剣ノ杜学園戦記 作:新居浜一辛
「……おい、白景涼って、まさか」
「そう。この『旧北棟』の管理区長だ」
訳知り顔のレンリと鳴がそう言い合っている間に、その青年は右腕を覆い込むデバイスを手動で組み替えた。
〈
取りすました女の調子で鳴った音声を機として、狼たちが一度は退いた距離を一気に詰めた。
飛びかかる獣たちに、その涼という男は、目もくれもしない。ただ正中を見据え、雪を観、世界全体を視ている。
だが、軍用ナイフのような爪がその身体に届かんとした瞬間になって、男はその最先端に視線を移した。
刹那。重低の打撃音とともに、その狼が仲間を飛び越え、吹き飛んだ。
バイクから変じた鈍器が、それ目掛けて振り抜かれたのだ。
だが狼たちは怖じはしない。そんな感情が欠落しているのか。その犠牲も算段のうちか。
倒れたまま動かない同胞を飛び越えるようにして、彼らは殺到した。
鉄によって膨れ上がった上腕が、また振られた。破壊的な音が、響いた。何度となく、響いて歩夢たちの足下を揺るがした。
拡散された音や衝撃は雪によって吸収されるだろうに、それでも。
見てくれ通り、鋼で膨れ上がったその腕は、速度や手数においては敵の速攻より遥かに劣る。
それでも、獣の牙は彼のミリタリーコートの一端を引き裂くことさえ、能わない。
ある者はその鉄塊に阻まれ、横薙ぎに吹き飛ばされ、また別の個体は振り下ろされたそれによって雪原に叩き伏せられ、その後続は、吹き飛ばされたそれら同胞の肉体に巻き込まれて、地を転がる。
このままでは埒が開かぬ。
そう判断したか、獣は一度大きく円を描いて遠巻きとなり、陣形を整えて再度、同時刻、全方位からの全面攻勢に打って出た。
涼は、そのいずれのいずれの一角にも、反攻を仕掛けなかった。包囲に穴を穿とうともせず、ただ一度だけ大きく、深く息を吸って、冷気を自身の肺胞へと送り込む。
次の瞬間、彼は自身の鉄器を白い大地へと叩きつけた。
ダイナマイトでも埋め込まれていたのか、というほどの衝撃とともに、雪がめくれ上がる。迫っていた狼の尽くを、宙へと浮き上がらせた。
加勢も出来ずそろそろと距離を取っていた歩夢たちの地点でさえ、わずかに浮遊感を覚えるほどだった。
〈ドラグーン・フルファイア〉
涼が、自身のデバイス、上腕により近い部分に刺さった『鍵』を回す。
銃が一対、馬が一対。互いに向き合うような装飾が尾に施された、『ユニット・キー』。
すると、さらに機体は変形した。
タイヤの部分が割れて、成熟し切った竹ほどの太さを持つ銃身が伸びる。その砲身を我が身ごと、涼は大きく旋回させた。
轟音とともに発せられた無尽蔵の弾丸が、曇天を埋め尽くす。回避も防御も行動できない狼たちを撃ち抜き、この無色にして不毛な灼熱の蓮華を咲かせていく。
やがてその火の中から、歩夢たちと同様に景観にそぐわぬナイトドレスや礼服をまとった人々がこぼれ落ちて、雪のスポンジへと落下した。
〜〜〜
彼の到着から一拍子遅れて、同じく基地の方角から一台のジープが走ってやってきた。
相当な改造が施されている、というよりも、正規のパーツで構成されている部分の方が少なく、大概は何か別の素材を溶接して、無理やり車に繋げただけのような車体だった。ナンバープレートも、当然のように取り外されている。
まぁこの場所でいちいち論うのもナンセンスだが、鳴曰くここは学園の『敷地内』であるから法にも触れないのかもしれない。
「先輩!」
その歪な車が歩夢たちの手前で完全に停止する前に、小柄な影が助手席から飛び降りた。
真っ白なコートをまとった、もこもことしたサイドテールを持つ女子生徒。
丸みを帯びた童顔をプンプンと膨らませながら、
「もうっ、またひとりで先走って!」
と文句をつける。
口ぶりからすると、涼の後輩だろうか。体格も年功序列的にも上の相手に容赦なく吠えかかる姿は、髪型も相まってマルチーズのような印象を与える。
ただ吠えられる当人はどこふく風。その横をすり抜けて、
「客人だ」
と短く言った。
ここに至るまで一瞥さえ歩夢たちには呉れなかったが、認識自体はしていたらしい。
「……そうみたいですね」
所在なく立ち尽くすメイドとJKとカラスという異種パーティーを、マルチーズの少女は緊張した眼差しで見返していた。