頭痛が治まらなかったりちょくちょく白髪が生えてたりそんな状態で就活もせにゃいかんかったり、卒業まで心身保つのかこれ。
「・・・よし、いったん休憩だ」
「はっ、はぁっ、はい、わかりましたっ・・・」
「あーい」
コントレイルが加入してから、はや1週間が経過した。
私の日本ダービーが近づいているってことで、さらに追い込みをかけるようになっている。
皐月賞までだったら私1人でトレーニングをしてただけだけど、コントレイルが来てからは併走なんかもするようになって以前より充実しているのを感じる。
「2人とも、ちゃんと水分補給をしておけよ」
「はい、ありがとうございます・・・」
「ありがとね」
とはいえ、私はクラシックの最前線で走っているのに対し、コントレイルはまだまだデビューもしてないジュニア級。須川さんからボトルを受け取るコントレイルの表情には疲労が濃く浮かんでいる。
・・・あるいは、その程度で済んでいる、っていう見方もできるけど。
「ハヤテ。お前から見てコントレイルはどうだ?」
「将来有望だねぇ。選抜レース見た時もそうだったけど、実際に一緒に走るとよくわかる」
球節炎という脚部不安はあるけど、それを除けば限りなく理想形に近いウマ娘だ。
ほどよい柔軟性に十分な筋量と骨量、コンパクトにまとまったバランスのいい脚と、これといって欠点が見当たらない。
それに、須川さん・・・トレーナーの言うことを素直に聞き、その通りに従う。トレーナーのことをまったく疑わない従順さは、他トレーナーからすれば垂涎ものだろうね。
「あの時、東条さんから奪った甲斐があったね」
「その言い方はやめてくれ・・・こっちは沖野と2人がかりでおハナをなだめるのに苦労したんだからな・・・」
スピカと合同でやった歓迎会の日の夜、宣言通り東条さんは須川さんと沖野さんをバーに呼び出して3人で飲んだらしい。
あくまで須川さんから聞いた話でしかないけど、最近ではあまり見ないレベルで酔ったらしい。それだけ、コントレイルにフラれたのが精神的にキたんだろうね。
結局、酔いつぶれた東条さんを2人がかりで介抱して、事前に連絡しておいたフジキセキ先輩に預けて解散となったらしい。
個人的にNTRは吐き気がするレベルで無理だけど、いざ寝取る側になると、なんというか、こう、言葉にできない愉悦を感じそうになってしまった。
ま、まぁ、両想いだったならともかく、コントレイルはその気がなかったし、セーフってことで。
「それはともかく、ハヤテはどうする?まだ余裕があるようだし、軽くなら走ってきていいぞ」
「ん~、ならいい?」
「あぁ。3周流しておけ」
「はーい」
須川さんから許可はもらったということで、さっそくボトルを置いて練習用コースに向かった。
言っちゃあなんだけど、今のコントレイルだと2000mでも少々厳しい部分はあるから、少し物足りなかったのは否定できない。
見た感じ、コントレイルの距離適性はマイル寄りの中距離。長距離もできなくはないと思うけど、ステイヤーはもちろん、クラシックの平均で考えても少し劣る、かもしれない。
まぁ、その辺は須川さんがなんとかするでしょ。
出来ることなら・・・コントレイルが私と並び立つ存在になることを祈ろう。
* * *
軽い調子で、ハヤテ先輩はさっさと練習コースに走って行った。
さっきまで僕と一緒に走ってたはずなんだけど、なんであんなに余裕があるの・・・?
スポーツドリンクを飲みながらハヤテ先輩が走っている姿を見ていると、須川トレーナーが話しかけてきた。
「それで、どうだ?今のクラシック最強と走った感想は」
「なんというか、その・・・あの人は少し桁外れだと思います」
「少しばかりじゃないがな」
先輩だから少し抑えめに表現したけど、僕の内心なんてわかっているのか、僕の返答に須川トレーナーは苦笑した。
「一応言っておくが、たしかにクラシック路線ではあいつが同世代で最も強いという評価は間違っていない。だが、ティアラ路線にもあいつと肩を並べる奴もいる」
「・・・グランアレグリアさん、ですよね」
「そうだ。まぁ、お前さんなら知ってて当然か。家元が同じだもんな」
まぁ、面と向かって話し合ったことはないけど、やっぱりディープ家で期待されているウマ娘ってだけあって、名前はよく聞いている。
当然、同世代のハヤテ先輩と合わせてどんな風に呼ばれているのかも。
「今の世代は、最強のクラマハヤテと最速のグランアレグリアの二強なんて言われている。グランアレグリアはマイル路線にいったからオークスと秋華賞には出ないが、今年のティアラには他にも有望株が何人かいる。まぁ、クラシック路線はハヤテ以外が少しばかり見劣りする部分はあるのは否めないがな・・・」
最初の頃はサートゥルナーリア先輩やアドマイヤマーズ先輩もハヤテ先輩と並ぶ有望株として見られていたけど、あの皐月賞での走りから今はハヤテ先輩の一強が有力視されている。
そういった背景もあって、今のハヤテ先輩はディーさん以来の無敗の三冠ウマ娘候補としてメディアからも期待されている。
「長距離なら、余程のことがない限りまず間違いなくハヤテが勝つ。だからこそ、次の日本ダービーが勝負所になるわけだ」
「ですが、ハヤテ先輩なら日本ダービーも問題ないと思いますけど」
「世間の評価からすれば、な。だが、ダービーばかりはそうはいかない」
「・・・そこまで、ですか?」
