気付けば、私は暗闇の中で漂っていた。
立っているわけでも、落下しているわけでもなく、まるで水の中に沈んでいるかのように、ただ闇の中にいる。
私の目の前には、映画のスクリーンのように何かが映っている。でも、ピントがずれているのか、映像はひどくぼやけていて何も見えない。
『・・・ッ、・・・!』
『・・・!・・・!』
映像の中では、誰かが映像に向かって話しかけているように見えるけど、声もノイズが激しくて何も聞き取れない。
こんな何もわからないものを見ていても仕方ないけど、こんな闇の中で他に見えるものなんてない。
大して期待せずに、他に何かないか周囲を見回してみる。
でも意外なことに、この闇の中に何かがあった。
いや、何か、じゃなくて、誰か、って言う方が正しいかもしれない。
それは、ただ闇が揺らいで輪郭を作っているだけだった。見ようによっては、ヒトのようにも見えるし、ウマ娘のようにも見える。
ただ輪郭だけで構成されているそれは、ジッと私の方を見ていた。
私もいろいろと聞きたいことがあるから話しかけようとしたけど、なぜか上手くしゃべれない。ただ息を吐きだすだけで、声を紡ぐことができない。
輪郭はただ何もせずに私を見ているだけだけど、それがむしろ居心地が悪くて、思わず顔を背けて反対の方向を向いた。
すると、そこにも同じようにヒトにもウマ娘にも見える輪郭が佇んでいた。
次の瞬間、急に私の体が沈んでいった。
スクリーンが遠ざかっていき、みるみる小さくなっていく。
その間も、2つの輪郭はずっと私の方を見つめていて、それが私の不安を煽る。
どうにか手足を動かして抗おうとするけど、何も捉えることができずに私の身体はどんどん沈んでいく。
とうとうスクリーンすらも見えなくなって、でも私の体はどこまでも沈んでいく。
そうして、身体も意識も、闇の底に沈んでいって・・・
「・・・寝起き最悪」
目を覚ますと、そこは寮の自室だった。
あの後、少し休んで保健室を出た私は、そのまま寮に帰ってご飯と風呂を済ませてさっさとベッドに飛び込んだ。
須川さんからも今日はしっかり休めって言われたし、私もまだ体が重かったから、早く寝て明日に備えようと思ってたんだけど、まさかそんなタイミングで嫌な夢を見るとは思わなかった。
・・・いや、あれが本当に夢だったのかどうかさえ、私にはわからない。
ただの夢と言うには、どうにも記憶にこびりついている。
あれがただの夢じゃないとしたら、あるいは・・・
「・・・私の前世の記憶?」
こんなこと、今までにはなかった。
心当たりがあるとするなら、三女神像の前で起きた頭痛だけど、あれからけっこう経ってるはずだし、今さらとしか思えない。
あるいは、昨日の熱中症で倒れたときに、私も知らない何かがあったのか。
でも、今となってはもう確かめる術はない。
「・・・水飲も」
あんな夢を見たせいか、背中にびっしりと嫌な汗をかいた。
いっそ、朝風呂とでもしゃれこもうか。
幸か不幸か、目覚ましが鳴る前に起きたおかげで時間はある。
とりあえず、午前はいつも通り授業に出て、須川さんとの話は午後からかな。
* * *
「そういえば言ってなかったな。今日は休みだぞ」
「え?そうなの?」
初耳なんですけど。まぁ、言われてないから当たり前か。
「まぁ、軽い運動くらいならいいがな。さすがに熱中症で倒れた昨日の今日でトレーニングをするわけにはいかん」
「あー、言われればそうだね」
そりゃあ、病み上がりのウマ娘をトレーニングさせるわけにはいかないか。
だとすると、今日は暇になるなぁ。
いっそ、誰かと遊びに・・・そう言えば、私と仲がいいウマ娘って同世代だとグランしかいないな。
そのグランは、今週の日曜に控えているデビュー戦の最終調整で忙しいから誘うわけにはいかない。だからといって、他に遊びに誘えるようなクラスメイトはいない。
ワンチャン、オグリ先輩とタマモ先輩ならいけるかもしれないけど、生憎と予定が空いてるかどうかもわからない先輩を遊びに誘う度胸なんてものは持ち合わせていない。
