カタリナ様がお答えになった。
「それが分からないことが多いのよ。わたしにはどうしても彼が根っからの悪人には思えなくて...だからもう一度ちゃんと話がしたいのよ。」
「義姉さん、危機感がなさすぎでは?」
「カタリナ、君は死ぬかもしれなかったのですよ。」
「ほんとお前はおひとよしだな」
キース様、ジオルド様、アラン様がおっしゃり、口には出さないがメアリ様とソフィア様は心配顔だ。
「そうですか...実はわたしも足を鎖でつながれている以外は特にひどいことをされてはいません。それどころか決まった時間にきちんとした食事まで運んでくれました。おっしゃるように本当の悪人ではないとわたしも思います。ただ会長は闇の魔力と思われる特別な魔力を持っていてそれに引っ張りまわされているように思えるのです。」
「やっぱりマリアには彼の特殊な魔力がわかるのね。」
とたずねられる。
「カタリナ様にもわかるのですか?」
「話には聞いているけどわたしにはわからないの。でもマリアにはわかるのね。」
わたしはしっかりうなづいてみせる。
「あのお昼休みの時に令嬢たちにもあの日の会長にも黒いかすみのようなものがかかっているのが見えました。そして今も会長の周りには黒いかすみがむしろ以前よりもどす黒い感じでまとわりついているように見えるのです。」
カタリナ様も皆様もジオルド様を除いてなにやらとまどった表情だ。
「以前よりもどす黒い感じでまとわりついている?」
「はい。内側からあふれ出るような感じなのです。会長をとりこもうとしているようにすら見えます。」
溜息が聞こえる。本当はカタリナを止めたいけどしかたがない、という雰囲気だ。
わたしは、生徒会の皆さんのあきらめの雰囲気に便乗させてもらうことにした。こういうときこそ光の魔力を持つ者として皆さんの役に立たねばならない。
「私も行きます。」
「マリアは、ずっと閉じ込められていたんでしょう。学園に戻って体調を診てもらわないと。」
「いいえ、わたしが行かなければ会長の不思議な魔力を見極められないんですよね?」
皆さんは、うなづかざるを得ないという気持ちとここまできて引き返せない、仕方がないという空気になっている。
「ですので、わたしも行きます。ダメだと言われても意地でもついていきます。」
「マリアさん、わかりました。光の魔力をもつあなたでなければここは突破できないでしょう。ぜひお願いします。」
いつもはカタリナ様を止める側が多いはずのジオルド様なのに、これは何かご存じだなと感じた。
すぐ行けると思ったが、地下へ続く階段があり、細くて暗い廊下が続く。
「暗いですね。明かりをつけましょう。」
ジオルド様は手を前にだしてその手に小さな炎ができる。
「こうみると「かいちゅうでんとう」のようですね。」
とカタリナ様が口にする。
「カタリナ様の前世物語ですね。」
ソフィア様が応じて、
「そうなの...。」と苦笑するカタリナ様。
「ここにきてもロマンス小説の話か...のんきだな。でもそれくらいでないとな。」
アラン様が苦笑する。
数分ほど歩くと再び扉がある。
「ここですね。」
ニコル様が目配せする。
ジオルド様とアラン様はうなづき剣をとる。
「開けるぞ。」
不気味さと対照的とさえいえるキイと軽い音で扉が開くと、部屋の中には鍾乳石のようにろうそくが林立していた。薄暗い部屋の壁には闇の魔力の呪文だろうか、まがまがしい文字のようなものがぎっしりと書かれているのがろうそくの明かりで浮かび上がって見える。
部屋の中央には会長がいた。疲れきったような顔をしている。
「どうしてお前がここにいる?」
それはカタリナ様に向けられた言葉のようでふだんの会長とは思えないドスの効いた声だった。それに対しカタリナ様は
「眠りづつける魔法が解けたので」
とあっけらかんとお答えになる。
