agglescent ―アグレセント― 作:にっぱち/たそがれ
間山に振られた小野は、眠そうな顔で「んあ?」と小さく唸る。いつの間にか教室の端へと移動した小野はそのまま椅子の上で眠りについていたらしく、大きなあくびをかましてゴシゴシと目を擦ると、再び教壇の前へと戻る。
「さて、授業を始める前にまずはお前らが聞いているであろう常識の訂正からしていく。
お前らは恐らく、アントルを殲滅したのは各国の軍や自衛隊だ、と聞いていると思うがあれは真っ赤な嘘だ。実際は、『八英雄』と呼ばれるたった八人の人間だけで、万近い数のアントルを撃退した」
第一声から、衝撃的な事実を口にする小野。教室中に激震が走る。
「ちょ、ちょっと待って下さい先生。軍隊は……自衛隊は何をしていたんですか?」
一人の女子生徒が信じられないといった顔で小野に質問を投げる。小野はそれに対し、あっけらかんとした口調で答えた。
「別に何もしていなかったわけじゃないぞ。逃げ遅れた人々の救助に防衛戦線の設置、避難場所の確保に食料の調達。戦うことは出来なかったが、自衛隊や各国の軍隊の活躍が無ければ被害はもっと大きなものになっていたと言われている」
「あの、なんで自衛隊や軍隊は戦いを放棄したんですか?」
更に別の生徒から上がる疑問の声。それに対しても、小野は普通に答える。
「放棄したというより、せざるを得なかったというのが本音だな。現代兵器はアントルに対して一切のダメージを与えることも叶わなかった。あらゆる手段を尽くしても、俺たち人類の力でアントルを倒すことは出来なかったんだよ」
「じゃあ、その八英雄って言うのは何者なんですか……?」
「それについては極秘事項なので伏せさせて貰う。
……と言っても、どうせお前らも一緒に戦うことになるだろうしいずれ分かることだとは思うけどな」
平然と、そして淡々と生徒たちの質問に答えていく小野。新たな事実が出てくるたびに、生徒たちの間に衝撃が走る。そんな姿を、悠馬はぼーっ眺めていた。
(流石に驚くふりをするのばかりは、無理あるよなぁ……)
生徒からしたら未知の事実でも、悠馬からしてみれば既知の情報ばかり。役者でもない悠馬に驚く演技をするのは幾ら何でも無理だった。
「すごい衝撃的なことばっかりで、何て言ったらいいか分からないね、悠馬……」
「そうだな」
隣の雲雀が心底驚いたという顔で悠馬へと話しかける。そんな雲雀に対しても、悠馬は小野のように平然と答える。
「……なんか、そんなに驚いてない?」
「え? いやいや驚いてるぞ。驚きすぎて表情が固まっただけだ」
「ふぅん……?」
腑に落ちてはいないようだが、一応は納得の形を取る雲雀。そんな雲雀を見て、悠馬も何とか難を超えたと胸を撫でおろす。
「――さて、質問はそんなところか? じゃあ授業に移らせてもらうぞ。
と言っても、今日は初日だし触り程度にしておくから肩の力抜いて気楽に聞いてくれ」
そう言うと、小野が手元のタブレットを操作し始める。数度の操作の後、小野の後ろに設置されたモニターに映像が映し出される。
映し出されたのは、全身を艶やかな黒に染め上げた人型の鎧、そしてこちらも全長を黒く染め上げた一本の大太刀だった。
「これはAAES、正式名称をAssistAntolEleminateSystemと呼ぶもので、アントルに対して唯一有効とされている武装のことだ。
こっちの鎧も刀もそうだが、どちらもアントルの外殻を素材に造られている。詳しい話はまた後日にするが――まあこれを使って戦うしか今のところアントルへの対抗手段はないと思って貰っていい」
小野がタブレットの画面をスワイプすると、連動して後ろの画面も次のものへと変わる。
次の画面には、八種類の武器が映し出されている。全ての武器が全く同じ色合いをしているが、その形は全く異なっている。
「次に、これが現在確認されている武器型AAESの種類だ。左上から太刀、槍、銃、斧、直剣、扇、籠手の七種類。これらを駆使して、八人でアントルの撃退に成功したという訳だな」
