クデュックVIP会議室。
白銀の壁に間接照明が反射し、静謐な光が空間を満たしている。
円形テーブルの中央にはクデュックのロゴが刻まれ、無言の圧を放っていた。
セリオス(綾音)「さて……これから、どう動くべきかしら。」
眼鏡越しに資料を確認しながら、綾音は思考を巡らせる。
指先が紙の端をなぞるたび、交渉の先にある利と危険が頭に浮かんでいた。
カエデ「教会側は、こちらの技術を明確に欲しています。」
カエデ「問題は、その見返りです。」
カエデ「軍事協力、情報共有……あるいは、もっと踏み込んだ要求になる可能性もあります。」
セリオス(綾音)「ええ。」
セリオス(綾音)「だからこそ、安易な技術移転は論外。」
セリオス(綾音)「まずは相手の要求範囲と本音を正確に把握する必要があります。」
カエデ「ヒナタ様のお茶会での態度は柔らかでした。」
カエデ「ですが『あやからねば』という言葉が引っかかります。」
カエデ「善意というより、戦略的判断に聞こえました。」
セリオス(綾音)「……本心が見えない相手ほど、厄介ね。」
その時、会議室のドアが静かに開いた。
白いマントをまとった若い使者が、一歩も音を立てずに入室する。
縁取りの銀糸が、照明を受けて淡く輝いた。
使者「失礼いたします。」
使者「ルミナス様の代理として参りました。」
使者「書簡をお預かりしております。」
カエデが書簡を受け取り、封を切る。
一行一行を追うごとに、その表情が引き締まっていった。
カエデ「……音響技術、衛星通信、電気魔法応用。」
カエデ「公式な対話の場を求めている、とのことです。」
セリオス(綾音)「公式、ですか。」
セリオス(綾音)「好機でもあり、同時に試されているとも言える。」
使者「特に“音の呪文道具”について、技術者と学術関係者を交えた意見交換を希望されています。」
カエデ「学術交流から入るなら、こちらも管理しやすい。」
カエデ「段階的な交渉が可能ですね。」
セリオス(綾音)「同意します。」
セリオス(綾音)「まずは聞く。」
セリオス(綾音)「その上で、条件を提示する。」
使者「承知しました。」
使者「改めて、日程調整の連絡を差し上げます。」
使者が退室すると、室内に静寂が戻った。
二人は視線を交わし、同時に息を整える。
セリオス(綾音)「カエデ。」
セリオス(綾音)「今回の件、成功すればクデュックの影響力は一段上がる。」
セリオス(綾音)「でも、核心技術だけは絶対に守る。」
カエデ「条約で縛りましょう。」
カエデ「使用範囲、守秘義務、再提供の禁止。」
セリオス(綾音)「それと、要求は技術だけに留まらない可能性がある。」
セリオス(綾音)「外交、軍事、宗教的影響力。」
セリオス(綾音)「全部、想定しておく。」
資料がテーブルに並び、ページをめくる音が重なる。
やがてカエデが口を開いた。
カエデ「親善の証として音響装置を渡した判断。」
カエデ「相当、効いています。」
セリオス(綾音)「ええ。」
セリオス(綾音)「欲望を刺激した。」
セリオス(綾音)「なら、次は主導権を取る番。」
綾音は立ち上がり、ホログラム装置を起動させた。
衛星群、通信網、防衛ネットワークが空中に展開される。
セリオス(綾音)「これが、我々の通信基盤。」
セリオス(綾音)「音の呪文道具は、単なる娯楽では終わらない。」
セリオス(綾音)「世界規模の情報基盤になり得る。」
カエデ「その分、インフラ、運用権、負担割合。」
カエデ「すべてが交渉材料になりますね。」
セリオス(綾音)「ええ。」
セリオス(綾音)「対価として、彼らの歴史、宗教文書、古代知識。」
セリオス(綾音)「文化と知を交換条件にする。」
カエデ「技術と知の相互支援。」
カエデ「教会が動いた理由も、そこにあるのかもしれません。」
短い沈黙。
綾音の指が資料の端で止まる。
セリオス(綾音)「方針は決まりました。」
セリオス(綾音)「正式交渉は受ける。」
セリオス(綾音)「条件提示型で。」
カエデ「核心情報は非開示。」
カエデ「性能概要までに制限します。」
セリオス(綾音)「それでいきましょう。」
セリオス(綾音)「相手の出方を見る。」
ペンの走る音だけが、会議室に残った。
数時間後、文書に最後のチェックが入る。
セリオス(綾音)「完成。」
セリオス(綾音)「共同開発。」
セリオス(綾音)「限定ライセンス。」
セリオス(綾音)「文化と知の交換。」
カエデ「万全ですね。」
セリオス(綾音)は窓の外、星空を見上げる。
セリオス(綾音)「……クデュックは、もう後戻りしない。」
セリオス(綾音)「次の未来へ進むだけ。」