『・・・つまり、興奮しすぎて頭に血が上ったってことか?』
「まぁ、だいたいは・・・?」
オグリ先輩とタマモ先輩に荷物整理を手伝ってもらってから寮の中を案内してもらった後、ひとまず案内も終わったということで2人と別れて自室に入った私は須川さんに電話した。
私が倒れたって聞いて心配してたらしいから大丈夫だって言ったんだけど、経緯を言ったらものすごい呆れられた。
『なんつーか、心配した俺がバカだったわ』
「え?そんなに・・・?」
そこまで言うことはなくない?
仮にも愛らしい担当ウマ娘が倒れたんだから、もっと心配してくれてもいいんだよ?
「そういえば、この後に行かなきゃいけないところとかある?」
『いや、今日のところは何もない。あとは明日に備えて早めに寝るだけだ』
「そっかー」
いよいよ私も明日から中央の学生かー。
やべぇ、緊張してきた。今夜はちゃんと寝れるかな・・・。
『それと、明日から本格的にトレーニングも始めっから、その辺の準備もきちんとしておけよ』
「はーい」
『それじゃあな・・・いや、改めて言っておくか』
「なに?」
『ようこそ、中央トレセン学園へ』
「・・・どうも」
くすぐったい気分になりながらそう返すと、須川さんはそのまま電話を切った。
・・・そっかぁ、私もいよいよ中央の学生かぁ。
さっきよりもしみじみと、その事実が頭の中に広がっていく。
浦和の時ですら期待と緊張が溢れそうになったのに、中央だとどうなるんだろう。
・・・後で制服にしわがないか確認しよう。新品だからよっぽど大丈夫だと思うけど、確認しておいて損はないよね。
* * *
「ふぁ~・・・ねむ・・・」
翌朝。
結局、私はあまり眠れなかった。
いや、意味もなく制服を含めた衣類を確認したり、カバンの中の荷物を出し入れし続けてたらあっという間に時間が過ぎた、ってのが正しいか。ベッドに横になる頃には夜も遅くなっていて、あまり寝る時間をとれなかった。
顔はすでに洗って新しい制服にも着替えたけど、それでも覚醒にはまだほど遠い。
こうなったら、食堂で何か食べてよう・・・。
とりあえず、今日の朝ご飯は鮭の塩焼きを10枚くらいと味噌汁、山盛りご飯で、海苔も多めに貰っておこう・・・。
「おっ、ハヤテちゃん、おはようさん」
「おはよう、ハヤテ」
トレイを持って席を探していると、オグリ先輩とタマモ先輩にバッタリ出くわした。
ちなみにオグリ先輩は山盛り野菜炒めとだし巻き卵に山盛りご飯で、タマモ先輩は目玉焼き乗せトーストとサラダをトレイに乗っけている。
「おぐり先輩、たまも先輩、おぁようございます・・・」
「なんや、えらい眠たそうやな。緊張して寝れんかったんか?」
「そんな感じです・・・ぁふ・・・」
とりあえず、ここで会ったのも何かの縁ということで3人で席に座って朝ごはんを食べ始める。
「あむ・・・」
「ハヤテちゃん、ほっぺにご飯がついとるで」
「んぅ・・・?」
「あーもう、じっとしとき」
未だに回らない頭でご飯を食べていると、タマモ先輩が紙ナプキンを持ってテーブル越しに身を乗り出して、私の口元を拭ってきた。
やっぱり世話好きというか、世話焼きというか・・・
「ほら、これで大丈夫や」
「ありがとう、おかあさん・・・」
「誰がおかんや!うちはクリークちゃうぞ!」
クリークって、スーパークリークさんのことかな?オグリ先輩と同じ永世三強の一人だけど、お母さんみたいな人なのかな?
