サラブレッドに生まれ変わったので、最速を目指します   作:Budge

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分かりきっていると思いますが、今のオスマンサスは基本ギャグ要員、これ重要。

そして、リアル競馬では土曜の新馬戦にてサトノダイヤモンド産駒ダイヤモンドハンズが評判通りに勝利!父の初出走にしていきなり初勝利を飾ってみせました、おめでとうございます。

日曜の新馬戦ではサトノクラウン産駒クラックオブドーンも勝利し、サトノ冠名の馬たちは種牡馬としても存在感を示しましたね。

安田記念ではソングラインが力強く抜け出してG1初制覇、今年の4歳牝馬たちは強いですね・・・!2着のシュネルマイスターも良い競馬でした。

その一方で一番人気イルーシヴパンサーは前が壁・・・。
一番人気の連続連敗記録が止まりませんね・・・。




去る者、残る者

「セキト、マンハッタン。お疲れ様」

 

『おうよ』

 

『はーい』

 

あの後、俺とマンハッタンカフェ、それぞれの関係者が集まって記念撮影が行われると・・・あれほど盛大に行われた引退式はあっけなく終了した。

 

『やあ、今までお疲れ様』

 

『君たち、北へ帰るんだろう?いいなぁ、僕も久しぶりに母さんを思い出したよ』

 

当然俺たちも厩舎へと引き上げたのだが・・・すっかり陽も沈んだこの時間だ。この場に居合わせた経験豊富な何頭かが事情を察して、そんな言葉をかけてきた。

 

『ひょえ!?あ、ありがとうございます・・・』

 

それに対して、驚きの声を上げながらも対応するマンハッタンカフェ。この数年の経験でだいぶ対馬恐怖症はマシになったみたいだ。やるじゃねえか。

 

『ああ、ありがとうな。でもよ、案外アンタらもそういうチャンスはあるかもしれねぇぜ?』

 

対する俺も、気さくに声をかけてくれたおっさん馬たちにそう言葉を返す。

 

何も北海道に帰る馬の全部が種牡馬、繁殖牝馬として登録されるわけじゃない。

 

乗馬、功労馬・・・中には個人がペットとして引き取ったりなんて幸運に恵まれる奴もいるのは事実だ。

 

そして、そのチャンスは・・・勝てば勝つほど、目立てば目立つほどに巡ってくる。

 

その最上級が、繁殖馬ってだけだと、俺は思う。

 

 

『はは、そう言ってくれると嬉しいねぇ』

 

『いいこと言ってくれるじゃないか、最近、辛くなってきたけどもうひと頑張りできそうだよ』

 

おっさん馬たちは明るく笑いながらそう返してくれた。こっちもあんたらを元気づけることが出来てよかったよ。

 

「セキト、話は終わった?」

 

『ああ、すまなかったな』

 

彼らと別れの挨拶をした後・・・話をしている最中に待っていてくれた馬口さんに感謝しつつ、鼻を鳴らして、大丈夫だと合図を送る。

 

「じゃあ、行こう」

 

馬口さんは俺のことをしっかりと見て、頷いた後にそう言ってからゆっくりと歩き始めた。

 

それに大人しくついていく形で・・・俺は、今朝方入っていた馬房と同じ馬房に入る。

 

『はぁー、疲れたよー・・・』

 

当然、隣の馬房にはマンハッタンカフェと。

 

『ようやく帰ってきたか。長い時間ご苦労であった』

 

イーグルカフェが、当たり前のようにいる。

 

 

でも、それも。

 

『・・・明日が、北海道に帰る日なんだよなぁ』

 

正真正銘、今日で最後。

 

 

深くため息を付きながら、吐き出すように放った俺の言葉に、イーグルカフェが深く頷いた。

 

『うむ。吾輩も明日、貴様もマンハッタンもこの地を経つと世話係のニンゲンから聞いている』

 

とっくに準備と覚悟は出来ている、と言わんばかりに奴はいつもの調子を全く崩さない。

 

全く、少しくらい別れを惜しんだり、寂しいと言ってくれたっていいものを。

 

そう思っていたら・・・すっかり油断していた俺は、思わぬ所から放たれた一撃をモロに食らってしまった。

 

 

『・・・そこに、そこにいるのは・・・お兄様!?そうですわね!?』

 

『うぉっ!?そ、その声は・・・スー!?スーなのか!?』

 

『ええ!愛しのお兄様の妻、オスマンサスですわ!!』

 

今朝はまだ、空き馬房であったはずの向かい側。

 

そこから見慣れた、とはいっても、久しぶりという他にないくらいには期間が空いた・・・かわいいかわいい妹分が顔を覗かせていた。

 

最後に見たのは12月の頭だけど、そこからちょっとだけ白くなったような、なってないような・・・うーん、分からん!

