ウマ娘のアプリ版で出てくる温泉の元ネタについて調べてみたのですが、
特に情報が出てきませんでした。
ですので、直接どこであるという明言はしませんが、
この話では以前作者が行ったことのあるとある温泉を、旅行の行き先と設定しています。
「見て見て~!トレーナーちゃん!!
どうかな?」
と、マヤがレンタルした向日葵の柄の浴衣を披露すると、一瞬トレーナーちゃんはぽかんとした顔をする。
だけど、すぐにいつもの笑顔になると
「あぁ!似合ってるぞ!!
流石はマヤだ!!」
なんて言って頭を撫でてくる。
いつもなら、子供扱いしないでよ!って言うところなんだけど、
なんだかトレーナーちゃんに撫でられた頭が暖かくてポカポカしたから…
「…」
「…あれ?今日は振り払わないんだな?マヤ?」
なんとなく、黙りこんでされるがままになってしまう。
それに、さっきの言葉。
(「あぁ!似合ってるぞ!!
流石はマヤだ!!」)
それを思い出すと、なんだかとっても恥ずかしくなっちゃったから…
「…い、行くよ!トレーナーちゃん!!
温泉街にテイクオーフ!!」
「あっ、ちょっと待てってマヤ!置いてくなよ!!」
なんて言って慌ててその場から逃げるマヤを、トレーナーちゃんが追いかける。
でも、マヤは浴衣だから、そこまで速度は出ないし、この街のどこかのんびりとした空気の中では、そんなマヤ達の追いかけっこを見守る人達の視線も、どこか暖かい。
それはまるで、微笑ましいものを見るような目線だったから…
「…」
「…」
結局マヤも、追いついてきたトレーナーちゃんも、何だか気まずくなって黙り込む。
…なぜか、とても恥ずかしいものを周りの人達に見せてしまったような…そんな気がして、マヤはその場から動けなくなる。
別に変なことをした覚えはないんだから、堂々としていれば良いんだけど、周りの人達から向けられる生暖かい目線に、何故か顔が赤くなっていくのだけは分かる。
だから…どうしてだろ?穴があったら入りたい、良く分からない謎の羞恥心に襲われたマヤはその場から動けなくなる。
…と
「…あ」
「…ほら、行くぞマヤ」
トレーナーちゃんがマヤの手を取る。そして、珍しく乱暴にその手を引いて、そのままずんずん歩いていく。
慌ててそれに付いていくけど、
その手が妙に大きくて…そして暖かい。
まるで湯タンポのように暖かいそれを握っていると、さっきまでの羞恥心が嘘のように晴れて、代わりにすっごく安心してしまったから…
(…)
それに気付くと、何だか妙に自分のドクン、ドクンっていう心臓の音が耳に付く。顔もさっきよりも赤くなってるかもしれない。
そして何より、さっきのトレーナーちゃんの行動が、まるで周囲の目線にマヤを触れさせないためのものに思えたから…
「…」
「…」
マヤも、そしてトレーナーちゃんも、何も話さない。
活気に満ちた温泉街で、
それでもマヤ達のたてる音は、
マヤが履いている下駄の音だけ
カラン、コロン、カラン、コロン
手を繋いだまま、マヤ達は歩いていく。周りには、同じように浴衣を着た人達や、観光客の人達がたくさんいて、ワイワイと騒がしくしているのに、マヤの耳にはやけに自分の佩いた下駄の音だけが響く。そして、恐らくそれはトレーナーちゃんもそうなのだろう。そんな状況が、なぜかちょっとだけ嬉しかったから…
「…!」
「…」
…ちょっとだけ、ちょっとだけ繋いだ手を強く握ると、トレーナーちゃんも握り返してくれる。その反応がどうしてか、ホントに嬉しくて、恥ずかしかったから、ますますマヤは喋れなくなる。
そうして二人で手を繋いだまま、カラン、コロンと下駄の音を響かせながら、マヤ達は温泉街を歩いていく。
…そう、ここは四国のとある温泉街。
あの後なんとかここまでやって来れたマヤ達だったんだけど…
(…なんか、今日のマヤ…)
ちょっとだけ変な感じ。
そう、あれは思えば空港に到着した時からで…
........................
.................
.........
