ただ走りたいだけ   作:リョウ77

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ウマ娘アニメ最高すぎんか?
これが無料で見れるとか贅沢すぎんよ。


私を証明するための場所

人、人、人。どこを見回しても人しか見えない。他のウマ娘より身長が低めの僕からすれば、まさに壁のよう。

こんなに人に囲まれるのは、ハヤテ先輩のダービーを観戦しに行った時以来かもしれない。

・・・それもそのはず。

今日、京都レース場で開催されるレースは、まさしく今年最後のクラシックレースとなる菊花賞だ。

 

「人、すごく多いですね」

「そうですね!あっ、手を繋ぎましょうか?」

「いえ、大丈夫です、キタサンブラック先輩」

 

今、僕はスピカの先輩方と行動している。

僕は後で須川トレーナーと一緒に関係者席で観戦するけど、それまでの間はわざわざ観に来てくれたスピカの先輩方に面倒をみてもらうことになった。

そういえば、会長を始めとしたハヤテ先輩のリギルの知り合いの先輩方も来てるらしいけど、どこにいるんだろう。

会長なら、あの人と同じ枠で特等席が用意されているのかな。

 

「それで、コンちゃん。コンちゃんから見てクラマハヤテ先輩の調子はどんな感じ?」

 

すると、タクトが僕の顔を覗き込むように見ながらたずねてきた。

先輩方も気になるみたいで、興味津々って感じに僕のことを見る。

でも、ハヤテ先輩の調子か・・・

 

「・・・調子はいい、と思う。でも、よくわからない」

「どういうこと?」

「夏休みが終わってからのトレーニング、いつもとまったく変わらなかったから」

 

普通、クラシックレースの前なら追い込みのためにトレーニングも相応に重くなるはずだけど、ハヤテ先輩はそれがまったくなかった。

本当に、いつもやってることをいつも通りにやるだけで、特別なことは一切しなかった。

それに、デビュー戦が終わってから少しして、僕がうっかり捻挫をしちゃったときにハヤテ先輩が駆け付けて僕をおぶってくれたんだけど、なんだか夏休み明けに誘拐されたり気絶した時から、雰囲気がどことなく違う気がした。まるでハヤテ先輩なんだけどハヤテ先輩じゃないような、そんな不思議な感覚が消えなかった。

それこそ、今回の菊花賞でハヤテ先輩に取り返しがつかないことが起こるような、そんな予感すら感じる。

あの時、ハヤテ先輩が見たと言うものが何なのか、僕にはまったく想像できない。

・・・正直に言えば、僕のハヤテ先輩の第一印象はあまり良くなかった。

初めてハヤテ先輩のことを知ったのは、中央に移籍するときの記者会見だった。あの時は、あのレース内容を差し引いても、メディアや会長にもてはやされているだけだと、本気でそう思っていた。

でも、そんな考えは以降のレースを観ているうちに少しずつ変わっていった。

決定的だったのは、出遅れたにも関わらず1着をもぎ取った皐月賞。

あれを見て、この人は本物だとようやく気付いた。

それになにより、レースの最中でも楽しそうに走っている姿があの人と重なって、この先輩と一緒に走れば強くなれると確信した。

だからこそ・・・ダービー以降、ハヤテ先輩が楽しそうに走れなくなった姿を見てとても心配になったし、ハヤテ先輩に元気になってもらえるなら自分もなんでもしようと思った。まぁ・・・さすがにあんなに食べるとは思わなかったけど。

夏休みになってハヤテ先輩が合宿に行って会えない日が続いた時も、ハヤテ先輩のことばかりを考えていた。合宿が終われば、前と同じハヤテ先輩に戻っていてほしいって思っていた。

