剣ノ杜学園戦記 作:新居浜一辛
湾曲して伸びる獣の爪を、雪原を転がって避けた時、曇天の下を歩夢のデバイスが飛翔した。
寒冷地用に改良されたそれは、機敏な動作で女ワードッグの攻勢を体当たりで防ぎ、旋回し、分離し、主の細い腰に巻き付いた。
〈騎兵〉
〈重装歩兵〉
二つの鍵を両側の溝へと挿し込む。
「二本同時!?」
鍵の口が二孔あったがゆえになんとなしに行った動作であったが、どうやら他のデバイスがそうではないと初めて知った。
だが、戦士としての経験値の差は、もちろんのことながら数と時間をこなしているだろう南部真月に軍配が挙がる。
驚愕しつつ動揺しつつ、その身に刻まれた動作には淀みがない。
蹴り技を主体とする速攻でもって歩夢を攪乱する。西方から攻め来ると取れば東方より。北から急襲を仕掛けるかと思えばいつの間にかその身は南方へと移っている。
その疾さを可能としているのは、異様な足の運動能力だろう。
雪にその身が沈むより早く肉体を推移させ、平地と変わらない速度を維持している。
一方の歩夢はブーツが自重で沈む。それは歩こうと立とうと変わりがない。機動性で真月に後れをとることには。
速度を上げるには、『重装歩兵』がエネルギーのリソースを食いすぎる。『軽歩兵』にするのが常套かつ万難を排した戦法ではあるのだが、
「徒競走じゃないんだ。速さで競っても意味はない。元々地の利はあちらにある。……お前のチョイスは、間違ってない」
カラスが自身の思惑を代弁する。
「だからここはどおおあああ!?」
なので、その賛同に甘えることにする。
ためらいなく獣へ向けてレンリを投げつける。真月はその変容した蟲の牙にて掴まんとする。両腕が持ち上がり、視線が上へと向かい、そして足は止まる。
角ばった盾を平らかに置くと、歩夢はそれを蹴って雪原をスライドさせた。
それにおろそかになっていた真月の足下はたやすく掬われ、飛び上がって突き出された追い討ちの飛び蹴りの直撃を食らって真月は地を転がる。
「こ、の……ッ」
だが獣人の体勢は即座に立て直された。
退きは、しない。
歩夢はレンリを抱え込むと、爪を突き出す彼女の、その足下に据え置かれたままの盾の上へ飛び込む。
歩夢の意思が、盾と地面との角度をにわかに広角化させた。
バネのように跳ね上がった盾は上に乗る少女の肉体を射出する。歩夢の頭突きが、見事に真月の下顎へとクリーンヒットした。
そのまま、宙へと浮かび上がる。ひらりと身を上下に翻す。その足下へ、盾が追いつき移動する。
雪原に身が沈む前に歩夢はそれを足がかりとし、あらぬ方向へと必死の反撃をする怪人に飛び蹴りをかます。
蹄鉄にも似た半月状に展開したエネルギーが、その靴底より発生し、真月を再び彼方へ追いやる。
そして盾を足場とし、当座の地の利を確保。
そこに至ると真月もただ力と速さで圧せる相手ではないと判断。距離を取り、息を整え隙を窺う。
「……最新の
歩夢は反論しなかった。
装備も戦闘技術も、士羽から施された覚えはないのだが、それ以外の面でサポートを受けているのは確かだ。
「でもこの世界にいる人間はそうじゃない……! 生きる為に雑品廃物を持ち寄り、かき集めて自分たちの命綱さえ他人に譲り渡してようやく生活が維持できる……生きる知恵なんて誰も教えてくれない! 誰だって他人に教える余裕はない! 誰かのやることを模倣して、自分から試行錯誤で学んでいくしかない……っ」
マスクの奥の激情が、細かな振動となって総身に顕れる。
「どうしてよ……どうしてあの人達があんな生活を強いられて、あんたや西棟や『委員会』の奴らが安穏と胡座をかいて搾取してるって言うのよ……! こんなの、理不尽でしょう!?」
声を振り絞っての主張。まったくもって正論だった。自己評価も低く、士羽をはじめとする他人に敬意を持たない歩夢にとっては少なくとも、獣と化した少女の憤懣はそう聞こえる。
ただし、と歩夢は内心で付け加える。
ため息を一つこぼす。
少し乱れた前髪が気になって、手袋越しに、指を摘む。
「でも
歩夢がぞんざいに投げ放った一言が、彼女の身体がびくりと大きく震えさせた。おそらくは懸命の秘していた事実。そうでなくとも強い負い目となって言うのをためらっていた己の素性。
氷柱で壁に縫い付けられたかのごとく、凍りついて固まる真月に、歩夢は畳みかけるように言った。
「あんた、『