ただ走りたいだけ   作:リョウ77

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強者たる者、余裕が大事って言うよね

聖蹄祭が終わってしばらくして、今日は12月1日。

久しぶりのレースになる葉牡丹賞の日だ。

 

「さて、今回の葉牡丹賞だが、コースは皐月賞と同じ、中山の内2000mだ。特徴は楕円形に近いコースによる小回りのカーブと短い最終直線、そしてゴール前の急坂だ。特に中山の急坂は高さこそ2mと府中とほぼ変わらないが、勾配は中山が圧倒的にキツイ。だが、だからこそハヤテには有利に働く」

「そういえば、最近は坂路もやってたけど、こういうことだったんだね」

 

元々、須川さんと出会ったばかりのときに走り方を矯正してたのは、山の斜面ばかりを走り回ってたせいで変な癖がついてたからだけど、逆に言えば坂道は走り慣れてる。

だから、最近は坂路トレーニングをする機会が増えていたみたい。坂路トレーニングってスタミナとか根性を鍛えるための設備だから私にはあまり関係なかったんだけど、坂での走りの感覚を取り戻すためにわざわざ学園内の設備を予約して坂路トレーニングをするってのも、ある意味贅沢な話だね。

 

「今回は、初めて他のデビュー戦を勝ったウマ娘と走ることになる。お前の走りも見られてるし、デビュー戦の時ほど簡単に勝たせてはくれないだろうな」

「かもね~。でも、勝つよ、私は」

「ははっ、頼もしいかぎりだな。幸い、枠は2枠3番で内寄りだ。出遅れなければ勝てる」

「ハヤテちゃん、蹄鉄の調整終わったよ」

「あっ、ありがとう、イッカク」

 

イッカクから蹄鉄がついたシューズを受け取って履いた。

 

「ふぅ・・・大丈夫大丈夫。あの辛いトレーニングを乗り越えた私ならできるできる」

「いや、あれはレースのためって言うよりは聖蹄祭ではっちゃけたツケを払っただけだからな」

 

須川さんの言うツケは、言わずもがな、秋の聖蹄祭大増量キャンペーンのことだ。増えたのは私の体重だけど。

あれからは、ひたすら減量のためにトレーニングを重ねて、半月くらいで元の体重に戻した。

あれはもう、ゴルシ先輩の焼きそばを食べた後よりもきつくて、何度乙女の尊厳を失いそうになったことか。

その甲斐あって、レース当日に抜群のコンディションで迎えることができた。

とりあえず、炭水化物の取り過ぎには気を付けるようにしておこう。何度も地獄を見たくはない。

 

「んじゃ、行ってくるね」

「おう、勝ってこい」

「頑張ってね、ハヤテちゃん」

 

2人からの激励をもらいながら、私はゼッケンを身につけてパドックへと向かっていった。

 

 

* * *

 

 

結果から言うと、私の圧勝だった。先頭をとって、ロングスパートで押し切る。それだけ。

さすがにデビュー戦の時みたいな大差勝ちじゃなかったけど、5バ身差だって圧倒的って言われるくらいだから誤差みたいなもんだね。

 

「いぇーい、勝ったよー」

「お疲れさん」

「お疲れ様、ハヤテちゃん」

 

控室に戻ると、須川さんとイッカクが出迎えてくれた。

 

「これなら、若駒ステークスと若葉ステークスも問題なくいけそうだな」

「予定は変わらない?」

「あぁ。今回のレースで中山の2000mを体感したんなら、無理に弥生賞にでることもない。確実に皐月賞に出走するのを優先しよう。ただ、OPからいきなりG1に挑むことになるが・・・」

「ん~・・・たぶん大丈夫。今のところ、緊張とは無縁だし」

「適度に緊張してる方が実力は発揮しやすいんだが・・・まぁ、今はいい。それで、今回のレースの反省点というか、聞いておきたいことがあるんだが」

「えっ、なに?」

 

私、なんかやらかしたっけ?

