俺の両親は個人経営の雑貨屋を営んでいて、お金持ちってほどじゃないけどそれなりに裕福な生活を過ごしていた。
そんな生活が変わったのは、俺が4歳か5歳の頃。
俺は運転手の不注意によって起こった事故に巻き込まれて、両足を欠損する大怪我を負った。事故の詳しい原因は知らないけども、たぶん飲酒運転か居眠り運転あたりだと思う。
幼くして、僕は車いすありきの生活になってしまった。
その分の治療費とかは運転手の慰謝料とかで賄ったけど、それで俺の足が戻ってくるわけじゃない。
時には家の中で本を読んでいる途中で窓の外を覗き、時には両親に押される車いすに座りながら、元気よく楽しそうに走り回っている同年代の子供たちを、俺は諦念と共に眺めるしかなかった。
両親は『車いす生活でもできることはある』と慰めてくれるけど、それよりも『車いす生活ではできないことの方が多い』という現実に押しつぶされそうになりながら、何もできずにただただ時間だけが過ぎていった。
『彰吾、今日はお出かけに行くぞ』
そんな中、父さんがそう言って外出の準備を始めた。
その日はクリスマスイヴだった。
こういう特別な日は、俺のために毎回店を閉めてお出かけするのが通例になっていた。
今までのお出かけも、その場その場で楽しむことはできても、結局どこかのタイミングで車いすの自分と普通に歩いたり走ったりしている他の子を比べて気分が落ち込むから、最後まで楽しめた記憶はまったくなかった。
だから、その時も『あぁ、またか』くらいにしか思わなかった。
だけど、いつもならデパートとか遊園地に連れて行くのに、この時はいつもと違う道を走っていて、少しだけ『どこに向かうんだろう』とワクワクしていた。
たどり着いたのは、当時見たことがない大きな建物に、広大な芝や土によるコースが整備された場所で、今まで行ったどの場所よりも人で溢れていた。
あの時は分からなかったけど、俺が連れていかれた場所は中山競馬場で、その日はあのディープインパクトのラストランとなる有馬記念が行われる日だった。
当時は知らなかったが、どうやら父さんの親戚の中に競馬の関係者がいたようで、父さんも金は賭けていなかったが母さんが俺を身籠る前はしょっちゅうレースを観に行っていたと後で聞いた。
俺は競馬に興味はなかったが、それでもディープインパクトという名前は何度も見聞きした。
そこで見たレースは、まだ幼かった俺にとって今まで見たどんなものよりも思い出に残るものだった。
“英雄”“近代日本競馬の結晶”と呼ばれた馬の、『飛んだ』と形容されるほどの走りは、その名の通り俺の心に深い衝撃を与えた。
自分の足でなくともあのような走ることができるんだと、両足を失ってから初めて勇気をもらったような気がした。
それからは、俺も今までのレース映像や新聞記事なんかを探しては食い入るように見るようになって、母さんから『やっぱり父さんの子ね』と少し呆れられたりした。
しばらく経って、父さんの親戚の伝手で特別に牧場を見学してもらえることになった。
さすがに万が一を考えて現役馬と会うことはできなかったが、それでも様々な引退馬と触れ合うことができた。
寄せてきた頭を撫でたり、厩務員さんと一緒に乗ったりもした。
乗馬しているときは、車いすからじゃ絶対に感じることができないような、全身に当たる風と高く広い視点を体感して、俺はすっかり馬の虜になった。
とはいえ、その時の俺は両足を失った影響で達観していたというか捻くれていたから、『この足じゃジョッキーにはなれない』と半ば諦めていた。
だけど、その考えはすぐに変わった。
最後に案内されたのは、主に怪我をした馬が送られる厩舎だった。
あくまで遠目からの案内だったけど、そこには引退を視野に入れなければいけない怪我を負いながらも、獣医によって治療を受けている競走馬の姿があった。
もう二度と走れないかもしれない。そんな恐怖と隣り合わせになりながらも懸命に治療を受けている姿は、俺にとってとても他人事とは思えなかった。
そこで、父さんの親戚のおじさんから話を聞いた。
『世間では、あのディープインパクトみたいにどんなレースでも勝っちまうような強い馬が注目されがちだ。だが、その裏にはあいつみたいに今後走ることができるかどうか危うい馬もいるし、中には一度も走ることができずに死んでしまう馬もいる。俺たちは、どんな馬でも走らせるために、こうして仕事をしているわけだ』
それを聞いた俺は、幼いながらにそんな馬の姿をイメージした。
