剣ノ杜学園戦記 作:新居浜一辛
果たして、兄妹は、素直に再会を喜ぶことができるのか?
この二年間はそれぞれにとって荒涼と、殺伐とした時間で、彼らの間にはクレバスのごとき隔絶が生じてしまっているのではないか?
「いやー、兄やんホンマ変わっとらんなぁー。ジブン、ちっちゃいまんまやな」
「うっさい! オマエがデカくなり過ぎなんだよ!?」
……が、ライカが案じていただろうその心配も、杞憂に終わったようだ。
その隔たりは、クリスの雪崩の如きトーク力と押し寄せぶりで瞬く間に埋められ、たしかにその応酬は兄妹のそれである。
もっとも、髪の毛を混ぜっ返されるライカを眺めると、どちらが年長者か分からなくなるが。
「オマエの方は」
両手で包み込んだホットミルクティーを一息飲み干してから、ライカはクリスを、呆れたように軽く睨みつけた。
「ずいぶんと、成長したな……」
「ん? そうか?」
「そうだよッ、てか何食ったらそんなに大きくなるんだよ!?」
「あ、それわたしも知りたい」
と、歩夢が割り込んで手を挙げた。
「まぁ、お前には切実な問題だよな」
と、鳴もまた皮肉を挟む。
「んー? いやまぁ、特に何かしたっちゅうワケやないけど」
と、腕組みしながら首を傾げるクリスは、
「適者生存っちゅうか。こないならんと逆にあっちじゃしんどいっちゅうか」
なるほど、実現可能かどうかはともかく、理には適っている。
思えばこの胡市に白景涼などは、あの酷寒の中でも十全に働けることを求めたかの如く、堂々たる体躯の持ち主だった。
「……まぁ、そうだよね」
歩夢はやや落胆の眼差しを真月に向けた。
「事あるごとにチビネタと部外者ネタであてこすんの止めない? 今この場でリターンマッチ所望して良いのかしら?」
「なんも言ってないじゃん」
ぐぎぎ、と真月は歯を剥くも、歩夢はもう興味を失ったかのように適当にいなしている。
それを見つつ、クリスはケラケラと笑いを転がした。
「なんやジブン、おもろい友達に囲まれとるやんか」
「違うッ!」
「でも安心したわ、相も変わらずイジられ役のお兄様でな」
「は!?」
「あぁー、やっぱ昔からそうなんだ」
頓狂な声をあげるライカの後ろで、嶺児が手を打った。
「やっぱ!? やっぱってなんだよッ!? 昔は俺がリードしていく役だっただろうが!」
「いやいや、アンタ毎度威勢の良いのは最初だけやろ。そんでさんざヒトを振り回しといて、先走って勢い余って転んだり迷ったりした挙句に泣き出すのがいっつも兄やんやんけ。今やから言えるけどそんな兄やんが毎度やらかすのを見るたびに『いやジブン、ツッコミ待ちかい!』て思うことあったで? ってその時分から関西弁なワケあるかーい! 雪の妖精ちゃんやったろうがーい……ってそんなキャラちゃうってやっかましいわ! にゃはははは!!」
早口で捲し立てるクリスを、歩夢は一歩引いた目戦で見つつ、
「綺麗な声質で関西人トークンとかノリツッコミされると、脳がバクリそうになる」
と零した。隣席に在って鳴も静かに頷いた。
「あー分かる分かる! そーゆーとこあるよねぇ、ライカさんは。ちっちゃい頃から愛らしい!」
「せやろ? ってヒトの兄貴愛らしいとか言うなや!」
「あははは」
「にゃはは!」
けたたましく大笑いする二人に前後から挟まれて、ライカは気の毒なほどに悄然としていた。ただでさえ華奢な体躯が、なおさらに細まって見える。
「やっぱ……キャラ変わってるって、オマエ」
「んなことないやろ」
「いーや、変わってる! そもそもさぁ、オマエだってアンヌ叔母さんの家でさぁ!」
「ほー、それ持ち出すんか? それかてアンタ、物置に顔から突っ込んで……」
こいつら本当に外人か、と言いたくなるようなそれぞれ別のベクトルで達者な日本語遣いで応酬。
それを眺める嶺児の目付きは、穏やかなものへと移っていった。
「……さて、オレ実は店番ほっぽり出して来たからさ。ライカさん、名残惜しいけどオイトマするね」
「はい、帰ってくれ。とっとと。あと、お袋さんにはよろしくな。オマエのことは心底どーでも良いけど」
「いちいちひどーいー」
文句を垂れつつも帰り支度を始めた嶺児は、鳴へとそれとなく目配せする。
その意図を受けた彼女もまた、
「……さて、じゃあま、見るもん見たしあたしらも帰るか」
と歩夢を引き立たせて、その場を後にしたのだった。
〜〜〜
「あんた、空気読んだな」
帰りの道すがら、先頭を行く嶺児を、鳴は素直に見直していた。