 

それよりも。

 

『お前、どうしてここに・・・!』

 

問題は、なぜこいつがここにいるのかということだ!

 

正直な話、スーに対しては会いたいと思っていた気持ちが半分、会いたくないと思っていたのがもう半分くらい。

 

会ってしっかりと俺の身に起きたことを説明してやりたくもあったけど、会ったら会ったで大変面倒くさいことになるのは目に見えているからな!

 

『お兄様が「センセイ」と呼んでいる方の計らいですわ!』

 

驚いて、さあこの問題児をどう扱ったものかと悩む俺を他所に、スーは誇らしげに語りだした・・・と思ったら。

 

『確かしばらく会えなくなるともおっしゃっていたような・・・会えなくなるですって!?』

 

自分で言った言葉を復唱して、滅茶苦茶動揺し始めた。ほら、早速面倒くさいことになってきたぞー。

 

『スー。ほら、落ち着けって。今すぐにって訳じゃないんだから』

 

そわそわと落ち着きを無くしたスーにそう声を掛けると、彼女はわなわなと震えながら、恐る恐るといった様子でこちらに尋ねてきた。

 

『そ、それでは・・・いつ、いつになるのかは分かってらっしゃるのですか!?』

 

それに関しては分かりきっている。

 

『明日だ。明日の・・・遅くても、午後には出発だろうな』

 

『午後!そんな、早すぎますわ!!』

 

冷静に返した俺の言葉に、スーはこの世の終わりにでも直面したかのような絶望を顔に浮かべ、嘆くようにそう言った。

 

『早すぎる・・・か・・・?』

 

いやいや、引退する馬とこうして面と向かって話せる時間って超貴重なものだと思うんだけど。

 

最悪一言二言声を掛け合うくらいにはそこそこ仲良くなった馬が、俺が遠征している間に引退してて、帰ってきたら別の馬の部屋になってましたー、なんてこともあったからなぁ・・・。

 

『こうして会えたのに・・・また離れ離れなんて、なんと(むご)い試練なのでしょう・・・!よよよ〜・・・!』

 

とうとうおいおいと声を上げて泣き出したスー。

 

だけど、なんだろう。アレは励ますとか、元気づけるとかそんな次元じゃない気がする。

 

『(とりあえずほっとくか・・・)』

 

呆れつつも、とりあえず泣き止むまで放っとこうと決めたところで、隣の方からなにやら小声で尋ねてくる声が聞こえてきた。

 

『(先輩・・・!あの子、なんなんですか、先輩の事を知ってるみたいですけど・・・)』

 

声の主はマンハッタンカフェだ。声色から察するに興味半分、恐れ半分といったところか。

 

将来スーが引退した後・・・成績次第だが血統的にこいつと種付けする可能性もあるってのがなんとも。まあ、興味があるなら教えておいてやるか。

 

『(あいつはオスマンサス。俺と同郷の芦毛の牝馬だ。訳あって生まれたばっかだったあいつに慕われてな)』

 

そう紹介してやれば、マンハッタンカフェは目を見開いてから呟いた。

 

『(へぇ、先輩と同じところで生まれた子かぁ・・・どんなところなんだろ・・・行ってみたいなぁ)』

 

『(いやいや、そんな期待したところでそんなに広くもねーし、大した施設もねーぞ)』

 

ついでに繋養馬も大した馬は・・・あ、俺の母馬がいるか。けど、それ以外はあんまりぱっとした馬はいなかったはず。俺の記憶にある限りは、だけど。

 

 

『うぅ・・・!そうだ、思い出しましたわ!!泣いている場合じゃありません!お兄様!』

 

そんな時、泣いていた筈のスーが何かを思い出したらしく、勢いよく俺を呼びつけた。ほらな。放っといて大丈夫だったろ?こうなるんだよこいつは。

 

