「え、マジで?イッカクが私のアシスタントになるの?」
慣れない感覚に戸惑いながら、できるだけ須川さんに言われた通りに走ることしばらく。
休憩だって呼ばれたから2人のところに戻ったんだけど、私の知らない間にイッカクが私のアシスタントというか、サポーターになることが決まった。
しかも、自分の練習を放り出す形で。
いやいやいや、さすがにそれは申し訳ないというか、自分の人生を棒に振っちゃいけないよ。
イッカクなら地方で優秀な成績残してやっていけるって。
「ダメ?」
「だめって言うか・・・え、マジで?本気なの?」
「うん」
「なんで?」
「ハヤテちゃんの傍に居たいからだよ」
「う~ん、愛が重いなぁ・・・」
え?昨日が初対面だよね?なんだったら化け物呼ばわりされた気もするよ?
それがなんでこうなるの?
「こうなったのはお前が原因なんだから、ちゃあんと責任と取ってやらにゃいかんだろ」
「ちょっと黙ってください須川さん。ていうか、まさかとは思いますけど、あなたが唆したとかじゃないですよね?」
「ぴゅ~ぴゅぴゅ~」
うっわ、ベタに口笛吹きやがって。絶対確信犯じゃんこいつ。
ていうか、責任を取れって言い方よ。私が悪いことしたみたいな言い方しないでくれないかな。
いや、嬉しくないわけじゃないよ?
嬉しくないわけじゃないんだけど、イッカクなら地方とはいえ絶対に成功するだけの実力はあるんだから、それを放り出して私の下につくってのは絶対もったいないって。
「私じゃダメなのかな?」
「ダメとかじゃなくて、イッカクならもっといい道があるって。そんな私のアシスタントに専念する必要なんてないわけだし」
「でも、須川さんがいない間はどうするの?」
「そりゃあ、こっちにいる間はありがたいけど、でも競争ウマ娘のキャリアを捨ててまで私についてくる必要はないと思うよ?もし私が中央に行ったら、他の人にも手伝ってもらえるだろうし・・・」
「そっか・・・私は向こうだと足手まといになっちゃうんだ・・・」
「え?」
「そうだもんね・・・中央なら、私よりもいい人なんてたくさんいるだろうし・・・」
「いや~!やっぱり中央に行っても知った顔がいれば安心できるかなー!見ず知らずの人にあれこれやってもらうのも気疲れするかもしれないしなー!!」
「それじゃあ、これからもよろしくね、ハヤテちゃん」
「ん?」
あれ?なんか簡単に流されちゃった気がするぞ?
いやでも、あんな悲し気な表情を浮かべるイッカクを見ちゃったら断れないって。それこそ私が悪いみたいになっちゃうじゃん。
だから、これは仕方ないこと!イッカクが私よりも一枚上手だった、ただそれだけのことなんだ!
決して、私がちょろいとかそんなんじゃないし!
「ちょろ」
「言わないでよ須川さん」
急にむなしくなっちゃうじゃん。
「んじゃ、クラマハヤテはイッカクに任せるとして、さっきまで走ってみてどうだった?」
「いや~、違和感が半端ないね」
悪癖ってのは頭ではわかってるんだけど、右利きなのに左手で箸を持つみたいな違和感がつきまとってくる。
こりゃあ、本当に1週間かけて走り方を矯正させることになりそう。
「でも、試走のときより速くなれそうな感覚はあったかな。違和感がなくなれば、だけど」
「だったら上々だ。最低でも1週間でその違和感を消すんだ。そうすりゃあ、残りはスピードアップに時間を割けれる」
「だったら、ハヤテちゃんが走ってるところをカメラで撮っておきませんか?その方がわかりやすいでしょうし」
「おっ、たしかにそうだな。俺は持ってきてないが・・・」
「私が取りに行ってきます。たしか、学園の方でもあったはずなので」
「んじゃ、頼んだ」
「はい、行ってきます」
そう言って、イッカクは足早に学園の方に走って行った。
「・・・なんだかなぁ」
「不満か?」
「不満っていうか、申し訳ないって感じかなぁ。なんか、私のせいで道を歪めちゃったような感じがして」
もしかしたら、あの時私と関わらなければ、イッカクは私のアシスタントになるんじゃなくて、地方で華々しく活躍できたんじゃないかって思っちゃう。
もちろん、イッカクに応援してもらえるのはすごい嬉しいんだけど、自分の競争ウマ娘としての道を閉ざしてまで私についてきてもらうっていうのは、少しやり過ぎなんじゃないかって思う。
そうしてまで一緒にいたいって言ってもらえるだけの価値が自分にあるとはどうしても思えない。
