イッカクと須川さんの顔合わせを無事・・・ではないけど、とりあえず済ませたところで今後のことについて話し合った。
さっき言ってたみたいに、須川さんは毎日ここに来れるわけじゃないから、須川さんがいない間は自主練がメインになる。そうなると、私が自分でいろいろと記録をつけなきゃいけなくなるんだけど、正直めんどくさいし、できれば特訓に集中したいところもある。
そこで、なんとイッカクが須川さんがいない間は私の面倒を見てくれるって言ってくれた。
正直、そこまでイッカクに迷惑をかけるのは気が進まなかったんだけど、なんでか須川さんはそれでいいって言っちゃって、流されるままにイッカクが私のサポーターになった。
ほんと、どうしてこうなったんだろうね?
「さて、それじゃあトレーニングを始めるぞ。とは言っても、今日のところは現状の確認だ。悪いところを指摘して、そこを治すようにする。さっそくだが、クラマハヤテは自分のどこが悪いか、自覚はあるか?」
「いやぁ・・・正直わかんないですね」
「なら、イッカクはどうだ?」
「走り方・・・って言っても、どこがどう悪いか、ですよね?多分ですけど・・・上半身のフォーム、とかでしょうか?」
「半分当たりだ。詳しく言えば、力がこもり過ぎてる」
マジで?イッカク、わかってたの?だったら、最初に一緒に走った時に言ってくれてもよかったじゃん。もしかしたら、その時は気づいてなかった、とか?
「走るときに力が込もるのは当然と言えば当然だ。だが、全身に力を込めてたら動作が硬くなって、全体の動きが鈍くなる。最低でも、肩から上腕を動かして、肘から先は脱力を意識しろ。そうすれば、上半身は勝手に前に行こうとする。ついでに言うと、肩が横にぶれているから、エネルギーが無駄に流れてそれもロスになっているな」
「はぇ~」
なるほどね~。自分じゃまったくわかんなかったけど、外から見るとまた変わってくるのかな。
たしかに、山の中で走っている間は全身のバランス感覚を気にして、ついつい上半身に力が入っちゃってたから、そのせいなのかな。
それにしても、これで半分なのか・・・もう半分はなんだろ?
「ちなみに言うと、半分正解と言ったが、原因の割合としては半分もない。せいぜい2,3割ってところだ」
マジかよ。
え、そんなに深刻な問題が残っているの?
マジでわかんないんだけど・・・
「深刻なのは、上半身じゃなくて下半身、脚だ」
「脚・・・え、そんなに?」
「あぁ、ひどい。子供の徒競走と何ら変わらない、っつーかそっちの方がまだマシなくらいだ」
「ぐふっ!?」
「ハヤテちゃん!?」
え、いや、ちょっ、そこまで言うことあります・・・?
そりゃあ、あんなにボロ負けしたんだからわからなくはないけど、それでもちょっとくらいオブラートに包んでもいいじゃん・・・。
「私・・・そんなにひどかったんだ・・・」
「え、えっと、大丈夫!これから速くなればいいから!」
「それ、今までが遅かったって意味じゃないの?」
「それは・・・その・・・」
そこはせめて嘘でもいいから否定してほしかったかな。
でもまぁ、これから速くなればいいってのは一理ある。
それに、今は悪いところを矯正しようって時間なんだから、いちいちへこたれていられない。
「よし!それじゃあ、どこが悪いのか教えてください!」
「全部」
「えっと、え・・・?」
「冗談だ」
質悪いなおい。
「一言で言うなら、お前の走り方は平地のものじゃない。お前、今まで山の中で走ってただろ」
「わかるんですか?」
「中央には坂路と呼ばれるトレーニングがある。文字通り、坂を上ってスタミナを鍛えるってもんだが、お前はずっとその時のような走り方だ」
「ダメなの?」
「ダメに決まっているだろう。坂で速い走り方と平地で速い走り方は全く違う。坂を上るように足の裏全体を使っていたら、ロスが出まくってスピードが伸びないのは当然だ」
そうだったんだぁ。
私、そんなひどい走り方をしてたのかぁ。
「っつーか、今までどんな生活してたんだ?ここまでひどい走り方をしておいて誰にも指摘されなかったのはおかしいだろ」
「あー、今までずっと山の中で1人で走り回ってたから、それのせいかな」
「1人で、って、迷子にはならんかったのか?」
「別に、地形を覚えちゃえばどうってことなかったよ?私、方向感覚には自信あるし」
「なるほどねぇ・・・ったく、少しくらい面倒見やがれってんだ」
ん?なんかボソッと呟いてた気がするけど、ウマ耳でも上手く聞き取れなかった。
まぁいいや。あまり興味ないし。
「ともかく、ひとまずの目標は姿勢の矯正。話はそれからだ。最低でも1週間で身につけろ」
「ちなみに、それができなかったら?」
まさか、契約打ち切りとか?
