剣ノ杜学園戦記 作:新居浜一辛
最初に、給水塔に上げられたのは、レンリだけだった。
多治比和矢と一人と一羽。並んで座っているのを、テーブルを挟んで少女たちが見つめている。少女のくくりの中に、ライカも含まれてはいたが、あまりの溶け込みよう馴染みっぷりに、異性という意識は持たれてはいなかった。本人は不服そうではあったが。
彼らは未だ何を話すでもなく、沈黙の時間を送っているようだった。
「秘密主義者どもが、仲良く頭並べてなにやってんだか」
「秘密主義者どもだからこそ、腹の探り合いなんじゃないですか」
その机上に広げられた、朔による手製のビスケットやシードケーキなどをつまみながら鳴と三竹は好き放題に言う。
「けど羨ましいな……私には、何も言ってくれないのに」
穏やかに苦笑する朔はしかし、自らの握り拳に際限ない負荷をかけているのが、傍目から見ても分かった。
「朔姉さんは重すぎるから、いちいち言いにくいんじゃないですか」
「重い? どこが?? 何が?? あいつが直に言ってたの?? 教えて?? 直すから」
「……とりあえずそーやってクエスチョンマーク連発するところですかね……」
姉から無自覚に発せられる重力には、妹でさえ辟易するらしい。
軽く引いた様子の三竹を見遣りつつ、ライカが
「まぁでも、これで知りたかったアニキの素性は何となく分かったじゃないか」
とフォローを入れる。
人生の因果から片足分程度は抜け出せた異国の少年は、あるいはこの場の誰よりも、落ち着いて真実を受け止めているのかもしれない。
「……でも、それが和矢にとっての救いになるのかな」
儚げな視線を給水塔に送りつつ、朔は嘆息する。
確かに、自身の正体はこれより先んじてカミングアウトできたはずだ。レンリとは再会出来ていたはずだ。
だが今までそれを、してこなかった。
その事実は彼の周囲への不信感と警戒心の表れであり、あえて今回その禁を水から破ったのは、情に絆されたということではなく、現状がそれを許さなくなるほど悪化しているということに他ならないのだろう。
あの上級生に上滑りする笑みやその内に潜む陰影は、そうした心境に起因するものか。
では逆に、レンリはどうか。
全てが滅んだ世界。自分以外の誰も彼もが殺し尽くされた世界。皆殺しにしてしまった。
そんな中で、『同郷』に出会った。痛みを共有できる人間との再会。
それは果たして、彼にとっては救いなのか。
いや、それはむしろ……
そう、思いめぐらす歩夢の頬に、鳴の指が無遠慮に刺さった。
「ぬあぁ」
口腔より、溜めた酸素とともに奇声が押し出された。
何をするんだと目で訴える彼女に、不遜な上級生はビスケットを摘みつつ、
「別に、そこに膨れた頬があったから」
と悪びれずに言う。
「ほっぺたアルピニスト宣言」
と訳の分からない返しとともにそっぽを向く歩夢の前に、回り込んで来たのは朔だった。
「……似た者同士だね、私たち」
控えめな笑いと共に同意と共感を求める。
やめてくれ あんたみたいに 重くない
かけられる圧を受け止めるべく、表情を変えないまま黙認する歩夢ではあったが、平らな胸の裏では拒絶の一句を落とすのだった。
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聞きたいこと、かつて、そして現状問わねばならぬこと。数多くあるはずだった。
だが一気に吹きこぼれたそれが心の入口で渋滞を起こして、同時に出かかっては互いに争い、そして引っ込む。
そうした無意味な煩悶を反復しつつ、次第にレンリの動揺は収まり、
「……いつから、ここに来た?」
順序を整理して端緒から問う。
「八年前。そう朔は言わなかったかな」
八年。尋常ならざる鬼手で時空間を転移させた反動による、時間軸のズレ。本人の口からあらためて聞けば、重く遠い時間だった。
それでも、
「生きてて良」
「生きてて良かった、なんて言うつもりじゃないよね。
他の誰でもない、世界を滅ぼした男が。
「一人だけ命を助けてやったことに、感謝しろって?」
「――そんな資格は、俺にはない」
その事実を認めつつ答えるレンリに、
「良かった」
と多治比和矢はかつての面影を残す笑みを傾けた。
「もしンなふざけたことを抜かすつもりだったら、自分を抑えられる自信がなかったからさ」
レンリは答えなかった。答えられなかった。言及さえも、許されない十字架を、自分は背負っているのだから。
「けど、納得はしたよ」
だから代わり、首を歩夢達の方角に背け、話題を転じる。
「ライカ・ステイレットが俺の『リベリオン』や『ユニオン・ユニット』を所持していた理由も、そもそも犠牲者第一号だった彼が、今日にいたるまで生き延びた訳もな」
「あぁ、嫌でも覚えていたさ……あの夜、目の前で人が圧し潰された光景なんて、そうそう忘れられるもんじゃない」
「……だが、まだ現状に謎は残っている。多治比衣更、お前の姉妹についてだ。いったい何が彼女に起こってる?」
「それ、本気で言ってる?」
笑みを揶揄と軽蔑の
「あんたは、気づいてるもんだと思ってた」
そして立ち上がり、レンリの背後に回り込む。金縛りに遭ったかのように矮躯を強張らせるカラスの頭を掌で上から抑えつけ、その耳元にあたる部位に呪言のごとく囁きかける。
「多治比衣更が面識のないはずの足利歩夢に尋常じゃない殺意を傾ける動機。澤城灘が『ユニオン』を携え、深潼汀との決着に執心した訳……あんたには、ただ一つしか思い浮かばないはずだ」
分かっている。分かろうとしている。だが分かるがゆえに、飲み込むことが許容できない。
腸が裂かれると知って刃を腹に収める者など居はしない。
「そんなの、そんなのあまりに救いが無さすぎるだろう……ッ」
道化の衣の内で悲痛に嘆くレンリから少し離れた辺りで、和矢は立ち止まった。
「救いなんて求めない。許しも乞わない」
と自らに言い聞かせるように呟いて。
「でも彼女は救いたい。そのためならおれは何でも利用する。この八年、そう生きてきた……たとえそれが、どんな度し難いクソ野郎でもな――あんたとは今更語ることなんてないけど、それだけ伝えておきたかった」
そう吐き捨てた一瞬後には、好青年然として朗らかな笑みを浮かべ、足下の妹たちへと手を振りながら話が終わったことを伝え、皆で寄り集まったのを見計らってから、本題を切り出したのだった。