おそらくあのやりとりは、ライカの想定していたものではなかっただろうが、北棟の両名は監視と帰りの足としてあの場に居座るとしても、それでもかけがえのない兄妹の再会と交流であることには変わりない。
それを目の当たりにして慮って、彼は身を退いたのだろう。
「あー、まぁ君らがいた時点で正直引き返しても良かったんだけどさ」
と、嶺児ははにかんだ。
「でもライカさんはご存知あんなヒトだし、妹さんにへの負い目をまだ拭えていない。だから状況によっちゃ、オレが潤滑油にならなくちゃって来たんだけど……余計なお世話だったかな?」
「あんたにも、人間の心があったんだ」
歩夢がまるでフランケンシュタインの怪物を相手にしたようなコメントで感心した。
「はっははは……ヒトがここまで穏当に出てやりゃあツケ上がりやがって、ツブすぞ
「悪い、こいつは口の悪さ汚さが基本コミュニケーションってなだけだ。別にあんたをナメてるだとか調子乗ってるだとかいうことは全くない」
笑顔を張り付かせて脅しと圧をかける嶺児に、鳴はため息混じりにフォローを入れた。
「え? あー、ゴメン。早とちりしちゃったね」
「いや、ナメてるどころか……その感情の切り替えのポイントとスピードが、より一層のサイコ感あって怖いて」
「怖いなら余計なこと言うな、アホ」
それ以上は不用意な刺激を与えないよう、鳴は歩夢を背後から羽交い締めにして口を塞いだ。
何を得心したのか、軽く頷く長躯の男子は、にこやかに
「まぁ君らとは色々あったけどさ。ようやく丸く収まりつつある。これからも、どうかライカさんをよろしくね」
と、手を振りつつ道を逸れた。
「あれ、学校への帰り道そっちじゃねーだろ?」
「あぁ、うん。ちょっと行くところがあって」
嶺児は再びはにかんで見せて、言った。
「こっちにある百貨店の連絡通路から、さっきのカフェのテラスが良く見えるから」
「……コイツが刑務所の中にいないの、司法の敗北以外の何物でもないよね」
自身の掌の内に吐き出された歩夢のぼやきを、鳴は外へ漏らさないようにしながらも否定自体はしなかった。
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「さて、あたしらも帰るか」
なんとも言えない気分を切り替え、鳴は解放した歩夢にそう促した。
だが、彼女の目の前の少女は、その言葉にどこか不服そうというか、らしくもない躊躇いを見せた。
「……なんだよ。どーせ趣味合わないんだから、長居しても時間の無駄遣いだろうが。暇つぶしにも限度があるって」
にべもなく言うのを、歩夢は
「べつに」
と切り返した。
「たまには、合わせても、良いけど」
と続けた。
「んでもって、冬物の服の買い物とかー、あんたに連れ出されたからカフェでマトモなもの食べられなかったし、どこかで食事とか?」
訝しむ鳴の前で、半目の歩夢は頭を左右にゆるやかに揺らし、もどかしげに言葉を紡ぐ。
どこか煮え切らない娘にずいと顔を寄せ、目線を合わせながら、鳴は探る。推理する。
そもそも自分がこの『お出かけ』に同行したのは、らしくもなく歩夢からのお誘いがあったからにほかならず、そしてそのことを加味すれば、今の彼女の求めていることを紐解くことはそれほど難しいことではなかった。
鳴は、歩夢の前で指を鳴らした。
その脳裏には、面憎いカラスの姿が浮かんでいた。
「なに?」
「つまりアレか。これは、『予行演習』兼『下準備』か。あたしは当て馬ってわけだ」
答えはなかった。図星だった。
「……お前な」
「何も言ってないじゃん」
「あぁ、あぁ。良い。もうわかったから」
だが、良い風にダシに使われたとして、別に悪い気自体はしないのが、本人の秘めたる人徳というものか。
――いや、そうではないだろう。
「しゃーねーな」
大義そうに息を吐き、鳴は歩夢の背を押して大通りに反転した。
「デートに行く服がないなんて、それこそシャレにならないからな……付き合ってやるよ、不肖の妹殿」
「なにそれ。あんたもレンリに毒された?」
「とんでもねぇ風評被害やめろ」
たとえ趣味嗜好がまるで別だとしても。
互いに対して情けや遠慮というものが無縁だったとしても。
それでも、ライカとクリスの兄妹がそうであったように。
並び立って連れ歩く、このふたりの少女もまた、同じなのだろう。
秋は出会いと別れの季節。
姿を消した者。新たに姿を見せた者――そして、想いもしなかった再会。
それぞれの思惑が、新風となって吹き込む学園祭。
何かを求めるように、あるいは迫り来る何かから目を背けるように喧騒にあふれた宴は、新たなる始まりか。それとも終わりの始まりか――
次回『祭りの、シマイ』