三人目のオリトレが登場します。
…マヤちゃんのトレーナーはともかく、
後二人は初期プロットでは影も形もありませんでしたからね…
本当一体どこから湧いてきたのでしょうか…(白目)
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「…ちょっと!聞いてるの?」
その声と共に、わたしは自身の内に沈んでいた意識をゆっくりと浮上させる。
すると、目の前には若い女の人が、心配そうな顔をしてわたしのほうを見つめていたから…
「…うん、大丈夫だよ。トレーナーさん」
そうわたしは答える。
すると、安心したのか、ホッとしたような顔をしたトレーナーさんは、
「もう…心配させないでよね!」
とわたしの背中をバンバン叩くものだから
「ちょっ!ト、トレーナーさん!
痛いってば!!」
と抗議すると
「あっ、ごめん」
とすぐに叩くのを止めてくれる。
とは言え…
「…もうっ!毎回おんなじこと言わせないでよ!トレーナーさん!!」
そう、この女実は初犯ではない。
なにかと感極まると、人の背中をバシバシ叩いて、泣いたり笑ったりするという癖があり、故に
「ことあるごとにわたしの背中を叩くのやめてってば!!」
そんな常習犯にわたしは遺憾の意を示す。
それを受け、苦笑しながら「ごめんごめん」と謝ってくるトレーナーさんだが…
(…多分この女、またやるな…)
と、そんな自身のトレーナーさんに、わたしはジト目を向ける。
そして、それに慌てたトレーナーさんは、あの手この手で、必死にわたしの機嫌をとろうする。
パドックが終わり、いよいよ後はレース本番というこのタイミングで、地下バ道にいまだにいるのは、わたしとこのトレーナーさんくらいだ。
まぁ、それは別に、わたしが遅刻したわけではなく、単に他の子達がさっさと地上に行ってしまったからなんだけど…
でもだからこそ、わたし達以外だれもいない地下バ道は静まり返っている。
そして、そんな中で行われるわたしとトレーナーさんのやり取りの声は、それ故に地下バ道全体に反響して響いていて…
「…」
ふと、わたしは自分のトレーナーさんの姿を改めて見る
すると、そこにはわたしの機嫌を直そうと頑張る女の人がいる。
…確か、大学を出たばかりだったんだっけ?
出会ってからそろそろ一年が経つ自身のトレーナーさんの姿は、若者らしく活力に満ちている。そして、その小さなことを気にしない豪胆な性格も相まって、その立ち姿はとても頼もしい。
その姿はまさに、できる女。
…これで意外に私生活がズボラなのに目を瞑っても、彼女の壮健さを疑うような人は、誰もいないだろう。
でも…
(…)
わたしは少し目を細める。
…そう。他の人を誤魔化せても、愛バのわたしの目までは誤魔化せない。
良く見ると、その目の下には隈があり、あまり眠れていないことがわかる。
また、うまく化粧で誤魔化しているけど、ほんの少しだけ頬がこけている。
それを見て分かるのは、トレーナーさんが少し無理をしているということ。
空元気とまでは言わないけど、それでもトレーナーさんがわたしの為に色々頑張って、そのせいで体調を少し崩しているということ。
(…)
だからこそ、思い浮かぶのは、マヤノとのあの時のやり取りで…
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「…わたしね、怖いんだ」
そう切り出したわたしの脳裏に浮かぶのは、これまでのこと。
メイクデビューを果たしたまでは良かったが、そこからまったく鳴かず飛ばずだった日々のことで…
「…わたしね、メイクデビューを果たしてからしばらくの間、全然勝てなかったんだ」
それはトレセンでは珍しくない光景。
どれだけ頑張っても、どれだけ泣いても、変わらない現状。
そんな中で、それでも折れずに、目の端に映る仲間の屍から目を背けて走り続ける
…もしかしたら自分もそうなってしまうのではないだろうか、一度も勝てないまま、誰からも省みられないまま、忘れ去られてしまうのではないだろうか、そんな恐怖から必死に目を背けて、それでもあるかないかすら分からない希望を求めて、必死に走り続ける。
そんなありきたりで、凡庸で…それでもあまりにも辛く苦しい日々で…
「…でもね、わたし最近すごく調子が良いの」
…しかし、そんな暗闇の中にいたわたしに、ある日突然光が差し込み始める。
「きっかけは些細なこと。
もしかしたら、わたしのこれまでしてきた走り方は、わたしに合ってなかったのかもしれない、そうトレーナーさんが言ったこと」
だからこそ、わたしは試しに戦法を変えてみた。
最も多くのウマ娘に愛された王道、先行策を、最も多くのウマ娘に煙たがられる逃げに変更してみた。
…なぜ差しや追い込みではなく、よりにもよって逃げだったのかは、正直覚えていない。
なぜなら、あの時のわたしは本当に必死だったから。
レースに勝つ、その為に手段を選んでいる場合ではなかったからだ。
でも、溺れる者が藁をも掴むような、そんな決死の策が、結果的に最高の結果に繋がった。
「戦法を変えたわたしは、ある日のレースで初めて勝つことができた。そして、次も、その次も!」
それはまさに奇跡。
これまで暗い泥沼の中でもがいていたわたしは、ある日を境に一気に日の光があたるところまで引きずり出された。
そして、そんな明るくまぶしい場所で、それでも頑張り続けた結果…
「気が付いたら、わたしはG1に出られることになってた!
