ただ走りたいだけ   作:リョウ77

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帰りたいときは帰りたいけど、帰りたくないときは帰りたくないものだよね

セクレタリアトの映画に衝撃を受けた日からさらに時が過ぎた。

グランのデビュー戦は、2着に2バ身差をつけての完勝だった。なんだったらデビュー戦のレコードを叩きだした。1秒以上も縮めるとかやばすぎない?大差勝ちした私が言うのもなんだけど。

というわけで、グランの祝勝会兼この前の併せのお詫びということで、グランがチームでやったのとは別で2人で打ち上げをした。

2人で買ったお菓子やジュースを持ち寄って、グランの寮室でやったささやかなパーティーだけど、よくラジオを聞いているグランにちょっとお高めのイヤホンをプレゼントしたらすごい喜んでくれたから、打ち上げは大成功と言ってもいい。

それで、夏の間は私もグランもレースはないから、トレーニングを除けばしばらく暇になる。

というわけなんだけど、

 

「夏休みの間はどうする?」

「んぇ?」

 

須川さんに尋ねられるまで、まったく考えてなかった。

そうじゃん、夏休み暇じゃん。

一応、短期集中トレーニングの夏合宿もあるけど、あれは本格化を終えて体もある程度出来上がっているクラシック級以降の学生がやるもので、ジュニア級の学生には無縁のものだ。

 

「・・・そういえば、考えてなかったかも」

「お前の夏バテのことを考えると、一度実家に帰ってもいいと思うが?」

 

須川さんの提案は、私が熱中症で倒れる前にも考えていたことだ。

比較的建物に囲まれている浦和トレセン学園はともかく、山に囲まれている私の実家なら、東京にいるよりは快適な夏を過ごせる。

十中八九、あの時なら速攻で実家に帰る選択をしただろうけど・・・

 

「ん~・・・とりあえず、保留で」

「なんでだ?」

「中央で1回もレースに出てないのに帰省するのは、なんか納まりが悪いというか、あの時の感動的な別れが台無しになりかねないというか・・・」

「お前が思ってるほど感動的ではなかったと思うが。まぁ、その気持ちはわかる」

 

「中央で活躍してやるぜ~」って地元を飛び出したのに、「レースで勝つどころか出走すらしてないけど帰ってきちゃいました☆」は、なんか締まりが悪い気がする。

せめて重賞とは言わないまでも、1回か2回くらいはOP戦で勝っておきたいかなぁ。

でも・・・

 

「須川さーん、レース出るならどれになる?」

「そうだな。出るとしたら、早くても2000mOPの芙蓉ステークスか紫菊賞あたりだな」

 

どっちも開催は9月とか10月なんだよねぇ。

つまり、今年の夏はどうあがいても帰る気にならないというわけだ。

 

「ちなみに、その後の予定も決まってたり?」

「一応な。2000mレースを中心に出走するとして、OPの次はG3の京都ジュニアステークスに出る。年末のホープフルステークスは回避するつもりだ」

「なんで?」

「ジュニア級とはいえ、それでもG1レースだ。相応に仕上がりが早いウマ娘が出走する。お前の場合、おそらくそれまでに間に合わん」

「なるほど」

「そして、年が明けてからは皐月賞のトライアルレースである弥生賞。そこで結果を出せれば、晴れて皐月賞に出走だ」

「お~!」

 

王道と言えば王道だね。

 

「となると、ひとまずの目標は芙蓉ステークスか紫菊賞?」

「夏の間の仕上がりによるな。お前の場合、本格化はまだ先だろうから、場合によってはさらにずれ込む。まぁ、せめてG3の京都ジュニアステークスまでには1回くらいOPで走っておきたいところだな」

「そっかぁ」

 

本格化かぁ。

当たり前というか、デビュー戦を終えたグランは本格化を終えているらしい。

確かに言われてみれば、転入して初めて会った時よりも体つきがしっかりしてると思ってた。

早く私にも本格化が来てくれないかなぁ・・・。

 

「それはともかく、夏の間も中央に留まってトレーニングを続けるってことでいいんだな?」

「うん」

「なら、それでスケジュールを組んでおく」

「はぁい」

 

まぁ、いつ来るかわからない本格化のことばかり考えても仕方ないし、ひとまずは目の前のことに集中しよう。

 

 

* * *

 

 

「そっかぁ、ハヤテちゃんは夏休みに帰省しないんだね」

「うん」

 

翌日、教室でグランに昨の須川さんとのやり取りを話した。

 

「グランは、実家に帰るんだっけ?」

「先輩たちが合宿に出かけている間だけどね」

 

そっか。リギルみたいなチームだと、夏は合宿組と居残り組みたいに分かれることになるのか。

当然、メインのトレーナーは合宿の方に行くだろうし、サブトレーナーも残るだろうけどやることはあまりないのか。

その点、私みたいな専属だと夏でもトレーナーとの時間を贅沢に使えるからいいよね。

 

「でも、そっかぁ。そうなると、私の夏はトレーニング三昧になるかな」

「休憩も大事だよー。良ければ、一緒に夏祭りに行かない?」

「私はいいけど、グランはいいの?他にも友達とかいるんじゃないの?」

「ハヤテちゃんは特別だよ?」

 

やだ、思わずトゥンクしちゃいそう。

もちろん、グランがそういう意味で言ってるわけじゃないってのはわかってるけど。多分、特に仲がいい友人ってことでしょ。

でもまぁ、実際グランは他のクラスメイトと比べても私といる時間は意外と長い。

別に避けられてるとか、そう言うわけじゃないんだけど、なんか変な勘違いを受けて変な気遣いをされてる感じがしなくもない。

まぁ、お互いデビュー戦で強い勝ち方したし、それでちょっと遠慮されてる可能性も0じゃない・・・かな?

