説明をさせられたりとかなり大変だった。
さらに言えばこの時撮られたスリーショットは後の時代、とんでもないお宝写真として一時SNSの話題を掻っ攫うのだが・・・その話は、まだまだ未来のことである。
そして、気心の知れた3頭で過ごす日々も、あっという間に過ぎ去って・・・。
XX03年 1月某日。
『・・・ご来場の皆様、長らくお待たせ致しました。セキトバクソウオーと、マンハッタンカフェの登場です』
俺と、マンハッタンカフェが現役生活に別れを告げるその日が・・・遂にやってきたのだった。
次回、引退式。
執筆は始めていますのでじきに投稿できると思います!