それでも、誰も殺さないと決めた   作:最上 イズモ

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∅33禁忌

〜クデュック・王立中央機構塔地下 第零階層研究区画〜

王立中央機構塔の最深部。

通常の研究者は立ち入ることすら許されない封印区画に、綾音とカエデは並んで立っていた。

ここには、旧時代に回収された遺物と、文明崩壊以前の理論資料が眠っている。

照明は最低限に抑えられ、足元の石床には意味を失った古代符文が複雑に刻まれていた。

どこからともなく、低く鈍い機械音が断続的に響き、空間そのものが呼吸しているかのようだった。

 

カエデ「……空気が重いですね。まるで、この場所自体が触れられるのを拒んでいるみたい。」

 

セリオス(綾音)「拒んでいるのは、技術そのものよ。

ここは“音響技術の起点”――そして、最も危険な分岐点。」

 

カエデ「音響技術の……源流。」

 

セリオス(綾音)「ええ。

この旧技術層に保存されていたデータ群には、“共鳴誘導”と呼ばれる理論が残されていた。」

 

カエデ「共鳴誘導……。」

 

セリオス(綾音)「感情や記憶を呼び起こすだけじゃない。

特定の周波数とリズムを重ねることで、思考の流れそのものを誘導する――未完成だけど、“意識への干渉”を前提にした音響理論。」

 

カエデ「……人格にまで影響する可能性がある、ってことですよね。」

 

セリオス(綾音)「“意識の上書き”。

そう呼ばれていたわ。」

 

カエデは無意識に拳を握りしめた。

ここまで来て初めて、この技術の本質が見えた気がしていた。

 

カエデ「そんなもの……絶対に外に出しちゃいけない。」

 

セリオス(綾音)「私も同意見。

でも、ルミナスとの共同研究が進めば、いずれこの層の存在に気づく。

その時、私たちが主導権を失っていたら――選択肢は無くなる。」

 

カエデ「……だから、今のうちに?」

 

セリオス(綾音)「ええ。

全データを監査下に置くか。

あるいは、外に出す情報を“偽装”する。」

 

カエデ「偽装……核心部分を隠したまま、部分理論だけを共有する。」

 

セリオス(綾音)「そう。

“共鳴”は理解できるけど、“誘導構造”には辿り着けない形で。」

 

カエデ「……冷たい判断ですね。」

 

セリオス(綾音)「生き残るための判断よ。」

 

その時、研究区画の奥で古代記録端末が淡く点滅した。

沈黙を破るように、低い駆動音が空間に広がる。

 

セリオス(綾音)「待って……何かが起動してる。」

 

綾音が操作パネルに手を伸ばすと、端末の投影面に文字列が浮かび上がった。

それは、かつてこの技術を“音神プロジェクト”として研究していた者たちの最終記録だった。

 

《この技術は音を通じて心を導く。

しかし、導く者の心が曇れば、聞く者は永遠の迷宮に堕ちる。》

 

カエデ「……警告文?」

 

セリオス(綾音)「いいえ。

これは“遺言”。」

 

カエデ「遺言……。」

 

セリオス(綾音)「完全に消すことはできなかった。

だからせめて、後の時代に託した。

正しく使える者にだけ、辿り着くように。」

 

カエデ「……未来を選ばせた、ってことですね。」

 

セリオス(綾音)「今、私たちの手の中にあるのは技術じゃない。

未来そのもの。」

 

カエデ「……綾音。

この力、どうするつもりですか。」

 

セリオス(綾音)は一度だけ目を閉じ、静かに息を整えた。

 

セリオス(綾音)「正しく使われる可能性が、一度でもあるなら。

私はそれを見届けたい。」

 

カエデ「……なら、制御する側に立つしかない。」

 

セリオス(綾音)「そう。

感情も、記憶も、意識さえ触れられる“音”を――希望のために使える世界をつくる。」

 

〜その後日 ルミナス・第一聖域 実験棟〜

白い石柱に囲まれた聖域の実験棟。

宗教的静謐と研究設備が同居する空間で、新たな実験が始まっていた。

複数の被験者。

異なる音階、感情反応、祈りの旋律。

“心への共鳴”は、より多角的に観測されていく。

 

ヒナタ「クデュックから提供された応用音源……。

これは、本当に人の心を揺らしますわね。」

 

セリオス(綾音)「証明されれば、“癒し”だけじゃない。

信仰そのものの在り方も、変わる可能性があります。」

 

カエデ「音で祈り、音で赦し、音で繋がる。

そんな時代が来るかもしれません。」

 

ヒナタ「私たちが使ってきた言葉や儀式も、結局は“音”として心に届いていた。

……ならば、この技術は信仰と相容れるものですわ。」

 

セリオス(綾音)「だからこそ、理解と制限が必要です。

神の声を装った“偽の共鳴”が広がる前に。」

 

ヒナタ「分かっております。

この協定は、我々にとって試練であり、進化です。」

 

新たな旋律が聖域に満ちる。

天井から反響する音は、機械と魔法、信仰と科学を溶かすように重なり合っていった。

 

セリオス(綾音)「音は命の記憶。

だからこそ、私たちが選び、守らなければならない。」

 

その言葉は、響きの中に溶け込み、やがて静かに消えていった。

 

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