「そうじゃない。魔法が解けたのはわかっている。あんな目にまであってまで、どうして僕の前にわざわざ姿を現したんだ?」
「なんだ、そう意味ですか?それほどひどい目にあわされたとは思っていないので。」
「お前、自分がされたことがわかっているのか?」
「はい。闇の魔法で眠らされたんでしょう。」
「そのとおりだ。それで僕はお前の命を奪うつもりだったんだ。」
「う~ん、それは嘘ですね。」
「?....嘘だと....。」
「そうです。あそこでは誰も見ていなかった。犯人を悟らせないだけだったらそこで殺してしまってもよかったはずです。変死でかたづけられますから。」
会長はだまってしまった。そうだ。眠らせるだけだったら足がつくかもしれない。彼の良心が許さなかったに違いないのだ。
「わたしがここに来たのは会長ともう一度ちゃんと話をしたかったからです。」
「....はなし...?」
「そうです。人一人殺そうとする人が、あんな苦しそうな悲しい顔で泣いたりしないでしょう。だからもう一度話を聞かせてほしかったんです。」
すると会長の顔が大きくゆがむ。わたしがやさしい言葉をかけた時とそっくり同じ反応。
「この偽善者め!それでほかのやつらのように僕をすくってくれるとでもいうのか聖女カタリナ・クラエス!」
「聖女?わたしがですか?それは無理です。わたしはただの「あくやくれいじょう」でしかないから人を救うなんてできないわ。マリアならともかく。」
「カタリナ様!///」
「あ、ごめん。」
さすがにこんな状況でわたしにのろけないでほしいと感じた。一方で、会長は口をぽかんとあけて言葉が出ない様子だ。
「なあ、「あくやくれいじょう」ってなんだ?」
アラン様が聞く。
「ソフィア様どうですか?」とメアリ様。
「ロマンス小説にたまにでてくる吊り目の女性で、主人公を貶めるずるがしこい登場人物ですがカタリナ様とは対極です。」とソフィア様が答えている。
カタリナ様はつづける。
「ええと、わたしは、聖女じゃないから人は救えないけど....そばにいることはできる。苦しいとき、悲しいとき、つらいときには話をきいて元気が出るまでずっとそばにいるわ。」
これはけっこう重みのある言葉だと感じる。わたしと違った意味で努力を重ねてきた人でないと言えない言葉。さらにカタリナ様は会長に近づいて驚くべき言葉を告げる。
「だから一人で泣かないで、ラファエル」
会長の目からは涙が堰を切ったかのように流れる。
わたしはこれが会長の本来の名前、何かの復讐を誓うために変える前の本当の名前だということを悟る。カタリナ様が会長に手を伸ばす。そのときだった。わたしの脳裏に会長の心の中の葛藤の声が聞こえてくる。
『何をしている。こんな奴の言うことなんか聞くな。むしろ油断して近いづいてきているから人質にして逃げるんだ。』
『そんなことはしない。僕はもう復讐なんてしない。』
『何だと。』
『それから、お前は誰だ?』
しばらく時間がたち、
『気づいたか....』との低いつぶやきが聞こえる。
そうして会長の影からむくむくと黒々とした人影が現れる。わたしは瞳孔が広がるのを感じた。
その人影は黒いローブをまとった男だった。その男は口元をゆがめて会長を見下ろしている。
『ずっと僕のふりをしていいようにあやつっていたんだな。お前こそ実行犯じゃないか』
『お前の望みをかなえるために手を貸してやっていただけだ。』
『確かに僕もあいつらをひどく憎んだ。でも僕が生き残ったのは復讐のためなんかじゃない。』
後で、会長に聞いた。お母さんの最後の言葉は「生きて幸せになって。愛しているわ。ラファエル」だったと。
『幸せになるために生き残ったんだ。』
会長の手が伸びる。カタリナ様がその手を両手で包み込むようにして微笑んで会長に言い聞かせるように話している。
「もう大丈夫だから。」
と聞こえてきた。