すると、オグリ先輩が何を思ったのか、だし巻き卵を差し出してきた。
「ハヤテ、良ければ私のだし巻き卵も食べるか?」
「なっ!?オグリンが自分から食べ物を差し出した、やと!?でも待て、オグリん。寝不足の娘に食べ物を差し出したところで食べるとは・・・」
「ありがとうございます・・・」
「いや食うんかい!朝から食い意地張り過ぎやろ!」
今日も朝からタマモ先輩の鋭いツッコミが冴えわたる。
そのおかげもあるのか、ご飯を食べ終わる頃にはだいぶ目が覚めてきた。
「ふぅ、ごちそうさまでした。あ、オグリ先輩、私だけもらっちゃってすみません」
「いや、いいんだ。昨日はデザートを分けてもらったから、そのお返しだ」
「わかりました。それじゃあ、お昼も一緒に食べます?」
「あぁ、そうしよう」
「だ、だめや・・・うちじゃあ大食い2人の会話についていけへん・・・」
朝っぱらからタマモ先輩が疲れ切った様子で呟く。
「大丈夫ですか?デザートに何か食べます?」
「いや、うちは2人を見とるだけでお腹いっぱいやからええよ・・・」
そういうことらしい。私にはよくわからないけど。
「それはそうと、今日から新しいクラスやろ?ハヤテちゃんは大丈夫なん?」
「まぁ、緊張はしてますね。寝不足になる程度には」
「もしハヤテが困ったら、私たちが力になるから、遠慮なく言ってほしい」
「もちろん、うちも力になるからな」
「ありがとうございます、オグリ先輩、タマモ先輩」
あったけぇ・・・。
見ず知らずの土地で上手くやっていけるか不安はあったけど、こんなにも優しい先輩に恵まれるなんて、これだけでも中央に来た甲斐があった。
せっかく先輩方が応援してくれてるんだから、私も新しいクラスで頑張っていこう。
* * *
登校初日は最初に職員室に向かうことになっている。
まず担任の先生と顔を合わせて、クラスには朝礼の後で紹介することになっていると昨日須川さんから話を聞いた。
担任の先生は、若い男の先生だった。物腰柔らかな如何にもいい人って先生で、授業でわからないことがあったら遠慮なく聞いてほしいって言われた。
正直、勉学に関してはすでに須川さんからお墨付きをもらってるから、お世話になるとは限らないんだけどね。
その後は、先生に教室に案内されて廊下で待たされた。
呼んだら入ってきてくださいって言われたけど、この時間がめちゃくちゃ緊張する。朝食の時にオグリ先輩とタマモ先輩に励まされたけど、やっぱりいざ1人でってなると心臓がバクバクになる。
いっそ、最初の内くらいは「地方出身だから、どうせすぐに出戻るよね」みたいな感じでいない者として扱ってくれないかなぁ。
「クラマハヤテさん、中に入ってきてください」
「はい」
とりあえず、今日はできるだけ無難に過ごそう。んで、目立たないことを祈ろう。
そんなことを考えながら、私は教室のドアを開けた。
・・・教室に入った瞬間、私の考えははちみー(はちみつが原料のクソ甘いドリンク。まだ飲んだことはないけどオグリ先輩から聞いた)よりも甘いことを思い知った。
「ッ!?」
教室に入った瞬間に感じたのは、肌が粟立つような突き刺さってくる視線の数々。
デビュー戦の時も同じ感覚を味わったけど、あの時とは数と質が比較にならない。
しかも、感じてくる感情はほとんど1つに統一されてる。
それは、猜疑でも嘲りでも値踏みでもない。
これは、私をライバルとして、強豪の一人として認めている類のやつだ・・・!
「では、自己紹介をお願いします」
「っ。く、クラマハヤテです。浦和から来ました。よろしくお願いします」
先生から声をかけられて、ようやく強張った体から力を抜くことができた。
まぁ、緊張はしっぱなしだけど。
「それでは、クラマハヤテさんは一番後ろの、一番窓よりの空いてる席に座ってください」
「わかりました・・・」
よ、よかった!一番注目されにくい席だ!
とりあえず、今日はできるだけ目立たないように過ごそう!
まぁ、ただでさえ注目されてたんだから、そんなことできるはずがないんですけどね。
「トレーナーはいったいどなたなんですか?」
「あれだけの大逃げとは、どのようなトレーニングを?」
「ウラワ?では、どなたかライバルがいたんですか?」
「良ければ午後に併せをしませんか?」
「次のレースの予定は決まっているんですか?」
「あぅあぅあぅ・・・」
午前の授業が終わったと思ったら、あっという間に囲まれて質問攻めにあってしまった。
や、やべぇ。目立たないどころかこれ以上ないレベルで目立ってるぞこれ・・・!
これが年頃の娘のコミュ力とでもいうのか・・・。
「ねぇ。よかったらこの後、一緒にご飯食べない?」
質問攻めにあって目を回してたのを見かねたのか、一人の鹿毛の娘が仲裁してくれた。
あーもうマジ救世主。あるいは天使ですか?でもそうなると、私の周りに天使が多すぎない?
