剣ノ杜学園戦記 作:新居浜一辛
――剣ノ杜学園南洋分校。
すでに、戦闘状態に入って久しい。
突如襲来した車輪軍団をかろうじてメイン会場から引きはがし、海岸エリアさらに端へと誘導したライカと澤城灘ではあったが、気がつけば囲まれていた。
この分校に、どこからともなく突如飛来して来た
彼らを仕切るように包囲していたのは、人である。学生である。益荒男どもであった。
傲然とした面構えを並べた男たちが皆一様に腕組みしつつ彫像が如くにライカたちを孤立せしめている。
階段やブロック帯による段差も相まって、さながらコロッセオが如き様相。その玉座に相当する位置に、誰よりも驕慢に、椅子を用意して腰を据える男が居る。
黒いロングコートで包んだ、堂々たる体躯。遠くからでも獣臭が立つがごとき、圧倒的な存在感。
それこそが、南洋の王、分校長たる巌ノ王京猛だった。
「なんの真似だっ、父さん!」
睨み上げる灘に、父と呼ばれた男は嗤う。
その場にいる誰よりも不遜に、不敵に。そして肘掛けで頬杖を作りながら、口を開く。
「知れたことよ。獣と戦巧者はまず敵を見定める。新型のレギオンに貴様が如何に対処するか、教育者としてこいつらに観て学ばせ、親としてその成長を見守るのみだ。ある種、愛とも言えるだろうな」
「愛だと!? 息子を噛ませ犬にすることが、父親のすることだとでも!?」
口を挟んで怒鳴るライカを煽り立てるが如くに、なお猛はその嘲りを強めていく。
「憎悪と愛は表裏一体。執着無くして愛は生まれない……負った傷が痛むたび、俺への憎悪
ククク、と猛は喉奥を鳴らす。
無論、議を重ねる余裕は、この場にはない。だがそれを於いても、暴王の理屈を前にしてはライカは絶句せざるを得なかった。
これが、巌ノ王京猛。
南洋の、魔王。
いかなる急転に対しても揺るがぬ胆の太さ、むしろ我が子さえも己がより巨大になるための糧として差し出し、より高みを目指す狡猾さと尽きることのない上昇志向。
さしものライカも、その怪物を前にしては、勢い呑まれるしかあるまい。
その魔王の背より、突如として夥しい影が蠢いた。
猛が新兵器でも投入したのかと思ったが、そうではないらしく、やがてそれらは地響きとなってライカたちの鼓膜や肌を震わせた。
「
その正体は、人。南洋の生徒たちであった。
「俺も混ぜろ!」
「やっぱ南洋はこうでなくったあなッ!」
「ワシの『ファイアーブースター』が火を噴くぞ!」
「血が足りないわッ、流血沙汰を見せて頂戴!」
う お お お お
……と、轟声が間延びする。
それぞれのブースから抜け出して来たのだろう。気力体力願力を
お手余すほどに漲らせた若者たちが、
その数、発生した
「なんだぁっ」
と声をあげたのはその場の誰だったのか。おそらくは猛自身だったように思える。
いずれにせよ、その声ごとに彼は取り巻きごと、背後から押し寄せる人の海へと呑まれていった。
……ごしゃ、と。醜い骨の音を鳴らしながら。
「やれやれ。こうなると思ったから、秘密裏に処分したかったのに」
灘はそう言って嘆息しつつ、鋒矢を奮う。
「なぁ、オヤジさん潰れたぞ!? 良いのか!?」
「いやまぁ……ある段階までなら付き合ってあげられますけど、いちいちあの人の奇行にリアクションしてたら、身も心も保たないっていうか……」
流石に憂えるライカに、にべもなく答える灘の目は、心なしか力無く渇いていた。
とは言え、これで数の上では互角以上……
(いや、むしろ混沌としてきて厄介になったな)
なるほど数においては敵に勝るが、いかんせん多すぎる。戦力の過剰投入も良いところだ。
機動力、破壊力においてこの戦車の輪は、殺到した有象無象を超えるものだろう。
だが、さながら群がる蟻。いや、義務感ではなく嬉々として死地に我が身を捩じ込むことに熱をあげるその様は、ネットゲームのレイドボスに挑みかかる無数のユーザーのよう。
自然、車輪の数は擦り減っていくが反面、流れ弾飛び交う乱戦となった。始末に負えないのは皆、それを当てることもそれに当てられることも覚悟も承知も上のことだという点。
これでは、多治比衣更本体を探し当てることなどできないではないか。
「ったく、『ワールド・ウォーZ』かっつーの! ……次回からは、どこぞの花火大会みたく全席有料にでもするー?」
