〜クデュック・情報管制塔 深夜〜
制御室は深い静寂に包まれていた。
壁一面に並ぶホログラムには、音波解析の映像が脈打つように明滅している。
セリオス(綾音)は中央の操作卓に立ち、詩のように残された“音の記憶”を何度も再生していた。
セリオス(綾音)「……『戻れ、かつての声に』『心の門を開け』『波は世界を結び、やがてひとつとなる』……まるで、人ではない“何か”が語っているみたい」
カエデ「綾音……これ、本当にただの記録?解析データを見ていても、受動的な残響じゃない。こっちを認識して、語りかけてる感じがする」
セリオス(綾音)「うん。これは“記憶の残響”じゃない。“音の人格”……現象としては“音霊”と呼ぶしかないと思う」
カエデ「音に宿る人工的な魂……それとも、まさか」
セリオス(綾音)「ええ。“元は人”だった可能性もある。もし、かつて“音を媒体にして記憶や意識を固定する技術”が存在していたなら……」
カエデ「じゃあこの詩は、その人が最後に残した言葉……?」
セリオス(綾音)「そう。そしてその言葉が、音になって、今の私たちに届いている」
ふたりの間に沈黙が落ちた。
制御室に響くのは、微弱な装置音だけだった。
セリオス(綾音)は無意識に胸元に手を当てる。
セリオス(綾音)「……私たちは音で未来を作ろうとしている。でも、もしかしたら過去の誰かが、音を使って未来にメッセージを託していたのかもしれない」
カエデ「“過去と未来を繋ぐ共鳴”……」
セリオス(綾音)「そう。そして今、私たちはその狭間に立ってる」
セリオス(綾音)は再生を止め、ホログラムを暗転させる。
背もたれに身を預けた瞬間、懐かしい感覚が胸をよぎった。
セリオス(綾音)「……昔、学生の頃に観てたアニメがあったの。“マクロス”って」
カエデ「ああ。戦場で歌が人の心を変える話よね」
セリオス(綾音)「うん。あの時は夢物語だと思ってた。でも今、その“夢”が、現実としてここにある」
カエデ「向き合ってるものも、似てるのかもね。音が、人を救うか、壊すか」
セリオス(綾音)「もし、あの頃の私が今の私を見たら……“本当にやっちゃったね”って、苦笑いするかも」
〜翌朝・クデュック王立議会場〜
非常時対応として臨時議会が招集されていた。
各部門の代表が居並ぶ中、セリオス(綾音)とカエデは壇上に立つ。
議員1「今回発見された“音霊”と呼ばれる存在だが、これは幻聴ではなく、記録された人格情報……いわば“音声記憶生命体”と見ていいのか?」
セリオス(綾音)「現時点では限定的ですが、感情波動と強く連動し、精神領域に直接作用する性質を持っています」
議員2「ということは、教育や精神治療への応用が期待できる一方で、思想誘導や記憶改変にも使える……そう理解していいな?」
カエデ「理論上は否定できません。ただし、制御と監視を前提としなければ極めて危険です」
議長「……よろしい。本件を国家最高機密に指定する。使用と研究は三国監視体制とし、“クデュック”“ルミナス”“教会”による“音の倫理委員会”を設立する」
セリオス(綾音)「……ありがとうございます。これで、暴走を抑える最低限の枠組みは整いました」
〜議会後・屋上展望台〜
高所を吹き抜ける風が、緊張の残る空気を洗い流していく。
カエデ「ねえ、綾音。音霊の最後の言葉、覚えてる?」
セリオス(綾音)「『波は世界を結び、やがてひとつとなる』……でしょ」
カエデ「もし本当なら、音が人と人を繋ぐ力を持つのは確か。ただ、それをどう使うかが問題」
セリオス(綾音)「希望の橋にするか、支配の鎖にするか……選ぶのは、私たちだね」
カエデ「私ね、思ったの。音って“記憶”じゃなくて、“時間”なんじゃないかって」
セリオス(綾音)「時間……?」
カエデ「流れて消えるのに、心には残る。まるで過去が今を通って、未来に語りかけてるみたい」
セリオス(綾音)「……綺麗な考え方」
カエデ「だったら私たちが作ってるのは、未来への“声”。誰かがいつか聞き取る、その日まで残る“願いの波”」
セリオス(綾音)は夜空を見上げ、静かに息を吐いた。
セリオス(綾音)「……それなら私は、何度でも作る。未来に残したい音が、確かにあるから」
その瞬間、夜空を横切るように一基の人工衛星が軌道を走った。
そこには、かつて誰かが夢見た“音で繋がる世界”の、最初の光が確かに宿っていた。