「ん~・・・?」
気付いたら、視界に入ったのは知ら・・・いや知ってるわ。校舎の中だ。
保健室には入ったことないけど、校舎の天井は見覚えがある。
顔を右に向けると、白いカーテンに遮られていて、私はベッドの上に寝かされていた。
となると、ここは保健室かな?
ていうか、なんで私はここで寝てるんだ?
えっと、グランと併走をした後、休憩し始めてからの記憶がない。
でも、なんとなく須川さんやグラン、東条さんが慌ててた気がするようなしないような・・・。
「よかった。目が覚めたんだ、ハヤテちゃん」
声をかけられて逆サイドを見ると、グランが椅子に座って私の顔を覗き込んでいた。
「えっと、グラン?私は・・・」
「あっ、まだ無理しないで!」
起き上がろうとすると、グランが慌てて私の肩を抑えてベッドに寝かしつけた。
え?もしかして、なんかやばいことでも起きた?
「ハヤテちゃんは熱中症で倒れたの」
「熱中症・・・?」
「たぶん、私と併走している最中に体温が上がって、今まで夏バテ気味だったのも相まって倒れちゃったんだと思うって、2人とも言ってた」
「そっかぁ・・・」
・・・油断してたかなぁ。併走始める前は大丈夫だと思ってたけど、思ったより疲れが蓄積してたのかな。
たぶん、今日併走やる前に須川さんに相談してれば、こんなことにはならなかったのかなぁ。
「それで、須川さんは?」
「東条トレーナーと一緒のはず。管理不十分として叱られてると思う」
「相談してなかった私も悪かったんだけどなぁ」
むしろなんで今まで話さなかったのか。
まぁ、最近はずっとトレーナー室で映像ばっかり見てたから、言う機会がなかっただけなんだろうけど。冷房効いてるとつい言いそびれちゃうんだよね。
「とりあえず、私の方でハヤテちゃんが目覚めたことは連絡しておくから」
「そういえば、私が倒れてからどれくらい経った?」
「だいたい2時間くらい?ちなみに、私が見た感じだけど、その間須川トレーナーはずっと説教を受けていると思うよ」
うっ、そう聞くと急に罪悪感が・・・。
私の不注意のせいで須川さんが説教受けるとか、申し訳なさすぎる・・・。
「とにかく、今は横になってゆっくり休んで。あ、それと水分補給も」
「ありがとう、グラン」
グランから渡されたスポーツドリンクを一気に飲み干す。
「・・・もう1本いい?」
「はい、どうぞ」
グランからもう1本スポーツドリンクをもらいながら、ちょっと視線を下に向けてみる。
体操服はある程度乾いているけど、よっぽど汗をかいていたのか、未だに湿っぽい。ベッドのシーツに関しては、がっつり汗のシミがついている。
・・・これ、実はけっこう危なかった?
ウマ娘は平熱が高い分、熱中症が重症化しやすい。だから、普段のトレーニングでもその辺りのことは特に気を付けるようにするらしいけど、まだ初夏ってことでそこまで気にしてなかったのが災いしたかな。
「はぁ・・・」
「ど、どうしたの?」
「いや、迷惑かけちゃったな~、って」
「それは・・・仕方なかったから」
「それでも、だよ」
夏バテ気味だったことを須川さんに言わなかった私にも責任はある・・・と思う。
その辺りのことはよくわかんないけど、『できるのにやらなかった』は悪いことだから、私からも謝っておこう。
そんなことを話していると、ガラガラと扉が開く音が聞こえた。
これは、須川さんと東条さんが来たのかな?
「クラマハヤテ、今は大丈夫か?」
「はい、どうぞ・・・え、っと、須川さん?大丈夫?」
「いや・・・ハヤテに比べれば、なんてことはねぇよ・・・」
カーテンを開けて入ってきた須川さんと東条さんだけど、須川さんが明らかにげっそりしていた。
え、そんなに?東条さんの説教ってそこまで辛いの?2時間どころか三日三晩徹夜したレベルでやつれてない?
内心で私の知りえない東条さんの説教に戦々恐々としていると、須川さんが頭を下げた。
「ハヤテ、すまなかった。お前の体調の変化を見抜けなかった俺の責任だ」
「い、いや、私だって夏バテ気味だったこと言ってなかったし・・・」
「いや、悪いのは俺だ。見ればだいたいわかるなんて豪語しておきながらこのざまだ。返す言葉もねぇ」
そういえば、そんなこと言ってたね。軽く忘れてたけど。
ていうか、ここまでメンタルボコボコにされた須川さんなんて初めて見たというか、いっそ見たくなかったというか。
いったいどんな説教したんですか・・・?
