それでも、誰も殺さないと決めた   作:最上 イズモ

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∅36音霊

深夜のクデュック情報管制塔制御室は、張りつめた静寂に包まれていた。

壁一面に展開された無数のホログラムが、心臓の鼓動のように淡く脈打っている。

解析画面の中央で、音霊の波形が繰り返し再生され、その光がセリオス(綾音)の瞳に赤く反射していた。

 

セリオス(綾音)はふっと肩の力を抜き、視線を制御室奥の大窓へ向ける。

深い群青の夜空に、無数の星が静かに瞬いていた。

 

セリオス(綾音)「ねえ、カエデ……」

 

背後でカエデが小さく息を吐く。

その声は、夜の空気に溶けるように低い。

 

カエデ「どうしたの、綾音?」

 

セリオス(綾音)は星空を指し示し、静かに言葉を紡ぐ。

その声音には、迷いと決意が同時に滲んでいた。

 

セリオス(綾音)「私たちは、これから何度も音を紡ぐことになる。

音霊が遺した『波は世界を結び、やがてひとつとなる』って言葉……あれは、未来の始まりを示している気がするの」

 

カエデはゆっくりと頷き、同じ空を見上げる。

星々が、まるでその言葉を受け止める器のように瞬いていた。

 

カエデ「単なる伝達じゃないね。

音が生きて、繋がって、変化しながら歴史を作る。

記憶が波になって連なっていく……それは、時間そのものだ」

 

セリオス(綾音)「……音が時間だなんて、詩みたい。

でも、何度も聴いていると、否定できなくなる。

音霊は、過去から送り出された時間の使者だったのかもしれない」

 

二人はゆっくりと視線を交わし、微かな笑みを交わした。

制御室を満たす低い電子音すら、祝福の旋律のように感じられた。

 

翌朝。

クデュック王立議会場は、重苦しい緊張感に満ちていた。

石造りの壁に朝日が差し込み、議員たちの表情を浮かび上がらせる。

 

壇上に立ったセリオス(綾音)とカエデは、慎重に言葉を選びながら説明を始めた。

 

セリオス(綾音)「我々が確認した音霊は、単なる情報の残滓ではありません。

記憶の波形が意志を帯び、人の精神に干渉する、新たな生命形態の可能性があります」

 

議員「しかし、それは危険ではないのか。

悪用されれば、市民の精神そのものを操る力になりかねない」

 

カエデ「ええ。だからこそ、管理と制限が不可欠です。

無秩序な研究は、確実に破滅を招きます」

 

議長が重々しく頷き、宣言する。

 

議長「クデュック、ルミナス、教会の三者による合同組織、

音の倫理委員会を設立する。

全研究と応用は、この監視下に置かれる」

 

場内に静かな拍手が広がり、張り詰めた空気がわずかに緩んだ。

 

議会後。

クデュックの屋上展望台では、冷たい朝風が二人の髪を揺らしていた。

都市の喧騒は遠く、世界が一段下にあるように感じられる。

 

カエデ「綾音。

あの言葉、もう一度聞かせて」

 

セリオス(綾音)は目を閉じ、ゆっくりと口を開く。

 

セリオス(綾音)「『波は世界を結び、やがてひとつとなる』。

未来も過去も、その連なりの中にある。

どんな世界になるかは、私たち次第」

 

カエデは空を仰ぎ、穏やかに微笑む。

 

カエデ「音は記憶じゃない。

流れていく時間そのものだ。

過去が今を通して、未来に語りかけてくる」

 

セリオス(綾音)も同じ空を見上げる。

 

セリオス(綾音)「なら、私は何度でも音を紡ぐ。

未来を照らす灯になるために」

 

その時、人工衛星が静かに空を横切った。

小さな光は星屑と溶け合い、やがて見えなくなる。

 

セリオス(綾音)は深く息を吸い、拳を握る。

 

セリオス(綾音)「……ここから始まる」

 

数日後。

クデュック地下研究施設。

魔法陣と機械が複雑に絡み合い、青白い魔素が満ちていた。

 

ディアブロは冷静な視線でホログラムを操作している。

 

ディアブロ「音霊は、物理振動を超えた存在だ。

魔素波動の干渉によって、音が擬似人格を獲得した可能性が高い」

 

研究員「実用化できれば、教育や医療に革命が……」

 

ディアブロは微笑む。

その瞳には、わずかな危うさが宿っていた。

 

ディアブロ「同時に、洗脳や記憶改変にもなり得る。

技術とは、制御を失った瞬間に牙を剥く」

 

研究員「では……」

 

ディアブロ「我々の役目は橋渡しだ。

倫理と力の均衡を、絶対に崩させない」

 

その頃、クデュック市街地。

高層ビルの屋上で、ベニマルが街を見下ろしていた。

 

ベニマル「この都市には、まだ眠っている力がある。

制御を誤れば、災厄になる」

 

シュナ「だからこそ、私たちが守るのです。

ここを希望の灯であり続けさせるために」

 

ベニマルは静かに頷いた。

 

ベニマル「力だけでは平和は守れぬ。

守る意志がある限り、この街は折れん」

 

夜が訪れ、クデュックは静かに息づいていた。

風が術式陣の光を揺らし、遠くで人々の生活音が重なる。

 

音霊の言葉は、これからも響き続ける。

「波は世界を結び、やがてひとつとなる」

 

その音を、いつか誰かが受け取り、想いを繋ぐために。

クデュックは今、新たな時代へと歩み始めていた。

 

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