ただ走りたいだけ   作:リョウ77

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緊張の解き方がさらなる緊張を与えるとかいう地獄

デビュー戦の翌日からは、一気にバタバタした。

編入の手続きはもちろん、自分の荷物を業者に依頼して中央の寮に送ってもらったり、中央に行くにあたって必要なものを買い揃えたり、いろいろとやることがあって落ち着かなかった。さらに、この忙しいときにも合間を見つけてはトレーニングをしてたから、マジで休まる時間が就寝の時くらいしかなかった。

ちなみに、母さんに中央移籍の話をしたら、たいそう驚かれた。

でも、すぐに立ち直って「頑張ってね」って応援の言葉をいただいた。さらに学費もどうにかしてくれるとのこと。

あーもうほんと母さん大好き。やっぱ、たまに里帰りしようかな。頑張れば走りでも日帰りで行けなくもないし。

それと、学校から送迎会をしたいという申し出があったけど、それは断らせてもらった。わざわざ送迎会をしてもらうほど親しいわけじゃないし、そもそもここ1ヵ月はイッカクのせいと言うべきかイッカクのおかげと言うべきか、クラスメイトはもちろん、他のクラスの生徒や先輩からも遠巻きにされてたから、やったところでしらけるだけだろうしね。

とはいえ、さすがに何もしないのはちょっと寂しいから、イッカクとビクトメイカーでささやかなパーティーをした。ついでに、ビクトメイカーにイッカクの面倒も頼んだ。せめて倒れないように見ていてねって感じで。

パーティーをしてる間、イッカクはずっと私に抱きついて「私もすぐに行くから~」って泣きながら尋常じゃない勢いで絡んできたからね。最後には寝ちゃったし、お酒でも飲んだのかな?

そんなこんなで、浦和トレセン学園最後の通学日。

 

「ぐすっ、ハヤテちゃん。頑張ってね・・・」

 

イッカクは再び泣きながら私の手を握っていた。

私はこれから戦場にでも行くのかな?まぁ、猛者がひしめく魔境であることに変わりはないけど。

 

「あはは。そんな今生の別れじゃないんだから。それに、イッカクだってスタッフ研修生で目指してるんでしょ?私も応援してるからね」

「うんっ、私も頑張るからっ」

「ビクトメイカーも、イッカクのことよろしくね?」

「・・・わかってるわよ」

 

露骨にめんどくさそうな表情しないの。私だって似たような心境なんだから。

ちなみに、今私が着ているのは中央の制服だ。私のところに来ると言ってはばからないイッカクはともかく、浦和に残るビクトメイカーは会う機会がグッと減っちゃうからね。こういう時くらいは新しい制服姿を見せてあげないと。

 

「おーい、ハヤテ―。そろそろ時間だぞー」

 

イッカクの頭をよしよししていると、須川さんが車の窓から顔を出して呼びかけてきた。

あぁ、もうそんな時間なんだ。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

 

そう言って、私も車に乗り込むと、須川さんはさっさと車を発進された。

私は後ろを振り向いて、イッカクが手を振る姿が見えなくなるまで私も手を小さく振り続けた。

 

 

* * *

 

 

「ついに来た、中央トレセン学園!」

 

車から降りて、私は両手を振り上げてそう叫ぶ。

 

「って感じはしないよね」

 

ようなことはしなかった。

 

「なんだ、随分と感動が薄くないか?」

「いや、ここに来るの2度目だし、1度目の時は緊張でそれどころじゃなかったし」

 

なんか、一周回って冷静になっちゃうよね。

まぁ、慣れないのには変わりないんだけど。

 

「それで、今日って休みだけど何するの?」

「今日は学園の中を案内することになっている。寮に関することなんかも説明があるはずだ」

「そうなんだ」

 

それはそれでありがたい。この前は更衣室と練習場しか行ってないから、敷地内のこととかまったくわからないんだよね。

 

「そういうわけだから、まずは生徒会室に行くぞ」

「マジで?」

 

え?また会長と会うの?

