それでも、誰も殺さないと決めた   作:最上 イズモ

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∅34リスク

 

 

〜ルミナス第一聖域・実験棟 数週間後〜

音響実験の成功から時が流れ、第一聖域では新たな教育体系が静かに根付き始めていた。

神官見習いたちは礼拝堂や訓練室で「音の祈り」と呼ばれる精神調整術を学び、旋律と呼吸を合わせることで心を鎮める訓練に励んでいる。

音はすでに、信仰と日常の一部になりつつあった。

 

だがその裏で、聖域地下の観測区画では異常な数値が検知されていた。

制御範囲を逸脱した低周波が断続的に発生し、通常では起こり得ない共鳴反射が記録されていた。

 

研究員「セリオス(綾音)様、こちらのログをご確認ください。前回の実験以降、低音域に予期しない共鳴反射が発生しています。」

 

カエデ「……これは自然現象じゃない。波形に“癖”がある。誰かが意図的に調律している……。」

 

セリオス(綾音)「内部から改変されているってこと?」

 

研究員「はい。一部の音波が同調信号として再構成され、外部へ発信されている可能性があります。」

 

セリオス(綾音)「それって……音の呪文道具が、誰かに乗っ取られている可能性があるということ?」

 

カエデ「いや、もっと厄介。装置じゃない。対象は“人”だ。共鳴誘導理論が、別の形で再構築されている……。」

 

〜その夜 ルミナス王都・旧地下墓所〜

崩れかけた古代神殿の地下深く。

封印されたはずの墓所に、フードを被った人影が立っていた。

祭壇の中央には、かつて音神プロジェクトで試作された共鳴装置の初期型が据えられている。

 

謎の人物「……さすがだ。現代の技術者は、音の扉を再び開いた。」

 

低く重なり合う音が空間を満たし、空気そのものが震え始める。

石壁に刻まれた古代の魔法陣が淡く光を帯び、眠っていたはずの理論が息を吹き返した。

 

謎の人物「感情も、記憶も、信仰さえも……音で揺らせる。ならば世界の真理は、沈黙ではなく共鳴の中にある。」

 

〜翌日 ルミナス城内・緊急会議室〜

重苦しい空気の中、ヒナタが席を立ち、セリオス(綾音)を正面から見据えた。

 

ヒナタ「昨夜、未登録の波動が確認されました。発生源は……聖域地下です。」

 

セリオス(綾音)「被害は?」

 

ヒナタ「一部の神官が、夢の中で“声”を聞いたと報告しています。導くような、命じるような……内容が不自然なのです。」

 

カエデ「意識への侵入……。」

 

セリオス(綾音)「音の幻聴を利用した誘導信号ね。これは単なる破壊行為じゃない。思想そのものを書き換えようとしている。」

 

ヒナタ「……音だけで、そこまで。」

 

セリオス(綾音)「可能です。だからこそ、急がないといけない。この技術は、管理を失えば刃になる。」

 

カエデ「地下墓所を捜索し、共鳴装置を完全に無力化します。クデュックから探索部隊を派遣します。」

 

ヒナタ「……お願いします。これ以上、誰かの心が侵される前に。」

 

〜地下墓所・侵入調査部隊〜

数日後。

クデュックとルミナスの混成部隊が、旧地下墓所へと進入した。

ランタンの揺れる光の中、誰かが奏でているかのような微かな旋律が、壁伝いに流れてくる。

 

調査兵「……聞こえます。この音……。」

 

セリオス(綾音)「ヘッドセットは絶対に外さないで。生音は直接共鳴を受ける。電子フィルタを通して進行して。」

 

調査兵「了解……装備チェック完了。……発見しました。古い装置です。中心部に音晶石があります。」

 

カエデ「共鳴の核だ。誰かが再起動させた……。」

 

セリオス(綾音)「破壊して。迷わないで。」

 

調査兵「了解。魔力干渉兵器、照準固定……発射!」

 

閃光と衝撃音が走り、共鳴の核は砕け散った。

次の瞬間、地下に満ちていた旋律は途切れ、唐突な静寂が訪れる。

だがその静けさは、不自然な余韻を伴っていた。

 

〜クデュック本国・中央情報管制塔〜

数時間後。

収集された音波記録を前に、セリオス(綾音)とカエデは解析を続けていた。

 

カエデ「……これは信号じゃない。詩だ。」

 

セリオス(綾音)「詩……?」

 

カエデ「リズム、抑揚、間の取り方……誰かが語りかけている構造だ。」

 

セリオス(綾音)「まさか……人格が音の中に残っていた?」

 

カエデ「人格というより、記憶そのもの。誰かの思考が、音として固定化されていた可能性が高い。」

 

セリオス(綾音)「共鳴は心と心を繋ぐもの。その極地が記憶の擬似化なら……音は魂の写し身になり得る。」

 

二人は言葉を失った。

音の持つ可能性と、底知れない危険。

それを制御する立場にある自分たち自身が、今まさに試されている。

 

新しい時代の扉は、すでに開きかけていた。

 

 

 

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