たぶん今回限りの登場になりそうな感じです。気が向いたら、あと1,2回くらいは出るかも。
「・・・どうしよっかなぁ」
あのマッドとお泊り会をしてから数日後、やっと手に入れた約束された平和な日々を過ごしながら今日もイッカクと一緒にトレーニングへと向かっている道中のことだった。
現在、ちょっと困って・・・いや、言うほど困ってるわけじゃないけど、ちょっとどうすればいいのか悩む事態に直面した。
まぁ、今の私はリンゴジュースを片手にベンチに座ってくつろいでいる状態だから、そんな私を見て困っているなんて思う人はいないだろうけど、まぁわりと本気でどうすればいいか悩んでいる。
「あれ、ハヤテ先輩?どうしたんですか?」
すると、校舎の方からコントレイルが走ってきた。
こうして待ち合わせ以外で鉢合わせるのは珍しい。というより、基本的に待ち合わせしていることがほとんどって言った方が正しいんだろうけど。
「やっほー、コントレイル。いやね、ちょっとどうしたものか悩んでて」
「悩むって、何をですか?そういえば、イッカク先輩は?」
「あそこ」
そう言って、私はリンゴジュースでイッカクがいる方向を示した。
「「・・・・・・」」
そこでは、イッカクともう1人の白毛のウマ娘が、ただひたすらジッとお互いの顔を見つめ合っていた。
なんというか、「目を逸らしたら殺される・・・!」とでも言わんばかりの気迫を感じる。私が勝手に感じてるだけだけど。
事の発端は、いつも通りイッカクと一緒に須川さんのところに向かっている時のことだった。
『今日は何をやるんだっけ』
『忘れちゃったの?今日は・・・』
そう言いかけたイッカクが、ふと正面を見て足を止めた。
いったい何だろうと私も視線を正面に向けると、白毛のウマ娘が立ち止まって私たちを、というよりイッカクの方をジッと見つめていた。
私もイッカクも初対面だけど、それでも名前と容姿に何となく覚えがあった。
めちゃくちゃ規模がデカい中央トレセン学園といえど、白毛のウマ娘は数えるくらいしかいない。
たしか、今年の新入生にレース志望の白毛のウマ娘がいるって噂を聞いた気がするけど、入学式はまだ先だからその後輩じゃない。
となると必然的に先輩になるわけだけど、
『あの、どうしたんですか?』
『・・・』
イッカクの質問に白毛の先輩は答えず、ただ黙りながら静かにイッカクとの距離を詰めて行って、もうお互いに顔の部分しか見えないんじゃないかってくらいまで近づいて静止した。
『えっと・・・?』
『・・・』
困惑するイッカクを余所に、白毛の先輩はただただイッカクを間近で見つめるだけ。
そして、いつしかイッカクも黙って先輩の顔をジッと見つめるようになって、今に至るというわけだ。
「それで“どうしよっかなー、話しかけた方がいいかなー、でも傍から見てると面白いしな―”って感じで放置した結果がこれ」
「いや、普通に間に割って入ればいいんじゃないですか?」
「それもそうだけどさ、何を考えているか分からない先輩に話しかけるのってけっこう勇気が必要じゃない?」
「ハヤテ先輩なら今さらだと思いますけど」
そりゃあ会長とディーさんのおかげで胆力は身についた方だけど、それでも初対面の先輩に気さくに話しかけられるほどコミュ力はないのよ。
「それにしても・・・あの先輩って誰なんですか?」
「あの人はハッピーミーク先輩。さっき調べたから、まず間違いないと思うよ」
ハッピーミーク先輩は中央でも珍しい白毛の競争ウマ娘だ。
何かレースで華々しい成果を出したってわけじゃないけど、あの人はあの人で化け物じみたスペックを持っている。
それは、レースに必要な適性をすべて持っているということ。
芝とダートの両刀はもちろん、距離も短距離から長距離までお手の物という、割とイカれた適性を持っている。
ここまでいろんな条件を高い水準で走れるウマ娘は他にいない、知る人ぞ知るパーフェクトオールラウンダーが彼女だ。
いやまぁ、まさかあんな無口で何を考えているか分からない先輩だったとは思わなかったけど。
「それで、どうするんですか?」
「とりあえず、さっき須川さんに連絡したらハッピーミーク先輩のトレーナーさんと一緒に来るって言ってたけど・・・」
いつ来るかまでは分からないんだよねぇ。
とはいえ、いつまでもオロオロしてるのは私の性分じゃないから、せっかくだしいつになったら動き出すが観察してようってなったのがさっきまでの私なわけだけど。
連絡してからそれなりに時間が経ってるし、そろそろ動きがあるか須川さんたちが来ると思うんだけど・・・
「すまん、待たせた」
「すみません!遅くなりました!」
ちょうどその時、須川さんと一緒に初めて聞く女性の声が聞こえてきた。この女の人がハッピーミーク先輩のトレーナーさんかな?
