ただ走りたいだけ   作:リョウ77

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恋って何味?何色?

あれから数日。須川さんがやってくる約束の日になった。

ここまでくると私も矯正した走り方にだいぶ慣れてきて、特に意識しなくても勝手にそのフォームになってるくらいには染みついた。

今は、須川さんに私の走りを見てもらっている。

 

「どうでした?」

「・・・限りなく完璧に近いな。たしかに1週間で違和感を消せるようにしろと言ったが、ここまで仕上がってるのは予想以上だったな。その調子だと、随分と走りこんだんじゃないか?」

「ですねー。空いてる時間はずっと走ってた気がする」

 

最初はなかなか違和感が消えなくて、軽くムキになりながら走ってたんだけど、違和感が消え始めてからも最初の感覚のまま走りこんでて、いつの間にかスポーツウォッチの走行距離が数百㎞とかになってた。

我ながら、ちょっと反省してしまったね。イッカクからも走り過ぎだってちょっと怒られちゃったし。

競争ウマ娘は体が資本なんだから、ちょっとは自分の身体を労わらないと。

まぁ、内心では動いた分ちゃんと食べてるから別にいいじゃんって思ってるけど。

 

「それはそうと、イッカクの嬢ちゃんとはどうだ?」

「ぶっ飛ばしますよ?」

 

思い切り蹴りたい、そのニヤニヤ顔。

ちなみに、今この場にイッカクはいない。スポーツドリンクを買いに行くように須川さんが言ったけど、ぜったいこのことを聞くための方便だよね。

ていうか、そうやって須川さんがイッカクをこき使ってるから変な噂が流れるんだよ。

 

「で?実際のところはどうなんだ?」

「一言で言うと、重いです。どっかの誰かが焚きつけたせいで」

 

最近、マジで寝てないんじゃないかってくらい私のトレーニングの準備とかしてくれてる。データの整理とかね。

真剣に私のトレーニングの面倒を見てくれるのは本当にありがたいんだけど、それに厄介者払いは含まれてないと思うんだ。

ビクトメイカーの働きかけがあったのか、突っかかってくるようなウマ娘はあまりいなかったけど、それでもやっぱり0というわけにはいかなくて、文句を言いに来た娘もいた。

そのたびに目から光を失くしたイッカクが威圧してくるもんだから相手の方は完全に怯えちゃって、傍から見てて可哀そうに思っちゃった。

そのおかげで、わずかに残っていたやっかみもなくなったけど、その代償に友達もいなくなった。いや、私は別に元からいなかったけど、イッカクからもクラスメイトが遠ざかったもんだから、クラスで浮くようになっちゃった。今じゃすっかり孤立ルートまっしぐらだよ。

イッカクの私一筋なところも改善の見込みはないし、どうしようもない。

その点に関しては諦めてるから、せめてもの抵抗としてなるべく一緒に走るようにしてる。イッカクにも走ることの楽しさが伝わればそれでいいし、伝わらなくても身体能力の低下を抑えることはできる、と思う。

せめて、イッカクには走ることをやめてほしくはないな~。

・・・なんか、ここ最近ずっと同じことばっかり考えてる気がする。

まぁ、あれだね。イッカクが私のことを考えてくれてるように、私もイッカクのことを考えてるってことかな。これってもはや相思相愛になるのでは?

いや、そりゃあ私は前世が男だったからあまり男性は恋愛対象にならなかったけどだからといって女性とお付き合いしようと思うと世間体とかいろいろと問題になるしだからといって今さら男性と付き合おうってのも気が引けるっていうかそもそも今世では初恋なんてまだだしっていうか人付き合い自体がほとんどなかったから今さら“好き”って感情がどういうのかもわからないしだったら生涯独身の方がいいのかもしれないけどそれはそれでお母さんに申し訳ないしだったらイッカクから告白された方がいいのかなでもイッカクの好きは憧れみたいなものだろうし告白されるのを待つのって負けヒロインの定番だしだったら私の方から告白した方がいいのかなでもでもでもでもでも・・・

 

「おーい、生きてるかー?」

「須川さんはウマ娘同士の恋愛についてどうおかんがえですか!?」

「なるほど、お前さんが錯乱してるのはよ~くわかった。どっから発想が飛躍したんだ?このむっつり」

「だっ、誰がむっつりですか!!」

 

これでもピュアな方だよ!たぶん!

 

「まぁ、生産性の有無を別にすれば、いいんじゃねぇの?少なくとも、俺はお前さんとイッカクの嬢ちゃんがそういう関係になっても口は出さねぇよ」

「いや、別にイッカクとはそういう関係じゃなくてですね!あくまでもしかしたらってだけで決してそう言う邪な気持ちは持ってないんです信じてください!」

「どーどー、落ち着け落ち着け。またヒートアップしてんぞ」

 

おっと、つい興奮してしまった。

 

「ほら、深呼吸して落ち着け」

「すー、はー・・・はい、落ち着きました」

「相変わらず切り替えが早ぇな」

 

まぁね、切り替えの早さには自信があるんで。

 