香港に遠征するまでの付き合いで良くわかったんだが・・・こいつは2年間で実に色々と変わった。最たる変化は馬体の色と大きさだけども、それ以外に、精神的な方でも大きく変わったところがある。

 

一言でいうぞ?「儚げで優しい、消えてしまいそうな美少女系だった妹分が、少し目を離した隙にパワータイプのお嬢様」へと変わっていた。いや、馬の成長するパワーってすげぇな。

 

真面目で頑張り屋な面と、根っこの部分は小さい頃から全く変わっていない様だから・・・多分、何かしら影響を受けた相手や物があって、そこからスーの気性と絡み合った結果がこれなんだろうなぁとは思うけど。

 

『なんだ?』

 

何が起きたかなんて知らねぇ、というか一体何があったらそうなる。

 

そうツッコみたい気持ちを抑え込み、一旦マンハッタンカフェとの会話を切り上げてその声に応えてやれば、スーはさっきまでの泣き虫はどこへやら。そのまま意気揚々と俺に現状を報告してきた。

 

(わたくし)、オスマンサス・・・なんと!デビューの日取りが決まったのです!』

 

一体今度はどんな爆弾発言が飛び出すのか。そう身構えた俺の耳に飛び込んできたのは・・・普通におめでたい内容だった。

 

ホッと安心すると同時に、『おお!』と感嘆の声が自然と漏れる。

 

それに気を良くしたのか、スーは更に続けた。

 

『それが明日ですの!周りの方は「まだ早い」やら「大丈夫か」なんて言っておりますけども・・・大丈夫ですわ。お兄様に会えたんですもの、絶対に勝ってみせますわ!!』

 

『ほー、明日かぁ・・・明日ァ!?』

 

おいおいマジか。確か新馬戦って第4レース辺りに組まれてることが多いよな・・・?

 

ってなると、大体発走は12時台前後になる・・・うーん、出発の時間次第って所もあるけれど、レースを終えたスーを出迎えてあげられるかは・・・微妙だな・・・。

 

『そうなんですの!俄然気合いが入ってまいりましたわ!』

 

そう言って前掻きで気合いをアピールするスー。

 

その姿を見ていると、明日、もしレースを終えてここに帰ってきて。そこに俺の姿が無く、空っぽの馬房が出迎えたとしたら。

 

・・・うん、俺なら間違いなく気持ちが折れるな。

 

ここは・・・そうだ、妙案を思いついたぞ。

 

 

 

 

『・・・おい、イーグルカフェ』

 

その日の深夜。スーは馬房の壁に持たれるようにしてぐっすりと眠っていた。

 

そんなスーなら大丈夫とは思うが、色々と考えを巡らせ・・・対応策の一つとして、俺は隣のイーグルカフェに声を掛ける。

 

『なんだ』

 

声色から気まぐれではないと察したのか案外奴は素直に応じてくれて、お陰で話がスムーズに進む。こういうところは本当に頭がいいんだけどなあ。

 

『確かお前、明日もずっとここにいるよな』

 

『・・・少なくとも、次のレースは一月程後だそうだ』

 

『よし、じゃあ頼みたいことがある』

 

イーグルカフェの日程を確認してから、俺は向こう側のスーを指しながら奴に言った。

 

『向かい側にいるあの芦毛・・・白い牝馬の子なんだが』

 

『オスマンサスがどうかしたのか』

 

あれ?スーのこと知ってるの?と一瞬思ったが、スーの口ぶりから察するに競馬場に来るのはこれが初めてみたいだし、その間に厩舎で一度や二度、顔を合わせていてもおかしくはないかと思い至る。

 

『いや、スー・・・オスマンサスがな、明日・・・いや今日、になるのか?とにかくデビューみたいなんだが』

 

日付を跨いでいるのかいないのか、イマイチ分からないからそこは適度にぼかしつつ目の前のイーグルカフェに話を持ちかけると。

 

『ほう、年も明け、一つ大人になったこの節目にデビューか。めでたいな』

 

奴は俺の言葉にうんうんと頷き、共に彼女の門出を祝ってくれているようだ。

 

『ああ。それでな。あいつ、俺を慕ってくれてるんだよ。それで・・・もしもレースが終わった後、俺がいなかったらと思うと・・・な』

 

そこまで話すと・・・今度は一転、難しい顔をしながら奴は言った。

 

『成程。貴様の憂慮は分かった。しかしこれは吾輩や貴様も通った道であろう・・・ましてやあの女子(おなご)が、其れ如きで落ち込むとは思えぬ』

 

