それでも、誰も殺さないと決めた   作:最上 イズモ

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∅32可能性

数日後。

ルミナス王都。

聖堂内特別研究室。

 

天窓から差し込む神聖な光が、白い石造りのドームを静かに満たしていた。

空間全体は清浄な魔力で満ち、微かな聖歌の余韻が空気に溶け込んでいる。

祭壇を改造した研究用の台座には、クデュックから運び込まれた音響装置が整然と配置されていた。

 

ヒナタ「こちらが実験の会場です。

音の反響を均一に保つため、祭礼用聖堂の一部を改修しましたわ。」

 

セリオス(綾音)「静寂と反響のバランスが取れていますね。

これなら、音の変化を正確に観測できそうです。」

 

カエデ「音響観測用の魔法陣も、こちらで構築されたものですか?」

 

ヒナタ「ええ。

ルミナスの術士と工匠が協力し、魔法陣と機器が干渉しないよう何度も調整しました。」

 

セリオス(綾音)「準備は十分ですね。

では、実験を開始しましょう。

今回は音の呪文道具が、感情波動に与える影響を確認します。」

 

被験者として選ばれたのは、若き神官見習いのアシュレイだった。

彼は緊張を隠そうと微笑みながら、研究用の椅子に腰を下ろす。

 

アシュレイ「……覚悟はできています。

心を、整えます。」

 

カエデ「音を再生します。

最初は癒しの旋律です。」

 

装置が低く振動し、柔らかな弦の音色が聖堂に広がった。

音は壁に反射しながら、波紋のように空間を満たしていく。

 

アシュレイ「……不思議です。

胸の奥が、ゆっくり静まっていく……。」

 

ヒナタ「感情波動が安定しています。

記憶領域に関連する精神反応も、穏やかに推移していますわ。」

 

セリオス(綾音)「音が直接、精神構造に干渉している。

これは偶然ではありませんね。」

 

カエデ「治療への応用が現実味を帯びてきました。」

 

セリオス(綾音)「次に移ります。

今度は記憶を想起させる旋律です。」

 

音色が切り替わり、懐かしさと切なさが混じる旋律が流れ出した。

 

アシュレイ「……あ……。

姉が……昔、歌ってくれた子守唄だ……。」

 

彼の瞳に涙が浮かび、指先が震える。

 

アシュレイ「悲しいわけじゃありません。

胸が……温かいんです。」

 

ヒナタ「やはり。

音と感情、そして記憶は深く結びついています。

魔法と組み合わせれば、記憶療法として体系化できるでしょう。」

 

カエデ「同時に、危険性も無視できません。

トラウマを強制的に呼び起こす可能性もあります。」

 

セリオス(綾音)「だからこそ、運用は慎重に。

選択的再生と段階的解放を基本原則に組み込みましょう。」

 

ヒナタ「この研究、ぜひ継続を。

我々としても、全力で協力したいのです。」

 

セリオス(綾音)「ええ。

そのために、ここへ来ました。」

 

夜。

研究室のバルコニー。

 

冷たい風が聖堂の塔を撫で、星々が静かに瞬いている。

 

セリオス(綾音)「予想以上に、成果が早いですね。」

 

カエデ「音は言葉を越えて届く。

それを証明できた。

……でも、これが治療だけで終わると思う?」

 

セリオス(綾音)「いいえ。

兵器にもなり得る。

それは理解しています。」

 

カエデ「だから、制御する側に立たなければならない。

倫理を築ける者が握らなければ、技術は歪む。」

 

セリオス(綾音)「この音が、争いではなく、心を繋ぐ橋になる未来を。

私は、信じたい。」

 

翌朝。

ルミナス王宮。

 

小会議室の机上には、整然と文書が並べられていた。

 

ヒナタ「こちらが最終合意案です。

共同研究、応用分野、倫理規定、軍事転用禁止。

すべて明文化しました。」

 

セリオス(綾音)「確認しました。

クデュックとして、全項目に同意します。」

 

カエデ「これで、音を巡る協定が正式に発足しますね。」

 

ヒナタ「技術と精神が調和した協定。

歴史に刻まれるでしょう。」

 

セリオス(綾音)「ええ。

音の未来へ、一緒に進みましょう。」

 

三人は静かに署名する。

新たな時代の第一歩が、確かに刻まれた。

 

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