「あぁ。そもそも、日本ダービーの舞台となる東京の芝2400mは逃げに向いていない。長く起伏に富んだ坂や長い最終直線は、最初からハイペースで走りきる逃げではまずスタミナがもたない。それに、スタミナだけで言えばハヤテならなんとかなるかもしれないが、日本ダービーには魔物が潜んでいる」
「・・・『日本ダービーは最も運がいいウマ娘が勝つ』ですよね?」
「あぁ」
この言葉は、時には30人立てでレースをすることもあったような昔に生まれたものだって聞いてるから、さすがに今のダービーでも全く同じとは言い難いかもしれない。
だけど、それでも『ダービーには“魔物”が潜んでいる』なんて言われているように、本番では何が起こるかわからない。
「ですが、ハヤテ先輩ほどの実力なら運なんて関係ないんじゃないですか?」
「たしかに、あいつならそれが言えるだけの実力がある。そして、皐月賞までの成績を見れば、クラシック路線であいつに並び立つウマ娘は存在しないだろう。だが、だからこそ油断できない。
ジャパンカップで自身を含めたありとあらゆる情報を用いて凱旋門賞ウマ娘トニービンやタマモクロス、オグリキャップを破り勝利をつかみ取ったオベイユアマスター、無敗の三冠が期待されたミホノブルボンと天皇賞春3連覇がかかったメジロマックイーンに勝った鬼の如きステイヤーであるライスシャワー、他にもG1に限らず強者の陰に隠れた伏兵が勝ったレースはいくらでもある。当然、ダービーでもな」
「じゃあ、僕たちが認識できていない伏兵に負けるかもしれない、っていうことですか?」
「あくまで可能性の問題だ。だが、レースでは何が起きるかわからない。何もないと高を括るのではなく、ありとあらゆる可能性に備えるのがトレーナーの役目だ」
そう言う須川トレーナーの横顔は、僕から見てトレーナーの義務というだけではない覚悟を感じたような気がした。
須川トレーナーの今までの評価とか聞いてないからよく分からないけど、昔に何かあったりしたのかな?
「出来ることなら、イッカクに情報収集を頼めたらいいんだが、あいつ基本的にハヤテとその周り以外に関しては興味が薄すぎるからな・・・」
「それは・・・なんとなくわかります」
まだ須川トレーナーの下でトレーニングをして数日だけど、その数日だけでもハヤテ先輩がどういう性格をしているのかはなんとなく分かった。だから、プライベートではハヤテ先輩とあまり関わらないようにしてる。
まぁ、ハヤテ先輩の方からはすごい構ってくるんだけど。
「・・・そういえば、トレーナーはハヤテ先輩とどんなトレーニングをしたんですか?あれだけの実力、ただの才能では片付けられないと思いますけど」
「そうだな・・・まぁ、半分くらいは俺が面倒を見る前から出来上がってたけどな。あいつは元は山育ちで、子供の頃は山の中を走り回っていたらしい。言ってしまえば、幼少期から坂路トレーニングをしてるようなもんだ。結果、常識はずれのスタミナを身につけたってわけだな。とはいえ、その犠牲に平地での走り方が壊滅的に身についていなかったから、最初はフォームの矯正を徹底的にやらせた」
「なるほど・・・では、中央に来てからは?」
「あ~、こっちに来てからは・・・」
「ひたすら映画とか見てたよ」
いきなり背後から声をかけられて振り向くと、ハヤテ先輩がスポーツドリンクを飲みながら僕たちのところに近づいてきていた。
でも、あれ?3周走ってくるんじゃなかったけ?
くるんじゃなかったっけ?
「ちょっ、さすがに早くないか?」
「ん~?なんか話してるのが見えたから、気になって2周で切り上げちゃった」
いや、2周だとしても少しばかり早いのでは?とは思ったけど、口には出さないようにした。
というより、もっと気になる情報が出てきた。
「映画・・・?」
「あ~・・・」
「私に足りないのはレース勘ってことで、映画見ながら問題解いて頭回してた」
「・・・それ、本当なんですか?」
「・・・まぁ、そうだな」
衝撃の事実を聞いて、僕は思わず天を仰いでしまった。
そりゃあ、映像研究というのは存在する。だけどそれは、あくまでレース映像を見て相手の癖や走り方を探るためのものであって、決して映画を観るための口実ではない。
思わず「あれ?もしかして、入るところ間違えた?」って考えそうになるけど、実力に疑いはないんだからとどうにかその思考を追い出す。
それに、もし須川トレーナーから離れるとして、他に同等の実力のあるチームはリギルとスピカくらいだけど、スピカはこことは比較にならないレベルの魔境だから行く勇気はないし、リギルに至っては自分で一度勧誘を断ってしまっているから外聞が悪すぎる。
なら、やっぱりこのままトレーナーと先輩を信じてトレーニングを積むのが良策のはず。うん、たぶん、きっと。
「あ、そうだ。せっかくだし、今度の休みの日に一緒に映画見ない?須川さん、いろんなDVD持ってるから、けっこう楽しめるよ。スケジュールが合えば、知り合い誘って映画鑑賞会もいいかもね。どうせだし、スピカで暇な人も誘っちゃおうかな」
・・・ここでやっていくには、僕は少し真面目過ぎるのかな。
本気でそんなことを考えながら、「まぁ、はい。先輩がそう言うなら」と僕は思考放棄気味に相槌をうった。
スピカとか生真面目が入るとめちゃくちゃ発狂しそう。
大概まともなのいないし。
余談ですが自分はNTRはまったくダメな人間です。
両想いの関係から奪うのはもちろん、片思い状態でも悪意を持ってやってるなら即アウトです。
一時期めっちゃNTRが流行ってましたけど、何がいいのかまったくわからん。