『・・・だよなあ』

 

優しさばかりでは、後進は育たぬぞと釘を差してくるイーグルカフェ。というかスーに対して妙な信頼があるな。あいつは何があってもへこたれないってのは事実だけど・・・どんだけ広まってるんだよこの話。

 

確かに、今日久しぶりに会ってみて・・・はっきりと分かった。あの子は俺の言葉が無くたって立ち直れるだろうし・・・もう、一頭(ひとり)でも、十分に競走馬としてやって行ける。

 

けどな。

 

『でもさ、馬生(じんせい)で一度切りのデビュー戦なんだ。折角だから、同郷のお兄さんとして・・・いや。同厩の先輩として。一言、伝言を頼みたい』

 

それとこれと、俺自身の気持ちは別なんだよ。

 

頼む。ただそれだけ意思を込めて、イーグルカフェを見つめ続けて・・・十秒くらい経っただろうか。奴は諦めたのか、それとも折れてくれたのか・・・大きくため息をついた。

 

『どうせ貴様のことだ。これ以上、何を言っても聞くまい・・・仕方ない、頼まれてやる』

 

『・・・助かるよ』

 

一言だけ感謝を述べて。

 

それから俺は、イーグルカフェに様々な伝言を頼もうとした。

 

勝った場合、負けた場合、最悪レースが中止になった場合などなど・・・。

 

ところが。

 

『んー、と後は・・・』

 

『バクソウオー、少し待て!そこまで言伝(ことづて)を預かっては・・・流石の吾輩も頭が破裂してしまいそうだ!』

 

奴にしては珍しい、心底慌てたような表情を見せながら、それ以上は覚えていられないと一旦断られてしまった。

 

おっとっと。やりすぎたか。

 

スーのことを思うがあまり、勢いを付けすぎたぜ。

 

俺としたことが、と自分に反省を促しつつ・・・イーグルカフェには、スーが故障せずに帰ってきた時に、と一パターンだけお願いすることにした。

 

『いいか・・・』

 

『ふむ・・・』

 

それは、あくまで優しい「お兄さん」ではなく、G1を制した「同厩の先輩」として贈る言葉。

 

精一杯、厳しくも、しかし暖かさを込めたつもりだ。

 

その言葉は、こうして、俺自身の手と口で、イーグルカフェへとしっかり託された。

 

 

『・・・相わかった。この言葉は、オスマンサスが帰ってきた時にしっかりと伝えよう』

 

『頼んだぜ、イーグルカフェ・・・ふぁ、眠・・・』

 

『なんだ、眠れていなかったのか』

 

『ああ・・・でも、ようやく・・・』

 

『安心しろ。吾輩が走り続ける限りは・・・オスマンサスのことを見守ろう』

 

『・・・すまねぇが、頼んだぜ』

 

『うむ』

 

奴の力強い返事を聞いて、心配ごとが一つ消えた俺は、ようやく眠りに就くことができた。

 

 

そして、翌日の朝も過ぎて、昼間に差し掛かる頃・・・。

 

『では、お兄様、行ってまいりますわ!』

 

そこにはレース用のハミと頭絡を身に着け、びしりとポーズを決めて見せるスーがいた。

 

その姿は一月前よりなかなか様になっていて。これなら今日は無理でも、近いうちに勝ち上がれるだろう。そう確信するに至るには十分な出来だった。

 

他にも『お兄様のお隣の方にも色々お聞きしましたのよ』とか、『レースって色々ややこしいんですのね』とか色々言っていたけれど・・・今の俺は、間近に迫った別れを悟られないようにすることに必死だった。

 

俺がいなくなるって分かったら・・・こいつのレースに、どんな影響を及ぼしてしまうか分かったもんじゃない。

 

『おお、頑張れよ』

 

軽く、いつもの調子でそう返す俺。大丈夫、大丈夫。この後起きることを見透かされないように。

 

『・・・?お兄様?』

 

ん?スーが怪訝そうな顔でこっちを見ている・・・って、早速バレた!?

 

いやいや、まだ分からんぞ。こうなったら何がなんでも隠せ、隠し通せ!

