それと、バイトが始まったんで投稿ペースが遅くなります。
「ふぅ・・・」
勝った・・・だけど、それだけじゃない。
胸のつっかえがとれたような、そんな晴れ晴れとした気分だ。
ようやく、私の中にいたあの子たちと向き合うことが出来た。
それが、菊花賞を勝ったことと同じか、あるいはそれ以上に嬉しかった。
これでようやく、私は前に進むことができる。
そんなことを考えながら地下バ道を進むと、須川さんたちが待ってくれていた。
「やっほー、須川さん。勝ったよ」
「あぁ、見てたぞ。それと、ずいぶんと機嫌が良さそうだな。何かいいことでもあったか?」
「いやいや、菊花賞を勝ったでしょ?・・・って、そういう感じじゃなさそうか」
一瞬誤魔化そうかと思ったけど、これはバレてるっぽいな。
とはいえ、ムキになって隠すことでもないか。
「うん。これでようやく、先に進める」
「そうか。なら、これで晴れてお前もシニア級になったわけだ。さっそく今後の予定をといきたいが、その前にウィニングライブだな。さっさと準備しておけ」
「はーい」
あーそうだ。ライブがあったんだ。
いや~、我ながら盛り上がりがすごいことになりそうだからねー。
自分じゃわかんなかったけど、3分フラットとかいうわけ分からんレコードを出したうえでのクラシック2冠達成だからね。
こりゃ私も気合を入れないとかな~・・・
「・・・ん?」
「ハヤテ、どうかしたか?」
「ん~・・・なんか足に違和感があるような・・・?」
須川さんと話すために立ち止まったから気づいたのか、なんとなく私の足がいつものレース終わりと違うような気がした。具体的に何がってのはわかんないけど、とにかく何かがいつもと違う。
私がそう言うと、一気に須川さんの表情が険しいものになって、しゃがみこんで食い入るように私の足を見たり触診してきた。イッカクとコントレイルも、須川さんの後ろで不安そうな表情を浮かべる。
「・・・あれだけの走りをした後だ。疲れも相応に溜まっているのは間違いない。だが、それだけじゃないと言うことか?」
「ん~、分かんないなぁ」
「そうか・・・そのことに関しては、ひとまず後だ。明日からキッチリ休養を入れて、それでも違和感が消えなければ病院に行こう」
「ん、わかった」
ひとまずライブにまでは影響はなさそうだし、今日のところはライブが終わり次第ガッツリ休もう。さすがに疲れた。
* * *
結局、ライブは問題なく終わった。
強いて言うならアンコールに応えたくらいだけど、まぁ些細なことだ。
だけど、菊花賞が終わってから1週間が経っても、足の違和感は消えないままだった。
徹底的に疲労を抜くように過ごしても、違和感だけは残り続けた。
特別足が痛む、というわけではない。疲れが抜けない、というのも何か違う。
けっきょく自分たちだけじゃどうしようもないってことになって、須川さんと一緒に病院に行くことになった。
「しばらくの間、レースに出るのは難しいでしょう」
医師から告げられたのは、いっそ残酷なまでの診断だった。
「屈腱炎です。しかも両足に発症しています。私もこのようなケースは初めてです」
屈腱炎。
繋靭帯炎と並んで、多くのウマ娘を引退に追いやった不治の病。最近で言うとロジャーバローズも発症している。
屈腱炎について判明していることは多くない。長い期間に負荷をかけ続けると発症しやすいって言われているけど、具体的なメカニズムについては謎のままだ。
近年では医療技術の発達によって治療できたケースも増えているけど、この病の本当に恐ろしいところは再発率の高さだ。一度完治できたとしても、そのまま現役を続けると高い確率で再発症してしまい、そのまま引退するというケースが非常に多い。
しかも私の場合、普通は片足に現れる屈腱炎が両足で発症しているという、前代未聞のケースだ。治療のノウハウは皆無に等しい。
だけど、悪いことばかりかと言うとそうじゃない。
なんで私は両足に発症してしまったのか。一つの仮説として、私には利き足がない、両利きだからじゃないのかと医者は言った。
ウマ娘に限らず、多くの生物には力を掛けやすい利き足が存在する。特にウマ娘において、利き足を基点にスパートをかけることが多く、だからこそ屈腱炎を含めた怪我を引き起こしやすい。