そう嘆いたのは、深潼汀だった。正統派から外れた浴衣服姿の彼女は、やや丈の短いスカートの裾を浮かばせつつ、破られた包囲の外周に在って、
「これ、イベントじゃなくてアクシデント! あと、そういう危ないネタは使わない!」
そんな幼馴染の姿に、平常時には狼狽えもしただろうが、灘も説教じみた怒号を飛ばすのもせいぜいである。
「ウオオオ」
もはや敵も味方も区別ない暴徒のひとりが、ライカと同型のホールダー片手に背後から殴りかかる。
「くっ」
こうなれば、明らかに殲滅戦、対集団に特化した灘と異なり、素の状態ではリーチの短いライカは不利だ。裏拳の風味にて繰り出した反撃は、易くかわされた。
だが、敵の不意打ちが彼に当てられることはなかった。
それよりも速く、鋭く、その男子生徒目がけて蹴りが飛んできた。
「お待たせぇ」
その長躯に見合わぬ身軽さでもって、数人飛ばしで包囲の外から、見晴嶺児がやってきた。
「……この状況下でまた厄介なヤツが」
「えぇ、そのリアクション違くない?」
互いに不平を垂れつつも、唇も、その端からこぼれる息も、心なしか軽い。
やがて、強かに飛び蹴りを喰らった強面の男子生徒が、
「なんだ、この余所者ども……俺たちの狩りの邪魔、しやがって……お呼びじゃねぇんだっ、失せやがれッ」
と、ライカたちに怒りの声を浴びせかけた。
「……はーぁ?」
応じたのは、嶺児だった。
ライカに振りまく犬じみた愛想とは一転、据わった目で未だもたげ切らない頭を見下し、やがて――その額が上を向いた瞬間、ヘッドバットを見舞った。
「がっ……てめっえ!」
「同レベルの相手と群れるしか能のねぇってのに、一丁前にいきがんなボケが」
調子こそ冷静そのものだが、凶気を帯びた声で、嶺児は鼻柱を押さえる男に痛罵を飛ばす。
だがそれでも気を萎えさせることなく、その不良はなお聴き取り不能な早口で食って掛かる。
その様子に触発され、周囲の血に飢た悪漢たちもまた、連鎖的にライカたちを取り囲む。
「――ピーチクパーチク囀ってねぇで、まとめて来いやぁッ」
その獣眼を爛々とたぎらせて吼える。構えた長柄物から、ライカは溜息交じりに『ハイランダー』の鍵を抜き取り、自身のホールダーに装填されている『リベリオン』を取り換えた。
「あぁん、ヒドイ」
狂猛さからさらに反転。シナを作って泣き言をこぼす嶺児に、
「オマエが動くと阿鼻叫喚の血の池地獄になるだろうがっ、俺がやる!」
「ライカ先輩、本当に日本語堪能ですよね……いてっ」
感心しているのか呆れているのか分からない反応を示す灘の肩に飛び乗り、跳躍、飛翔。
「山岳戦線2.85……っ!」
地上から離れる間際に、嶺児に目くばせする。
信頼の下に軽く頷いた彼は、もう一つのメイン『ユニット・キー』たる守りの『ジャンダルム』を展開した。
発生した質量を伴う雲に飛び乗り、孫悟空よろしく天へと舞い上がる。
〈ブリッツ・ハイランダー・コンビネーションチャージ〉
身体を上下逆さまに翻したライカは、『ユニオン・ユニット』を捻り、雷光を撃ち出す。
無数のブーメランとなって、めいめいの指向性のもとに、稲妻は地表へ降り注いだ。
車輪らを、暴徒どもを、狙った相手のみを、それは直撃してダウンを奪っていく。
この混然とした状況に、物理的に埒を開けたライカはそのまま着地せんとして――ライカの差し出した腕の中に、自然すっぽりと腰を落ち着かせるかたちで受け止められた。
「……おい、ふざけんな」
「あ、ごめん。やりたいじゃん、こういう時こそ」
「どういう時こそだよ!?」
と怒鳴り散らしつつ、あらためて着地。未だ各所で戦闘は続いているが、今の見た目も派手な大打撃で一部勢力は逃散し、さらにはやってきた南洋の代表、縞宮舵渡が高笑いとともに場を制圧していくのが見えた。この奇才も、にわかに畳まれ始めつつあった。
――しかしてなお問題は、多治比衣更の所在。
三竹の誘導策により、突如として南洋に来襲した『チャリオット・ハイレギオン』の末端たち。
駆逐されていくそれらを見ると、その一角が何の攻撃も受けていないというにも関わらず、前触れなく霧散していった。
まるでそれは、『役目は終えた』と言わんばかりの、あっけない消えようで……
そしてライカの脳裏に閃くものがあり、そして引いていく血の気とともに、
「アユムが、危ない」
呆然と、呟いたのだった。