走ることこそ生きる糧であるはずの馬が、走ることができずに死んでしまう。
それは・・・なんて悲しいことなんだろう。
そう思った俺は、考えるよりも先に口を開いた。
『なら、ぼくがおいしゃさんになる!』
馬と人間という違いはあるものの、走れないことの失意や絶望は嫌というほど知っていた俺は、そんな競走馬を助けたくて獣医になることを決めた。
おじさんは『そうか。なら頑張って勉強しねぇとな』と笑いながら俺の頭を撫でて励ましてくれた。
父さんと母さんも、『彰吾が言うなら』と俺の夢を応援してくれた。
それからは、獣医になるために一生懸命勉強し、時には獣医に関する本を図書館で探して読むようにもなった。
中学生になってからは、塾にも通うようになった。その費用は個人経営の家には少しばかり重かったけど、両親も俺の夢のためならと多少無理をしてでも通わせてくれた。
そのおかげで、中学ではテストでいつもトップをマークできた。一部から両足がないことで悪口を言われたりもしたが、『座ってばかりだと勉強くらいしかやることねーんだよ』と返せる程度には精神的にも余裕ができるようになった。
高校は進学校に通うことになり、そこからは俺も内職のバイトをするようになった。
というのも、獣医である都合上いつまでも車いすというのも不便だから、大学に入ってからは義足を付けようという話になったのだ。とはいえ、塾代や大学の学費に加えて義足の費用を賄えるほど家は裕福ではない。
その負担を減らすために、俺もバイトをすることにしたのだ。
両親は気にしなくてもいいと言ってくれたが、高校生にもなれば自分の家の経済状況くらい把握できるようになってるから、そこはごり押しで両親にも認めてもらった。塾に学校に内職のバイト、たまに家の店の手伝いと決して楽な生活ではなかったけど、それでも自分の夢を叶えるためならばと、こうしている今も懸命に戦っている競走馬たちのことを思えば、まったく苦にならなかった。
そして、とうとう迎えた大学受験。
獣医学科の中でも偏差値が高いところを受けたこともあって一度目の受験では落ちてしまったが、二度目の受験で無事合格することができた。
その時にはすでに俺の両足は義足になっていて、杖を使えばそれなりに長い間は歩けるようになった。
これでようやく、幼いころから願っていた夢を叶えることができる。
この時は、本気でそう思っていた。
状況が変わったのは、大学に入学してから一年くらい経ったときのこと。
非常に感染力の高いウイルスによる世界規模のパンデミックが起き、日本もその例に漏れずその影響を受けた。
世界的に見れば非常にマシなものの、爆発的に感染者が増えたことで政府は非常事態宣言を発令。外出を大幅に制限され、ジャンル・規模を問わず様々な店が打撃を負った。
それは俺の実家も例に漏れず、個人経営の中小店だったことも相まって壊滅的なまでな被害を受けた。
売り上げは激減し、リモートによる営業に踏み切ろうにもそれができるほどの余力もなく、実家の店はあっという間に閉店に追い込まれた。
俺も奨学金やバイトで出来るだけ両親の負担を減らそうとしたが、ただでさえ他と比べるとお金がかかる獣医学部の学費に加え、義足のメンテナンス費も重なると瞬く間に限界を超えてしまった。
あっという間に家庭内の空気は最悪になり、両親が言い争う頻度も多くなっていった。
そんなある夜のこと。お茶でも飲もうかと廊下を歩いていると、両親が言い争いをしていた。
普段ならまだ無視できたかもしれないが、俺もこの生活が続いて疲弊していたこと、両親の言い争う声がいつもより大きかったことが相まって、この時ばかりはその内容が聞こえてしまった。
『なんでこんな辛い目に合わないといけないのよ!こんなことになるなら、あの子の夢なんて応援しなければよかった!!』
『なんてことを言うんだ!それなら、お前が面倒を見なかったせいであいつが足手まといになったんじゃないのか!!』
母さんから俺の夢を否定され、父さんから俺のことを“足手まとい”と呼ばれた。
その時、俺は両親から否定され、世界からも俺が不必要な存在であると言われたような気がして、俺には存在価値なんて無いんだと突き付けられたとしか思えなかった。
それからの記憶はあんまりない。
覚えているのは、スマホに『生まれてきてごめんなさい』を遺言を残したことと、義足を取って橋の上から身を投げ出したこと。
つまり、自分のせいで両親が不幸になっていると考えた俺は、もし普通の子供の様に走ることが出来たならと、そんなifを想像しながら、橋の上から投身自殺をした、というわけだ。