ずっとずっと、憧れてた夢の舞台に、わたしはついに上がることができるようになったの!!」
そう、そしてわたしはついにこの手で掴んだんだ!
栄光を掴むためのキップを!
夢にまで見た晴れ舞台に立つことができる権利を!
わたしはついに手に入れることができたんだ!!
でも…
「………だからこそ…怖いんだ」
ポツリと、さっきまでの熱弁とは比べ物にならないほど小さく、そして儚い声が、わたしの口から漏れる。
「…」
そして、これまで一度も口を挟むことなく、ただ黙って聞いてくれていたマヤノに、ついにわたしは悩みの核心について話し出す。
「…確かに、わたしは夢の舞台へのキップを手に入れた。
これまで生きてきた中で、最大の栄光を得ることができるかもしれない権利を手に入れた」
だけど…
「…だからこそ…怖いんだ」
先と同じ言葉を繰り返すわたしの体は、しかし…
「…わたしね?頑張ったんだよ?」
冬でもないのに、ガタガタと震えていて…
「…勝ちたい。
そう思って何度も何度もレースに出て…もちろん出るだけじゃなく、勝つための努力も、自分が出来ることはなんだってした」
…そう、本当にわたしは頑張ったんだ。勝ちたい、レースに出るウマ娘皆が思うことに、それでもわたしは逃げずに向き合い続けたんだ。
…ある時は、学園中のレース関連書籍を、知恵熱で倒れる寸前になるまで読み続けた。
…またある時は、頼んでも誰も誘いに乗ってくれなくなるほどに、一緒に併走をしてくれたウマ娘と一緒に、お互いに倒れる寸前になるまで走り続けた。
…そしてある時は、寮を抜け出して夜中まで走り続けて、たまたまその姿を見かけて後をつけていたトレーナーさんがいなければ、危うく救急車を呼ばれる状態になるまで走り続けた。
「本当に…本当に頑張ったんだよ?」
あの日々は、嘘じゃない。
どれだけ周りから非難されたとしても、あの日々だけは、わたしにとっては嘘じゃないんだ!
あぁ、だからこそ…
「………だからこそ、わたし怖いんだ。
…負けちゃったらどうしようって…」
…そう、それこそがわたしの最大の悩み。不安。恐怖。
「…もちろん、わたしは負ける気なんてない。
ずっと憧れてた舞台なんだもん。
当然勝つために頑張るよ」
…ただ
「…でも、思うんだ。
もしも…もしも、負けちゃったらどうしよう、って…」
わたしは耐え難い震えから自身を守るように、自分の体を抱き抱える。
…あぁ、そうだ。
それでも思ってしまうのだ。
人生最大の大舞台、それに対して高揚する気持ちは確かにある。
しかし、それ以上にわたしは怖くてたまらない。
…もし、負けてしまったら…どうなるのだろう?
「…唯一抜きん出て、並ぶものなし」
…逆に言えば、敗者は何も得られない。
どころか、何も言う資格すら与えられない。
それなら…
「…ならさ、もし負けたら、わたしに価値はないの?
もし負けたら…」
勝ちたい。
そのために頑張ってきたあの日々は、わたしの努力は、流した汗は、血は、涙は、ぜんぶぜんぶ、無意味なものだっていうの?
そんなの…
「…そんなの…あんまりだよ…」
あんなにも辛かったのに、あんなにも苦しかったのに、そして何より…あんなにも頑張ったのに
負ける
ただそれだけで、わたしのそんな努力は、汗は、涙は、一瞬で無価値になる。そこら辺に落ちている石よりも価値がないものになってしまう。
だからこそ…
「…怖い…怖いよ…」
気が付くと、目の前の光景がぼやけている。
でも、もうわたしは胸の中にあるものを抑えることが出来なくなっていて…
頬を伝う暖かなものを、止めることが出来なくなっていたから…
「…わたし…走るのが…怖いよぉ…」
あまり取り上げられませんが、
トレセンを去っていく子の中には、
こういう走ることそのものが怖くなった子は絶対いると思います。
特に史実におけるこの子みたいな勝ち方して、
その後負けた子なんかなら特に。
つくづく勝負の世界は厳しいですね…