その部屋はきれいに片づけた物置のような部屋だった。床が無機質な冷たい感じ。しかしものすごい濃い闇の魔力が部屋いっぱいに充満している。
奥の方に人が倒れていた。その人物はひどく汚れていて服もところどころ敗れている。かなり痛めつけられた様子がうかがわれる。髪の色からキース様の可能性もあるように思われた。しかし、カタリナ様にはそれが間違いなくキース様だとわかったのだろう。
「キース!」
と呼びかけるように叫びかけよっていく。
「危険かもしれないから近寄らないでください。」
とジオルド様が叫ぶが全く耳に入らないようだ。
「キース!大丈夫?しっかりして!」
カタリナ様がキース様を抱き起こす。
凄まじいばかりのどんよりとした闇の魔力がキース様を包むようにして充満している。キース様に体には細かい傷やあざがあるように思われた。血の気が引いて蒼白になっているので余計に目立って見える。
カタリナ様はキース様の口元に耳をあてる。
「生きてる!キースが生きてるわ!」
「そうか、よかった。」
ジオルド様がつぶやく。
「カタリナ様、その霞に触れても大丈夫なのですか?」
カタリナ様は、
「えつ???なにこれ?」
キース様をしばるように身体中にへびのようにどす黒いものが巻ついていてそこから闇の魔力の気配が放たれている。
「マリア、これは何なの?」
「よくわかりませんが、闇の魔力の元です。凄い威圧感を感じます。」
「だから、カタリナ、「危険かもしれないから近寄らないでください。」と言ったのに少しも言うことを聞こうとしないのですから。って言っても触れても大丈夫そうですね。」
「触れても大丈夫みたいだな。マリア、ソラ大丈夫か?」
「大丈夫です。でもちょっと近寄るのは無理です。」
「僕もです。凄い重圧感で近れよれません。」
わたしも吐き気をもよおしているが、ソラさんの額にも汗がにじみだしている。
「キースに強力な闇魔法がかけられているということだな。」
ラーナ様が確認するようにおききになる。
「そういうことです。どす黒い威圧感を感じます。」
わたしは、顔から血の気がひいているのを自覚するくらいだった。
「あの、わたし自力で眠りの魔法を解きました。もしかしたらキースにわたしの声が届いたら、キースが魔法に打ち勝つかもしれません。」
「わかった。確かに試す価値はあるな。」
「キース、キース、起きて!わたしよ、カタリナよ!迎えにきたわよ!」
カタリナ様はキース様の身体をゆさぶり、手を握って叫ぶように話しかける。
「探して迎えにきたわよ。目を覚まして!キース!」
カタリナ様の様子からキース様の反応は鈍いようだ。
「キース様、起きてください。」
「キース、起きてください。カタリナを奪ってもいいのですか?」
「キース様、起きてください。」
「キース、起きろ、ジオルド王子が義姉をうばってもいいのか?」
「ラーナ様?」
「なんだ、ジオルド王子」
「わたし自身が言うのはかまいませんが、そうやって言われるのは抵抗があります。」
「そうか、一番効果があると思ってな。ほら大事なことは二度繰り返さないとって最近の流行だろう。」
ジオルド様は何やら憮然とする。
「なんか手が冷たくなっているような気が...キース目を覚まして!」
カタリナ様の声に悲壮感が加わる。
「どうしてダメなの?なんで?ねえキース」
カタリナ様の目から涙がこぼれる。
わたしは、必死になって光の魔法をかけるが好転するようすがない。
「もしかして闇の魔法が強すぎて自力で解けないのかもしれません。」
わたしの声も悲しみでうわずる。
その時だった。力強いアルトの声が耳に入ってくる。
「それなら闇の魔法をかけた者をさがすしかあるまい。」
ラーナ様だった。