 

「会長殿もそうだが、案内役とも顔を合わせることになっている」

「なるほど。ちなみに、案内役って誰ですか?」

「さぁな。その辺りは会長殿に任せたから、俺は知らん。どのみち行けばわかるだろ」

 

それはその通りだけど、出来ることなら心の準備をさせてほしい。

とりあえず、須川さんの案内に従って生徒会室を目指す。今はトレーニングの時間だからなのか、前に来たときよりも人出は少ない。

 

「ここだ」

「ここですか・・・」

 

案内されたのは、いかにも威厳たっぷりな扉の前だった。

いや、上に“生徒会室”って看板があるから、ここが目的地だってのはいやでもわかるけどね。

 

「トレーナーの須川だ。クラマハヤテを連れてきた」

「入ってくれ」

 

中から会長の返事が返ってきたのを確認してから、須川さんは扉を開けた。

中に入ると、豪奢と言うような煌びやかなものではないけど、所々に細やかな意匠がほどこされている立派な部屋で、その奥正面には生徒会長の机が鎮座していた。

そして、会長もそこに座って私たちを出迎えてくれた。

 

「ようこそ、中央トレセン学園へ。それとも、久しぶりとでも言えばいいかな?」

「ど、どうも。お久しぶりです、会長。デビュー戦以来ですね」

 

どうにも緊張がぬぐえなくて視線をあっちこっちに向けると、壁に掛けてある大きな額縁が目に入った。

そこには英語で『Eclipse first, the rest nowhere.』と書かれていた。

あれってたしか・・・

 

「唯一抜きん出て並ぶ者なし・・・?」

「さすがだな。知っていたのか?」

「えぇ、まぁ。ここに来る前にいろいろと調べたりしたので・・・」

 

当然だけど、中央は学業もレベルが高い。

ぶっちゃけ私は特別頭がいいとかそういうわけじゃなかったから、ここに来る前に必死に勉強したし情報収集もした。

この言葉もその時に知ったものだ。たしか、中央トレセン学園のスクールモットーだ。

『他の追随を許すな。目指すべきは常に頂点』って感じだったはず。

ここで、立ち話もなんだからということで応接用のソファに座って、改めて話を始めた。

 

「さて。君の意気込み等についてはすでに聞いているから、君の方から何か聞いておきたいことはあるかな?」

「そうですね・・・今のところ3つ、ですかね」

「ほう?」

「1つ目は、中央(こっち)での私の評価ですね。どういう風に言われてますか?」

 

今さら、中央の生徒で私のことを知らないってウマ娘は少ないだろう。噂だけでも当然だし、なんだったら記者会見までやってる。

問題は、どういう風に認識されているかってこと。

浦和の時みたく、こっちでも悪評がたたれていると目も当てられない。

未だに地方蔑視が根付いているならなおさら。

でも、どうやら私の考えすぎだったみたい。

 

「その点なら心配ない。あのレースを観れば、君のことを弱いと思う者はそうそういない。それに、あの中にはアマチュアレースや模擬レースに出走して活躍を期待されていたウマ娘もいた。彼女らをまとめて蹂躙したのだから、すでにマークされているかもしれないな」

「なるほど・・・」

 

なんというか、コメントに困るな。

イジメとかはなさそうだけど、それはそれでレースで苦労することになりそう。

須川さんは「好きに走れ」って言ってるけど、戦略とか次善の策をちょっと考えた方が良さそうかも。

 

「2つ目なんですけど、寮の部屋ってどうなってます?例えば、同居人とか」

 

トレセン学園の寮は栗東寮と美浦寮の2つがあるが、基本的にどっちも2人部屋だ。場合によっては例外もあるけど、誰かと寝食を共にすることになる。

どういうウマ娘なのかはあらかじめ聞いておきたいところだ。

 

「ふむ。それは案内の時に説明してもらおうかとも思っていたが・・・実は、君は栗東寮で1人暮らしになる。今のところ、という注釈はつくが」

「あ、そうなんですか?」

「あぁ。ちょうど部屋が埋まっている状態でね。新しい入居者が来るまでは、実質1人部屋になる」

 

そっかぁ。1人部屋かぁ。いや、2人部屋に1人、ってのが正しいのかぁ。

それはそれで寂しい気もするけど、もしかしたらイッカクと同室になれるかもしれないと考えることにしておこう。

 

「最後は、今日は学園の中を案内してもらうって聞いたんですけど、誰に案内してもらうことになるんですか?須川さんじゃないんですか?」

「学園の中はともかく、寮に入れるのは基本的にウマ娘だけでトレーナーは立ち入り禁止になっている。それならば、同じ寮のウマ娘に案内してもらった方がいいだろう。案内役は、そろそろ来るはずだ」

 

すると、まるでタイミングをはかったかのようにドアがノックされた。

 

「ちょうど来たな。入ってくれ」

 

会長がそう言うと、ドアが開いて2人のウマ娘が入ってきた。

2人とも芦毛のウマ娘で、片方は黄色のひし形が連なったような髪飾りを付けていて、もう片方は私よりも小柄で赤と青のリボンと玉(?)を付けている。

って、あれ?もしかして・・・

 

「紹介しよう。オグリキャップとタマモクロスだ」

「ま˝っ!?」

 

ぢょっ、なんでよりにもよってこんな大物を出してきた!?