 

『いや、なんでもねぇ。レース・・・しっかり走ってこいよ』

 

なんとか平静を装って、スーにそう話しかければ、彼女はいつも通りに勢いよく『勿論ですわ!』と返事を返してくれて。

 

「行くよ、スー」

 

『分かりましたわ!』

 

担当である厩務員さんに連れられて・・・スーは生涯初めてとなるレースの舞台へと上がっていった。

 

 

そして、それから程なくして。

 

「さあ、セキト、マンハッタン・・・迎えが来たよ、行こうか」

 

どこか寂しそうな様子の馬口さんが、俺に頭絡と引き綱を付けた。

 

『・・・やっぱりこうなっちまったか』

 

『・・・うん』

 

いよいよ、俺とマンハッタンに北の大地からの迎えが寄越されたようだ。

 

『(・・・あっ)』

 

なんとなく耳をすますと馬運車のエンジンの音が二台分聞こえた。どうやら俺とマンハッタンカフェは違う牧場に繋養されるらしいな。あーあ、とうとうこいつともお別れだ。

 

それにしても予想通り出発はスーがレースに向かった後だった・・・遅めの時間だが、大方センセイか誰かが、俺とスーの別れの時間を設けてくれたといったところか。

 

これで、スーがここに戻ってきたとしても・・・もう、俺はここにはいない。

 

だからこそ・・・俺の左隣りにいたアイツが、頼りの綱だ。

 

『・・・なんつーか、すまんな、最後まで色々頼んじまって』

 

『イーグル先輩・・・最後までお世話になりました』

 

声をかけた俺に倣うように、イーグルカフェに最後の挨拶をするマンハッタンカフェ。

 

『・・・礼などいらぬ。貴様らは吾輩たちのことなど気にせず、せいぜい子作りに励み、大勢の子孫に恵まれて老衰で果てればいいのだ』

 

ところが、奴の口から出てきたのは一見すると悪口にも聞こえる言葉・・・だが。

 

よくよく考えれば、その内容は言い方こそ硬いがひょっとしなくても『孫に囲まれて老衰で死ね』って奴で。なんだよ、最後まで素直じゃねーなぁ。

 

『ん、じゃあな、元気でな』

 

『本当にありがとうございました!』

 

『うむ』

 

俺とイーグルカフェとマンハッタンカフェで、最後に短く言葉を交わして。

 

それが、俺たちの最後の会話になった。

 

 

 

 

その頃、中山競馬場の第4レース、3歳新馬戦に出走する馬たちが周回するパドックで、一頭の芦毛馬がひたすらに首を降って歩いていた。

 

『やってやりますわ!やりますわぁぁ!』

 

「あ、こら!落ち着け、スー!」

 

『これが落ち着いていられますか!お兄様が見ているんですのよ!!』

 

その馬は、言わずもがなオスマンサス。

 

厩務員の静止も聞かず・・・ぶんぶんと頭を振り回すその様を見て「新馬らしい」、と微笑む者もいれば、「あいつは消しだな」、と馬券師としての厳しい目を向ける者もいた。

 

「止まーーれーーー!」

 

「おっと」

 

そんなパドックに停止命令の長い声が響き渡り、何頭かがそれに驚いたのか鳴いたり、少しバタついたりしながらも、小天狗から飛び出したそれぞれの鞍上を練習通りに背に乗せていく。

 

そして、それは・・・未だ落ち着かないオスマンサスも変わらない。彼女の元へと走り寄ってきた、黒と桃の元禄模様の勝負服を着たジョッキーが、厩務員に話しかけた。

 

「よろしく・・・オスマンサス、じゃあ長いかな・・・えっと、この子、あだ名とかってありますか?」

 

「え?あ、ああ・・・ウチじゃあスーって呼んでますけれど・・・」

 

「そっか、ありがとうございます。スー、今日はよろしくね」

 

一連のやり取りの後、白い馬体の、黒味を帯びた鼻先にぽんぽんと触れたその手の持ち主は・・・岡田順平その人に他ならない。

 

セキトの引退式に出席していた流れから、日程的にも丁度いいと朱美と太島が相談し、決まったことであった。

 

「様子を見てもらえば分かるんですが・・・正直今日は厳しいかなって・・・」

 

苦笑しながらそう言う厩務員、しかしジュンペーはそう聞いてオスマンサスの様子を見ると・・・首を傾げながら逆に尋ねた。

 

「あれ?僕には割とよく見えるんですけど・・・」

 

「え?あれ・・・」

 