ハヤテ先輩のことを考えるあまり、あの人にいろいろと詮索されちゃったけど、それくらい僕の頭の中はハヤテ先輩のことでいっぱいだった。

でも、ドリームトロフィーリーグで会った時はハヤテ先輩はまだ本調子じゃなくて、夏休みが終わってからは今度こそ、って思っていた。

そんな矢先に、グラン先輩からハヤテ先輩が謎のウマ娘に攫われたって聞かされて、さらに須川トレーナーからハヤテ先輩が気を失った状態で保健室に運び込まれたって聞いた時は、心臓が止まりそうになった。

結果的にハヤテ先輩は無事だったからよかったけど、でもハヤテ先輩が気を失ってから、何かが変わったような気がした。

以前のハヤテ先輩とは違う、何か覚悟を決めたような、そんな表情だった。

須川トレーナーもそのことには気づいていたと思うけど、敢えてそのことには触れずに指導していた。

あの時、ハヤテ先輩の身に何が起こったのか、僕たちは知らない。

僕としては、ハヤテ先輩がここではないどこかに行ってしまいそうで、それがとても怖い。

でも、もし変わることでハヤテ先輩が救われるなら・・・どうか、無事にレースを終えて帰ってきてほしい。

今の僕は、そのことを三女神様に祈ることしかできなかった。

 

 

* * *

 

 

ついに、ついにこの時が来た

最後のクラシックレース、菊花賞。

たぶん、このレースで私のこれからが決まる。

先に進めるか、進めずに停滞するか。

もしこの機会を逃せば、この先ずっと壁を越えることはできないっていう確信がある。

でも、不思議と緊張は感じない。自信があるっていうよりは、何が起こっても結果を受け入れられるような、そんな感じ。

まぁ、どうなるかわからないっていう一抹の不安や心配はあるけども。

 

「おまたせ、ハヤテちゃん」

「よう、ハヤテ。調子は・・・良さそうだな」

 

勝負服に着替えてストレッチをしていると、用事ができたとかで少し抜けていたイッカクと須川さんが戻って来た。

 

「おかえりー。用事ってなんだったの?」

「ロジャーバローズとそのトレーナーとの顔合わせだ。誘ったのはこっちだからな」

「あぁ、なるほど」

 

そういえば、前にもう一度お見舞いに行ったときに「直接私のレースを観てほしい」って言って招待してたね。関係者席とは行かなかったけど、レースが見やすい一等席をプレゼントした。

・・・あの時、私は思い切ってロジャーバローズに尋ねてみた。

『足が壊れそうになってでも走ったことに、後悔はなかったのか』って。

それに対してロジャーバローズは、『心残りはある。だけど後悔はしていない』って答えた。『自分が走った証を刻めたんなら、それで十分だ』って。

それを聞いて、私は『なら、菊花賞を生で観に来てほしい。必要ならチケット代も払う』って誘った。

結局、ロジャーバローズは彼女のトレーナーさん持ちでレースを観戦しに来たんだけど、それはそれとして須川さんに挨拶に来たらしい。レース前の私には気を遣って会わなかったあたり、真面目な人だなぁ。

事情を話した須川さんは、気を取り直してタブレットを取り出した。

 

「はい、これ。エネルギー補給にカステラとバナナ」

「ありがとー」

「それで、今回の菊花賞についてだが・・・」

「うん、大丈夫。コースとかは頭に入ってるよ」

 

菊花賞は京都レース場の外回り3000m。特徴は何と言っても第3コーナーに存在する高さが約4mもある通称・淀の坂。これをスタート直後と最終直線前の2回攻略することになる。

高低差もさることながら、コーナーのど真ん中に存在することから、淀の坂は「ゆっくり上ってゆっくり下る」というのがセオリーになっている。まぁ、そのセオリーをぶっ壊して加速した例外もいるけどね。

3000mという長距離と2度の坂越えをこなす必要があることから、『菊花賞は最も強いウマ娘が勝つ』というジンクスも存在する。

普通に考えれば、このレースはスタミナがずば抜けている私が圧倒的に有利だ。

とはいえ、私にはダービーの時の減速やあの黒い人影という問題を抱えているから、私の一強というわけではない。

だけど・・・

 

