数日後。
クデュック中央研究塔最上階。
中央研究塔の天窓からは、無数の星々と人工衛星の軌道灯が夜空を横切っていた。
塔内は静まり返り、研究者たちの緊張と集中が空気そのものを張り詰めさせている。
セリオス(綾音)「……ルミナスからの返信、来たわね。」
電子パネルに指を走らせ、受信ログを展開する。
表示された暗号通信の認証レベルは最高位だった。
カエデ「通信帯域を最大化します。
セキュアライン、確保完了。」
空間投影された映像が収束し、荘厳な議会堂の光景が浮かび上がる。
白い石柱と高い天井。
その中央に、銀の冠を戴いたヒナタが静かに座していた。
背後には司祭と評議員たちが並び、重々しい沈黙が画面越しにも伝わってくる。
ヒナタ「クデュック技術部門の皆様。
再びお話しできて光栄です。」
ヒナタ「先日ご提示いただいた三項目。
共同開発。
限定ライセンス。
文化資産の交換。
いずれも、我々は前向きに検討しております。」
セリオス(綾音)「ありがとうございます。
ご理解いただけたこと、感謝します。」
セリオス(綾音)「特に文化資産の共有は重要です。
ルミナス様が保有される聖典や古文書を保存・解析することで、知を未来へ残すことができます。」
ヒナタ「その点は議会でも高く評価されています。
ただし……一点、追加で協議したい案件があります。」
カエデ「内容をお聞かせいただけますか。」
ヒナタ「我々の技術者が、貴国から提供された“音の呪文道具”を解析する過程で、興味深い現象を確認しました。」
ヒナタ「周波数領域の変調により、一部の感情波動と記憶想起に影響が生じているのです。」
セリオス(綾音)「……音が、記憶や感情に干渉していると。」
ヒナタ「はい。
この特性は、治療魔法や精神安定処置への応用が見込めます。」
ヒナタ「そこで我々は、この分野における共同実験と臨床応用研究を、技術交換の一環として提案したいと考えています。」
カエデは一瞬だけ視線をセリオス(綾音)に向けた。
期待と警戒が入り混じった表情だった。
カエデ「未踏の領域ですね。
音響療法そのものは存在しますが、魔法干渉を伴う体系的研究は前例がありません。」
セリオス(綾音)はしばらく沈黙し、思考を巡らせた。
その目には、計算と理想の両方が映っている。
セリオス(綾音)「……ですが、音によって心を癒せる技術が確立すれば、争いそのものを減らせる可能性があります。」
セリオス(綾音)「交渉条件としても、非常に価値が高い。」
ヒナタ「倫理基準と実験範囲については、双方で厳密な合意文書を作成します。
第三者機関による監査も受け入れます。」
セリオス(綾音)「ならば承認しましょう。」
セリオス(綾音)「追加議題として“音響・感情連携研究”を正式に組み込みます。
ただし、軍事転用は禁止。
この一点は絶対条件です。」
ヒナタ「異論はありません。
我々も同じ立場です。」
通信が静かに終了し、映像は闇に溶けた。
研究塔の空気が、わずかに緩む。
カエデは椅子に深く腰を下ろし、息を吐いた。
カエデ「……正直、ここまで踏み込むとは思っていませんでした。
感情や記憶への干渉は、禁忌にもなり得ます。」
セリオス(綾音)「だからこそ、制御できる形で扱う必要がある。」
セリオス(綾音)「音は娯楽じゃない。
人の心に直接届く力を持っている。」
セリオス(綾音)「それが魔法と結びつけば、医療も教育も外交も変えられる。」
カエデ「次は現地実証ですね。
ルミナスの聖堂での観測実験……正直、楽しみです。」
セリオス(綾音)は立ち上がり、研究塔の窓辺へと歩み寄った。
眼下には光の都市クデュックが広がり、その向こうに星空が続いている。
セリオス(綾音)「ここからが本当の始まりね。」
セリオス(綾音)「クデュックとルミナス。
科学と魔法。
音と心。」
セリオス(綾音)「それらが共鳴した先に、新しい世界がある。」