剣ノ杜学園戦記   作:新居浜一辛

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 かの戦場より、一駅分ほど離れた先にあるハンバーガーショップ。

 多治比衣更に襲撃された一同は、彼女が姿をくらまして以降も一名たりとも離脱解散することもなく、連れ立ってそこにたどり着いていた。

 

 おそらく立ち去った現場は今なおパニックが続いているだろうが、そこは歩夢の隣をキープしている維ノ里士羽や征地絵草、彼女たちとつながる影のお偉方が、なんとか処理をつけてくれることだろう。

 とにかく今は、自分たちの身に降りかかったことをどう解釈するかだけでも手一杯なのだ。

 

「いやー、なんか『ユニット・キー』使った後だとすげーハラ減るよね」

 山盛りのハンバーガーをその長い腕の中に抱え込みながら、見晴嶺児はのほほんと言った。

 野暮ったくテーブルの上に積まれた種々様々なハンバーガー。少しばかり歩夢が憧れていたシチュエーションだ。

 

「……オマエ、良くこんな時に食えるな」

 ライカは、相棒の健啖家ぶりに心底から呆れかえっているようだった。

「えー? こんな時って?」

 チーズバーガーを包みを解きながら、嶺児は尋ね返す。

「いや、キサラタジヒのことだよっ。ゴチャゴチャした状況なのに、一人平然としやがってっ」

「いやいや、そんな難しいことある?」

 バーガーを頬張りながら、指折り数え、

「むぐ、まず足利ちゃんが多治比の次女に襲われた。で、彼女がバケモンになった。なんか一瞬ヘンテコな世界に転移させられた」

 と、挙げるたびに大口でパティやバンズが、胃の中に収められていく。

 

「ほら、カンタン」

「なワケあるか! どこまで単細胞だ!?」

 

 ライカはそう怒鳴ったが、図らずともその思考の単純さが、ライカとのコントじみた応酬が、混沌に沈む自分たちの気分を、場の空気を、緩めさせたのは確かだった。

 

「……ま、ワケわかんねーことを今ここでどうこう考えたって……てのはその通りなんだが」

 ため息を吐きながら、鳴もまたハンバーガーの山の一角を崩して掴み取る。

「そうでもありませんよ」

 コーヒーカップに口づけ、士羽は言った。

「前例が無いでも無い」

 

 何気ない調子で吐き出されたこの言葉に、周りの目が集まる。

 士羽は平静を装っているが、付き合いの長い歩夢は、そのカップを下ろす手がわずかに強張っているのを見逃さなかった。

 

「憶えていますか? 南洋の澤城灘」

「ナダ? アイツがどうした?」

「ステイレット、貴方と出会う前に、多少の衝突がありましてね」

「あぁ、言ってた借りってそのことか」

 戦闘に乱入して来た折、そんなことを言っていたことはライカも記憶に残っていたのだろう。

 

「歩夢、レンリからの報告では、その際彼の様子も、不審な点が多かったという」

 不明瞭な発言、見えない動機、出処の分からない強い感情。そして戦いを終えてみれば、本人は自身の行いについては記憶があるものの、それ以外のことを忘れていた。

 そしてそれは、今この事態を想えば、

「……今回のケースと、ダブるってわけか」

 と、鳴がそこで理解に追いついてきた。

 

「そこで私は、根拠はないものの一つの仮説を立てた」

 と思わせぶりに言いつつ、士羽はその鳴におもむろに首を傾けた。

「鳴、水疱瘡に罹ったことがありますか?」

「は? いや、多分ない、けど」

「記録を見ましたが三歳の時に罹患してますよ。自分の病歴ぐらい把握しておいてください」

「じゃ、なんで聞いたんだよ……」

 唐突に無関係と思える質問と説教が飛んできて辟易したような彼女を無視して、

 

「あれのウイルスは、根治できません。終生、脊髄の神経に潜伏し続ける。だからこそ抗体も作られるが、体力の低下や加齢を原因として免疫力が衰えると、今度はヘルペスとして発症することとなる」

 コーヒーの飲み残しにスティックシュガーをすべて投入し、かき混ぜながら淡々と。

 そして掬い上げたマドラーに溶け損ねた砂糖の残骸がこびりついていた。

 

「『ユニット・キー』を扱えるユーザーになるには、大きく分けて三つの手立てがあります」

 それをじっと見ながら、本題に転じる。

「一つ。一度完全に『レギオン』化した者がホールダーの攻撃によって元の人体へと戻ること」

 マドラーで鳴と嶺児を指し示す。

「一つ。『レギオン』になりかけた者が、ホールダーの抽出機能を使って『キー』を精製・純正化させた者」

 そのプラスチックの先端が歩夢とライカへ向けられた。

「そして私や南洋の連中のように、人為的に因子を埋め込んだ者。いずれも、無害化された因子の一部が体内に残留することで再度の『レギオン』化を防ぐ抗体となり、かつ『ユニット・キー』を起動させる資格を得ることになる」

 

 と、そこまで語った辺りで、先の水疱瘡の話と絡めれば、察しの良い連中は理解できただろう。少なくとも、そう求めて、士羽は一同の顔を眺め回した。

 ややあって、ライカがおずおずと答えた。

 

「つまり、同じことがナダやキサラの体内で起こった? 何らかの要素が引き金となって、体内の因子が再活性化した結果、ああして再度『レギオン』化したと」

「先にも言ったとおり、根拠のない仮説ですが」

 そう断った士羽だったが、自らの仮説に自信は少なからずあるらしい。そして、確かに説得力もあった。

 

「でも、それと足利ちゃんへ向けられた殺気とかとどう関係があるのさ?」

 天性の勘働きでか。嶺児はその疑問を見逃さずに指摘した。

 その点については、明確な答えがあるわけではないらしい。少しばかり言いよどんだあと、士羽は肩をすくめてマドラーをトレーの上へと放り投げた。

 

「一番可能性として高いのは、『レギオン』への変異による弊害、自律神経が失調した結果、何かしらの幻覚症状に陥っている、ということですが」

 その歯切れの悪さを擦り付けて誤魔化すように、彼女はある一点へ冷ややかな目を向けた。

「もっとも、その秘密主義者のカラスが何かしらの情報を知っていながら独占していれば、話は変わってくると思いますが」

 その言葉に促されて、また皆の目線が歩夢の太股に、もっと言えばそこに乗るレンリへと集まった。

 同時に

(お前が言うな)

 と当人以外の全員が思ったことだろう。

 

「……知らない」

 そのレンリはふざけた姿形からも伝わるほどに、苦り切っていた。

 そして我が身に集まる視線の鋭さに、軽く両翼を掲げてみせて、

「いや、ほんとに知らないんだよっ!? あんなモノ、俺たちの世界じゃなかったはずだ!」

 と言った。その狼狽ぶりから察せられるに、事実なのだろう。

「でも心当たりはあるんじゃないの?」

 と、歩夢はその丸頭に手を遣りながら囁くように尋ねた。聞き逃したかのような反応だったが、わずかならず身が硬くなったのが掌を通して伝わってくる。

 

「――俺も、何かを知っている人間に心当たりがないでもない」

 答えに窮したレンリを見かねてか、逆に見ていなかったがためか。助け舟を出したのはライカだった。

 いったんナプキンで指先を拭ってから、端末を操作してテーブルの中心に滑らせた。

 決してレパートリーの多くない連絡名簿の内の一つを示す。

 

「キサラの、兄貴だ」

 そこには、北棟の留学生とは接点があるはずのない、多治比和矢の名があった。


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