だけど私の場合、利き足がない分、足への負荷が均等に分散したおかげで足に負担がかかりづらかったらしい。
一応スパートの加速が伸びにくいという欠点はあるけど、怪我をしにくいという点では非常に大きなアドバンテージだ。まぁ、そのアドバンテージを貫通して屈腱炎を発症してしまったあたり、ゾーンによる負荷のヤバさがわかる。
逆に言えば、もし少しでも足への負荷がどちらかへと偏っていた場合、今の段階でも症状が重くなって取り返しのつかないことになっていた可能性も十分あったと言われて、思わず背筋がぞっとした。
これに関しては、多分だけど私の魂による影響なんだろうね。
私の元になっている魂は、数多の馬たちの集合体だ。おそらく、利き足も様々だったことだろう。そんな馬たちの魂が集まった結果、私の足は両利きになったんじゃないだろうか。
危うく速攻で約束を破ることになりそうだったけど、あの子たちのおかげで最悪の事態を避けることはできたから感謝だね。
「幸い、症状は軽いので完治する可能性は十分ありますが、私も屈腱炎が両足で発症するなど聞いたことがないので、治療は慎重に行うべきでしょう」
「そうですか・・・でしたら、徹底的にお願いします」
「わかりました。でしたら徹底的にやりましょう」
「・・・ん?」
なんだろう、具体的に何が『徹底的』なのかが分かんないんだけど、なんか二人がやる気に満ちているような・・・。
「おはよ~」
「「「えっ!?」」」
翌朝、教室の中に入るとクラスメイトが一斉に私の方を見て驚いた。
まぁ、そりゃそうだろうね。
だって今の私、両足にサポーター付けて車椅子に座ってんだもん。
「は、ハヤテちゃん、どうしたの?もしかして、もう走れないとか・・・?」
「あー、うん。そこまでじゃないから安心して。いやまぁ、軽いってわけじゃないけど、一応治るらしいから」
グランがめっちゃ心配そうに尋ねて来たけど、幸いそこまでではないから落ち着かせるようになだめる。
一応、屈腱炎の治療法はいくつかあるけど、私の場合は症状が軽いということもあって患部冷却によって炎症を抑えることになった。
ただし、どの程度の負荷がどのような影響を及ぼすかまでは分からないから、足の負担になるようなことは徹底的に避けることになった。それこそ、セグウェイみたいな立って乗るものすら控えるレベルで。
幸い、トレセン学園は怪我をしたウマ娘のためにエレベーターも設置されているから、車椅子でも移動に困ることはない。
「まぁでも、今年はレースは出られないかなぁ。早くても春くらいになりそう」
「でも、治るんだよね?」
「安静にしてればね。近いうちに療養休暇を貰って湯治に行くつもり」
その場合は、イッカクと2人で行くことになる。須川さんはコントレイルにつきっきりでトレーニングだ。
捻挫から回復したコントレイルが次に出走するのはG3東京スポーツ杯ジュニアステークスで、その1ヵ月後にジュニア級G1レースであるホープフルステークスに出走する予定だ。
とてもじゃないけど、私だけに構っていられる余裕はない。
そういうわけで、しばらくはイッカクが私の面倒を看てくれることになっている。
「とまぁ、こんな物騒な感じになってるけど、将来的には大丈夫だから、そこまで心配しないでも大丈夫」
「よかったぁ・・・」
「本当にね。ハヤテなら最優秀クラシック級ウマ娘どころか年度代表ウマ娘だって夢じゃないんだから、これで引退とかやり切れなさすぎるって」
「いや~、それはどうだろうね」
競争ウマ娘の一つの目標として、年末にURAから1年を通して活躍したウマ娘に送られるURA賞というものがある。
最優秀ジュニア級や最優秀クラシック級などいくつかの部門に分けられていて、それらを総合して最も活躍ウマ娘は年度代表ウマ娘に選ばれる。
これらの賞を送られることはウマ娘にとってこの上ない名誉で、それこそ『その年の最強のウマ娘』の基準でもあるものだ。
たしかに、私はクラシックで二冠を達成して、その中の菊花賞でワールドレコードを達成したけど、先輩にはあのアーモンドアイ先輩がいる。