「…よっしゃあ!やって来たぜ四国!!」
と、空港に着くなり謎のハイテンションで叫び出すトレーナーちゃんの横で
「し、死ぬかと思った…」
と、マヤはぐったりしている。
正直、URAファイナルズの時よりも疲れたかも…と重い体を引きずりながらも、それでもマヤもなんとか飛行機を下り、ここ四国の地に足をつける。
…って言うのも、あの後トレーナー室に帰ってチケットの有効期限が一週間切っていていることに気が付いたマヤとトレーナーちゃんは、慌てて行動を開始したからだ。
トレーナーちゃんは、たづなさんに泣きついて何とか有給休暇をもぎ取った後に、交通機関の確保やチケットの温泉の手配なんかの準備を。
マヤはその間に、ここ数日に友達としていた約束とかをなんとか断って、自分では動けないトレーナーちゃんの分も含めて、旅行用品の買い物みたいな諸々の旅の準備を。
そうやって、二人で全力で走り回った結果、何とか予約できた飛行機に飛び乗って、ここ四国にまで来たんだけど…
「ご、ごめんねトレーナーちゃん…マヤが有効期限のこと、もっと気にしてれば…」
ご覧の通り死屍累々。
一応変装してるからか、マヤ達のことに気付いている人達は周りにはいないらしく、空港のロビーには特になんの騒ぎもなく、多くの人々が出入りしている。
だけど、テンションの高い、いかにもな不審者と、ぐったりしたウマ娘の二人組という、怪しすぎる組み合わせが人目を引いたのか、別の意味で周囲の人達がざわついている。
ただ、それが分かっていても正直マヤ達に対応する気力はない。
正直マヤはもうくたくただし、トレーナーちゃんにしても、一見元気そうに見えても完全な空元気なのは、プルプル震えている足元を見れば流石にわかる。
なにせ、本当に急ぎだったから。
マヤもトレーナーちゃんもかなり無茶な強行軍ですっかり疲れきっていたのだ。
でも…
「いや、別にマヤが謝る必要はないぞ。
そもそも俺だって忘れてたんだ。
これに関しちゃ別に誰も悪くない。
それにな…」
そう言って笑うトレーナーちゃんの横顔が…
「せっかくの旅行なんだ。
だったら思いっきり楽しもうぜ?」
何故か、直視できなくて…
「…っ!!」
「?どうしたんだ?」
慌てて目を背けるマヤを、
不思議そうな目で見てくるトレーナーちゃんに反応できない。
だって…
(…あれ?あれ?なんで?)
何だか最近マヤはおかしい。
トレーナーちゃんがいつも通り笑ってる、ただそれだけなのに、それだけのはずなのに…
(…一体どうして…)
…マヤはトレーナーちゃんの顔がまともに見れないんだろう?
…どうして、マヤの胸はドキドキしてるんだろう?
訳のわからない衝動に、
それでも顔が赤くなっていくのだけは自分でもはっきりと分かるから…
「…あっ!それよりトレーナーちゃん!ほらあそこ!!」
「うん?一体どうした…ってあれは伝説のオレンジジュースが出る水道!?」
…と言うわけで、手っ取り早く誤魔化すことにした。
周囲をキョロキョロしてたら、丁度良さそうなものがあったからトレーナーちゃんに振ってみたんだけど、思った通り効果抜群!
トレーナーちゃんはさっきまでの会話なんて完全に忘れて、例の水道に向かって全力ダッシュだ。
「こ、これがあの…」
そして、そんな風に目をキラキラさせている(サングラスで見えないから想像だけど)トレーナーちゃんが妙に微笑ましかったから…
「…ふふっ♪」
見ているマヤも何だか楽しくなってくる。
そう、なんと言ってもまだ旅行は始まったばかりなんだ。
それなら、トレーナーちゃんの言った通り、せっかくなら楽しむべきだろう。
だから…
「お~い、マヤ!来てみろよ!!
本当にオレンジジュースが出てるぞ!!しかもうまい!!」
そう言ってこっちに手を振るトレーナーちゃんに応え、
「あ~!トレーナーちゃんだけずるーい!!
マヤも飲む~!!」
そう言ってマヤもトレーナーちゃんの元へ駆け出す。
…だから、このよく分からない感情も、きっと今だけは考えなくても良いんだよね?
そんな風に、理解不能な自分の感情に蓋をして、マヤは空港の警備の人に、事情聴取されかかっているトレーナーちゃんの元へと向かう。
「そこの君、ちょっと良いかな?」
「え?な、なんだあんた達は?俺は全然怪しいやつじゃないぞ?
…なに?ウマ娘の誘拐疑惑?
ハハッまさか、俺トレーナーですよ?
そんなことしなくても、俺にはマヤという立派な愛バが…」
「はいはい、話は後で聞くから。
取り敢えずこっちね」
「...っておい!聞けよ!!
いや待ってなんで俺の両脇を掴むのどこかに連れていこうとするの待ってだから俺怪しいやつじゃないって言ってるでしょ誰かHelp me~!!」
「あっ、まって!トレーナーちゃーん!!」
そうしてマヤはトレーナーちゃんを連れていこうとしていた警備員さん達に慌てて事情を説明する。
…こうして、マヤとトレーナーちゃんの温泉旅行は始まったんだけど…
.......................
.................
.........
カコーン…
(…なんでかな?)