「いや~・・・思い出してみると、本当に碌な記憶がないね」
というか、人生の最初と最後がハードすぎた。
幼少の時に両足がなくなって人生の最後に絶望して自殺するとか、この2つだけで他全部の記憶と足してもぶっちぎりでトータル
そりゃあ、私の本能が思い出すことを断固拒否するわけだよ。
まぁ、結局こうして思い出すことになったわけだけど。
「んで、そろそろ君と話したいんだけど、もう出てきてもいいんじゃない?」
今の
もうこの空間にも慣れちゃったもんだよ。慣れていいものなのかは知らないけど、頭の後ろで腕を組んでリラックスできるくらいの余裕はある。
私が呼びかけると、ほどなくして黒い人影が現れた。
『・・・ちゃんと思い出せた?』
「そりゃもうばっちり」
『・・・辛くないの?』
「んー、我ながら悲惨な人生送ってたな~とは思うけど、今さらって感じかなぁ」
いやだって、15,6年前のことだよ?思い出してどうしろと。
というか、そりゃあ転生したことを自覚したばかりの頃はいろいろと衝撃的だったけど、今となってはその感覚もだいぶ薄らいでいる。
なんなら、今の生活に違和感も持たなくなっている。スカートとか女湯とか、今となっては普通になってるくらいだしね。
もちろん、それだけってわけじゃないけど、それはそれとして。
強いて言うなら、望んでもないのに強くてニューゲームさせた三女神(暫定)に思うところはあるかな。どうせなら、あのまま素直に終わらせてほしかった。お前らのせいで余計に拗れたことになったんだから、いつかその責任を取らせてやろう。
そんなことよりも、もっと重要なことがある。
「まっ、私のことは君が思っているよりも大丈夫。だから、今度は私じゃなくて君の番」
そう。今必要なのは、私の目の前にいる黒い人影が何者なのかだ。
夏休み明けの事件から考え続けて、こうして私の前世の記憶を思い出して、ようやくその正体にこぎつけることができた。
「答え合わせ、しないとじゃない?」
『・・・それもそうだね。それじゃあ、私は何者?』
腕を後ろに回しながら私の顔を覗き込む黒い人影に対して、私は答えを突き付けた。
「あの世界で走ることができずに死んでいった、数多の馬たちの魂。その集合体ってところかな」
『正解』
私の答えに対して、黒い人影はニコリと輪郭だけで微笑んだ。
競走馬の世界というのは非常に厳しい。サラブレッドとして生まれた馬の中で、JRAの厩舎に入厩できる割合は約70%と言われている。残りの30%は、骨格や体質の問題でレースの夢を断たれることになる。さらに生まれることすらできなかった馬を含めれば、この割合はもっと低くなる。
私の元になった魂・・・あのマッド風に言うならウマソウルと言うべきか。クラマハヤテというウマ娘の根幹を成しているウマソウルは、レースに出ることができず走ることすらできなかった、そんな馬たちの魂の集合体だ。
あの世界で僅かにでも歴史に名を刻むことができなかったから、個々ではウマ娘の世界に渡ることができず、集合体となっても自我を持てず受け入れられなかった、そんな儚い存在。
だけど、そこに現れたのが私だ。
両足を失ったことで走ることに焦がれ、なおかつ走ることが出来ない・出来なかった馬に対して深い感情を抱いていた私の魂は、彼ら・彼女らの依り代にピッタリだった。
かくして、前世の世界で走ることが出来ずに死んでいった数多の馬たちの魂が私の魂に宿っていき、“クラマハヤテ”という本来であれば存在しなかったウマ娘が誕生した。
そりゃあダービーの時、大量の腕に体を掴まれたわけだ。
走ることが出来ずに死んでいった馬たちの魂は、走れなくなるということに対して強い恐怖を覚えている。だからこそ、限界を超えて走ろうとした私を全力で引きとどめたんだろう。
「まぁ、あの時のことを咎めたりはしないよ。私だって、走ることが出来なくなる恐怖を知ってるからね。気持ちはわかる」
『なら・・・』
「でもね。やっぱり私は、あの先に行きたいんだ。取り返しのつかないことになっても、ね」
私がそう言った次の瞬間、暗闇の中に無数の瞳が浮かび上がった。
おそらくは、私の魂の中に存在する馬たちのものなんだろう。
それに伴って、人影が纏う空気もピリピリと剣呑なものに変わった。
『・・・どうして?走れなくなるのが怖いんじゃないの?』
「当然。それに、怪我をすることもなく走りきるということが、どれだけ難しいかもよく知っている」