今年はまだ3回しかレースに出てないけど、その3回すべてがG1で、私の皐月賞の前に開催されてドバイターフとつい先日開催された天皇賞秋で優勝している。12月には香港カップに出場するし、その成績次第では年度代表ウマ娘に選ばれる可能性が高い。
ついでに言えば、アーモンドアイ先輩の1つ上の世代にいるリスグラシュー先輩も、宝塚記念とオーストラリアで開催されたコックスプレートに勝利していて、有馬記念への出走も表明している。この有馬記念に勝てばアーモンドアイ先輩と並ぶ年度代表ウマ娘の最有力候補の1人になるだろう。
そこに私が並べるかというと、まだ今の時点ではわからない。
私の今年の戦績は皐月賞と菊花賞の2勝で確定だけど、先輩2人はG1レース3勝となる可能性が高い。
我ながら最優秀クラシック級は間違いないと思っているけど、年度代表まで選ばれるかはまだわからない。
もちろん、だからと言って先輩方の敗北を望むようなことはしないけどね。
「そういえば、ハヤテってたしか後輩がいたよね?たしか、コントレイルって娘」
「うん、そうだね」
「その娘は大丈夫なの?心配されたでしょ?」
「あーね・・・」
そりゃあ、めっちゃ心配された。なんなら私以上に狼狽えていた。
一応、ちゃんと安静にしてれば治るって重ねて伝えたけど、それでも不安なものは不安なんだろう。
でもまぁ・・・
「んー、たぶん大丈夫だと思う」
「本当?」
「ちゃんと励ましておいたから。あくまで“たぶん”だけどね」
* * *
その日の午後、私はトレーニングに参加できないけど、様子は気になるってことで少し離れたところから須川さんの指示でトレーニングをしているコントレイルを眺めた。
1ヵ月後にレースを控えているってのもあるけど、今までと比べても気合の入り方がぜんぜん違う。鬼気迫る、ってほどではないけど、限りなくそれに近い状態だ。
「うん、やっぱり心配はなさそうかな」
「ハヤテちゃんの応援のおかげだね」
イッカクもそう言いながら微笑んでいる。
昨日、病院から戻って今の姿でコントレイルと合流したら、めちゃくちゃ狼狽えて私のことを心配してくれた。
もちろんそれは嬉しかったんだけど、下手したらトレーニングに身が入らなくなりそうなレベルで動揺してたから、ちゃんと治るってことを念を押して伝えたけど、それでも不安そうな表情のままだった。
だから、ちょっとベクトルを変えて励ますことにした。
『まぁ、こんな感じになっちゃったけど、私の方は大丈夫だから。心配しなくていいよ』
『でも・・・』
『コントレイル、ちょっとこっちおいで』
突然のことでちょっと困惑しながらコントレイルが近づいてきたところで、私はコントレイルの両肩に手を置いて目を見ながら話しかけた。
『私はあのレースで、最強を証明してきた。だから次は、コントレイルの番』
『僕の・・・?』
『そう。私の代わりに、今度はコントレイルが最強を証明してきて』
『!』
私の発破に、コントレイルはハッとした表情で私の顔を見つめ返した。
コントレイルは、私が今のクラシック世代で一番強いと感じたからこそ、須川さんのところに逆スカウトをして加入した。
それなら、私がこうして走ることが出来ない今、今度はコントレイルが自分の選択が間違いでなかったと証明する番だ。
『・・・わかりました』
力強く頷き返したコントレイルの眼から、迷いや不安は消えてなくなっていた。
それでも念のためこうして様子を見てみたけど、本当に心配はなさそうだ。
「それじゃあ、私たちは私たちで湯治の温泉旅館でも探そっか」
「そう言うと思って、いくつか良さそうなところをまとめておいたよ」
「おっ、話が早いねぇ」
イッカクのこういうところが本当に頼りになる。
それにしても、イッカクと二人で温泉旅行か。
・・・ん?イッカクと二人で?温泉旅館にお泊り?
両足屈腱炎の話は、完全に自分の想像です。大枠はあながち間違っていないと思いたい。
描写はないですけど、実際エレベーターくらいあってもおかしくなさそう。
自分が通ってた中学校にもそういう生徒のためにとエレベーターがあったんで。まぁ、もっぱら階段上りたくないめんどくさがりが使ってましたが。