なんか心当たりになるようなことは・・・ダメだ、細かいことなんてほとんど覚えてない。

 

「ハヤテ、今回のレース、デビュー戦の時よりも早くスパートをかけてただろ」

「あー・・・だっけ?」

「あぁ。前は向こう正面を半分過ぎた辺りからスパートをかけていたが、今回は第2コーナーから直線に入ってすぐの段階でスパートをかけ始めていた。俺はそんな指示を出してなかったが、何か理由があったのか?」

「えーっとぉ・・・」

 

・・・どうしよう、マジでそん時の記憶がない。たしかに第2コーナーを過ぎたあたりで速度を上げた記憶はあるけど、そんとき何を考えていたかなんて覚えていない。というか何も考えていない。

言うとすれば・・・

 

「なんとなく・・・?」

「嘘だろお前」

 

いやだって、本当にそうとしか言えないし・・・。

 

「えっと、ダメだった?」

「・・・いや、一概に悪いというわけではない。レース前にも言ったが、中山の内回りのコーナーは小回りがキツイ。その分、コーナーではスピードが乗りづらい。だから、差を広げるなら直線でっていうのは、あながち間違ってはいない。それで走りきれる体力があるなら、の話だがな。そしてハヤテの場合、それが出来た。だから叱るつもりはないんだが、お前がそこまで考えてやったのか疑問でな。まぁ、何も考えてなかったってのは衝撃的だったが」

「えっと、ごめんね?」

 

なんか非常識なところを見せてしまった感じがするから、念のため謝っておく。

とはいえ、本当にレースの最中なんてほとんど何も考えてないんだよね。そういう戦略的な部分は、気づけば体が勝手に動いてたとしか。

そう考えると、今までやってきた賢さトレーニングってなんだったんだろうね。いや、あの学びがあったからこそ体が動いてくれるということにしておこう。

 

「ったく・・・細かい指示を出す必要がないと楽に考えればいいのか、トレーナーの立つ瀬がないと嘆けばいいのか・・・」

「笑えばいいと思うよ?」

「引きつった笑いしかでねぇよ」

 

さいですか。

 

「そ、それで、この後はどうするんですか?ライブまでまだ時間ありますけど」

「う~ん・・・せっかくだし、ステイヤーズステークス見る。もしかしたら参考になるかもしれないし」

 

元々私は須川さんにステイヤーの素質を見出されてスカウトされたから、日本の平地芝レースで最も長いステイヤーズステークスは参考になるかもしれない。

 

「大丈夫だよね?」

「あぁ、なら早めに行ってこい。レースまで1時間くらいしかないからな。とはいえ、ライブもあるからレースが終わったら戻って来いよ。念のため、イッカクもついてやってくれ」

「はーい」

「わかりました」

 

 

* * *

 

 

「いや~、なんていうか・・・よかったね」

「あはは、そうだね」

 

今回のステイヤーズステークスで勝ったウマ娘は、なんと私と同じ地方出身の先輩だった。地元は違うけどね。

しかも、今回が初めての重賞制覇だったみたいで、レースが終わってからすごい喜んでいるのが見えた。

 

「・・・本当に、良いものを見れた気がする」

「ハヤテちゃん?」

「やっぱり、私は恵まれてたんだなって」

 

私みたいに、地方出身で初めからクラシックを目指すようなウマ娘なんて、滅多にいるものじゃない。何年も走って、ようやく重賞を勝てるウマ娘が出てくるかどうか。それが普通だ。

つい最近まで割とそれを忘れていた、というか意識することも少なかったけど、今のレースを観て改めてわかった気がする。

 

「だからこそ、私も勝たないとね。恵まれてるだけじゃないってことを証明しなきゃ」

「ハヤテちゃん・・・」

「・・・ははっ、なんか、自然と背負い込むようになっちゃったね。好きに走るために来たはずなのに」

「ううん、私はそんなハヤテちゃんも好きだよ?」

「熱烈なアピールだなぁ・・・!」

 

そんなこと言われると、ギュってしたくなっちゃうでしょ?しちゃったけど。

ちなみに、控室に戻って須川さんに同じようなことを話したら、「そうか」とだけ返したけどなんかすごいほっこりしてた。そんな変なこと言ったかな?




半年ぶりのレース回だというのに、短めな上にレースの描写書いてなくて芝生える。
まぁ、強い大逃げならしゃーないと言えばしゃーない。

余談ですが、史実の2018年ステイヤーズSの勝ち馬であるリッジマン、2015年にデビューしてから現在でも現役だそうな。JRA登録は今年の7月に抹消されてるんで今は地方で走ってますが、地方出身ながらG1出走経験もある実はすごい馬。
にしても、マジで地方出身のステイヤーっているもんなんですね。しかも、日本の芝平地の中で一番距離が長いステイヤーズステークスで勝ってるってすごい。
この物語書いてて何が楽しいって、書きながら調べているとこういう細かい発見があるってことですね。

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