マヤは温泉の中で考える。
たまたま今日はマヤ達以外誰もお客さんがいなかった為に、女湯は貸切状態だ。
そんな贅沢な状況で、温泉の中からマヤは空を見上げる。そこにはぽっかりと一人寂しく満月が浮かんでいたから…
(…今まで、トレーナーちゃんと一緒にいても、何も思わなかったのに…)
そう思いながら、マヤはそれをなんとなくじっと見上げる。
でも、それが何か喋るわけもなく、だからこそマヤの視線を受けても、月は変わらずそこにある。周囲はただただ静かだ。
カコーン…
鹿威しの音が遠くから響いてくる。それを聞きながら、マヤはぼーっと月を見つめ続ける。
そう、マヤのトレーナーちゃんは正直かなりアレな人だ。
いっつもバカなことばっかりやって、詰めが甘くて失敗ばっかりで、おまけにカッコつけなくせに絶妙に格好が付いてない、そんな人。
…それでも、ホントは誰よりもウマ娘の幸せを考えている優しい人で、だからこそ担当のマヤのことも誰よりも真剣に考えてくれているすっごく良い人。それを知っているからこそ、マヤも普段はあんなのでも、ホントは心からあの人のことを信じている。
この人と一緒ならマヤも頑張れる、自分の夢を叶えられる、そう確信したからこそ、マヤはあの時あの人の手を取って、そして今まで頑張ってきた。
そこに後悔はないし、そうやって頑張って来たからこそ、マヤは最初の3年間を最高の結果で走りきることが出来た。それに感謝こそすれ、他の悪感情を抱くことなんてあり得ない。
間違いなく、マヤにとってトレーナーちゃんは恩人であり、相棒。
だからこそ、胸を張って周りの人達にも、あの人のことをマヤの大切な人だと公言できるはずなんだけど…
(…今日は)
そう思いながらマヤは少しだけ深く温泉に体を沈める。
そうして肩までお湯に浸かると、温泉の暖かさが全身に染み渡る。
だからこそ、脳裏を過るのは幸せな時間の記憶で…
(…一緒に名物のお菓子を食べた時も、蜜柑ジュースの飲み比べをした時も…)
それは、楽しかった今日の記憶。
トレーナーちゃんと歩いた旅の記憶。
(…有名なタオル屋さんで、お土産も兼ねてたくさんタオルを買ったときも、一緒に足湯巡りをした時も…)
忙しくて今までなかった、ゆっくりとした、それでいて穏やかな二人だけの時間。
この3年間で培った、トレーナーちゃんとの確かな絆、そんな掛け替えのないものを、改めて実感できた時間
(…マヤは)
だからこそ、そんな楽しかった記憶の中でも特に色鮮やかだったものが…
(…トレーナーちゃんのことばっかり見てた…)
美味しいお菓子でもなく、お洒落な街の風景でもなく、なぜかあの人の笑顔だったのが、不思議で不思議で仕方がなかったから…
チャポン…
マヤは温泉の中から右腕をあげる。
そして、その手を空の月に向かって伸ばす。
だけど、その手は届かない。
遥か彼方、遠い遠い場所に浮かぶ月には、その手は届かなかったから…
(マヤは…)
…いったい、どうしちゃったんだろう?
月に伸ばした自分の手を見つめながら、そう自らに問いかける。
だけど、答えは見つからない。
トレーナーちゃんのことを考える、ただそれだけで胸の内から溢れてくる、この暖かい気持ちに、マヤは名前をつけることができない。
だからこそ…
「トレーナーちゃん…」
そう、思わず呟いてしまった時だった。
「………マヤ?」
そう、唐突に呼んだ相手の声が聞こえたからこそ
「………え?」
思わず振り向いてしまったマヤの目に写ったのが
「…え?…え?…な、なんで?」
流石に浴場だからかサングラスも帽子も外し、久しぶりに見る素の顔を晒すトレーナーちゃんで
「…い、いや、待て。そんなことよりもだ…」
あっけに取られてたその顔が、だんだん青くなっていくトレーナーちゃんの姿は
「…いいか、マヤ。
落ち着け、取り敢えず落ち着いてくれ。
俺だってわざとこんなことしてるわけじゃないんだ。だから…」
腰に巻いたタオル以外は、一糸まとわぬ姿だったから――
「………!?」
それを認識した瞬間に、マヤの頭は真っ白になる。許容量を越える衝撃に、完全に脳がこの光景を認めることを拒否。すべての認識がシャットアウトされる。
そして、そんな頭とは逆に、マヤの手は光の速さで近くにあった風呂桶を掴むと――…
カコーン…
荒涼とした夜空に、鹿威しの音が響き渡るのだった…
.........................
.................
.........
オレンジジュースの出る水道…
ロマンですよね…