恐る恐る東条さんの方を見ると、東条さんは盛大にため息をついた。
「過去と同じ過ちを繰り返そうとしたんだ。むしろ、これでも足りないくらいだ」
そう聞いて須川さんの身体がビクッ!って震えた。え、これでまだ足りないの?さすがに、これ以上はオーバーキルじゃない?
ただ、それ以上に『過去と同じ過ち』って言葉が気になった。
「なに?須川さん、なんかやらかしたの?」
「・・・まだ話してないのか?」
「・・・べつに話さなくてもいいと言われたしな」
「まったく・・・」
「あ~、べつにいいですよ?なんとなーく想像はつくので」
須川さんが話したくないなら、そんな無理に聞かなくても・・・
「いや、話すべきだ。こいつが担当を持ったならなおさらな」
わぉ、超堅物。
なるほど、東条さんはお堅いというか、かなり真面目な人らしい。
これは、須川さんが苦手そうにしてるのも分かる気がする。
ってか、ぶっちゃけ私も苦手かもしれない。私、他人に真面目って言えるような性格じゃないし。
「なら、せめて二人の時に話してもらうってことでいいですか?さすがにグランの前で話してもらうのも気が引けますし」
「むっ・・・それもそうだな。すまない、私の配慮が足りていなかった」
本当に真面目だなぁ。別に謝んなくてもいいのに。
「それじゃあ、グランもありがとうね。わざわざ面倒見てくれて。お礼と埋め合わせは、また後日ってことで」
「私は別にいいんだけど・・・」
「さすがに、迷惑をかけちゃったのは私の方だからね。むしろ、何かさせてもらえないと気が済まないかな」
「だったら、その話は私のデビュー戦の後に、ってことでいい?」
「うん、いいよ」
そう言って、グランは東条さんと一緒に保健室を出て行った。
残ったのは、私と須川さんだけだ。
二人だけになった途端、私と須川さんの間に微妙な空気が流れ始めた。
そりゃあ、須川さんの黒歴史を聞くことになるわけだから、軽い空気になるはずはないけど。
とりあえず、須川さんがめっちゃ気まずそうにしてるし、私の方から踏み込んでみるか。
「東条さんが言ってたのって、昔はちょっと調子に乗ってて、その時に担当のウマ娘をケガさせちゃった、ってことかな?」
「ッ・・・あぁ、そうだ」
図星だったみたいで、須川さんの身体が強張った。
にしても、そっかぁ。そういうのって物語の中の話だと思ってたけど、現実にもあるんだねぇ。
「・・・昔の俺は、最年少で中央のトレーナー試験に合格したってことで、『天才トレーナー』ってもてはやされてたんだ」
「最年少って、何歳で受かったの?」
「16だな」
「えっ、それって、もはや中卒で高校受験感覚で中央のトレーナー試験やったってこと?」
「そうなるな」
マジで天才じゃん。
「まぁ、それ以前に俺の家がトレーナー一家だったってのもあるがな」
「あー、なるほど。小さいときから教育受けてたんだ」
「あぁ。何度も言ってるが、俺は生まれつき目が特別で、見ただけでそのウマ娘の状態やスペックがわかったから、親からも期待されてたんだ・・・甘やかされた、って言ってもいいかもしれんがな。俺の親も元々中央のトレーナーだったらしいが、結果を出せずに地方に転勤したらしいし」
「ふ~ん」
そんな2人がどんな経緯で知り合ったのか気になるけど、話が逸れるし我慢しよ。
案外、婚活パーティーとかで知り合ったりしたのかな?元中央トレーナーならお金はありそうだし。
「それで、調子にのってたんだ?」
「ズバッと言うな・・・まぁ、そうだ。最初はチームのサブトレーナーとして経験を積んでいたが、メインのトレーナーよりも上手く指導できるようになるまで時間はかからなかった。結果、ウマ娘たちは俺の下に集まった。そっからだろうな、俺が調子に乗り始めたのは」
そこから、須川さんの声音がまるで罪を懺悔するように震えていく。
「俺が教えたウマ娘の実力は飛躍的に伸びていき、重賞も勝たせてやれた。結果、俺はそのチームのメイントレーナーとして台頭することになった。その辺りから俺は、中央のベテラントレーナーでも取るに足らないと、そう思うようになっていった。レースの結果ばかりに目を向けがちになった」
そこで、須川さんの言葉が途切れた。
何度か喋ろうとしても言葉が出ない状況が続いたけど、決心がついたのか、自分がしたことを告白した。
「結果、俺はあるウマ娘をトレーニングの最中に怪我をさせてしまった。それも、競技人生に関わるほどの。そいつは、その怪我が原因で引退することになった」
「・・・・・・」
須川さんの告白を聞いて、私はただ黙って見つめ返す。
