剣ノ杜学園戦記   作:新居浜一辛

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〈ライト・シューター・ボレー・チャージ〉

 

 鳴の射放った矢が、天井すれすれまで伸び上がって、落下の最中で分岐して降り注ぐ。

 それを浴びせかけられた怪物たちのうち、何体かが蓄積されたダメージが耐久性を超え、爆散する。

 

 が、その数は一才の減退を見せない。

(むしろ、数が増えているような……)

 そんなはずはない、見間違いだとと甘い期待を寄せたいところだが、見慣れない砲台が現れたあたりで如何ともし難い現実だと解らせられる。

 さらに悪辣なことには、彼らは積極的には手を出さない。ただ数で押し包んで、鳴の挙動のみを封じる。距離を詰め、戦術の幅を狭めていく。

 

「熱ッ」

 それとなく装填したキーとホールダーも、さすがに必殺技(チャージ)の連発ともなれば排熱処理が追いついていない。これ以上の継戦は無理だろう。

 

 気がつけばコーナーの壁際。袋小路。脚の届く範疇に窓や扉もなく、一歩もこの領域から離脱できない。

 その圧倒感はさしもの彼女も、軽い恐れを抱くほどだ。

 

 ここまでの物量を敵に回したことは一度もなく、そこまで敵を作らないよう立ち回ってきた鳴にとっては、初めて陥る窮地らしい窮地であった。

 恨むべきは火力不足の己の才覚か、そこまで追い込まれてしまった自身の不明か。

 

 心身ともに窮した鳴の耳が、ある異音を敵の囲いの向こう側より捉えた。

 幻聴か。否、明確な質量を伴った、車輪がタイルを踏み締める音。

 

〈コサック・フルファイア〉

 

 その車体が人を乗せて、異形たちの垣根へと突っ込む。

 その後輪が巻き上げるダイアモンドダストに、轢かれた個体も避けた者も、あまねく凍結させてガラス細工のごとくに破砕させる。

 

 呆気に取られる鳴の手前で停止したそのライダーは、何食わぬ顔で、

「大丈夫か?」

 至極日常的な調子で尋ねた。

 

「……どーも」

 知れた顔である。

 精悍とも芒洋とも取れる、バリエーションに乏しい表情。唯一ふだんと違うポイントを挙げるとすれば、何故かアロハシャツを秋ごろにも関わらず着ていることだけだ。

 夏には厚着してぶっ倒れ、肌寒い季節に腕を外気に晒す。とことん季節感というものを知らないその青年、白景涼はまたがっていたバイクより足を下ろした。

 

「助けてくれたのはありがたいんですが」

 鳴は氷片と残骸のロードを見つめながら、肩をすくめて言った。

「一瞬でカタつけられると苦労してたあたしの面目丸潰れっすね」

「卑屈になる必要はない。世論調査では君がナンバーワンだ」

「はい?」

 よく分からないことを真顔で返しつつ、涼は虚空を見上げた。

 

「にしても先輩、あんた割かし頻繁に外に出て来ますよね」

 呆れた調子でぼやいた鳴の方へと軽く向き直り、

「今日は物資の受け取りに来ただけだ。そこに君と出くわした」

 とかいつまんで経緯を説明したあと、ふたたび中空へ目を向けた。

 

「そもそも、まだ終わっていない」

 と言うが早いか、ダクトより、天窓の隙間より、白くガス状の流動体が侵入してきた。

 雲。長細く蛇のように形を作ると、網目を張り巡らせながら廊下内を充たす。

 

 次の瞬間、涼に鳴は小突かれた。

 よろめいて、突き放された間を、鋭く旋風が通り過ぎる。

 後から来るぞっとした感情に突き動かされて自身の足下を見れば、曲刀……俗に言うククリナイフが突き立っている。そして鳴の視線の先で、それは霧散した。

 

〈龍騎兵・突撃形態〉

 

 その脇で換装を経て腕とバイクを合体させた涼は、おもむろに雲へと砲撃を加えた。

 どうやらその雲に吸収反射の特性はないらしく、穿ち抜かれて切断される。

 だがその中に潜んでいた影が飛び出して、天井の電灯に取りついた。

 それは、小人とも猿ともつかぬ怪物。

 長い両腕の一方は曲刀を握り、もう一方で白熱灯の残骸を支えとしてぶら下がる。

 ネパールの土産じみた、独特の意匠の面をかぶった頭部を時折思い出したように左右に傾ける。

 そしてふたたびつながった雲の中へと我が身を隠す。

 

「また妙なのをひっつけて来たな。非定型の人造レギオン……巷説(ウワサ)に聞くSAタイプか」

「別に好んで連れて来たわけじゃないっすけど……多分、上のヤツのですよ。あいつ、『鍵』を変えやがった」

「いや――もう追いついたよ」

 

 ふたりの会話に混じる、男の声。

 鳴と同じように天井から飛び降りた長躯が鋒をたずさえ落ちてくる。

 

「この『ハイランダー』に君の匂いを覚えさせて追わせたんだ。不慣れな山には優秀な『トップ』の先導が不可欠だ。……なんか増えてるけど、状況はそうは変わらない!」

 

 新参の相手が『旧北棟』最強の男と知ってか知らずか、物怖じの様子もなく大口ともに、石突でタイルを小突く。

 