でも、申し訳ないけど・・・
「えっと、ごめん。お昼ご飯は先約があって・・・」
「そっか・・・」
「じゃあ、明日は一緒に食べよ。それじゃあ、私はこれで・・・」
オグリ先輩たちとの約束を体よく使って、どうにかこの場から抜け出すことができた。
まぁ、どうせ明日から大変なことになるだろうけどね。
* * *
「ハヤテちゃん、こっちやこっち」
「タマモ先輩!」
さっそく食堂に向かうと、タマモ先輩が先に席に座って待っていた。
ちなみに、今日のメニューは焼きそば山盛りにした。デザートはまだ決まってないけど、パンケーキの予定。
席に近づくと、オグリ先輩がいない。
「あれ、オグリ先輩は?」
「オグリンはおかわりに行っとるよ。今日はチャーハン食っとる」
「ハヤテ、来たのか」
ちょうどタマモ先輩がそう言ったタイミングでオグリ先輩が戻って来た。
お盆に山盛りのチャーハンを乗っけている。
「おかわりって、もしかして私が来るの遅かったですか?」
「いや、うちらが早かっただけやから、気にせんでええよ。加えて、オグリンも食うの早かったしな」
それにしたって、待たせちゃうとは申し訳ないことをしてしまった。
私もさっさと席に座って、焼きそばを食べ始めた。
「そういえば、今日のお昼はうちらと一緒で大丈夫なん?クラスメイトから誘われなかったりせんかったんか?」
「実は誘われはしたんですけど、先約があるからって断ってこっち来たんですよね」
「なんや、うちらに気ぃ遣わんでもええって。ちゃんと一言連絡してくれたら、それでよかったんよ?」
「いや、なんか興味津々というか、あのレースの映像見たのか戦意丸出しで、ちょっと疲れちゃったんですよね。期待されてる、って言えば聞こえはいいんでしょうけど、こっちに来たばかりなのにあまりやる気を出されても・・・」
「あっはっは!舐められるよりは良かったんとちゃう?」
「ここまでライバル視されるのはさすがに予想外でしたよ・・・」
おかげで、目立たないように過ごすという目標が秒で達成不可能になってしまった。
これ、たぶんレースでも全力で潰しにくるよね。まぁ、私は基本的に大逃げになるだろうから、影響は少ないと思うけど、それでもデビュー戦の時の(須川さん曰く)初見殺しみたいな勝ち方はできないだろうなぁ。
「次のレース、絶対デビュー戦よりも苦労しそうですよ・・・」
「そういえば、次のレースの予定は決まっとるん?」
「具体的にはまだ。一応、夏休み明けからOPをいくつか走って、ゆくゆくはクラシックを目指す、って予定です」
そして、須川さんが言うには、クラシックレースに出る場合は皐月賞までが鬼門だって言われた。
皐月賞は中山レース場の2000m。デビュー戦と同じ、総合力が試される中距離とはいえ、他と比べればスピードが重要視される。それこそ、皐月賞は『最も速いウマ娘が勝つ』って言われるくらい。
私の場合、スピードはまだまだ発展途上。デビュー戦の時は早い段階でスパートをかけさせてスタミナと足を消耗させたからこその大差勝ちだったけど、スタミナと足を温存された上で最終直線でのスピード勝負になったらどうなるかはわからない。
そして、ジュニア期のレースは基本的に長くても2000m。
つまり、皐月賞までは私の不利な土俵で戦わないといけないことになる。
逆を言えば、ここで2000mのレースに出まくって皐月賞に備える、というやり方もあるけど、どっちにしてもしばらくはスピードトレーニングを中心にやる予定だって須川さんから言われてる。
「そか。うちらはクラシックとは無縁やったからアドバイスとかは言えへんけど、ハヤテちゃんのこと応援するからな。なぁ、オグリン?」
「あぁ、わふぁふぃふぉ・・・」
「待て待て、せめて口の中のもん飲み込んでから喋りや」
「・・・やっぱりお母さんでは?」
「だからうちはオカンやないて!そういうのはクリークだけで十分や!」
いや、オグリ先輩をたしなめる姿はまごうことなき母親そのものでしたが?
ていうか、タマモ先輩がそこまで言うスーパークリーク先輩がどんなウマ娘なのかすごい気になってくるな。
たしか、菊花賞を勝ったステイヤーだったはずだから、機会があったら紹介してもらおうかな?
とりあえず、今は午後のトレーニングに備えて焼きそばを食べまくって、ついでにホットケーキも何枚か食べた。
タマモ先輩はもう慣れたみたいだけど、周囲からは珍獣を見るような眼差しを向けられた。
そんなにおかしな量なのかな?
タマモって基本的にクリークママにバブバブされてるけど、クリークがいなかったらむしろバブバブさせる側だったかもしれないと思うのは自分だけですかね?
少なくとも、タマモに世話されたい願望持ってる人は探せばいそうな気がする。
てかサポカでもあーんさせてるからいるに違いない。
ふと思ったのが、校則の「学園内は静かに走るべし」の存在感がいまいちわからないってこと。
シングレだと中央に来た最初の話でちらっとありましたけど、それ以降とアニメ全般はあまりそういうシーンは見かけない気がしますし。なんだったらセグウェイ乗ってますし。
とりあえず、あってないようなものとして考えておきます。
でも歩いてるだけで罰則とか、それはそれで面白そう。