「以降のメニューを数倍増やす」
「全力でやらせていただきます!!」
スタミナには自信があるけど、さすがにそのトレーニング量は無理!
実行されたらパワハラで訴えれば勝てそうな気もするけど、学生の私がそんなことできるはずがない!
「そんじゃ、ウォーミングアップを済ませたら、さっき俺が言ったことを意識しながら走ってみろ」
「わかりましたー」
速く走れるようにするためにも、ここは須川さんの言った通りに従おう。
将来くるかわからない中央デビューに向けて、私はその1歩を踏み出していった。
* * *
「・・・それで、1つ聞いていいですか?」
ハヤテちゃんが準備運動をしてグラウンドに向かってから、私は須川トレーナーに話しかけた。
「なんだ?」
「須川トレーナーがハヤテちゃんに目を付けたのは、どうしてですか?」
「・・・その聞き方から察するに、嬢ちゃんはあいつの片鱗に触れたのか?」
「昨日、いっしょにランニングしたんですけど、1時間で40㎞くらい走って私がダウンした後に、さらに2時間で100㎞くらい走ったんですよ、ハヤテちゃん」
「・・・舗装路で140㎞を3時間で走るとか、イカれてるのか?」
「舗装路でのランニングを控えさせないとな・・・」って少しブツブツ呟くと、ふと我に返って私の方を見た。
「っと、悪いな。にしても、マジか・・・さすがにそれは想像以上だったな」
「そう言うってことは、須川トレーナーは気づいていたんですか?ハヤテちゃんの埒外のスタミナに」
「まぁな。俺の目はちょっと特別製でな、ちょっと見ればだいたいのスペックはわかっちまうんだ。あ、言っておくが、別に中二病とかそんなんじゃねぇぞ」
「いえ、言いたいことはなんとなくわかります」
だいたいのトレーナーは触診でウマ娘の脚の状態をはかることができるけど、一流やベテランになると一目見ただけで状態がわかるって話を聞いたことがある。
たぶん、この人は生まれつきでそういう観察能力が優れていたんだろうな。中央トレーナーになれるのも納得できる。
「んでだ。俺も職業柄、いろんなウマ娘を見るんだが、あいつのような底の知れないスタミナを持つやつは見たことがなかった。だから誘った。言ってしまえばこんなもんだ」
「・・・ちなみに、その理由もわかったりしているんですか?」
「お前さんだって、なんとなくは想像がつくだろう?」
「中央トレーナーとしての意見を聞きたいんです」
「なるほどな。いいだろう、特別だぜ?」
ちょっと茶目っ気を見せつけながら、須川トレーナーはハヤテちゃんのスタミナの秘訣を語り始めた。
「言っちまえば、天性の才能と山という環境。この2つが上手い具合にかみ合った結果だな」
「才能・・・ですか」
「やっぱいるんだよ、
須川トレーナーの言いたいことはわかる。
それこそが、地方と中央のレベルの違いに直結しているんだから。
私だって、地方の中で見れば優秀なのかもしれない。だけど、中央は最低レベルでも私より一回りも二回りも強いウマ娘が揃っている。
それが当然だなんて思いたくはないけど、事実なんだから否定しようもない。
「それで、山で育ったことがどう影響してくるんですか?」
「まず傾斜が多い分、当然だが平地よりもスタミナを消耗する。さっきも言ったが、坂路トレーニングはスタミナを鍛える上では最先端と言ってもいいトレーニング方法だ。そんな環境で走り続けた結果、あいつの身体には勝手にスタミナがついていった。その肝は主に2つ。1つは心臓だ」
「心臓って・・・関係あるんですか?」
「大有りだ。あの時よく見て気づいたんだが、あいつの心拍数は他と比べて少なく、そして力強い。いわゆるスポーツ心臓ってやつだが、あいつはその中でも一級品だ。おそらく、1回の脈動で送り出す血液の量も桁違いなんだろう。だからこそ、走り続けても消耗しづらいわけだ」
「なるほど・・・」
たしかに、聞いたことがある。ステイヤー、長距離が得意なウマ娘はスポーツ心臓を持っていることが多いって。
ハヤテちゃんもその例に漏れなかった、ってことなのか。
「それで、もう1つは?」
「もう1つは呼吸法だな。これは正直言って専門外なんだが、あいつは“疲れない呼吸”ってのを徹底しているんだろう。長時間走って行く中で、体が勝手にそれを覚えていったんだ」
「そうなんですか」
「こうして、あいつの天性のスタミナと環境によって身についた疲れない体のメカニズムが組み合わさった結果、あの規格外の持久力が実現した、ってわけだな。まぁ、他のウマ娘に同じことして同じ結果が現れるとは思わんが」
それはそうだ。
それだけで規格外のスタミナが身につくなら、すでにいろんな人がやってるはず。
それに、ハヤテちゃんはそのスタミナと引き換えに平地での走り方がわからなくてスピードを出せなかったんだから、それを考えれば普通に練習してた方が効率はいいんだろうね。