『無事是名馬』という言葉がある。“病気や怪我もなく第一線で走り続ける馬こそが名馬である”という意味だけど、それだけ怪我も病気もせず走り続ける馬というのは稀で、ナイスネイチャやイクノディクタスのように、たとえG1勝利のような華々しい活躍が出来なくても、それだけで名馬と謳われることもある。
だから、怪我をしないように走るという選択を間違っていると言うつもりはない。
だけど・・・
「たしかに昔の私だったら、いつまでも走れていただけで満足していたかもしれない。
でもね、トレセン学園に入学して、知っちゃったんだ。
ウマ娘の夢のために出来る限りのことを尽くすトレーナー、ウマ娘に夢を見て応援してくれるファン、同じ夢を持つからこそ、力の限りを尽くして競い合うライバル。そして、その全部を通して得た勝利の景色。
ただ私が一人で走って満足するだけじゃ絶対に得られない、何物にも代えがたいものなんだ」
『たとえ、走れなくなったとしても?』
「私が前世の記憶を思い出して、それでもなおここに立っていることが答えだよ。その恐怖に打ち勝てるだけのものを、皆がくれた。
それに、君たちだって覚えはあるはずだよ。自分の全てを出し尽くし、世界の歴史やファンの記憶に存在を焼き付け、未来の可能性すらも燃やし尽くして、それでもなお輝き続けた姿を」
例えば、ロジャーバローズだ。
彼・・・いや、ウマ娘基準なら彼女って言った方がいいのかな。ともかく、あの子は日本ダービーで全てを出し尽くして、選手として引退せざるを得なかった。それでもあの子は、その選択に後悔はなかったと言い切った。
走れなくなることに恐怖がなかったわけじゃないだろう。それでもなお、あの子の表情は晴れ晴れとしたものだった。
それだけのものを、あの子はレースで得ることができた。
また、歴代の名馬の中にも自身の才能によって足を壊す馬が度々存在した。その馬たちも、走れなくなるかもしれない恐怖に怯え、あるいは本当に足を壊して絶望の淵に立たされただろう。
それでもなお、その馬と同じ魂を持ち、同じ歴史をたどったウマ娘たちに後悔はなかった。
レースの中で、それらの恐怖や絶望を越える何かを手に入れることが出来たから。
そして、私にはすでに同じだけのものを皆から与えられている。
「私はね、君たちにも同じものを見せてあげたいんだ。でも、そのためには君たちの力が必要だ。
だって、私は君たちのおかげで、この世界で走ることができた。君たちがいたからこそ、ここまで来ることが出来たんだ。
私だけじゃダメだ。君たちがいないとダメなんだ。
これは私の我が儘でもある。でも、絶対に後悔なんかさせたりしない。
君たちは、私に走れる体と足をプレゼントしてくれた。
なら、私からは色あせない景色と思い出をプレゼントしてあげたい。
それこそが、私が君たちにできる恩返しなんだ」
そう言って、私は黒い人影に近づいて手を差し伸べた。
気が付けば、私を見つめていた無数の瞳は消えていた。
黒い人影は、私に対して呆れと嬉しさがない交ぜになったような様子で口を開いた。
『・・・あなたは我が儘なんだね。私たちに恩返しするなんて言いながら、私たちの力を借りないとそれができないなんて』
「自分でもそんな気はしてた。でも、そんなもんじゃん。人馬一体なんて言うけど、ジョッキーは馬がいてこそでしょ?」
『それもそうだね・・・あなたを選んで良かった。あなたならきっと、私たちに正しい道を示してくれる』
そう言って、黒い人影は私の手を取った。
次の瞬間、暗闇はひび割れてはじけ飛び、黒い人影は光る馬へと姿を変え、私の手は人影の手ではなく光る馬の鼻を撫でていた。
「・・・ありがとう」
私はお礼を言って、光る馬の背中にまたがった。
私がまたがると、光は馬具へと姿を変えていき、鞍と手綱をかたどった。
手綱を手に取り、改めて周囲を見渡す。
先ほどまで暗闇で包まれた世界は消え失せ、代わりに一面の青空と地平線まで見える大草原が広がっていた。
背を伸ばせば、心地よい風が全身を撫でた。
あぁ、そうだ・・・この風こそが、私の、私たちの・・・
「それじゃあ、行こうか」
そう言って、私は光の馬と共に、彼方まで広がる大草原へと足を踏み出した。
* * *
『第3コーナーを抜けて先頭はクラマハヤテ。だがさすがに超長距離の大逃げは無理があったか、後続が差を詰めてきた!』
「ハヤテ先輩・・・!」
さっきまでは少しずつ加速していたハヤテ先輩だったけど、第1コーナーを抜けたあたりで加速が止まって、第4コーナーに差し掛かる頃にはペースを上げてきた後続に捕まりそうになっていた。