「今回、私の好きに走ってもいい?」

「ちなみに、プランは決まってるのか?」

「ううん、ないけど?その時次第」

 

今回、策なんて上等なものはない。というより、必要ない。

私にとって、今回のレースで重要なのは勝つかどうかじゃない。

重要なのは、乗り越えられるかどうか。私は自分自身を試さなければいけない。

たぶん、この菊花賞はその最後の機会になる。

単に強い相手と戦えばいいとか、そういう問題じゃない。自分でもよく分からないけど、この菊花賞じゃないとダメなんだって確信があった。

そんな私の行き当たりばったりも甚だしい作戦を聞いて、須川さんは頭を抱えた。

 

「はぁ・・・わかったよ。好きにしろ」

 

だけど、ため息を吐きながらも須川さんは私のわがままを許してくれた。

 

「・・・意外。てっきり反対されると思ってた」

「反対されると思っていたことをやろうとしてたのか・・・当然、トレーナーとして思うところは多大にあるけどな、今さらだろ」

 

それはまぁ・・・時には迷惑をかけたりして申し訳なく思ってたりするけどね。反省もしてる。だけど後悔はしてない。

ただ、それとは別で須川さんにも思うところがあったみたいで。

 

「それに、こういう時のお前の我が儘は、お前の中で相応に覚悟を決めてるってことだろ。なら今回も、お前自身が信じているお前を、俺は信じる」

「須川さん・・・」

 

やばい、ちょっと涙腺が緩みそうになった。

まさかここまで信頼されてるとは思わなかった・・・。

 

「だから、トレーナー失格と言われようとも、今回の菊花賞は俺から何も言わん。好きに走ってこい」

「・・・うん!」

 

須川さんに背中を押されて、私の中から僅かに残っていた不安や心配も欠片も残さず消えていった。

あぁ、今なら何でもできそうな、どこにでも行けそうな気がする。

間違いなく、今までで一番のコンディションだ。

 

「ハヤテちゃん・・・」

 

ただ、イッカクは不安げな眼差しで私のことを見つめていた。

前科があるからしょうがないけど、その表情のままで、っていうのはいただけないかなぁ。

 

「大丈夫。ちゃんと戻ってくるよ」

「本当?」

「うん。約束する」

 

そう言いながら、私はイッカクの手を取って指切りげんまんをした。

そうすると、イッカクの表情も和らいでくれた。

よし、これで心残りはない。

 

「んじゃ、行ってくるね」

「おう、行ってこい」

「頑張ってね、ハヤテちゃん」

 

何も気負うことがない軽い足取りで、私はパドックへと向かった。

 

 

* * *

 

 

「あっ、ハヤテちゃんが出てきましたよ」

「ほんとですね」

 

関係者席で待っていると、地下バ道から軽い足取りでハヤテ先輩が出てきた。

一番人気として緊張している様子はないけど、むしろ緊張してなさすぎるようにも見えるのが、嫌な予感が的中しそうで少し私の不安を煽ってくる。

それはそうと、なんでチーム・スピカは当然のように関係者席にいるんだろうコネか伝手でもあったのかな。

 

「おー、スピカもお揃いか」

「お待たせしました」

 

すると、須川トレーナーとイッカク先輩が僕たちのところに近づいてきた。

 

「あの、須川トレーナー。なんでスピカの人たちが関係者席にいるんですか?」

「いや、そこはギリギリ関係者席じゃないぞ。関係者席に一番近い一般席ってところだ」

 

須川トレーナーに言われて気づいたけど、スピカの人たちは僕の隣じゃなくて一歩後ろで話していた。

つまり、僕たちの関係者席の一番近くを狙って席のチケットを当てたってこと?それこそ伝手とかコネでどうにかしたとしか思えないんだけど。

 

「それで、ハヤテ先輩の様子はどうでした?」

「気負っている様子もないし、今までの中でもベストコンディションだと思うぞ。まぁ、何をするかはわからんが」

「どういうことですか?」

 

何をするかわからないって、須川トレーナーが指示を出したりとかしなかったの?