そして、愛馬の様子を再び確認した厩務員は、信じられないものを目の当たりにする。

 

 

「落ち着いてる・・・」

 

 

そこには、先程まで首を振り回していた筈のオスマンサスが、すっかり落ち着いた様子で佇んでいて。 

 

「よいしょ、っと。頑張ろうね」

 

ジュンペーを背に、静かに歩みを進めだしたその姿はまるで・・・一輪の白百合のようであった。

 

 

 

 

『さあ第4コーナー回って先頭はメジロライアン産駒ホットフォン!しかし二番手からトウキュウドリームとノブシ!並んで差を詰めてきた!!』

 

お客さんの前で、自らの駆ける姿を披露する日を迎えた15頭の若駒達が芝生を蹴散らし、生まれて初めての攻防を繰り広げながら短い直線を駆け抜けていく。

 

『更にはマイネルヴェルデ!その内から白い馬体・・・オスマンサスもいい脚であがってきているぞ!』

 

「おいおい・・・何が起きてる?」

 

その内の一頭となったオスマンサスの走りを関係者席から見守る太島は、信じられない物を見る目で見つめていた。

 

何故ならば。

 

「そう!いいぞ!スー!!そのまま先頭まで行こうっ!!」

 

『了解、ですわッ!!』

 

調教ではあれ程暴れ馬だったというのに・・・ジュンペーが手綱を取った途端、牝馬らしく、しおらしい、真面目でひたむきな競走馬へと変身していたからだ。

 

真面目な走りを見せたオスマンサスは、陣営の予想を遥かに超えて力強く、軽やかに大地を蹴り、500kg超えの馬体を弾ませる。

 

「気性難って聞いてたけど・・・なんだ、素直ないい子じゃないかっ!」

 

素直にそう感想を述べるジュンペー。

 

『お褒めに預かり光栄ですわ♪』

 

オスマンサスの方も、その言葉に上機嫌な様子を見せ、更に前へと脚を繰り出し、先頭へと躍り出る。

 

『ここで外からシャドーウィップ!!伸びてきた!』

 

『ほらほらどいた!勝つのはアタシだよ!』

 

しかし、今はレース本番。勝利は譲らないとばかりに外目から一頭の牝馬が上がってくる。

 

ダンスインザダークの娘、シャドーウィップ。

 

父譲りの末脚は鋭く他の馬たちを一呑みにして、オスマンサスをも捉えんとばかりにさらに切れ味を増していく。

 

『ここで先頭、オスマンサスが躍り出た!オスマンサスだ!メジロマックイーンの仔、オスマンサスが逃げる!しかし後ろからはシャドーウィップがすごい脚!シャドーウィップかオスマンサスか、シャドーウィップかオスマンサスか!?』

 

『先頭にいていいのは・・・アンタじゃない!!アタシだ!』

 

そう啖呵を切りながら二番手から戦闘へと迫る鹿毛の馬体・・・しかし、自分でも驚くほどに、オスマンサスは動じない。

 

『(不思議・・・。この人の言うことなら・・・聞かなきゃいけないなって、そう思う)』

 

それは、パドックでジュンペーと目があった瞬間。鼻腔に届いた匂いが、どこか安心感を覚えるような・・・どこかで嗅いだことがある匂いによく似たものだったからだ。

 

そして、そんな存在が自分の背中にいる。それだけでオスマンサスはすっかり安心してしまい・・・いつもと比べて、走りにも力が入らない。

 

なのに、この人はそれを「リラックスしていていい感じだね」と褒めてくれて・・・首筋を撫でる手から、また、あの安心できる匂いが流れてくる。

 

その正体が、ジュンペーの身体に染み付いた愛しのお兄様・・・セキトバクソウオーのものであることを、彼女は知らない。

 

しかし、この人と組めば、負けない・・・他の子には

負けたくない。臆病な筈の自分が自然とそう思えるくらいには勇気が湧いている。

 

『残り100!先頭はオスマンサス!しかし後ろからは迫るシャドーウィップ!交わすか!粘るか!どっちだ!』

 

さあ、後ろから一頭迫っている。どうするつもりなの?と自分に尋ね・・・ここまで来たなら、とオスマンサスは、普段はとろんと垂れている目尻をキッと釣り上げた。

 

負けないからこそ、一歩も引かない。いや、寧ろ・・・相手に向かって、一歩踏み出すような、そんな勢いで!

