ただ走りたいだけ   作:リョウ77

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な~んもわからん時ってどうすればいい?

会長との併走によって、とりあえず目標は定まった。

領域(ゾーン)の習得』。これができれば、私が持っている問題を解決できる糸口になり得る。

とはいえ、具体的に何か手立てがあるかと言われると何もない。

だって、領域(ゾーン)はトレーニングで身につけられる技術じゃなくて、ほとんどウマ娘の感覚的な話だ。一度習得すればトレーニングによって洗練させることはできるかもしれないけど、習得自体はどうしようもない。

あるいは、レースに出まくれば可能性はなくもないだろうけど、それで自分の体を痛めつけるようじゃ本末転倒だ。私の体は特別頑丈ってわけじゃないしね。

だから、やることは普段と変わらない。ただ、トレーニング中の視点がちょっと変わるだけ。

走るときに、自分の魂、その奥へと意識を向ける。

会長との模擬レースで見たあの景色は、ウマ娘が持つ心象風景が具現化したものだって言ってた。

それを体感したからか、思ったよりもすんなりとコツはつかめた。

日本ダービーで見た、あの暗闇の景色。そこまではすんなりと入ることができる。

でも、それだけ。解決の糸口どころか、レースで見た黒い人型すら現れない。

夢にはたまに出てくるんだけどね。最近は嫌悪感もほどほどにあの夢を見れるようになってるんだけど、結局こっちでも進展はなし。

こうも解決の糸口が掴めないと、一周回ってのんびりとした気分でトレーニングに臨めるようになった。まぁ、悠長すぎるのも問題だけどね。

いや、本当にどうしたものか。

とはいえ、領域(ゾーン)は入ろうと思って入れるような簡単なものじゃないから、あれこれ頭を悩ませるのもほどほどに。

それよりも、会長との模擬レースから1ヵ月くらい経って、いよいよ夏も本番になってきた。

この時期にやることと言ったら・・・!

 

「いぇーい!合宿だー!」

 

そう!クラシック級からの特権、夏合宿!

とうとうこの日がやってきた!

 

「おーい、あんまりはしゃぎすぎんなよー」

「須川トレーナー、荷物はこっちでいいですか?」

「おう、頼んだ」

 

ちなみに、今回の合宿ではコントレイルはいない。

まぁ、コントレイルはまだジュニア級だから当然と言えば当然だけど、私が合宿をしている間は須川さんが組んだメニューを元に自主練をすることになっている。

ほったらかしにしてごめんね、コントレイル。合宿が終わったらお土産でも買って帰るから。

 

「んで、今日はどうすんの?」

「ひとまず宿に荷物を運んだら、さっそく準備をしてトレーニングだ。浜辺でしかできないことも多いし、時間は無駄にできないぞ」

「はーい」

 

前回と違って、遊びに来たわけじゃないもんね。

自由時間は当然あるけど、それ以外の時間はガッツリトレーニングに費やす。

今回の合宿の目標は、すでに聞いている。

すなわち、スピードとパワー。

これはまぁ、だいぶ前から言ってたことではあるけど、この夏合宿でさらに伸ばしていこうってわけだ。

正直、暑いのが苦手なのは去年から変わらずだけど、それでも今回の成果次第で菊花賞に大きな影響が出る。

なら、暑さでへばっていてばかりじゃいられない!

いざ、夏合宿!!

 

 

 

「うぼぁ」

「ハヤテ、大丈夫か?」

「もうちょい休ませて・・・」

 

やべぇ、夏合宿舐めてた。

まず暑い。いや、当然だけどね。コンクリートやらアスファルトに囲まれた都会よりマシって言えばマシだけど、やっぱり暑い。余裕で熱中症になりそう、

んでもって、砂浜が想像以上に走りづらかった。足下が安定しないからしっかり踏ん張らないといけないんだけど、走るフォームも維持しないといけないから、余計に力がかかる。

結果、スタミナお化けと定評がある(らしい)私でも速攻でダウンしてしまった。なんだったら、芝なら難なく入れた暗闇の世界に一歩も踏み入ることができなかった。

こ、これをしばらく続けるのですか・・・?