つまり・・・正真正銘、何もやることがない。
「・・・須川さーん、暇~」
「なら、トレーニング用の映画でも見るか?けっこう余ってるから、今日1日くらいは余裕で潰せるぞ」
「天才か?」
「んなことで天才って言われてもなぁ」
私にとっては完全に盲点だったけどね。
とりあえず、箱の中にあるDVDをガサゴソと漁ってみる。
「どうしよっかな~。アクション系もいいけどラブロマンスも・・・いや、須川さんと見るのはなんか嫌だな。あーでも、サスペンスも捨てきれないし、暑いならホラーもそれはそれで・・・ていうかめっちゃ多いな。これ、全部須川さんの私物?」
「あぁ。
「やっぱり、中央トレーナーって儲かるんだねぇ」
「担当したウマ娘が勝てばな。中央のデビュー戦で勝てないウマ娘は地方に移ったりするが、トレーナーだって同じように、担当ウマ娘が勝てないと地方に転勤することもある。まぁ、そもそも中央のトレーナー資格なんて年内に1人も合格者が出なかったり、T大受かるより難しいなんて言われてるくらいのエリートだから、俺みたいなケースでもない限りそうそうないが」
「世知辛い世の中だなぁ」
「基本的に、結果がすべての世界だからな。例外も皆無ではないが、その辺りはトレーナーもウマ娘も変わらん」
「そっかぁ」
中央は地方とは比べ物にならないほどのマンモス校だけど、ウマ娘、トレーナー関係なく、活躍できるのはその中でもほんの一握り。
世間一般じゃ中央に入るだけでも十分エリートだけど、現実はシビアなものだ。
エリート同士でも激しく落とし合ってるんだから、本当に世知辛い世界だよねぇ。
その中でも、会長やオグリ先輩、タマモ先輩みたいに華々しく活躍できるようなウマ娘は、年に数人出てくるかどうかってなってくる。
私やグランが、その中に入れるのかどうかはわからないけど。
「・・・そういえばさ、須川さんはグランのスピードのからくりはわかってるの?」
「あ?いきなりどうした」
「ただの興味」
「そうだな・・・あればっかりは、体つきの問題だろう。ハヤテは、グランアレグリアの脚を見たことがあるか?」
「いや?顔しか見てない」
「あのな・・・まぁいい。グランアレグリアの脚は、比較的短くコンパクトにまとまっている。典型的なスプリンターの特徴だが、グランアレグリアはそれに加えて瞬発力もずば抜けている。他のスプリンターが3歩進んでいるなら、グランアレグリアは4,5歩進む。その回転の速さを活かした脚を溜めてからの後方一気。あれに対抗できるのは、それこそ全盛期のオグリキャップくらいのレベルだろうな」
「そんなに?」
「さすがに今はまだそこまでのレベルじゃない。だが、ゆくゆくはそうなるだろう」
そっかぁ・・・そんなにやばいウマ娘だったのか・・・。
「だが、こればっかりはお前の参考にはならない」
「なんで?」
「さっきも言ったが、根本的に骨格が違う。グランアレグリアは典型的なスプリンターだが、お前の場合はスタミナはともかく、骨格はどちらかと言えば
「そっかぁ」
「まぁ、元からお前にマイルを走らせるつもりはないから、気負う必要はない」
いや、どちらかと言えば一緒に走る機会がないってのが残念なんだけど。
せっかく仲良くなれたんだから、できることなら切磋琢磨したかったけど、それができないってのはちょっと寂しい。須川さんもまだ新しい娘をスカウトするつもりはないっぽいし、来年までお預けかなぁ。
「それより、見たい映画は決まったか?」
いっけね。すっかり忘れてた。
「えーと、これで!」
とりあえず、適当に目についたやつを取り出した。
パッケージには、燃えるように赤い栗毛のウマ娘が写っている。ぱっと見た感じ、実在したウマ娘が主役のドキュメンタリー系かな?
それを見せると、須川さんは露骨に微妙な表情になった。
「・・・よりによってそれかぁ」
「あれ?なんか都合が悪い?」
「タイトルを見ろ」
言われるがままにタイトルを確認すると、そこには『セクレタリアト 奇跡のウマ娘』と書かれていた。
って、セクレタリアト?