 

・・・そう思えた今なら、あの、憧れていた金色のタテガミの仔にも、負けない気がして。

 

『あなた・・・さっきから誰に向かってものを言ってますの!?』

 

『絶対に負けない』。そんな意志を燃やしながら、オスマンサスは後ろのライバルを睨みつけた。

 

これも、普段なら絶対にできないようなこと。

 

『ッ!?』

 

そんな強い意志をぶつけられて・・・シャドーウィップの身体が跳ね上がる。

 

『(なんだ、なんだこれ)』

 

レース前・・・シャドーウィップの陣営は、オスマンサスをデカくて立派な馬だが良化には時間がかかると見越して、全くマークをしていなかった。

 

それもそのはず、オスマンサスは15頭立ての8番人気・・・パドックで入れ込んでいる上に晩成傾向のある父の血が嫌われての低評価。

 

それが、その「デカいだけ」の筈の目の前の芦毛の牝馬から睨まれたその瞬間、シャドーウィップは全身が痺れたような感覚に襲われ。

 

そんな経験のない事態に・・・彼女は最早戸惑うことしかできなくなって。

 

それを尻目に、オスマンサスは変わらず軽い足取りでターフを駆け抜けながら・・・周りの馬に、高らかに宣言した。

 

『私は!!セキトお兄様の一番の嫁・・・嫁オブ嫁の!オスマンサスですわ!!』

 

『オスマンサスだ!ゴールイン!!メジロマックイーンの娘、オスマンサスが見事シャドーウィップを半馬身差抑えてゴール!』

 

 

オスマンサス、8番人気の低評価を覆して、新馬勝ち。

 

新馬とは思えぬそのレース内容に、彼女の実力を低く見積もっていた人々は続々と手のひらを返さざるを得なかったのだった。

 

 

『お兄様っ!勝ちましたわ!お兄様!・・・お兄、様?』

 

そして、レースを終えたオスマンサスは・・・『家族』である朱美や、太島も交えた記念撮影を終えると、厩務員に引かれながら意気揚々とステップを踏みつつ滞在厩舎の馬房へと帰還する。

 

それから顔を出して、厩舎中に響き渡るような得意げな声で、意中の存在を呼んだ。

 

だが、いない。

 

『お兄様?お兄様ー!?』

 

幾ら呼べども、探せども。

 

一番勝利を報告したかった、あの、赤い馬体のフィアンセが・・・見当たらない。

 

『お兄様ぁぁぁぁ!?』

 

何度も何度も嘶いて、返事を待つが・・・残念ながらそれらしき嘶きは返ってこなくて。

 

そこでもう一度嘶こうとして・・・オスマンサスはそういえば、とつい昨日の話を思い出す。

 

 

『明日だ。明日の・・・遅くても、午後には出発だろうな』

 

 

『あ・・・』

 

そうして、セキトの身に何が起きたのか、すべてを察したオスマンサスの口からは、小さな声が漏れた。

 

聞いてはいた。

 

聞いてはいたが・・・まさか、そんな。

 

『自分がレースに出ている間』に、別の場所に経ってしまうなんて。

 

『あ・・・あぁ・・・!』

 

こうなると分かっていたならば、レースになんて出なかった。

 

そんなこと(・・・・・)よりも、愛しいお兄様と共に、一秒でも長く厩舎で共に時間を過ごしていたかった。

 

なんで、何でそんなことにも気づかなかったのか。

 

『うう・・・!』

 

『・・・奴の言っていた通りになったか・・・オスマンサス、少しいいか』

 

狼狽し、馬房の中を忙しなく動き回り・・・それでも抑えきれない思いが溢れそうになったその瞬間、オスマンサスに聞き慣れない声が掛けられた。

 

『・・・誰、ですの?』

 

そっと、俯きかけていた顔を上げると何の模様も持たない鹿毛の馬が、オスマンサスを見つめている。

 

その纏う雰囲気が、いかにも年上の・・・しかも何年も走っているような、歴戦の古馬であることをありありと語っていた。

 

格上かつ、面識の無い相手に話しかけられたことで彼女が思わず身体を強張らせると。

 

『そんなに緊張せずとも良い。吾輩はイーグルカフェだ。貴様・・・いや、貴女(きじょ)の想い(びと)、セキトバクソウオーの同期に当たる、しがない馬である』

 