そのことを尋ねると、今回ハヤテ先輩は完全に行き当たりばったりのフィーリングで走るって言い出したらしい。

いや、菊花賞でやることじゃないでしょ。

 

「・・・そんなんで本当に大丈夫なんですか?」

「知らん。だが、ハヤテにしか分からない感覚の話である以上、今はハヤテを信じるしかない」

 

須川トレーナーが言っているのは、たぶんハヤテ先輩が言っていた黒い世界とか人影とか、そのことなんだと思う。

たしかに、一番の問題がハヤテ先輩の感覚でしかわからない世界の話である以上、ハヤテ先輩に任せるしかないとは思うけど、それでも一切指示を出さないってのはどうなんだろう。

 

「コントレイルも、腹を括っておけ。そして、あいつが為そうとしていることを決して見逃すな。それこそが、お前にとっても今後勝つために必要になることだ」

 

真剣な眼差しで須川トレーナーにそう言われて、私も視線をゲートに向けた。

ゲート前ではハヤテ先輩がストレッチをしてるけど、何か感じるものがあるのか誰もハヤテ先輩に近づいて話しかけようとしなかった。

ちなみに、今回のハヤテ先輩の枠は1枠1番だから、ゲート位置はかなり有利だ。日本ダービーのときと比べるとかなり運がいい・・・いや、あれは日本ダービーの運がひどすぎたのかもしれないけど。

そんなことを考えているうちに、全員のゲートインが完了する。

そして、とうとうその時が来た。

 

『さぁ、今年のクラシックレースの最後を締めくくる菊花賞が・・・今スタートしました!』

 

ゲートが開かれると同時に飛び出したのはハヤテ先輩。皐月賞と日本ダービーでは見れなかった大逃げでどんどん後続から距離を離していくけど・・・。

 

「ハヤテ先輩、少しペースが早すぎないですか?3000mの長距離なら、大逃げは不利だと思いますけど」

「どうだろうな。掛かっているわけでもなさそうだし、走りきるだけなら今のペースでもどうにかなるだろう。だが、それでもスパートをかけるのは難しいはずだ」

 

ハヤテ先輩の得意な走りは、大逃げで後続を突き放してからのロングスパートだけど、菊花賞の京都レース場3000mだと全力で逃げ続けるのは難しいはず。だから、大逃げじゃなくてある程度余力を残した普通の逃げで後半からロングスパートを仕掛けるものだと思っていた。

だけど・・・

 

「1000mを通過。タイムは・・・60.7だとっ?」

「それって、レコードペースを上回ってませんか!?」

 

今の菊花賞のレコードは、トーホウジャッカルが叩きだした3分1秒。その時の1000mのタイムですら60.9だったのに、それを0.2秒上回っているハヤテ先輩のペースは常軌を逸している。

それに、僕の気のせいじゃなければ・・・

 

「ハヤテ先輩・・・少しだけですけど、ペースが上がってませんか?」

「あぁ・・・」

 

これだけのペースで走って、ハヤテ先輩はペースを落とさないどころか、少しずつだけどペースを上げていた。

何より、直線で目の前を横切ったハヤテ先輩の目。トレーニングで何度か見た、まるでここじゃないどこかを見ているような目だった。ハヤテ先輩が言う“黒い世界”に入っている時、ハヤテ先輩は決まってあんな目になるけど・・・どこか違う感じがする。まるで、こことも黒い世界とも違う、どこか違う場所を見ているような気がした。

でも、それを差し引いても今のハヤテ先輩は異常だ。

 

「ハヤテ先輩・・・」

 

今、先輩は何を、どこを見ているんですか?




いよいよ次回はクラマハヤテの前世回になります。
いや~、ここまで来るのに長かった。
書きたかった構成の1つをようやく消化できます。
あとは、自分の文章力がどれだけあるかにかかってますね・・・。
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