 

「コントレイルに遺書でも遺しておこうかな」

「冗談にしては面白くないな。あるいは、冗談が言える程度には余裕がある、とも言えるか」

「冗談じゃないです~、半分くらい本気です~」

「結局半分は冗談じゃねぇか」

 

それはそう。

 

「須川さーん。持ってきましたー!」

 

そんな漫才をしていると、イッカクがバケツを持ってこっちにやってきた。

 

「ありがとう。そんじゃ、ついでに頼む」

「はい。ハヤテちゃんもいいよね?」

「よしっ、ドンとこブブブブブブブ」

 

私が返事をするよりも早く、イッカクはバケツの中の水を私にぶっかけた。

これが、去年の反省から生まれた対処法。

すなわち、『水をぶっかけて外から無理やり冷やそう』作戦だ。

トレセン学園でやったら体罰を疑われそうな方法だけど、ここは海辺で今の私は水着だ。だからなんの問題もない。

絵面はちょっとアレだけど。

水をかけ終わったあたりで、私も起き上がって頭を横に振って水を振るい落とす。

 

「ふぅ~、頭がさっぱりした気がする」

「そうか、それは何よりだ」

「いや、でも、本当にこれでいいんですか?」

「まぁ、海に浸かったら余計水分持ってかれるし、ハヤテがいいなら別にいいんじゃないか?」

「私は全然問題なーし。だからどんどんやってもいいよ」

「そっか・・・」

 

イッカクは複雑そうな表情だけど、マジで私は気にしてない。なんなら、下に水着・・・はちょっとあれかもしれないけど、耐水性高めのスポーツ下着とかあればトレセン学園でやってもいいレベル。

まぁ、暑い夏限定の対処法だから、そんな機会なんてそうそうないだろうけど。

それはそれとして、スポーツドリンクも飲んでおく。

 

「んぐっ・・・んで、今日はあとどれくらいやんの?」

「そうだな・・・これからの消耗次第だが、お前が倒れる前に切り上げる。遅くとも、16時には終わるぞ」

「思ったより早いね」

「初日だし、お前も初めての砂地で慣れない走りをしたからな。ひとまず、お前の言う暗闇の世界、だったか?こっちでもその領域に入れるようにすることを目標としよう。期限は1週間だ」

「はーい」

 

ひとまずは、砂浜でのフォームを最適化させるところから始めますか。

・・・今回の夏合宿で、少しでも領域に近づくことができればいいんだけど。

 

 

* * *

 

 

「ふ~、つっかれた~!」

「お疲れ様、ハヤテちゃん」

 

夏合宿初日。今日のメニューは一通りこなして、現在は宿の温泉で疲れをとっている。

いや~、基本ジュニア級が夏合宿に参加できない理由、身に染みて理解したわ。こんなん体が出来上がってないと100%体壊すって。

もしジュニア級でも夏合宿に参加できるウマ娘がいるとしたら、そいつはすでに体が出来上がっているか、あるいは常識外れに頑丈かのどっちかだ。

 

「脚、マッサージするね」

「ありがと~」

 

湯船に浸かって思い切り脱力しながら、イッカクのマッサージを受ける。

ここは天国か?やっぱりコントレイルに遺書を書いておくべきだったか。

 

「わっ、ハヤテちゃん何やってるの?」

「あはは、すごい贅沢だねー」

 

そこに、グランとアーモンドアイ先輩がやってきた。

なるほど、リギルもこの時期こっちで合宿やってるんだ。

 

「どもー。今すっごい極楽です~」

「だろうね。イッカクちゃんのそのマッサージ、どこで学んだのかな?」

「須川トレーナーと、あとは独学で」

「イッカク、マジでマッサージ上手いんですよ。しょっちゅう私で練習してるんで」

 

イッカクのマッサージは、さすがにプロとはいかずとも、そんじょそこらのアマチュアとは比較にならないほど上達してる。

というのも、最初は須川さんからマッサージを教わってたんだけど、新学期に入ったあたりから寮でもマッサージの練習ということで私にやってくれるようになったんだよね。

その時点で須川さんからある程度お墨付きをもらってたらしいんだけど、最近ではいろんなマッサージを調べたりもするようになった。

マッサージ師の資格取得も考えているようで、本当にイッカクには頭が上がらない。

 

「おかげで、トレーニングの疲れもめちゃくちゃ取れます」

「羨ましいね~。一応、リギルもサブトレーナーにもマッサージできる人は多いけど、それ以上にチームのメンバーが多いからねー。どうしても順番待ちってのはあるよね」

「いや、アーモンドアイ先輩ならそこらへん融通してもらえるんじゃないですか?現役最強なんて言われてますし」

「そういうのは遠慮してるんだ。あまり特別扱いされるのも嫌だし」

「グラン、めっちゃいい先輩じゃんこの人」

「伊達にドバイ土産を大量に買ってきてくれた先輩じゃないってことだよ」

「でも、こういうの見てると専属もちょっと羨ましいかなぁ」

 