「…………『八』英雄なのに、『七』種類?」
「それは俺たちにも分からん。二人の英雄が全く同じ武器を使っていた、としか言えないからな」
誰かの独り言を捉えた小野がそれに反応するように答える。そこまで大きな声ではなかったはずだが、小野の耳にはしっかりと届いていた。
小野は頭をガリガリと掻きながら、悔しそうに続ける。
「現状、AAESに関する研究もアントルに関する研究も、発展途中であるという状態だ。
そもそもここら辺のテクノロジーが、俺たちにとっては未知のものばかり。AAESだって俺たち現代の人類が開発したものじゃない。いきなり現れたものだ。全貌だって一切見えていないんだ、不甲斐ない話だがな」
今日初めて感情らしい感情を見せた小野に対し、生徒たちは意外そうな顔をする。それに気づいた小野もまた、一つ咳ばらいをすると授業へと話を戻した。
「ンン……。まあそんなところで、AAESにはまだまだ謎が多い。昨日言っていたことが明日にはもう違うものになっているなんてこともあり得る。
無責任な話ではあるが、最前線ってのは常にそんな感じだ。お前らも頑張ってついてきてほしい」
キーンコーンカーンコーン――
「――終わりか。んじゃあ今日はこれで終わり。明日から本格的な授業を開始するから予習復習はしっかりと行うように。
教材は学内ネットにあるから、それを使ってくれ。次回からその教材を使うから先に目を通しておくと理解が多少は楽になるかもしれん」
小野はタブレットと後ろのモニターの接続を切ると、それを小脇に抱えてそそくさと扉へと移動する。
「じゃ、お疲れ」
簡潔にそう述べると、小野は間山さえも置いてさっさと教室を出て行ってしまった。
「え、あちょ、小野さん!?」
一拍遅れて、間山が慌てて小野の後を追いかけようと教室を出ていく。
かと思ったら、何かを思い出したかのように教室へと戻ってくる間山。
「皆、明日は支給されたタブレット端末、忘れないで持って来てね!」
そう言うと、再び走って小野の後を追いかけていった。
「慌ただしっ」
そんな二人を呆れながら眺める悠馬。この光景を、悠馬は研究室で何度も目撃していた。いつもと変わらぬ二人の姿に、呆れながらも笑ってしまう。
「厳しそうだけど、賑やかな先生だったね」
「厳しいってか、あれは無関心、って気がするけどな」
「言えてるかも」
小野と間山についての感想を言い合いながら、雲雀と悠馬は笑いあう。そこには既に初対面特有のぎこちなさは無くなっていた。
「あ、そういえば今日これで授業終わりだけど、悠馬はこの後何か予定ある?」
帰り支度をする最中、ふと雲雀が悠馬へと問いかける。悠馬は今日の予定を思い出すように顎に手を当て数秒思案すると、そのまま雲雀の方へと視線を向けて答えた。
「いや、今日は特に何もないな」
「じゃあさ、カラオケ行かない?」
「……カラオケぇ?」
突然の雲雀の提案に怪訝な顔をする悠馬。しかしそんな悠馬を構うことなく、雲雀は更に話を続ける。
「そう。僕と悠馬以外にも何人か誘って、親睦会みたいな感じで!」
「いや待て待て、俺ら以外にも誰か誘うのか?」
「いきなり二人でカラオケは流石にハードでしょ」
「それはそうだけど……」
悠馬にとって、今日初めて会った人とカラオケに行くこと自体が十分ハードな話ではあった。ただでさえこの八年間、同世代とは殆ど関わることなく過ごしているのに、いきなりカラオケに行くのは幾ら八英雄の一人とは言え、不可能なミッションと言える。
「カラオケかぁ……うーん…………」
悠馬がカラオケについて思案している間に、雲雀はクラスメイトの何人かに話しかけてカラオケに行く約束を取り付けていた。
「皆行くって」
「うーん。――って、え、早くね!?」
「ほら、もう皆行く準備できてるから、悠馬も行くよ」
「いや待て。俺まだ行くとは一言も……」
雲雀の行動力の高さに驚く悠馬は、そのまま雲雀に連れていかれる形で教室を出ていくことになった。