オグリキャップは言わずもがな、タマモクロスもオグリキャップ最大のライバルとして有名だ。

そんな有名人を前にすると緊張しちゃうってこと忘れたんですかぁ!?

 

「はじめまして、オグリキャップだ」

「タマモクロスや。よろしくな」

「あ、どうも。クラマハヤテです・・・じゃなくて!えっ、なんでこの2人なんですか!?てっきり同級生になる娘が来ると思ってたんですけど!?」

「あぁ、須川トレーナーから『同じ地方出身のウマ娘なら気が合うんじゃないか?』と聞いたから、私の方から頼んだんだ」

「須川さぁん!?」

 

思わず須川さんの方を見ると、須川さんは全力で私から目を逸らしていた。

さては確信犯だなこいつぅ!

 

「ちなみに言うとくとな、最初はこの話はオグリんだけやったんやけど、ウチとしてはオグリんだけに任せるのはちょいと不安でな。せやから、ウチも一緒に行かせてもらうように会長に頼んだんや」

「それはどうもご親切にありがとうございますぅ!」

 

おかげでプレッシャーが増し増しになっちゃいましたけどね!

“芦毛の怪物”と“白い稲妻”のセットとかどう考えても欲張りすぎなんだよなぁ!!

 

「それでは、さっそく行こうか。いいか、ルドルフ?」

「あぁ、構わない。君たちもクラマハヤテと話をしたいだろうからね」

「ちょっ、須川さんは・・・」

「悪いが、俺は俺で会長殿と話すことがある。生徒同士で親睦を深めてくるといい」

「薄情者ぉ!!」

 

親睦を深めるどころの話じゃないんですけど!

 

「ほな、さっさと行こか。トレセン学園は広いからなぁ。どんどん行くで!」

「あぁ。私たちの知り合いにもぜひ紹介したいしな」

「あ˝っ!お願いです腕を掴まないでせめて自分の足で歩かせてくださぁい!!」

 

芦毛コンビに両腕を掴まれた私は、なすすべもなく引きずられていく。

ちょっ、オグリキャップはともかくタマモクロスまで力が凄いんですけど!

結局、私が解放されたのは生徒会室から出て少し経ってからだった。

とりあえず、須川さんはあとでシバく。

 

 

* * *

 

 

「・・・会長殿」

「なんだ?」

「狙ったのか?」

 

須川の問いにシンボリルドルフは笑みを浮かべるだけで、須川は思わずため息をついた。

たしかに、須川は地方出身のウマ娘を案内役につけるように言ったが、須川の中では元々地方で走っていたハルウララやユキノビジン、地方で生まれたスペシャルウィークあたりが来ると思っていた。まさか元祖・地方の怪物とそのライバルが来るとは予想していなかったのだ。

須川としても「まさかクラマハヤテのあがり症を知らないわけではないだろうに・・・」とは思うが、この頭脳明晰な会長のこと。何か考えがあってのことなのだろう。あるいは、シンボリルドルフが気軽に頼める要望通りのウマ娘があの2人だった、という可能性もなくはないが。

 

「まぁいい。それで、話というのは?」

「いやなに、君の視点から見たクラマハヤテの話を聞きたくてね。今までは事務的なことしか話していないだろう?」

 

たしかに、シンボリルドルフにはクラマハヤテのウマ娘としての詳しい話をしたことはない。あくまで生徒としてだ。

このような話をおいそれとするのは情報保護的な面で気が引ける部分はあるが、シンボリルドルフはレースから引退しているため特に支障はないと思うことにした。

 

「そうだな。まずスタミナは会長殿が見た通り、歴代のステイヤーと比較しても規格外だ。走ろうと思えば、2000mくらいなら全力で走りきれるだろう。だが、やはりスピード関連がネックだな。トップスピードに関してはいくらでも誤魔化せるが、瞬間的な加速に関しては並かそれより少し下程度。一度減速したら一気に捕まる可能性がある」

