クラエス様がおっしゃるには
「わたし、決まった味を安定して出す高級店のお菓子も好きだけど個性的な味わいの手作りのお菓子もとても好きなの。屋敷のメイド長がお菓子作りが趣味で、正規の食事以外でも時々分けてもらっていたの。キャンベルさんがいやでなければ作っていただけたらうれしいのだけれど。材料費がかかるならだすわ。」と上目遣いに懇願される。わたしもそんなクラエス様に対して
「とんでもないです。余った材料を使わせていただいているだけなので。それに材料を買ってきたとしてもわたしの趣味の範囲ですから。でもそのようにおっしゃってくださりうれしいです。お口に合うかわかりませんが近いうちに作ってきますね。」とお話しして笑顔でお答えする。
するとクラエス様は
「ありがとう。」と笑みを浮かべてお返事してくださった。
わたしのお菓子を食べてくださる。家族以外で私のお菓子を食べたいとおっしゃってくださったのは初めてだ。しかも公爵令嬢だ。わたしは、もううきうきして仕方なかった。わたしは寮の食堂の調理場をお借りして、さっそくマフィンをつくった。そして翌日授業が終わった放課後に少しでもおいしく召し上がっていただこうと温めなおして生徒会室へ向かおうとした。
そのとききらびやかなドレスをまとった4~5人の貴族令嬢たちに出くわしてしまった。生徒会室に早くいきたいからと調理場から生け垣をいくつかショートカットして最短距離を歩いていった結果だった。
そのうち一人は縦ロールを下げてきつい目つきをしている。令嬢たちは口元をゆがめて吊り上がった目でわたしをにらみつけてきた。そして
「話があるのだけれど...。なんで平民風情のあなたがなぜ高貴な者だけが集まる学び舎にはいってくるの?」
「ゴキブリでも金色だったら魔法学園に入れるとかありえないんだけど...。」
「どう不正をしたら生徒会にはいれるんですの?光の魔力ってあらゆるところをカンニングできるということかしら?」
「見たことないわね。髪の毛でも輝くのかしらね。」
「非常にめざわり。そこにはいつくばっていなさい。」
わたしは逃げようとしたが先回りされた。
「それは何を持ってるのよ。」
「あ...これは、生徒会の皆さんに召し上がっていただこうと作ったお菓子で...。」
と正直に答えてしまった。令嬢たちの顔色がさっきよりも朱を注いだようになった。嫉妬を含んだ激しい怒りの表情だ。令嬢はバスケットを殴りつけるようにわたしの手から叩き落した。バスケットからマフィンがこぼれるように芝生にころがる。
「あるかどうかわからない魔力を持ってるからといってちやほやされて。なんであなたが生徒会にはいれるの?それにあなたのような賤しい身分の者がつくったこんな貧相なもの生徒会の皆様に食べさせようとか何を考えているの?分をわきまえなさい。」
そう叫ぶとその令嬢はマフィンを踏みつけようとした。
その時だった。生け垣からガサっと音が聞こえたかと思うと見慣れたドレスを着た令嬢がわたしをかばうように、背をさらして立ちはだかる。
「何してるの!」
凛とした響く声。青と白を基調としたドレスの背に流れる茶色の美しい髪。
「カ...カタリナ・クラエス様....。」
わたしをいじめ、マフィンを踏みつけようとした令嬢が呆然とつぶやく。
わたしも驚いたが、くだんの令嬢たちは、もっと驚いていたようだった。
「キャンベルさんのバスケットを叩き落としたんでしょう。心を込めて焼いてくれたものを!そんなことゆるされると思ってるの!」厳しい声。ふだんのカタリナ様とは違っている。
令嬢たちは青くなった。公爵令嬢で第三王子の婚約者。いじめなどという不祥事が王子の耳に入るならただではすまない。
「申し訳ありませんでした。」
令嬢たちはスカートのすそをつまんでそそくさと走り去っていった。
わたしはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、そういえば生徒会室へ行かなければと思いだした。
ふとみるとクラエス様がマフィンを拾ってくださっている。
「クラエス様、落ちたものを拾われるなんて恐れ多いです。」
「気にしないで」
とわたしにほほえみかけ、そのうち一つを口にパクリと口に入れた。
クラエス様は次の瞬間、満面の笑みをうかべる。
「おいし~いい」
ほおを手で支えるようにして、幸せそうに顔をふるわせた。
クラエス様は、次から次へとマフィンを拾うごとに口に入れて、そのたびに満面の笑みをうかべ、おいしいおいしいとおっしゃっている。
そしてついに完食してしまった。
わたしは、目を見開いてただただクラエス様をみつめてしまった。
クラエス様の水色の瞳がわたしの顔を上目遣いにのぞきこむ。
顔色が、やってしまった~という困り顔に変化していく。
「あ~あの、つい調子に乗って...ごめんなさい。」
突然こくりと頭を下げられた。
「いえ、食べていただこうと用意していたので、それは構わないのですが...地面に落ちてしまったので...。」
わたしの顔は戸惑ったっているんだろう。それに対してクラエス様はなぜかドヤ顔だ。
「落ちたのは幸いなことに芝生の上だったからほとんど汚れていなかったわ。だから問題なし。」
「そ、そうですか(タハハ)....」
わたしは苦笑するしかなかった。
「それにしても、キャンベルさんはお菓子作りが上手なのね。本当においしかった。香ばしい香りに、ふんわり広がる食感。甘すぎない絶妙な口当たり。すばらしいわ。プロの菓子職人にも負けないんじゃないかしら。」
クラエス様は感動して熱っぽく語ってくださり、わたしはうれしさと気恥ずかしさでほおがほてってしまった。
「ありがとうございます。」と返事するのがやっとだった。
そこへ若い男性の声がした。
「あの...ようやく見つけました。キャンベルさん、もう会議がはじまりますが...どうしましたか?あれカタリナ?なんでここに?」金髪の青年が尋ね顔でたっている。ジオルド様だ。
わたしは、「偶然クラエス様にお会いしたのでお話しさせていただいていたのです。」と答えた。クラエス様のおかげで嫌がらせが中断して助かった以上ご心配をおかけしたくなかったのだ。
「キャンベルさんに会ったのでお話ししていたのです。キャンベルさん、とてもおいしかったわ。また作ってきて。」
「はい、ありがとうございます。」
「そうですか。お菓子をたべていたんですね。キャンベルさん、さあ急いで会議にいきましょう。カタリナも会議の後お茶やお菓子もありますが...。」
「いえ、わたしは「花壇」に肥料をやらなければならないので...。」
「そうですか。じゃあ急ぎますので。また明日来てください。」
ジオルド様に連れられている間もうれしさと気恥ずかしさで顔のほてりがひいていないようだった。
「キャンベルさん、顔が赤いようですが...。」
「あの...先日お話ししたお菓子を召し上がってくださっておいしい、おいしいとおっしゃってくださってうれしくて...。」
「そうですか...カタリナは男女構わず本気でほめてくるので、みんなたらしこまれてしまって、ライバルが増えてわたしも困っているのです。キャンベルさんも気を付けてください。」
ジオルド様は少々困り顔で苦笑しながらおっしゃった。
それから毎日のお菓子を生徒会室へもっていくようになった。