それでも、誰も殺さないと決めた   作:最上 イズモ

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∅38目覚め

薄紅色に染まりはじめた夕空の下、クデュック中央広場には張りつめた静寂が満ちていた。

地脈を流れる濃密な魔素が淡く発光し、石畳の隙間を縫うように揺らめきながら、街全体を包み込んでいる。

つい先刻まで続いていた混乱の余韻が、まだ完全には消えていない。

 

ベニマル「危機は去ってはいないが、皆が理解し、協力する姿勢を見せてくれた。クデュックの技術は、これから慎重に使われねばならぬ」

 

彼の視線は広場の先、街の外縁へと向けられていた。

武将として多くの戦場を見てきたベニマルにとっても、音と魔素が結びつくこの技術は未知数だった。

守るべきものが増えた分だけ、その責任の重さが胸に沈む。

 

シュナ「あの音霊の言葉……『波は世界を結び、やがてひとつとなる』。私には、これがクデュックの未来を示しているように思えます」

 

シュナは静かに微笑みながらも、その瞳には確かな不安と期待が入り混じっていた。

希望として受け取るには、あまりにも意味が深い。

 

ベニマルは短く息を吐き、音と魔素が繋がる可能性と、その裏に潜む危険性を語る。

均衡を守る立場にある者として、軽々しく未来を語ることはできない。

 

その瞬間、広場の片隅に設置されていた魔導端末が、脈打つように淡い光を放った。

低く、しかし確実に空間を震わせる音波が広がり、空気が変質する。

 

ベニマルは反射的に端末へと歩み寄り、流れ出した旋律に目を見開いた。

 

ベニマル「これは……“接触”の再開か?」

 

音は意志を持つかのように、確かなリズムを刻んでいた。

 

――場面は移り、情報管制塔。

無数のホログラムが宙に展開される中、セリオス(綾音)は指先で波形をなぞっていた。

淡く輝く音の軌跡が、彼女の瞳に映り込む。

 

セリオス(綾音)「この音霊は、単なる記憶じゃない。意思を持って、私たちに語りかけている……私たちが、まだ知らない何かを」

 

この世界の理に、彼女はどこか既視感を覚えていた。

かつて物語として知っていた知識が、現実として目の前に広がっている。

 

背後から、カエデが足音を抑えて近づく。

 

カエデ「綾音、昨日の議会の件、みんなに伝わったわね。これからは、私たちの責任がもっと重くなる」

 

セリオス(綾音)は一瞬だけ視線を落とし、それから前を見据えた。

 

セリオス(綾音)「うん。でも、怖がっても仕方ない。音霊が何を伝えようとしているのかを理解して、未来につなげたい」

 

カエデは静かにうなずき、ホログラム越しに広がる波を見つめる。

 

カエデ「未来は、私たちの手の中にある。音と魔素の波に乗せて」

 

昼下がり、研究棟。

白衣姿のディアブロが、研究室に現れた来訪者を迎え入れる。

 

ディアブロ「ようこそ、クデュックへ。君が例の“技術監査”担当者か」

 

来訪者(カリストス)「そうだ、ディアブロ博士。私はルミナスの監査役、カリストスだ。今回の“音霊”研究の進展を詳しく確認したい」

 

ディアブロは即座に解析画面を展開し、魔素干渉と音波の相関データを示す。

音霊が単なる現象ではなく、人格を帯びつつあるという仮説を淡々と説明した。

 

カリストス「その不明な領域こそが、危険でもあり、可能性でもある。ルミナスは技術と神性の調和を目指すが、技術の暴走は許されぬ」

 

ディアブロ「我々も同意見だ。倫理委員会と連携し、制御手段の確立を進めている」

 

夕刻、術式広場では音楽と魔素技術が融合した芸術祭が開かれていた。

柔らかな旋律と光の粒子が宙を舞い、市民たちの笑顔が広場を満たす。

 

ベニマルはその光景を見つめ、胸の奥に込み上げるものを抑えきれずにいた。

 

ベニマル「これが……未来だ」

 

シュナ「彼らの未来のために、私たちは守り続けなければなりません」

 

夜。

中心部の大魔法陣が力強く輝き、澄み切った空には無数の星々が瞬いていた。

 

セリオス(綾音)は静かに目を閉じ、音の波を感じ取る。

それは過去と現在、そしてまだ見ぬ未来を結ぶ確かな鼓動だった。

彼女は、この架け橋を決して失わせないと、心の奥で固く誓う。

 

そして遥か彼方、異世界の果て。

誰にも観測されぬ場所で、新たな波動が静かに目覚めつつあった。

まだ名も持たぬ未来の物語が、確かに動き始めていた。

 

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