 

「じゃあ、約束だね」

「うん、約束」

 

グランと指切りげんまんすると、ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴ってグランは自分の席に戻っていった。

・・・グランの指、柔らかかったな・・・。

この後の授業は、グランとの指切りげんまんが頭から離れなくて、ちょっと集中できなかった。

 

 

* * *

 

 

「なんや。ハヤテちゃんは実家に帰らないんか」

「はい」

 

授業とトレーニングが終わってから、寮でタマモ先輩とオグリ先輩にも同じ話をした。

 

「お2人は、地元に帰られるんですか?」

「せや。チビ達もうちの帰りを待ってるやろうしな」

「私も、笠松の皆と会いたいからな」

 

オグリ先輩の言葉に、思わず胸がチクリと痛んだ。

オグリ先輩は地元のみんなに応援されて中央に来たらしいし、地元から愛されているのがよくわかる。

反面、私ってイッカクとかビクトメイカーの2人からは応援されたけど、それ以外からはあまりよく思われていない。

さすがに、噂のあれやこれやは自然消滅してる・・・といいなぁ。

イッカクがあれだから、まだ続いてる可能性も0じゃないんだよね。

まぁ、そんなことをこの2人に言うわけにはいかないんだけど。

 

「でも、地元離れてから2か月も経ってない言うても、一度くらいは顔見せた方がええんやないか?」

「それは、そうかもしれないですけど、どうせならOPか重賞で勝ってから凱旋したいんですよね。さすがに、勝ったのが向こうにいる時に走ったデビュー戦だけなのは、ちょっと納まりが悪いので」

「なるほどな・・・そーいうこともあるか。なら、うちからは何も言わへん」

 

深く追求されなかったことに、ちょっとホッとした。

 

「ちなみに、オグリ先輩は現役の時も帰省とかしてたんですか?」

「実は・・・レースに出てた頃は、あまり笠松に帰れなかったんだ。帰りたくなかったわけではないが、いろいろと忙しくてな・・・」

「あ~・・・」

 

オグリ先輩と言えば、現役の頃は当時のアイドルウマ娘だ。当然、取材も尋常じゃなく多かったはず。

それに、過酷なレースローテや選手生命に関わりかねない怪我の治療もあったと聞く。ただ華々しい活躍をしただけではない、苦悩と挫折の時期もあったはずだ。

そんな中で地元に帰るのは、たしかに難しかっただろうな。

 

「・・・なんというか、まぁ、私も気を付けるようにします。私も、せめて1回くらいは母さんに会いたいですからね」

 

微妙な空気になりかけたのをどうにか立て直して、その後は話題を変えて事なきを得た。

・・・オグリ先輩だって私の知らない苦悩を抱えていたと思うと、あんまり地元の話はできなかったけど。

 

 

* * *

 

 

2人と話した後、お風呂に入って部屋に戻った。

 

「ふぅ、ただいま・・・」

 

オグリ先輩たちと地元の話をしたからか、思わず口に出してしまった。

この部屋には、私しかいないっていうのにね。

でも、なんか今さらになって寂しさを感じた。

元々2人部屋で広めだから、余計に。

 

「・・・まぁ、だからって帰りたいって掌返したりしないけどね」

 

私の場合、帰りたくないっていうよりは、帰るわけにはいかないってのが近いからね。

せめてこっちで何かしらレースに勝ってからじゃないと、胸を張って帰れないから、まだ帰らない。それだけだ。

それだけ・・・なんだけどなぁ。

オグリ先輩の話を聞いた後だと、どうしても頭によぎってしまう。

『本当に帰れる時が来るのか?』、と。

中央で活躍して帰る暇がないとか、それだけじゃない。

私だって、怪我をする可能性は0じゃないんだ。

先のことなんて誰にもわからない。だったら、わからない先のことじゃなくて、今のことを考えるしかない。

そう言うのは簡単だけど、それで割り切るには前例があまりにも多すぎる。

というか、自分でもなんでかわからないくらいオグリ先輩の言葉が頭にこびりついて離れない。

 

「あ~、もう、ダメダメ。疲れたし、さっさと寝よう」

 

そういうのは全部須川さんに任せよう。

とりあえず、いつもより早いけどさっさと寝て忘れることにした。

 

 

 

 

ちなみに、朝起きたらマジで全部忘れた。

あれ?昨夜って何か悩んでたっけ?




ものすっごい今さらですが、デビュー戦というか、新馬戦5月にやんねーじゃんっていう重大な事実に気付きました。
いややべーよ、修正どころか丸々書き直しレベルじゃん。
特に指摘されたこともなかったので「大丈夫なのかな?」とは思ってたんですが、一度自分で気づくとボディブローのようにじわじわと効いてきて・・・。
なので、もういっそ全部書き直して新しく投稿しなおそうか検討中です。
この件に限らず、最初の行き当たりばったり感がだいぶ露呈し始めてきたので、設定とかストーリー、その他細かい内容ををもう少ししっかり練ってから再スタートしようかなと思ってます。

あと、今日は誕生日なんで祝ってください。
祝ってくれたら嬉しいです。
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