剣ノ杜学園戦記 作:新居浜一辛
皆が寝静まったその夜、一階の元面談室で、白景涼と南部真月は客人を迎え入れていた。
「ずいぶんと待たせてくれるじゃない」
開口一番不平を漏らした彼女は海外ブランドの黒いファーコートに身をくるみ、爪を磨きながら足を組んでいた。まだ女子高生であろうにその様は、まるで『101』に出てくる悪役のようでさえあった。
「珍客があった。その世話に回っていた」
「その客の存在を教えたのが、私」
生徒会副会長、賀来久詠は涼の方を見ないままに言った。
「そのことについては感謝している。井田典子はもう少しで手遅れになるところだった」
「あぁ、別に礼なんて要らないわよ。だってこれ、予定調和だもの。私が、あれらをここへ招いた」
「なんだと?」
平素より温和ならざる涼の目つきが、より一層険しいものになった。
彼女の背後には、その使役する『輸送兵』が甲冑兵の姿で直立している。銀光を放つそれを手の甲で小突きながら、少女は得意げに吹聴した。
「この『輸送兵』は便利よねぇ。たとえ隔絶された空間でも、条件を飛ばして侵入できる。まぁ、設定した
――それでもその『駒』があれば、この場にいるどれほどの人間が救われることか。
涼はそう思い、それを私物化する女を睨んだ。その悪意が、久詠にとっては不審であり、不満であったようだ。だが、睨み返したのは涼ではなく、その脇に控える少女にだった。
「じゃ、本題に入りましょうか。貴方たちには、あのカラスのレギオンを捕らえてもらいたい。ほかの生死は問わないわ」
「断る」
「あのね、もう少し頭使うそぶりぐらい見せてもらいたいのだけれど」
呆れたような顔をことさら強調して見せて、覇王の補佐は続けた。
「あの異様なレギオンの存在を、維ノ里士羽は今まで秘匿していたのよ。危険があるかもしれないにも関わらず。そして彼女がいちはやく『上帝剣』の真相に近づいたのはアレが情報源であることは明らか。これは前対策委員長に許されざる背信行為でしかないじゃない。そんな奴にアレを占有しておくなんて、許されることではないわ」
まず道理でもって押した。
「もしこの要求を呑んでくれるのであれば、『輸送兵』を含めたグレード3以上のキーを委員会の権限にて及ぶ限り譲渡するし、多治比にも便宜を図る」
そして今度は利でもって釣る。なるほど取引においては常套にして順当の流れではある。
筋も通っている。
「どう? ちゃんと話を聞けば、こんなおいしい話は」
「断る」
「ないと、思うのだけれど」
だがそれでも、白景涼は断固とした態度をもって拒絶する。ふたりの少女の頬が、緊張で引きつる。
「用は済んだか? ならば帰れ。この地は一刻一秒とて惜しまねばならないのでな」
『旧北棟』の長は、この間に着座さえしなかった。
来た態度のままに踵を返し、ドアノブに手をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 副委員長も!」
一秒後には仲たがいのまま別れそうな両者を、懸命な表情で真月は押しとどめた。
だが説得を受け付けない、氷の態度をもって涼は言をもって遮った。
「士羽には借りがある。この設備や技術のほとんどは、奴の提供したものだ。そもそも、この場所はお前にとって都合のよい密談や暗殺の場ではないし、我々は生存者であって汚れ仕事の専門家ではない」
「……そう、じゃあ全員凍死するまでせいぜいマインクラフトごっこにでもいそしんでなさいな」
酷薄に言い放った久詠は、座っていたソファを足の裏で蹴りつけるように立ち上がった。
その強硬な態度は恫喝の意味合いも含んでいたのだろう。まだ、その汚れ役を押し付けようというのを、まだ完全に諦めきれていない様子だった。
そんな彼女に憚ることなく、取り乱した様子で真月は涼を引き留めた。
「ちょっと、何考えてるんですか!? 『委員会』に反抗するなんてっ、ヘタをしたら駒がもらえないどころじゃない……支援さえ打ち切られる可能性だってあるんですよ」
涼は「真月」と、よくこの校舎のために尽くしてくれる少女の名を丁寧に呼んだ。
そのうえで、自分なりの誠意を込めて、言った。
「すまない」
と、詫びの一言を。
理非曲折あろうと従うことが誰にとっても安泰な選択であろうとは思う。真月が、自分たちを想って忠告してくれているということも、重々承知していた。
だがそれでも、その傲慢な態度に、道理から外れた命令に、そしてこの地で必死に生きる者たちを玩弄するがごとき言動に、へつらうように肯ずることなど出来ようはずがなかった。
「頑固者……!」
部屋を出る間際、睨み上げて恨み言をぶつけてくる真月に、涼はもう一度心の中で詫びた。