「ミークがすみません!ほら、離れてください!」
「あぅ・・・」
あ、ハッピーミーク先輩がちょっと喋った。うめいたとかそれくらいのレベルだけど。
にしても、あのトレーナーさんすごいな?背後からガシッとハッピーミーク先輩を掴んだかと思うと、そのままずるずると力任せに引きずっていった。本気で抵抗していたわけじゃないとはいえ、ウマ娘の力に対抗できるってマジか。
それはさておき、ハッピーミーク先輩は連行してもらったということで、こっちもイッカクを正気に戻らせるか。
「イッカク~、意識は戻ってる~?」
「・・・はっ、えっと、ハヤテちゃん?うん、大丈夫」
軽く意識飛んでんじゃん。どんだけ集中してたんだよ。
軽く呆れていると、ハッピーミーク先輩のトレーナーさんがペコペコと頭を下げて謝罪した。
「クラマハヤテさんですよね?ハッピーミークのトレーナーの桐生院葵と言います。すみません、ミークが迷惑をかけてしまったみたいで・・・」
「あー、いえ、気にしないでください。ぶっちゃけ見てる分には面白かったので」
「それはそれでどうなんだよ」
「あぅ」
私のぶっちゃけに須川さんが私の頭に軽くチョップをした。え~、別にそれくらいはいいじゃん。
それはそうと、今のうちに聞いておいた方がいいかな。
「それにしても、ハッピーミーク先輩はなんでイッカクに絡んできた・・・んですか?」
果たしてあれを“絡んできた”と言っていいのかは分からないけど、行動だけ見ればそう見えなくもないから絡んできたってことにしておこう。
先輩が絡んできた理由は、やっぱり白毛同士のシンパシーとかからだろうか。あるいは、他に何か理由があったりして・・・
「・・・蝶々を追いかけてたら、偶然見つけて・・・それで、なんとなく・・・」
「えぇ・・・?」
理由がふわっふわすぎるなぁ。何だったら先輩が追いかけていたチョウの方がまだ質量を感じるんじゃない?
もしやこの先輩、“何を考えているか分からない”系を装った“実は何も考えていない”系女子だったのか?
いや、もしかしたら前から興味はあったのかもしれないけど、にしたってきっかけが軽すぎるなぁ・・・。
「すみません。ミークは昔からこのような感じでして・・・」
「その、大変ですね・・・?」
「こういうところが可愛いんですけど・・・」
「あ、はい、そうですね・・・?」
可愛い、か?ちょっと反応に困る、かなぁ・・・?
「はぁ・・・お前の初めての担当だから気持ちは分からんでもないが、あまり甘くしすぎるなよ」
「そう、ですよね。すみません、先輩・・・」
「あれ、2人って知り合いなんですか?」
そう言えば、さっき連絡したとき「ハッピーミーク先輩っぽい人が~」って話したら、けっこう早い反応で先輩のトレーナーに連絡するって言ってたような。
「あー、それはだな・・・」
「実はですね、私がトレーナーになったばかりの頃、担当が見つからなくて悩んでた時に須川トレーナーがアドバイスをくれたんですよ!『結果を残そうとして強いウマ娘をスカウトできないなら、結果を残せなくても互いに悔いを残さないようなウマ娘を見つけろ』って」
「やめろ、今思えば最低としか言いようがない言葉を真に受けないでくれ」
あーこれ、須川さんがめっちゃ渋い顔をしてるあたり、さては調子に乗ってた頃の話だな?
まぁ、受け取り方によっては煽ってるようにしか聞こえないし、これは嫌われてもおかしくはないかぁ。
不幸中の幸いなのは、桐生院さんにとってはまぁまぁいい感じに受け取ってもらえたってことかな。そこまで追い込まれていたと言うべきか、実はちょっとポンコツだったと言うべきかどうかは別として。
すると、イッカクがふと疑問を投げかけた。
「あれ、でも新人ならサブトレーナーから始めるのが普通じゃないんですか?」
「こいつの実家は名門のトレーナー一族だからな。新人でも担当を取ってこそ、っていうのがあったんだと」
「はぇ~、トレーナーもトレーナーで大変なんですねぇ」
私が今まで会ったトレーナーってバリバリエリートの東条さんといろいろとアレな沖野さんだから、その辺の事情とかは知らなかったけど、そういうのもあるんだねぇ~。
「そういうわけで、新人だったときにお世話になったんです。ですけど、その、須川さんがトレーナー業から遠のいてしまった時は、私は何もできなくて・・・」
「あれはどうしようもない流れだったし、俺にも非はあった。『自分は何もできなかった』なんておこがましいこと言ってんじゃねぇよ・・・おい、ハヤテ。なんだその顔は」
「べつに~?」
昔の須川さんにも慕ってくれる後輩がいたんだ~、なんて思ってはいるけど、口には出さないでおこう。藪蛇になりそうだし。
一応、東条さんと沖野さんも当時は須川さんの味方だった感じの雰囲気はあったけど、どちらかと言えば何が起こっていたのかを理解した上で割り切った様子だった。
それに対して、桐生院さんは須川さんを排斥する流れに納得がいってない感じだ。あるいは、桐生院さんが励ましと受け取ったエピソードを話したとして、それが排斥の流れを加速させた可能性もあるし、それを負い目に感じているってこともあるかもしれない。
そんなことを考えてニマニマしていると、今度はハッピーミーク先輩がおもむろに桐生院さんに抱きついた。
「むぅ・・・」
「ありゃりゃ、須川さんに取られちゃうって思っちゃったのかな」
「んなことするかっての」
あーなるほど、これはたしかに可愛いかもしれない。
もうちょっとからかってみたい気持ちもなくはないけど、さすがに先輩が相手だし遠慮しておこう。
「そんなことよりも、さっさとトレーニングを始めるぞ」
「あー、そういえばそうだった」
「はっ、すみません!余計に時間を取らせてしまって!」
「いえ~、気にしないでください。面白い話もできたんで」
そんなこんなで、この場は解散となった。
にしても、ハッピーミーク先輩か。イッカクとの反応が面白かったし、機会があればまた会ってみたいな。
本当はソダシを出す手もなくはなかったんですが、一発屋にするにはあまりにももったいなかったのと、この時点だとまだデビューすらしていなくて絡みが思い浮かばなかったので、無難にハッピーミークにしました。