「これだけ魔力を使って何人も操ってきたんだ。何か目的があるに違いない。おそらく敵は近くにいるはずだ。わたし、マリア、ソラで探す。ジオルド王子とカタリナ嬢はキースについてやってくれ。」
ラーナ様は、微笑んでカタリナ様の頭をなでる。
カタリナ様は多少元気になられた感じで
「わかりました。お願いします。」
とおっしゃられた。
「ではジオルド王子、カタリナとキースをたのむぞ。」
ジオルド様がうなづいたのを確認すると、ラーナ様も軽くうなづいて、
「マリア、ソラ行くぞ」
とおっしゃられた。
わたしたちは、屋敷のあちこちをさがしたが、闇の魔力の使い手はみつからなかった。「ここにもいないな...。」
6か所か7か所目の部屋を確認した時だった。いきなりキース様のいた部屋の方向から強烈な闇の気配がするのを感じた。
「ラーナ様、さっきのキース様のいらしゃった場所の方向に強い闇の力を感じます。」
「僕もです。カタリナ様とジオルド様が危ないかもしれません。」
「わかった。戻るぞ。」
部屋に戻ると、ワンワンと犬の鳴き声が聞こえる。カタリナ様とジオルド様は無事だった。吠えているのはカタリナ様に抱かれた黒い子犬だった。カタリナ様のおもちになった「鏡」が熱くなってキース様を縛っていた闇の魔力のヘビを「ちぎり殺す」ことができたところ、キース様に魔法をかけた闇の魔力の使い手の少女が現れたのだという。黒い子犬はその少女が使おうと考えていた闇の使い魔だったが、カタリナ様になついているため、その少女は姿を消したのだという話だった。
「なるほど、この子犬は闇の使い魔か。まあ詳しい話は後で聞くとしよう。キースにかかった闇の魔法も解けたことだし、ここに長居は不要だ。」
黒い子犬はカタリナ様にすっかりなついてとことことついてくる。
「この子犬、つれていっていいでしょうか?」
「ふむ。実に興味深いし、どうやらすぐに害があるわけでもなさそうだし、いいだろう。魔法省にも連れて行ってラファエルの意見もききたいしな。」
「ありがとうございます。」
しかし、もっと難題なのは、ボロボロに疲れ切っているキース様をだれが運ぶのかということだ。わたしがある程度治癒したので大きな傷こそなくなったが、鞭うたれ、闇の魔法もかけられて精魂尽き果てた様子でお休みになられて動かない。
「ああ、そうだな。こうするか。」
ラーナ様は、
「ソラ、荷物の中を開けるぞ」
とおっしゃり、食事の際の敷き布をとりだした。
「キースを載せてくれ。」
とおっしゃり、ジオルド様とソラさんが、キース様を布の上に横たえると、ぼそぼそと呪文をとなえられた。
すると布が宙に浮いた。
「おお」
「すごいですね。」
「うむ。風魔法の応用なんだ。遊び半分でやってたことが役に立つとはな。」
「あの、ラーナ様」
「なんだ?カタリナ嬢」
「私の前世の記憶で、人や物を載せて高く素早く飛ぶ「魔法のじゅうたん」という道具の話があるんです。」
「そうか、高く上げて、早く飛んでいくのか。おもしろそうだな。しかし、カタリナ嬢の前世って、魔法の代わりに「かがくぎじゅつ」が使われているんだろう。なのに魔法の話が多いんだな。行くことが出来たらおもしろいな。」
「はい。」
「とにかくその「魔法のじゅうたん」は、面白いし、すごく便利だな。うん、わかった。魔法省で考えてみよう。」
「といってラーナ様、夢中になりすぎて書類仕事のほうをおろそかになさらないでくださいよ。ラファエル様だから魔法道具研究室の仕事がなんとかなってるんですから。」ソラさんがくぎをさす。
「わかった、わかった、書類の決裁はもどったらすすめるよ。」
キース様を載せた「じゅうたん」をもう一台の馬車にのせて、わたしたちは2台の馬車に乗って帰ることにした。