「妬けるか?」
「嫉妬する気も起きませんよ、あんなの」
「そりゃそうだ」
自分よりも優秀って程度だったら嫉妬してたかもしれないけど、あんな規格外と自分を比べる気にはならない。
どちらかと言えば、
「むしろ、一目でハヤテちゃんの素質に気付いた須川トレーナーに嫉妬しそうです」
「なんでだ?」
「私だって、直感ですけどハヤテちゃんの凄さがわかってたのに、私以外にもそれに気づいた人がいたのは妬けますよ」
「なるほど、そりゃあそうかもな。俺だって同じ状況なら妬けそうだ」
まぁ、それは理由としては半分で、もう半分の理由にあわよくば中央トレーナーの指導を見てみたいってのもあったけど・・・
「・・・もしもなんですけど、0からスタッフとかアシスタントの勉強を始めたとして、1ヵ月で中央に受かることってできるんですか?」
「無理だな。中央トレセン学園はウマ娘のレベルの高さに注目されがちだが、それ以外もすべてが一流だ。トレーナーは当然、教師から料理人までな。スタッフ研修生と言えども、何もないやつが1ヵ月勉強したところで中央に受かることはない。それこそ、あいつみたいな規格外じゃない限りな」
「・・・ですよね」
あくまで言ってみただけで、分かりきっていた答えだ。
でも、こうして突き付けられると、認めたくないような、諦めたくないような、どうしようもない気持ちが溢れそうになる。
「なんだ、中央についていきたいのか?言っておくが、俺が中央に連れていくのはあいつだけだ。お前を連れていくつもりはないぞ」
「・・・わかってますよ、そんなの」
「はっ、未練たらたらって顔だな。そんなに離れ離れになりたくないのか。まさか、一目惚れか?」
「・・・一目惚れ、って言えば、そうなのかもしれないですけどね」
もちろん、恋愛的な意味じゃなくて。
ただ、ハヤテちゃんの走りを誰よりも近くで見ていたい。テレビ越しじゃなくて、自分の目で見て、感じたい。
そのためなら、私にできることはなんだってしたい。そうでもしないと、きっとハヤテちゃんについて行くことなんてできないから。
そんな今の私がどんな表情を浮かべているかなんて自分じゃわからないけど、なんでか須川トレーナーがジッと私の顔を覗いていた。
「な、なんですか?」
「・・・さっきも言ったが、俺はあいつ以外の面倒を見るつもりはねぇ。だが、トレーニングには人手が必要だ。俺がいない間の面倒を見る奴もな。お前にその気があるなら、あいつの面倒を任せてやってもいい。もちろん、競争ウマ娘としてのキャリアは諦めてもらうことになるだろうし、いろいろとこき使わせてもらうがな。どうする?」
つまり、須川トレーナーはこう言っているんだ。
優秀な地方ウマ娘としてキャリアを積むか、それを投げ捨ててハヤテちゃんのアシスタント見習いになるか、どちらかを選べと。
待遇面を見れば、考えるまでもない。このまま競争ウマ娘を続ければ、地方とはいえ結果を残すことはできる。私には、それができると思えるだけの自負がある。
対して、ハヤテちゃんのアシスタント見習いなんて下っ端もいいところだし、見習いから普通のアシスタントになったとしても世間から注目されることはない。
悩んだのは、一瞬だった。
「お願いします。やらせてください」
今までの立場を投げ捨ててでも、私はハヤテちゃんについて行く。
たしかに、このまま地方で走り続ければ、安定した実績を積むことができるかもしれない。
でも、ハヤテちゃんの才能を前にして、それに触れて、私の価値観はガラリと変わってしまった。
今までの私が崩れ去ってもいい。それでも、私はハヤテちゃんと一緒にいたい。
ハヤテちゃんが走って行く道を、すぐそばで見届けたい。
そうしないと、きっと後悔しちゃうと思うから。
「くくくっ、そうかそうか。あいつも罪な女だ」
須川トレーナーは笑いをこらえきれずに肩を揺らすけど、私が本気だってことはわかったらしい。
「わかった。ならお前のお望み通り、徹底的にこき使ってやる。覚悟しておけよ」
上等だ。
ただ使われるだけじゃなくて、絶対にハヤテちゃんについていくための切符を掴んでやる。
ここに、私の新しい道が始まった。
なんか、書いているうちにそれっぽくなってきそうな感じがしたんで必須タグに『ガールズラブ』を追加しました。
中には「ウマ娘の百合は嫌だ」って人がいるかもしれないですが、自分は百合が超が付くレベルで好きなんで諦めてください。
ていうか、もしこのままいけば自分が初めて執筆する百合小説ということになるのでは・・・?
今回の指導の内容ですけど、ここに書いてあることは“ゲームさんぽ”さんのウマ娘動画を参考にしました。
いや、本当に面白いし為になるしで、マジでおすすめしたい。
*2022/6/1 内容を少し変えました。