その私の反応を見て須川さんがどう思っているのかはわからないけど、そのまま話し続けた。
「それから俺は、トレーナー業から距離を置いた。調子に乗っていたツケが回って、当時のベテラントレーナーたちから恨みを買ってたせいで、この話が広まって俺に担当のウマ娘がつかなくなったからだ」
「・・・なんで、このタイミングで再開したの?」
「理事長からせっつかれたからだな。元々、俺はトレーナーを辞めるつもりだったが、理事長から『たしかに君がしたことは取り返しがつかないものだが、それでも優秀なトレーナーを辞めさせるわけにはいかない』ってことで、地方に転勤することになった。だが、最近になって『そろそろ中央に戻ってこい』と言われて、そのついでに地方でスカウトしてから戻ろうと足を運んだ。そして、お前をスカウトした」
「そっか」
それはなんと言うか、運命的な何かを感じそうだね。まったくときめかないけど。
でも、そっかぁ。なるほどね~。
「とりあえず、私の正直な感想言ってもいい?」
「・・・なんだ?」
「すっごいどうでもいい」
「・・・は?」
私の感想が意外だったのか、須川さんがポカンと口を開けた。
「・・・俺は、担当のウマ娘を怪我させたトレーナーだぞ?」
「別に、そういうのって多かれ少なかれあるもんじゃん。仮に競争人生を終わらせたとしても、1回だけでそんなに言われることはないんじゃない?」
ウマ娘の脚は、ガラスの脚だ。誰だって、いつ壊れるかもわからない爆弾をその足に宿して走っている。それに、チームともなれば、人数が多くなれば多くなるほど全員をまんべんなく見るのも難しくなる。
過去に怪我で引退したウマ娘なんて星の数ほどいるけど、ならその担当トレーナーも同じように叩かれてもおかしくない。
そりゃあ、調子に乗ってた須川さんにも非はあるかもしれないけど、私からすればそんな大げさに騒ぎ立てるほどじゃない。
「それと、今日のことは一緒にしないの。悪いのは須川さんじゃなくて、何も相談しなかった私」
「だが・・・」
「ぶっちゃけるけど、別に私は言ってもないことでもわかってもらえるなんて、そういうのは
「それは・・・」
「今まで、私が中央に来てからはトレーナー室で映画見てるか、体が鈍らない程度のストレッチとジョギングしかしてなかったでしょ?それでわかってもらえるとは思ってないよ」
見方を変えれば、私がただ須川さんを信頼してないだけなんだけど、私は別に須川さんにプライベートなことまで頼るつもりはなかった。
私が熱さに弱いっていうのは、どちらかと言えば今はまだプライベートな部類だ。というより、私のトレーニングに関わってくる段階じゃなかった、ってのが正しいか。
私は自分で暑いのが苦手って薄々自覚してたけど、それを無視してグランと併走する我が儘を通したのは私だ。
須川さんに非はない。
そう言うけど、須川さんはまだちょっと納得していなさそう。
「そうだ。もし凹んでるんなら、私が頭を撫でてあげよっか?大丈夫だよ~よしよし~って感じで」
「・・・いらん世話だ」
須川さんの頭に手を伸ばそうとすると、ぺいっと振り払われた。
半分くらい本気なんだけどね、私は。
とはいえ、ちょっと立ち直ったみたいだから、結果オーライってことで。
「そう言うわけだから、悪いのは私で須川さんは悪くない。はい、この話は終わり。それで、早いうちにこっちの暑さに慣れたいから、そろそろ体づくりを始めてもいいと思うんだけど、須川さんはどう思う?」
「・・・そうだな。普段の映画トレーニングもいい具合になってきたし、そろそろ本格的に始めてもいい頃合いか。とはいえ、今日みたいに倒れられても困る。様子を見ながらな」
「はーい。んじゃ、私はもうちょっと寝てるから」
別に特別疲れてるわけじゃないけど、さっきまでずっと寝てたから少し頭が重い。
須川さんの返事を待たずに、私はベッドに潜り込んで目を閉じた。
とりあえず、明日からのことでも考えてよう・・・。
* * *
ハヤテが横になってから寝息が聞こえるまで、時間はかからなかった。
それを確認してから、須川は立ち上がって保健室を後にした。
「似ているな」
外に出てすぐ、近くから声をかけられた。
横を向けば、東条が壁にもたれかかっていた。
「盗み聞きしてたのか?クソ真面目なお前らしくもない」
「一言余計だ・・・事が事だからな。貴様を監視していただけだ」
「怖ぇなぁ・・・まぁ、似てるってのは同感だ」
「・・・言わなければならなかったのではないか?」
「かもな。だが、言っても変わんねぇだろ、あれは」