口調や仕草で、出来るだけ怖がらせないように努めろというセキトからのアドバイスに従い、これでも極力棘を無くしたイーグルカフェ。

 

その自己紹介を聞いたオスマンサスは・・・少しだけ警戒を緩めた。

 

『イーグル、カフェ・・・さん?私に何の用事でして?』

 

『バクソウオーから、言伝を預かっている』

 

『お兄様から!?』

 

そして、その口からセキトの言葉を預かっていると聞けばオスマンサスはその表情を一気に明るくする。

 

その様子にイーグルカフェは多少頭を抱えたくなる思いを抱きつつ・・・『貴女の思っている言葉とは少々異なっているかもしれんが』と前置いてから、その言葉を思い出し、聞かせ始めた。

 

 

 

 

『・・・今頃、スーは俺の伝言を聞いてる頃かなぁ』

 

中山競馬場を経って、一時間ほど。今は・・・ようやく茨城に入った辺りだろうか?

 

どうやら俺と同じ目的地に行く馬はいなかったようで・・・一頭(ひとり)寂しく馬運車に揺られているのだから、これがなかなか辛い。あんまり長く乗せられてると車酔いもあるし。

 

とは言え、新馬の頃から比べればこれが大分慣れたもので、今では数回休憩を挟めば、あまり酔わずに遠出できるようになったのだ!・・・多分、もう、意味はないけどさ。

 

他にやることもなくて、イーグルカフェに伝えた俺の伝言を思い出す。

 

 

スー、デビューおめでとう。勝ったのなら、よくやった。負けたのなら、次も頑張れ。

 

直接言葉を掛けてあげられなくて、すまない。

 

だけど君がこうして走り続ける限り・・・こういうことは山程起きる筈だ。何かしらの都合、病気、あるいは事故・・・沢山の仲間と出会っては、別れるだろう。

 

寂しいけれど、挫けちゃいけない。

 

俺にまた会いたいのなら、尚更だぞ? 

 

そして、ここからはあくまで『お兄様』じゃなく・・・厩舎の先輩として、言わせてもらう。

 

強くなれ。そして、何より無理をするな。特に脚。脚は何が何でも守れ。

 

弱さを知っていて、それを分かった上で・・・ああ振る舞っているお前ならできるはずだ。

 

レースに負けてもいい。いくら泣いたっていい。落ち込むのもいいだろう。

 

でも、絶対に、そこから立ち直れ。

 

心では負けるな。そうなってしまったら最後・・・レースで勝てないから。

 

分かったか?

 

分からなくても、いずれ分かるようになるだろう。でも、これだけは覚えとけ。

 

『1勝よりも、一生』・・・どっかの誰かが言った、俺たち競走馬のスローガンだ。

 

それじゃあな、スー。

 

数年後に、また、会おう。それまで元気ていてくれよ。

 

 

・・・正直、こんな長文をイーグルカフェはよく覚えてくれた・・・いや、アイツのことだから端折って伝えてるかもしれん。

 

けれど、いいんだ。

 

あいつを通して、スーに、競走馬としての心構えを伝えられたのなら。

 

ふう、と息を吐いて、小さな窓から空を見た。

 

・・・あらら、いつもは晴れていたというのに、よりにもよって今日は生憎の曇天だ。

 

しかし、いつも万全、完璧という風にはいかないのは・・・競走馬の一生と同じ。

 

そういえば、俺はどこの牧場に行くのだろう、全く聞いた覚えがないぞ。

 

別の馬運車に乗り込んでいたマンハッタンカフェは・・・大方、故郷である馬飼が管轄するスタッドに行くんだろう。

 

よっぽどの理由がない限り、同じ場所に行くなら同じ車を使わない手は無いから・・・俺は、馬飼以外のスタッドに行くことになるのか。

 

馬飼入りならず。

 

その事実は俺が花形種牡馬と見做されていないようで残念なような、しかし極端な数の種付けをこなさなくて良い分ホッとしているような・・・そんな微妙な心境に陥って。

 

『俺は、どこに行くんだろうな・・・』

 

北の大地への道のりは、まだまだ長いから。

 

時折ごとごとと揺れる馬運車がまるで自分の心のようだと思いながらも・・・新天地に想いを馳せたのだった。

 

 




次回からエピローグに入り、本編完結後にいくつか番外編を書く予定です。
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