だってウマ娘っていうのは、誰もがレースで活躍することを夢に見ているんだろうし、イッカクだってそうだったはずだから。
イッカクの決断が本当に正しいのかを証明するためには私が頑張って結果を出すしかないって、ひどい押し付けだよね。エゴって言い換えてもいい。
イッカクの、言ってしまえば自分勝手な期待を私に求められても、正直困る。
私はただ、この世界で思う存分走りたいだけなんだけどなぁ・・・。
・・・そう言えば、私はなんでこんなにも走るってことに固執しているんだろ。
活躍したウマ娘に憧れるでもなく、レースで活躍することを夢見るでもなく、ただただ走ることを望み続ける私の渇望の出所は何処なんだろう。
思い返してみれば、そんなこと今まで考えたこともなかったな・・・。
「おーい、意識あるか~?」
「っ」
思考の沼にずぶずぶとハマっていきそうになったところで、須川さんが声をかけてきて意識が戻った。
「ごめんなさい。いろいろと考えちゃって」
「気持ちはわからんでもないがな・・・俺はウマ娘じゃないから理解できるとは言わん。だから、これはあくまで俺の経験則だ」
経験則っていうと、トレーナーとしてウマ娘を見てきた経験則ってことかな。
「魅せるウマ娘っていうのはな、良くも悪くも周囲に影響を与えるものだ。夢を見せると言えば聞こえはいいが、夢に固執させると言われれば否定はできん。そして、そいつを決めるのは自身ではなく周りの人間やウマ娘だ」
あ~、あれかな。野球のすごいピッチャーとかサッカーのスーパープレイを見たら「スポーツ選手になりたい」って言う子供と同じ感じかな。
「だがな、少なくともお前はそんな周りの意見なんて気にする必要はない。俺から見て、お前は自分のやりたいことをするだけで勝手に周囲を魅了する、そんなウマ娘だ。だから、周りから何を言われたって過剰に気にする必要はないし、お前はやりたいようにすればいい」
「・・・そっか」
正直に言って、それが慰めになったかどうか聞かれると、ちょっと微妙なところではあるけど、気負う必要はないっていう須川さんなりのエールなんだろうね。
もっと言えば、イッカクが決めたことに対して私があれこれ言うことはないっていう注意なのかもしれないけど。
でも、須川さんの言葉は記憶の片隅に残しておこう。
「ていうかな、むしろお前が大変になるのは明日からだぞ?」
「え?どゆこと?」
「イッカクはこの辺りで活躍を期待されていたウマ娘だ。そいつがお前の使い走りになったって知ったら、果たしてどうなると思う?」
「・・・・・・あ」
ぜったいやべーことになるじゃん。
* * *
「・・・では、イッカクさんが言ったことに間違いはないわけだね?」
「はい、そうですね」
翌日。
須川さんが予言した通り、教室に入ったらすごい勢いでクラスメイトに詰め寄られた。
決め手は、イッカクが職員室に行ってカメラを借りたとき。
その時にここのトレーナーからスカウトを山ほど受けたらしいんだけど、それを全部「私はハヤテちゃんのアシスタントになるので」って断ったんだって。ついでに私が中央に移籍する予定でイッカクもそれについて行くつもりだってことも。
不運なことに、それを他のクラスメイトにも目撃されちゃってあっという間にイッカクが私のアシスタントになるって話が広まって、挙句に先生から事情聴取を受ける事態にまで発展した。
いや~、人力ネットワークってけっこうバカにならないね。
クラスメイトに詰め寄られたのは事実だけど、情報だけで言ったら学園全体に知れ渡っちゃってるから、今や私とイッカクは学園の有名人だ。いや、イッカクはすでに有名人だったのかもしれないけど。
で、それだけ知れ渡っちゃうと、学園としても事実確認はしておきたいってことで、こうして先生に呼ばれて事情を話すことになった、ってわけだ。
「それで、イッカクさんがあのように言った心当たりはありますか?」
「一昨日一緒に走ったのと、あと須川さん・・・あ、昨日来てた中央のトレーナーの人ですね。あの人とも話してましたよ。私から言えるのはそれくらいです」
「ふむ・・・君の方から言ったわけではないのだね?」
「むしろ反対しましたよ、私」
ただ、事情聴取をしてる先生の態度がちょっと高圧的だ。
たぶん、イッカクっていう才能が無駄になるって思ってるのかもね。
