剣ノ杜学園戦記 作:新居浜一辛
ナギサ
『……というわけで』
『海浜緑地エリアからスペクターNの拠点にセンニューすることになる』
『なので水着必須! カチコミ前に遊んじゃおーぜ!!』
めい
『なんでだよ』
あゆむ
『わぁ、楽しそう!!』
『みんなとお出かけ嬉しいな!』
『ところで、メイは水着持ってくの?』
めい
『去年着られなかったヤツ』
『でも着てくかね』
あゆむ
『ちょっと着替えて写真で送ってみせて!』
『いやヘンな意味じゃないんだけどね!』
『あくまで自分用の参考にね!』
『聞きたいんだ!!!!』
めい
『本人のキャラと体型考えろ』
『自分の下心ちょっとは隠せ』
『妖怪エロガラス』
「……くそっ! なんでバレた!?」
すっかり両親のいた痕跡の消えた、足利家のリビング。
歩夢に頼まれて彼女のスマホで『代弁』を行っていたレンリは、完璧と思われていたエミュレートを看破され、悔しさに翼をソファの縁に叩きつけた。
本人はその鳥の茹でた素麺をもくもくとすすっていたが、その嘆きに反応して、
「で、なんだって?」
声を間延びさせて尋ねた。ただ箸は置かないままだ。
「あー、なんか水着持って来いとさ」
「なんで?」
「海で遊びたいんじゃないか? ほらアイツ陽キャだし」
「そんなこと言って、美少女三人の半裸体を視姦したいだけなんじゃないの」
「いやそれはないだろ、多分」
「どうして言い切れるのさ」
なんでって。そう言いかけてレンリは口をつぐむ。
(あぁまぁ――
と言葉には出さず独り合点し、
「だってお前も誘われてるし」
と答えるや、直線的な二筋の閃光がレンリの碧眼を狙う。彼の分の箸が歩夢によって投げつけられたのだ。
タイミングと軌道は分かっていたから、かろうじて寸でのところでキャッチし、歩夢と一緒、食卓へ挟むように就く。
(良かった)
まだ対応としては穏当なほうだった。
しばらくはそのことには触れず、互いに白い麺を生姜を利かせためんつゆに沈めて手繰っていたが、レンリは時機を見てから言った。
「いやだったら、別に断って良いんだぞ。なんか隣の部屋で既読無視してるヤツの発案なんだし」
レンリとしては、歩夢の自主性を獲得させてやりたいというだけが本意であって、別に強制して参加させたり、歩夢がそれを受け入れてしまうことなどは求めていない。
あの士羽の思惑などは無意味だと知っている。探ろうとしている自分の正体や目的にも、もはや何の価値もないと知っている。
究極なことを言えば、澤城灘の安否よりも、歩夢の感情や人生こそが、この偶然に拾った命にとって何においても優先されるべきものなのだ。
「別に」
箸を置いて歩夢は答えた。
「嫌じゃない」
「嫌じゃない……か」
レンリは自分でも情けないほどに弱々しく苦笑いした。
そんな彼の表情をじっと見つめた後、
「…………ちょっとは、楽しみ、かもしれない」
と、絞り出したような声で続けた。
「そうか、そうかそうか!」
レンリは素直に喜んだ。何にせよネガティブな受け答え以外のことが出来るようになったのは良いことだった。
そして一転して喜色を露わにしたカラスを見つつ、
「もういっそ、良い機会だし夏らしくはっちゃけようと思う」
と、さらに彼を喜ばせるようなことを言った。
「おぉ!」とその成長ぶりに感嘆を漏らすレンリの向かいで、一足早く食事を終えた少女は箸を置いた。
心なしか常より目は強く煌めき、その眉根は勇しく吊り上がっているように見えた。
「足利歩夢、初のビキニに挑戦します」
日取りは夏休み初日。時刻は夕方六時半。
カーテンの隙間より侵入してくる西日が、後光のごとく歩夢の上半身、そのフラットなシルエットを浮き彫りにさせる。
「谷間寄せれば、いける気がする」
笑みをパタリと絶やして鎮痛な面持ちに転じたレンリの精神を追い詰めるが如くに歩夢は続けた。
「…………」
天井を仰いだレンリの頬を伝うもの、それは冷たい涙であった。
この世に存在せぬ虚ろなものを誇るがゆえに、人それを虚勢と言う。
今この歩夢は己には決して持ち得ぬ豊潤さを、さも在るかのごとく口端にのぼらせた。
だがそれは、枯野に一夜にして広大な黄金の小麦を実らせるがごとく、夢幻でしかない想像の産物でしかなく、いかな自然の摂理をもってしても実現など出来ようはずもなかった。
いやその儚さを何人に咎めることが出来ようか。叶わぬ願いを夢見ること、それが罪であろうはずもない。
言わせてしまったのは自分だ。己にこそ罪があるのだ。自分の軽はずみな喜びが彼女に、そんな誰も幸福にならぬ、哀しき自虐と冗談を言わせてしまったのだ。
「神よ、何故この少女にかくも酷な仕打ちをお与えになられるのか……?」
「あんた、わたしの胸をいじる時には全力を尽くすよね」
「いや、だからいじれる余地が乳首ぐらいしかないってのが問題でな」
「そして息を吸うたびに
歩夢はフヘッと呼気を鳴らして自嘲した。
「へいへいどーせ冗談ですとも。わたしがそんなもん着たって、海に来るロリコンどもに
「悪かったよ、言い過ぎた。まぁビキニは置いとくにしても、この際だ。なんか良い感じのヤツ買いに行こうぜ。バイト代も振り込まれてくる頃だろ?」
「残念ながら、あのメイドショップに
「……井田典子が突っ込んで以降行ってないから、なんとなくそんな気はしてたよ」
しかしながらすでに、士羽が補助金の手配は済ませたはずだ。そういう事務的な面については、客観視のうえ信頼して良いと思う。
とは言え、歩夢が自主的に動く気を見せたのは良い傾向だ。
存外に 乗り気と言うのであれば、レンリとしても止める理由はない。
ともすれば、本人よりも心と声を弾ませて、カラスは笑いかけた。
「じゃあ明日にでも行くか――西松屋!」
――それが最後の一線であったらしく、レンリは無言かつ無表情の歩夢に、マンションの外へと放り投げられたのだった。