剣ノ杜学園戦記 作:新居浜一辛
「おーぅい、的場ちゃーん」
大柄な男子が、これまた振れ幅大きく腕を左右させながら、下校途中の折に、駆け寄ってくる。
そのインパクト、圧迫感たるや。的場鳴はライカ・ステイレットの苦さの一端を味わえた心地だった。
「何か用か? ライカ
「うわー、さっそくのイヤミ。待たせごめんて。北棟のコに衣装のことで捕まっちゃって」
バツが悪そうにするでもなく、かと言って逆上するでもなく、見晴嶺児は自然体で受け流した。
「あんたがムリ言って出し物の仕切り役買って出たんだろうが。その責任はちゃんと果たしてくれよ」
「ハイハイ」
愛想よく相槌を打ちつつ、並び歩いて校門を出る。
「にしても世間は狭いねぇ。まさか、的場ちゃんと同じクラスだとは思わなかったよ」
「あたしだって、自分の腹打ち抜いた奴と机を並べる羽目になるとは思わなかった……ずっと見たことなかったんだけど、今まで何してたワケ?」
「あぁ、オレついこないだまで
「……想像以上に暴力的なことサラリと言いやがって」
だが今の端的な身の上話で、ようやく腑に落ちるところはある。
今まで血生臭い事情で登校していなかった
『あ、オレんち飲食店だから色々融通利くし、任せてちょーだいよ!』
などと大きな声でにこやかに、学校行事への積極的な参加表明などすれば、誰も異を唱えられる者などいるはずもない。
その時のクラスの死んだ空気、是非にも第三者的にこの嶺児には感じてもらいたいものだった。
そして、料理がある程度できる鳴がその補佐役を頼まれたわけだが、
(いや、どう考えても抑止力的に考えられてるだろ)
誰にもフラットに接することの出来る度胸を買われてのことであることは、明白だった。
「にしたって、なんだってあんた、あんなこと言い出したんだ?」
その彼女にしても、当然その辺りの疑問に無関心ではいられない。
ライカに絡む案件以外でこの男子が動くことなど、短い付き合いながら稀なことだと理解はしている。
その長躯をさらに一度大きく伸び上がらせてから、嶺児は言った。
「いやさ、まぁ今のライカさんを見ていてさ。オレもこのままじゃいかんと思ったわけですよ」
――訂正。結局発端はあの少年がらみだった。
もっとも、それがどう繋がるのかわからないから、鳴は黙して話を聞く。
「オレが最初に逢った時のライカさんはさ、こないだ以上に張り詰めてて、まるで自分を傷つけるように戦い続けてて、自分から一人になろうとしたり、それはもうヒドイ状態だったのさ」
「……」
「あの小さな躰を、めいっぱい痛めつけて、自分で追い込んで……ひょっとしたら、あのまま死んでしまいたかったんじゃないかと思う。オレも自暴自棄になってた時だったからさ。そんなあのヒトに感情移入しちゃってね」
鳴もまた、どことなく己に置き換えて重なるところがある。
彼女にとっては、維ノ里士羽の邂逅が、それだった。
巻き込まれ、被害者だったはずの自分が、友人を含めたすべてに失望し、孤立を望む彼女の心身を案じ、迷惑踏み込み、寄り添わなければならなかった。
「切なさのあまり、あの細い腰を後ろからこう……ぎゅーって抱きしめたくなることもあったよ」
「……」
何故この男は、節々でクソほど気持ち悪くなるのか。そう思わずにはいられない鳴であった。男とか女とかではなく、ただただその距離感とねっとりとしたこいつ自身の言動が恐ろしい。
「彼を助けたい気持ちに、嘘はなかったと思う。でも、ようやく希望が見え始めて、変わり始めた最近のライカさんを見て、気づいたんだ」
想いを馳せていた嶺児の横顔に、ほろ苦い陰がにじんでいた。
「オレは、心のどこかで自分を救いたいがためにライカさんにつきまとっていたんだ。一生懸命に贖罪と過去の清算に生きるあのヒトの背中を護ることで、自分がマトモな人間でいられる気がした。ライカさんを勝手に憧れにして持ち上げて、口実にして、自分自身の人生と向き合うことから、逃げてきたんだって」
だからさ、と背中のカバンを負い直し、少年ははにかむ。
「オレも変わんないとさ、ライカさんに失礼なハナシじゃない。これから幸せになっていくライカさんを……あいつを、胸張って見ていきたいんだ」
「……そうか」
「なーんて。ま、これもオレの自己満でしかねーけど」
「良いんじゃねぇの」
照れ隠しとともに自嘲する嶺児に、鳴は言った。その真情に触れて初めて、彼を見直した。
「
もっと言葉の選びようはあったと思うが、これも性分だ。もっともらしく取り繕うより、よほど自分に合っているし、後味も悪くない。
「――ありがとう」
そして見晴嶺児は神妙に、かつて暴力沙汰を起こしたとはとても想像できない調子で微笑を浮かべて謝意を示したのだった。
「あ、でもオレはライカさん一筋だからね! どれだけ巨乳のサバサバ系美少女に不意に見せたやさしさに触れても、男見晴嶺児、推し変はしません!」
「…………」
「え? 何、そのめっちゃ複雑そうな表情?」
「いや…エモさとキモさと間をシャトルランみたく全速で往復すんなっつの。こっちの情緒が追いつかねーわ」
「えぇ、そんなつもり無いんだけどなぁ」
「自覚ねぇあたりもっとタチが悪いわ」
……傍目には、それなりにつり合いのとれたように見えるカップルではあるが、その実互いの感情や印象は、恋愛のそれとは程遠い。
しかしながら下校の間際よりはほんの少しばかり距離を詰めた少年少女は、学園祭に向けてのメニューの打ち合わせと検証のため、最寄りのファーストフード店へと連れ立って入っていくのだった。