 瞬間、ククリナイフがふたたび彼女たちを襲った。

 充満する白雲の中、猿が一声低く啼いて走り回る。投擲されるククリナイフ。その軌道はブーメランの要領で変幻自在、縦横無尽。

 視野の大半を埋め尽くす廊下内のあらゆる場所から、レギオンは奇襲を断続的にくり返す。

 

 ただし――消耗させ切った鳴よりも、涼を削り取ろうというのだろう――彼を中心に、短刀は巡る。

 さしもの涼も、完全にはその軌道が目で追い切れていない。何度か被弾していた。

 

「白景先輩ッ」

「問題はない。君はホールダーのクールダウンと自身の防備に専念しろ」

 

 言われずとも、鳴にしてみれば流れ弾的に仕掛けられる、ついでのごとき攻撃に対しての自己防衛がせいぜいである。

 

「ったく、時間食ってる場合じゃねぇってのに」

 

 片割れでさえこの戦闘スペックと技術なのである。本命がみずからぶち当たった歩夢たちサイドも、相当の苦闘を強いられているのが容易に想像がつく。

 

「――分かった」

 敵の連撃の直中にいる涼が、鳴の嘆きを拾った。

「短期でカタをつければ良いんだな?」

 とも言った。

 

 転瞬、鳴の前へと涼は進み出た。もっぱら防御に使っていた涼のホールダーが、高々と持ち上げられた。

 そして、砲口が唸りをあげ光を放つ。火を噴いた。

 

 辺りの損壊も、ともすれば鳴へのフレンドリーファイアさえもいとわないような、苛烈な弾幕。

 単純な重火力のみならず、恐るべきは限られたスペースでの、跳弾。それらが内外より挟み込む形で、雲を破り、乱舞していた刃を撃ち落とし、レギオンを射落とす。

 

「なにっ!? くっ……」

 不動の鉄壁であった長躯が初めて退いた。が、彼の鉄壁たるゆえんは、この『ハイランダー』がためではない。

「なんてね。オレも、ライカさんほどじゃないけど攻撃が激しければ良いってカンジでさ」

 ――当然彼は、その本来のスタイルへと切り替える。

 

〈ジャンダルム〉

 

 バリトンの声とともに、『ユニット・キー』が換わる。迎撃されて昏倒していた怪人の身体が、発光とともに変形していく。

 仮面は二本の円筒が飛び出て、さながら二本角のヤクのように。そこから吹き出る雲は、厚みを加えて色も濃く。長い腕はわずかに胴体に戻されて四つん這いになり、雲の帳に沈んでいく。

 

「気をつけてくださいよ、あれ、全部吸ってはね返すヤツですから」

 攻めから守りに転じた刺客の佇まいは、余裕そのもの。それを、涼へと忠告した。

「わかった」

 と涼、これも汲んで二つ返事。

 だがその砲口は依然男子の図体へと向けられたままだ。

 

 ふたたび、『龍騎兵』が無数の弾丸が吐き出された。

「ははッ、いくら火力や変則的な跳弾で押し切ろうとしてもっ」

 対するのっぽの表情にありありと窺える、余裕の笑み。

 だが、その表情は、にわかに口先を転じた涼のホールダーを見て、剣呑に歪む。

 一塊に力が集約された砲弾が、地面へと叩きつけられた。

 

「コイツ……オレごと崩落させようと……いや!」

 引き退く少年が目撃したものは、衝撃の余波で乱れて吹き飛ぶ、雲の防壁。

 涼は、直接相手に攻撃を掛ける愚を、鳴の忠告によって知った。ゆえに、爆風によって、雲を退けるという手段を取った。

 

 もちろん、並の攻撃であれば雲を吹き飛ばすには至らない。

 だが、グレード4の高火力を一極化させた衝撃波であれば、それが能う。

 事実、その風圧の中では涼が風避けになっていなければ、鳴も立っていられたかどうかといったほどだ。

 

〈ドラグーン・フルファイア〉

 追い討ちとばかりに、威力を倍加させた連射が加えられた。

 

「……まだだ!」

 そして暴風を浴びながらも、なお踏み留まって少年は耐える。

 千切られた雲を取りまとめ、方々に散った光弾をも取り込んで、自身の手勢へ加えんと、蛸足蜘蛛糸のごとく張り巡らされる。

 

「今だ。奴の『戦線』が伸び切った」

 

 涼は短く抽象的なことを、発射の爆音にまぎれて鳴に言った。

 目の前の敵に劣らぬ体躯は、風避けでもあり、敵の視界から鳴を遮る庇でもある。

 

 準備はすでに出来していた。

 その死角で、少女は頷き、そして矢をつがえて天へと放った。

 

〈エリートスナイパー・プレシジョンチャージ〉

 

 音と雲と弾幕に隠れていた一矢は、薄まり細まり伸び切った雲をかいくぐる。

 どれほどの攻撃をも凌ぎ、取り込みはね返す防御と言っても、その手数には限度があった。動揺が生じていたがために、なまじ自動的な防御から手動に切り替えていたであろうことが彼にとって災いした。

 

 そして涼の献身と力攻めあればこそ生じた隙であり、導き出された最適解であり、逃すべからざる格好にして絶好の機であった。

 

「しまっ……!?」

 た、と最後まで言い切る前に、鳴の射撃は吸い込まれていくようにして少年の肋骨のあたりへと叩きつけられた。

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