それでも、誰も殺さないと決めた   作:最上 イズモ

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∅8 ガビル

次の日。

オーガの集落の中央、簡素な集会場に朝の光が差し込んでいた。

進化を終えたばかりの戦士たちが緊張と期待を孕んだ視線を向ける中、綾音は一歩前に出る。

 

セリオス(綾音)「新しく仲間になった記念に、名前をあげるね」

 

赤いオーガ「わかった、ありがたく頂戴する」

 

その瞬間、空気が震え、魔力が爆発的に膨張した。

視界が白く染まり、綾音の意識は唐突に闇へ落ちる。

 

次に目を開けたとき、柔らかな感触と温もりがあった。

青いオーガの膝の上で、綾音は寝かされている。

周囲からは、明らかに別種へと進化した存在の圧を感じた。

 

セリオス(綾音)「えっと……若さん、だよね?」

 

紅丸「はい。今は頂戴した名で進化し、鬼人となり紅丸を名乗っております」

 

赤き角と燃えるような瞳を持つ鬼人が、深く頭を下げる。

その所作には、すでに一族を率いる者の威厳があった。

 

朱菜「綾音様、朱菜です」

 

柔らかな微笑みを浮かべた桃色の女性鬼人が、そっと近づく。

 

朱菜「お目覚めになられて本当に良かった」

 

紫苑「紫苑です。綾音様につけてもらった名前、とても気に入ってます」

 

豪胆な雰囲気を纏う青い鬼人が胸を張る。

視線には、隠しきれない忠誠と誇りが宿っていた。

 

セリオス(綾音)「紅丸の後ろが……」

 

白狼「白狼ですぞ。改めて、よろしく頼もう」

 

白髪の老鬼人は、年輪を感じさせる落ち着きと剣気を漂わせている。

 

セリオス(綾音)「紅丸の隣が……」

 

蒼影「蒼影の名を賜りました。ご回復、心よりお喜び申し上げます」

 

影のように気配の薄い鬼人が静かに膝をつく。

その存在だけで、斥候と暗殺を司る者だと理解できた。

 

そこへ、少し遅れて人の良さそうな中年の鬼人が慌てて駆け込んでくる。

 

黒兵衛「綾音様が目覚めただべか」

 

黒兵衛「元気になってよかっただよ」

 

黒兵衛「わかっかなおらは黒兵衛だ」

 

数日後。

白狼がゴブタに剣術を教える訓練場で、綾音は腕を組みながら様子を見ていた。

その空気を切り裂くように、蒼影が影から姿を現す。

 

蒼影「リザードマンの軍勢が接近しています。数は多く、統制あり」

 

緊張が走り、一同は即座に検問所へ向かう。

簡易ながらも堅固に整えられた防衛線の向こうから、湿った鱗の群れが現れた。

 

セリオス(綾音)「さてと」

 

やがて、派手な動きとともにリーダー格が前へ出る。

 

ガビル「吾輩はリザードマンのガビルである」

 

ガビル「お前らも配下に加えてやろう。光栄に思え」

 

紫苑の拳が音を立てて握り締められる。

殺気が膨れ上がるのを、綾音は即座に察知した。

 

セリオス(綾音)「配下? 侵略目的ですか?」

 

ガビル「貧弱なお前らから守ってやると言っているのだ」

 

セリオス(綾音)「あのー、この装備と国境警備を見ても、それ言いますか?」

 

紅丸の額に青筋が浮かび、笑顔のまま一歩前へ出る。

 

紅丸「こいつ、殺していいですか?」

 

セリオス(綾音)「無力化で……って、待って。やめとこう。策はある」

 

ガビル「牙狼族を飼いならした者がおると聞いた。その者は幹部に引き立ててやろう」

 

セリオス(綾音)「飼いならすというより、仲間ですね」

 

ガビル「スライムが? 冗談を言うでない」

 

セリオス(綾音)「ヴォルフ、ランガ。こいつがそう言ってるらしいよ」

 

ヴォルフ、ランガ「御意!」

 

ガビル「貴殿たちが牙狼族の族長とご子息かな」

 

ガビル「美しい毛並み、鋭い眼光。さすが威風堂々たるたたずまい」

 

ガビル「しかし主がスライムとは拍子抜けですな」

 

ガビル「どうやら貴殿たちは――」

 

ヴォルフ「それ以上は許さん」

 

ランガ「トカゲ風情が我が主を愚弄するとは」

 

ゴブタ「デデデーン、デデデーン」

 

場違いな効果音のような声に、張り詰めた空気が一瞬だけ緩む。

 

セリオス(綾音)「そうだ、ゴブタに戦わせよう」

 

ゴブタ「俺っすか?」

 

セリオス(綾音)「うん」

 

セリオス(綾音)「ガビル、模擬戦を申し込む」

 

ガビル「模擬戦か。よかろう、受けて立つ」

 

セリオス(綾音)「ゴブタを倒せたら、その要望は考えましょう」

 

セリオス(綾音)「フィールドおよびルールはこちらで設定します」

 

ガビル「よかろう」

 

即席の仮設フィールドが展開され、魔力の壁が周囲を囲む。

 

セリオス(綾音)「この中で戦ってもらいます。使用武器は模擬専用の非殺傷ナイフ、太刀、槍。制限時間は10分」

 

セリオス(綾音)「刃先の塗料を付けるか、戦闘不能にしてください」

 

セリオス(綾音)「攻撃魔法は禁止でお願いします」

 

ガビル「わかった」

 

セリオス(綾音)「勝ったらゴブタ君には、オリジナル特殊装備をカイジンに作ってもらうね」

 

セリオス(綾音)「負けたら、いつもの特訓倍増」

 

ゴブタ「分かったっす」

 

セリオス(綾音)「レディーーーーーーーファイト」

 

開始と同時に、ゴブタは槍を全力で投擲する。

不意を突かれたガビルが体勢を崩した、その一瞬。

影が歪み、ゴブタの姿が消える。

 

次の瞬間、ガビルの首元に冷たい感触が走り、塗料が鮮やかに付着した。

 

セリオス(綾音)「そこまで。勝者、ゴブタ」

 

歓声が上がり、ゴブタは勢いよく胴上げされる。

本人は状況を理解しきれず、目を白黒させていた。

 

セリオス(綾音)「ガビル。共闘に関しては問題ありませんが、傘下に入るのはお断りします」

 

セリオス(綾音)「今日はお引き取りください」

 

屈辱と驚愕を飲み込んだガビルは、無言で踵を返す。

リザードマンの軍勢は、そのまま森の奥へと撤退していった。

 

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