「んで?結局どういうことなんだ?」

「えっとですね、私もイッカクがいろいろと手伝ってくれるのは嬉しいんですよ。そりゃ重く感じるときもありますけど、基本的に善意ですから嫌がる理由もないですし」

「そうだな」

「でも、今のイッカクって、私以外の何もかもを切り捨てようとしてて、私はそれが嫌なんですよ。クラスメイトや友達、走ることさえ捨ててまで私のことを支えてほしいなんて思えないし、思いたくないんです」

「そうか」

「だから、私もイッカクに何かできることがあるならしてあげたいんですよ。私のために何かを捨てるんじゃなくて、必要なことまで捨てずに一緒に頑張っていきたいんです」

「・・・そうか」

「で、これって実は相思相愛になるんじゃないかって思って」

「いや、そうはならないだろ」

「なってるじゃないですか」

「発想が飛躍しすぎだ。どっからでてきたその発想」

「だって、イッカクは私のことを考えてくれていて、私もイッカクのことを考えてるんですよ?これって相思相愛になりません?」

「いやならねぇよ。よしんばなったとしても浅ぇよ。発想が恋愛経験0のオタクみたいになってるぞ」

 

恋愛経験0はともかく、オタクってひどくないですか?もののたとえにしても、もう少し他にあると思うんですよ。

いやー、違ったのかなー。我ながら的を射た考えだと思ったんだけどなー。

やっぱり、人付き合いって大切なんだなー。

 

「・・・まぁ、たしかに責任の取り方としてはあながち間違いじゃないかもしれんが、それにしたってもっと他にあるだろ。そもそも、お前さんとイッカクの嬢ちゃんでそんな関係が成り立つと思うのか?」

「そりゃあ・・・難しいでしょうね」

 

今のイッカクであれば、私が「付き合おう」って言っても「私とハヤテちゃんじゃ釣り合わないから」とかなんとか言って断る可能性が高い。

仮に付き合うことになったとして、それはあくまで“私が言ったからそうした”にすぎなくて、イッカク自身の気持ちは丸々無視することになる。

そんな関係なんて、すぐに破綻するのが目に見えてるし、何より私が納得できない。

なにか、イッカクを“クラマハヤテ”という呪縛から解放できるような、そんな()()がほしいところだね。

 

「・・・須川さんは、イッカクが吹っ切れるような“何か”が中央にあると思いますか?」

「わからん。わからんが、ここにいるよりはマシかもな。あるいは、お前自身がその“何か”かもしれんが、きっかけは多いに越したことはない、か。よし、ちょっと無理することになるが、イッカクも中央に連れていけるように俺が口添えしてやる」

「いいんですか?」

「よくはないな。だが幸い、今のペースならクラシックまでには必要な能力は備わりそうだ。皮肉にも、お前への執着心のおかげでな。いろいろと言われるだろうが、そこはお前さんも同じだろうし頑張ってもらうぞ」

「はい。わかりました」

 

まさか、こんなところで中央に行く決心がさらに固まることになるなんてねー。

 

「それで、実際どうなんです?そういうのってあるんですか?」

「けっきょく聞くのかよ」

「それはそれ、これはこれです」

 

やっぱり興味はあるんだよね。甘酸っぱい青春とかドロドロの関係があったりするのかな?

 

「引退した面々ならなくもない、って程度だな。現役だと恋愛にかまけてる暇なんざほとんどないし。でもな、さすがに同性愛なんていうマイノリティはほとんどいないぞ?友人としてのスキンシップがほとんどだろうな」

「まー、ですよねー」

 

期待してたわけじゃないけど、まぁそんなもんだよね。

 

「あー、だが、トレーナーに対して恋心を抱く、って話はいくつかあったかな」

「えっ!?」

 

なんと!教師と生徒の禁断の恋愛が!?

それはなんともそそられる話だろうか。

もしかしたら、私もそういうことが・・・

 

「いや、ないか」

「おう。俺の顔を見てなんて言いやがった?」

 

いやだって、私は中年のおっさんにときめくような嗜好は持ってないし。

改めて見ると、どうせならもっと若い人の方がよかったなー。

 

「うし、お前が失礼なことを考えているのはわかった。どうせだ、とびっきりキツイスケジュールを組んでやるから覚悟しろよ・・・!」

「うわー、大人気なーい」

 

それがいい歳した大人のやることかよ。

 

「すみません、遅くなってしまいました」

 

そんなところに、ちょうどいいタイミングでイッカクが戻って来てくれた。

よし!これはチャンス!

 

「イッカクー!須川さんがいじめようとしてきたー!」

「・・・本当ですか?」

「へ?あ、おい!人聞きの悪いことを言ってんじゃねぇ!」

「え~?トレーニングのスケジュールを思い切りキツイのにするって言ったじゃーん」

「それはお前が俺に失礼なことを言ったからだろうが!」

「須川トレーナー、それはあまりにも大人気ないですよ」

「あ!?クソッ、嵌めやがったな!?」

「嵌めたって、なんのことですか?失礼なことも心当たりがないですね」

「コイツ・・・!」

 

へっへーん。私をいじめようとしたのが悪いんだよ。

・・・まぁ、答えを出すのはまだ後でいいかな。

後悔しないためにも、ゆっくり考えないと。

大丈夫、時間はまだあるはずだから。




この作品の投稿はおおよそ1ヵ月ぶりの投稿になりますね。
とりあえず、いろんなあれこれも落ち着いたので、元のペースに戻していきます。

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