「・・・誰?」
「アメリカの三冠ウマ娘だ。そして、誇張なく世界最強のウマ娘でもある」
「へ~」
「そいつは本人が出演している作品だから、演技も入っているとはいえ世界最強の走りを見ることができる数少ない映像でもある。が、ぶっちゃけグランアレグリア以上に参考にならないんだが・・・まぁ、映画として見る分にはいいか」
「そんなに強いの?」
「アメリカのクラシックレースで3つともレコードを叩きだした。しかも、現在でもその記録は破られていない」
「えっ、マジ?」
マジでやべー奴じゃん。
「よしっ、見よ見よ!どんなウマ娘なのか気になってきた!」
「映画だからいくらかフィクションが混じっているとはいえ、ほとんど実話だ。まぁ、興味半分くらいで見とけ」
「は~い」
ここまで念を押してくる須川さんも珍しいと思いながら、DVDプレイヤーにディスクを入れてTVの電源を付けた。
世界最強がどんなウマ娘なのか、ぜひとも参考にさせてもらおう。
「????」
おおよそ2時間、映画を観終わったけど、私は欠片も内容が理解できなかった。
というか、理解したくなかった。
あーうん。これは須川さんが言ってたことが分かる。
これ、たしかに欠片も参考にならないわ。私に足りないものが多すぎる。
とりあえず、私が言いたいのは、
「・・・須川さん」
「なんだ?」
「本当に存在する生き物なの?」
「気持ちはわからんでもないが、実在したウマ娘だ」
いや、絶対ウマ娘とは違う生き物でしょ。UMA娘とかそういうのでしょ。未知との遭遇レベルだよ、こんなの。
私の理解を超える存在を目にしてショックを受けていると、須川さんは苦笑を浮かべた。
「・・・まぁ、お前が思っているよりも世界は広いってこった。当然、トレセン学園もな。お前が思っている以上に、中央は才能が集まる場所だ。現役は当然、下の世代でも、お前より強い奴や才能に恵まれたやつもいる。そいつを覚えておけ」
「はぁい」
・・・これ、見抜かれてるなぁ。
現在、私の世代のクラシック路線は、私の一強だって声が少なからずある。
それは、私自身の心の片隅にも少しだけ存在している。
でも、それはあくまで幻想だ。
デビュー戦であんな勝ち方すれば仕方ないかもしれないけど、あれは初見殺しも含んだ上での結果だ。次からは同じ手は通用しない。
その上で、どちらかと言えば苦手な距離でもある2000mレースを走らなければならない。
最低でも、皐月賞までは私にとって苦しいレースになる。
なら私も、いつまでもデビュー戦の結果に胡坐をかいているわけにはいかない。
「よしっ、須川さん!ちょっと走ってくる!」
「なら俺も一緒に行く。お前だけに行かせたらどれだけ走るかわからんからな。準備するからちょっと待ってろ」
信用されてないなぁ。まぁ、間違ってはないんだけど。
この後、休憩を挟みながら2時間くらいランニングをした。
不思議と今日は、昨日と比べて夏バテの感じはしなかった。
まぁ、併走の時とは比べるまでもないんだけどね。
グランの脚云々は、半分くらい自分の想像です。調べてはみたんですけど、「これだ!」ってのが見つからなくて・・・。
でも、レース映像見た限りは明らかに他と比べて足の回転が速かったし、距離適性的にあながち間違ってはない、か?ってことにしました。
ウマだと四足歩行なんで胴体の長さで決まりますけど、ウマ娘は二足歩行ですから、足の長さで決まってもおかしくないでしょう。
なお筋肉で無理やり長さ調整するUMA。
そういえば、あの映画って撮影とかどうやってたんでしょうね?
馬は栗毛なんでそっくりな毛並みもギリ用意できなくもないとして、レースは、まぁシーンごとに区切ればいけますかね。あんな走り方できるウマが他にいてたまるかって話ですし。
話は変わりますが、これ書きながらネットで『グランアレグリア ウマ娘』の記事見たりしてました。
なんか、一時期ノーザン関係で一気に可能性が出てきたって話があって、もしそうなったらキャラ書き直しになるのかな~、とか考えてました。
まぁ、半年前の掲示板の話なんで、すごい今さらって感じですけど。
最後にどうでもいい話ですが、夢云々の辺りを書いた翌朝、似たような目覚め方しました。
闇の中じゃないですけど、急に地面に吸い込まれるように倒れて、そのまま沈んでいく感じ。
こんなことある?
*なんか同じ話が2話連続で投稿されてたので、新しい方(これが22話なので、23話の方)を削除しました。
普通に予約投稿しただけのはずなんですが、どうしてこうなった?