その姿は、ダービーの時に見たハヤテ先輩に似ていて、『もしかしたら』という考えが頭をよぎった。
思わず僕は須川トレーナーの方を振り向いた。
須川トレーナーは、僕が振り向いたのにも気づかない様子で、食い入るようにハヤテ先輩を見つめていた。
・・・あぁ、そうだ。須川トレーナーも言っていたじゃないか。ハヤテ先輩が為そうとしていることを見逃すな、って。
僕は視線をターフに戻して、再びハヤテ先輩に意識を集中した。
そして・・・僕はこの日、この目で見て、全身で感じたものを、一生忘れないだろう。
『さぁ、第4コーナーを抜けて先頭に立ったのはクラマハヤテ!だが後ろからは続々と追いついて、いや!クラマハヤテさらに加速!最終直線に入ると同時にさらに後続を突き放していく!信じられないスタミナだ!!』
ハヤテ先輩が最終直線に入った次の瞬間、今までのレースで見てきたものとは明らかに違うスパートで追いついてきた後続を一気に突き放した。
だけど僕は、そんな常識外のスパートじゃなくて、もっと違うものに意識を取られた。
ハヤテ先輩がスパートをかけたと同時に、僕の視界には地平線まで続く大草原が広がって、駆け抜けるような風を全身に浴びた。
突然のことに思わず瞬きをすると、まるで幻だったように大草原も風の感触もなくなってしまった。
いっそ気のせいだったと思うほど唐突に現れた現象は、ほんの僅かな間だったにも関わらず僕の脳裏に焼き付いていた。
『クラマハヤテ止まらない!後続から6バ身、7バ身と差を広げていき、今、ゴール!!タイムは、さっ、3分フラット!?まさに前人未踏!規格外のレコードをたたきつけ、クラマハヤテ2冠達成です!!!』
ハヤテ先輩がゴールし、実況がタイムを告げると、まるで京都レース場そのものが振動しているかのような大歓声が沸き上がった。
ウマ耳を押さえてもなおうるさいほどに響き渡る歓声を受けて、ハヤテ先輩は静かに拳を天に突き上げた。
この時はまさしく、ウマ娘界に新たな最強が現れた瞬間だった。
ようやく、ようやくここまで来ました。
本作を投稿し始めて1年半。とうとう最初から思い描いていた話にたどり着くことができました。
年代とか細かい展開なんかは変わったりしましたが、この話をしたかったがために本作を書き始めたので、達成感もひとしおです。
競馬を語る上でどうしても外せないのが、選ばれず走ることができなかった競争馬たち。
彼らがウマ娘の世界ではどのような扱いになるのか、自分なりに考えてみた結果がこれです。
あとは、書き始めた当時はあんまり見なかった(気がする)『前世で走ることができなかった系主人公のウマ娘転生もの』を書いてみたかったというのも、きっかけの一つです。
1年半越しの構想をようやく形にできたので、自分なりにめちゃくちゃ満足できました。
とはいえ、まだ書きたいことはまだまだあるので、これからも頑張っていきます。
さて、前回ちょろっと言いましたが、今回の執筆で軽く燃え尽きたので、次話投稿を少しお休みして改稿作業をしていこうと思います。
メインはコントレイルの一人称化ですが、他にもいい感じに書き直せそうなところや設定に齟齬が生じそうな部分の訂正を加えていきます。
とはいえ大まかな流れは変わらないので、読み直さなくても大丈夫ではあります。
それでも、どのように変わったのか気になるということで読みなおしていただけるのであれば、筆者として幸いです。
最後に、ハヤテの固有について解説を。
《この風こそが、私たちの・・・》
レース後半に先頭にいた時、残り持久力に応じてちょっとずつ速度を上げ続ける。最終直線で先頭に立っていた時、さらに速度を上げる。
スタミナの要求値がやばいことになりそう(小並感)。
最近の長距離チャンミは逃げが息してないから、金回復ガン積みして頑張ってもらわねば。
ちなみに、ハヤテの領域の本質は風であり、風景はその時の気分で変わります。
今回は今まで抱えていた問題が解消したことで晴れ晴れとして思い切り走りたい気分だったので草原でしたが、その気になれば街中にも海辺にもレース場にもなります。
さらに送信範囲がえげつないほど広く、レース場なら観客席含めて全域カバーできます。
そして、風はどこにでも吹くということで他者の領域の影響をほとんど受けず、どんな状況でも領域を展開し他者の領域を塗りつぶすことができます。宇宙空間にいるブルボンとかネオユニは知らん。