私だって同じこと考えてるけど、だからってそれをイッカクに強制させるのは筋違いってやつでしょ。
私に責任を求めようとするのもなおさら。
「一応、私からこれ以上言えることはないんですけど」
「そうですか・・・わかりました。クラマハヤテさんは教室に戻ってください」
「では、失礼しました」
先生に一礼してから、私は生徒指導室から退室した。
そのまま教室に向かう道中、いろんなところから視線を向けられるのを感じた。
いやー、私も有名になっちゃったな~。
決して良い意味じゃないけど。
「ねぇ、見て見て」
「ほら、あの人だよ。イッカクさんをアシスタントにしたっていう」
「それに、中央のトレーナーにスカウトされたんだって」
「でも、試走のときはダントツで遅かったよね?」
「なんであんなのが・・・」
「分不相応ってわからないのかな」
周囲から聞こえてくる、隠す気があるのか疑わしくなってくるひそひそ話の中身は、ほとんどが妬み嫉みの類だ。
わかってはいたけど、これはこれでなかなか鬱陶しい。
須川さんは「周りの意見なんて気にするな」って言ってたけど、嫌でも聞こえてくるからホントに気が滅入る。
早く午後にならないかな~。そうすれば周りの視線もひそひそ話も気にせずに走れるのに。
「ねぇ、ちょっといい?」
そんなことを考えていると、不意に後ろから声をかけられた。
振り向くと、知らない顔のウマ娘が3人立っていた。
いや、マジで誰?他のクラスの娘かな?
ていうかもしかして、これってあれかな?アニメとか漫画で定番の徒党を組んでいじめてくるやつかな?
うわ~、まさか自分が被害者になるなんて夢にも思わなかった。
内心で軽くはしゃいでいると、真ん中の黒毛のウマ娘が口を開いた。
「あなただよね?あのイッカクさんを使い走りにしたっていうの」
「なんか情報がねじ曲がってない?」
誰だよ、アシスタントを使い走りって解釈した奴。そいつ昭和に生まれてない?
「使い走りじゃなくて、アシスタントね、アシスタント。さすがにその言い方は語弊ていうか悪意があると思うよ?」
「どっちも大して変わんないわよ」
いやちげーよ。だいぶ意味に差があるよ。
「あのイッカクを使い走りにするなんて、いい度胸してるわよね」
「いや、別に私から言ったわけじゃないんだけど。なんだったら私だって反対したよ」
結局、イッカクに言いくるめられちゃったけど。私がチョロかったわけじゃないし。
ただ、向こうは私が「イッカクから競争ウマ娘の夢を奪った悪役」って決めつけているのか、まったく聞く耳を持たない。そのウマ耳は何のためにあるのかね。
これが馬耳東風ってやつかな?あ、でもこっちだと動物としての馬はいないから、バ耳東風になるのかな?
「どうだか。本当は心の中で『あのイッカクを手籠めにしちゃうなんて、私ってば罪なウマ娘』なんて思ってるんでしょ?」
「よくそんな文章がすぐに思いつくね。もしかしたら作家に向いてるんじゃない?」
それとも、自分の中で温めていたネタなのかな?
「言っておくけど、私はそんなイタイことを考えるような感性は持ち合わせてないよ」
「い、イタイですって・・・?」
「いや、本当にイタイと思うよ。ついでに言えば、そうやって私を貶めようとしてる時点でたかが知れてるよね。そういう文句は、私じゃなくて本人に言えばいいのに」
「な、なんっ・・・」
「あ、もしかして私が中央に行くかもって話が気に入らないのかな?なんであいつなんかが、って」
なんか、自分でも意外に思えるほどにとげが生えた言葉が次々と出てくる。
あれかな、さっきまでの事情聴取でイライラしてたのかな。
「悪いけど、私はこれでもいろいろと忙しいから。じゃあね」
「ちょっ、待ちなさ・・・!」
後ろから腕を伸ばしてくる気配を感じたけど、捕まる前に私は駆け足でその場から去っていった。
今なら、なんとなく須川さんが言ってたことがわかる気がする。
うん、少なくとも、こっちにいる間は余計なことは考えないようにしよう。
レンタルで育成するときに限って悪循環になって萎えるの、自分だけじゃないはず。
今回はちょっとグレーな部分も入れてみました。
別に自分はこういうのが好きってわけじゃないんですけど、なかったらなかったで違和感を感じちゃうんですよね。
シングレでも(初期だけ)貶めたい系のキャラがいたから、これくらいは普通にあり得るはず。