まぁ、チームはチーム、専属は専属で良さがあるから、両方のいいとこどりってのは難しいだろうねぇ。

それはそうと、せっかくだしアーモンドアイ先輩に気になることを聞いてみよう。

 

「そういえば、アーモンドアイ先輩って領域(ゾーン)に入ったことってあります?」

「ん?まぁね」

 

なんか軽い調子で返されたけど、そっか、領域経験者だったのか。

 

「それがどうしたの?」

「一応目標ではあるので、経験者に話でも聞いておこうかな、と」

「そういえば、会長と模擬レースやってたね。それがきっかけ?」

「まぁ、そんな感じです」

「ん~、具体的にどうって言われてもね・・・」

「あっ、コツとかじゃなくて、初めて経験した時の話を聞きたくて」

「なるほど。それなら、話してあげられるかな」

 

そう言って、アーモンドアイ先輩は体を流してから私の隣に腰かけた。グランも私の隣に座ってアーモンドアイ先輩の方を向く。

一拍開けて、アーモンドアイ先輩は口を開いた。

 

「私が初めて領域(ゾーン)に入ったのは、ジャパンカップだね。感覚があったのは、第4コーナーで先頭のキセキを追っているときかな。このままじゃ追いつけないって思ったけど、さらに先に行けるって確信もあったんだ。その時の記憶はちょっとあやふやなんだけど、領域(ゾーン)に入ったのは、たぶん残り300mくらいの時。自分の前に、今まで見たことがない、それでもどこか懐かしく感じるような、そんな景色が広がって、同時に今までにないくらい全身に力が漲ったんだ。あとは、誰かに背中を押されるような感覚もあったかな?その勢いに身を任せていたら、いつの間にかゴールしていた。私は、そんな感じだったかな」

「はぇ~」

 

なるほどね~。そんな感じなのかぁ。

 

「どう?参考になったかな?」

「いえ、正直あんまり」

「あはは。だと思った」

 

とりあえず、あんまり参考にならないことはわかった。

いや、マジで感覚的な話すぎて、何をどう参考にすればいいのかさっぱりわからなかった。

 

「まぁ、領域(ゾーン)に入る前なんてそんなものだよ。一度入っちゃえば、感覚的に理解できるんじゃないかな?」

「そこが問題なんですけどね~」

 

一応、領域(ゾーン)に入るための糸口がまったくないわけではない。

会長が私に見せた、あるいはアーモンドアイ先輩が見たっていう心象風景。その有無が関係している・・・ような気もするんだけど、どうなんだろう。自分でもちょっと自信が持てない。

ともかく、あくまで推測でしかないけど、あの暗闇の世界は、私自身か、私の魂にいる何かの世界で、それが完全に閉じてしまっている状態なんだと思う。

闇の中では何も見えないように、完全に閉ざされ光を通さない世界は何も映さない。だからこそ、あそこは暗闇の世界なんだろう。

なら、あの世界を解き放つことができれば一気に領域(ゾーン)に近づけるってことなんだろうけど、じゃあそのためには何をすればいいんだって話になる。

そもそも、あの人型ってコミュニケーションが成り立つものなの?こっちからアクションを起こしても現れないくせに、向こうからは好き勝手呼び出してきては何も言わずに消えていく。なんなら、顔がないから表情を読み取ることすらできない。

もうね、どうしろと。人見知りの猫でもここまでひどくはないと思うけど?

 

「はぁ~・・・なんというか、もどかしいなぁ・・・」

「いや、それが普通なんだけどね?私なんて領域(ゾーン)とか目標ですらないんだけど」

 

それはまぁ、否定はできないけど。

とはいえ、私にとっては初めての壁だし、もう少し感慨にふけってもいいと思うんだ。

結局、この夜はのぼせかけるまで話し合ったけど、これといった進展はなかった。

まぁ、こればっかりは焦っても仕方ないし、無理しない程度で自分なりに頑張ってみますか。




地味にタイムを見れば世界レコードに届いてるキセキ先輩。古馬になってからは勝てなかったけど、それでも名馬なのは間違いない。
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