そう言って、須川は大きくため息をついた。
そして、かつて起こしてしまった過ちを思い返す。
そのウマ娘は、ハヤテと同じ栗毛だった。
特別有望と言えるわけではなかったが、それでもやる気は他より抜きんでていた。
だが、この時の須川はウマ娘の能力とレースの成績にしか目を向けておらず、そのウマ娘のことも認識の隅に追いやられていた。
だから、彼女が毎日ハードな自主トレーニングをしていたことに気付けなかった。
そして、気づいた時には手遅れだった。
彼女は繋靭帯炎を発症し、引退を余儀なくされた。
1人のウマ娘の夢を、自分が奪ってしまった。
その事実は、トレーナーになってからの初めての挫折としてはあまりにも重すぎた。
さらに、半ばチームを横取りする形で前トレーナーを追い出したことが災いし、恨みを買っていた須川は教え子にあることないこと吹き込まれ、ウマ娘たちは全員離れていった。
それでも離れなかったのは、自身の失態で怪我をさせてしまったはずの彼女だけだった。
『どうして、君はっ・・・俺は、君の夢を、未来を・・・!』
『いいんですよ。トレーナーさんに何も言わなかった私が悪いんです。それに、トレーナーさんだってまだまだ若いんですから、失敗だってしちゃいますよ』
彼女は、あくまで悪いのは自分だと、トレーナーさんは悪くないと繰り返した。
まるで、泣きじゃくる子供をあやすように、須川の頭を撫でながら語りかけた。
『もし、トレーナーさんが自分のことを許せないなら、私に子供ができた時、トレーナーさんがその子を指導してください。私は、その子に私の夢と未来を預けます。ですから、トレーナーさんがその子を導いてください』
『それは・・・』
『なんだったら、トレーナーさんとの子供でもいいですよ?トレーナーさんだって、私とそこまで歳は離れてないですし、不自然ではないですよね』
『さすがに、それは勘弁してくれ』
『それとも、こういう時は「責任をとってください」って言えばいいんですかね?』
『・・・本当に勘弁してくれ』
その言葉が本気なのか冗談なのか、この時の須川はまだわからなかった。
だが、療養の建前で須川の地方移籍についてきたということは、そう言うことだったのだろう。
最終的に、かなりの長い時間が経ったが、須川が押し負ける形で彼女と結ばれることとなり、そして・・・
「どっちにしろ、俺がやることは変わんねぇよ。あいつから託された夢と未来を叶える、それだけだ。同じ過ちを繰り返すつもりはねぇが・・・下手にあいつに似てるあたり、ハヤテも一度決めたら止まらねぇだろうな」
「その時は?」
「できる限り、ハヤテの意思を尊重する。あいつから聞いてはいたが、ハヤテはまるで自由な風だ。抑えようと思って抑えれるもんじゃねぇ。だったら、ハヤテが後悔しないように走らせるだけだ」
「・・・そうか」
須川の返事に納得したのか、東条は多くは語らずに、その場を後にした。
「・・・にしても、あいつと言いハヤテと言い、俺は教え子に甘やかされる運命でもあるのかね」
それは、須川からすれば割と切実な疑問だったが、それに答える者はこの場にいなかった。むしろ、聞かれたら赤面ものだっただろう。
ちなみに、思わずこぼれた呟きは東条にも聞こえたのだが、聞こえなかったふりをしたのは彼女なりの優しさだろう。それでも、思わず吹き出しそうになったのを堪える必要はあったが。
アンケートの結果、とりあえず史実のウマの名前を出す方針でいきます。
というか、なんとなくで付け加えた「最初に決めたことくらい守れ」が思ったより多くて、必要のないダメージを負ってしまいました。
いやまぁ、聞いといた方がよかったかもしれないですけど、実際に投票されると「やっぱりかぁ、そうだよなぁ・・・」でネガになりそうになって・・・なんで自らいらんダメージ喰らいにいったのか・・・。
とりあえず、自分もおハナさんに説教くらった後、クリークママによしよししてもらおう。あるいは、タマモクロスにあーんしてもらうのもいいかもしれない。
それはそうと、今回はちょっとぶっこんだ感じにしました。
ちなみに、自分はなんか頭の中が農学脳になってるからか、こういう子供というか生殖事情とかどうなってんだろうって割と気になるタイプです。やましい気持ち抜きで。
まぁ、事情が事情なんで、公式が明言を避けているのに文句を言うつもりは欠片もありませんが。
でも実際、こういうことってあるんですかねぇ。ちなみに自分はトレーナーとウマ娘の恋愛はウェルカムな方です。
でも、こうなるとおハナさんってけっこう行きおk(((殴