 

ちなみに、スピードの誤魔化し方は今のところ2つある。

一つは、デビュー戦でもやった通りに先頭で走り続けることで後続を掛からせる走り方。相手のスタミナを削ってトップスピードを落としてしまえば、多少クラマハヤテが減速してもなんとかなる。

もう一つは、ロングスパートだ。クラマハヤテはその膨大なスタミナ故か、徐々にであれば加速し続けることができる。とはいえ、現在ではその上昇速度も微々たるものであるため、今後のトレーニングで補っていく部分でもある。

トレーナーとしては及第点だろう須川の解析に、だがシンボリルドルフはわずかに不満気だった。

 

「たしかに、須川トレーナーの言ったことに間違いはないだろう。私も同意見だ。だが、私が聞きたいのは別の部分だ。君だって気づいているだろう?」

「・・・まぁな」

 

須川も、シンボリルドルフが真に聞きたいことは何なのかわかっていた。

それでも話さなかったのは、ちょっとした悪戯心と意地だ。

いくら会長相手でも、そこまで話す義理はないと。

だが、シンボリルドルフの目を見る限り、話さないと開放してくれなさそうだと須川は高を括った。

 

「ハヤテは、『領域(ゾーン)』に手を掛けている」

「そうか。やはりな」

 

領域(ゾーン)』。

それは、時代を作るウマ娘であれば必ず入ると言われている領域。“超集中状態”とも言われるそれは、もし会得できれば潜在能力を100%以上引き出すことができると言われている。

だが、これに到達できるウマ娘は極々僅かの一握りの天才たち。

クラマハヤテは、それに手を掛けていた。

 

「とはいえ、不完全もいいところだ。試走の時は間違いなく『領域(ゾーン)』に入っていたが、デビュー戦の時は入れていなかった。おそらく、今はまだ1人で走っている時しか入れないんだろう。言ってしまえば、作業に没頭するようなもんだ」

 

言ってしまえば、試走の時の『領域(ゾーン)』は1人で走りに没頭していたからこそ至れたもので、走ること以外にも思考を巡らせる必要があるレースではまだ使えない、ということだ。

 

「だが、レースに出して経験を積ませれば、あるいは・・・」

「『領域(ゾーン)』を自分の物にできるかもしれない、か?」

 

シンボリルドルフの問いかけに須川は頷く。

とはいえ、『領域(ゾーン)』に至るまでの課題は多い。

スタミナが多いということは、その分限界への距離が長くなるということでもあるし、トレーニングの成果も実感しにくい。

それをどうにかするのが、トレーナーの腕の見せ所だろう。

 

「彼女に期待していると言ったが、君にも期待しているよ。須川トレーナー」

「おうとも。ぜひともあんたの期待に応えてみせよう、会長殿」




名前参考のクラシック世代どうしましょうかね・・・2020は無敗三冠のコントレイルとデアリングタクトがいるやべー世代ですし、2021はソダシがいるからイッカクとの兼ね合いがありますし、2022はそもそもクラシックまだですし・・・調べながらやってるんですけど、やっぱり2021あたりから選ぶことになりますかね?あるいは、ここ最近と比べれば話題は少なく感じる2019?

マジでネーミングセンスが欲しい。その辺に転がってないかな・・・いっそウィニングポストでも買おうかな?新作でるし。でもバトスピやりたいしなー。
いや、ほんと悩みますね~。
一応言っておくと、名前を参考にした場合はモチーフ馬との関連性は皆無なので、その辺はあしからず。

『Eclipse first, the rest nowhere.』って語感もそうですけど元ネタがかっこよすぎますよね。一度でいいからこんなセリフ言ってみたいわ~。

寮に関しては、ゴルシとかマルゼンのところにねじ込む案もあったんですけど、ゴルシ同室はお気に入り登録して読んでいる作品にもある展開なのでなんとなく出しづらくて、マルゼン同室は自分の語彙力ではカバーしきれないので没になりました。
昭和の流行語とか軒並み死語になっててわからん。
というか、2つあるとはいえ数千人が住める寮とかなんだそりゃ・・・退去のタイミングとかどうなってんだろ。
まぁ、仕様的に仕方ないとはいえ、ウマ娘ってあまり歳とらない種族みたいになってますしね。サイヤ人みたいに若い時期が長いのかな?
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