…実はこれ、作者が本来公開する予定がなかった裏設定の一つなんですよね…
なのに、気が付いたらマヤちゃんがそれを吐き出さざるを得ない状況を勝手に作っていて…
う~ん、これは変幻自在(泣)
ピロリン♪
テイオーちゃんとLIN○のやり取りをしていると、別のLIN○の通知の音がする。
確かめると、相手はネイチャちゃんで、文面はこう。
『神様仏様マヤノ様!
ありがたや~ありがたや~
(;∀; )』
…どうもさっき何枚か送った、温泉街で出会った猫の写真がお気に召したらしい。
だから、追加で何枚か、もっとあざとい猫の写真を送ると
『ぴゃああああぁぁぁぁっっ!?』
という奇声の後
『しゅき…』
という言葉を残し、ネイチャちゃんからのLIN○は途切れる。
(…ネイチャちゃん)
それを見て流石にマヤも苦笑する。
基本的にネイチャちゃんは、いつもは冷静で落ち着いた子なんだけど、猫の話題になると途端に壊れる。
具体的に言うと、あまりにも猫が好きすぎて、そのかわいさの前にデレデレになる。
それでもそんな時のネイチャちゃんはいつも幸せそうだから、せっかく旅先で出会ったんだし、と思って撮っておいた猫の写真を送ってみたんだけど...
「...ん?マベちん?」
そんなことを考えていると、マベちんからもLIN○が来たので開いてみると、
『マヤノ!ネイチャに劇物を送りつけないで!
ネイチャが昇天しちゃうから!!』
…話を聞くと、隣のベッドでネイチャちゃんがスマホを見ながら何かニヤニヤしてるから、猫画像でも見てるんだろうって思ってたら、いきなり倒れたらしい。
それで慌てて様子を確認すると、ネイチャちゃんはものすごく良い笑顔で気を失っていたから、悪いとは思ったんだけど、直前までネイチャちゃんが見ていたスマホを確認して、マヤの送った写真を見つけたらしい。
そんな諸々の事情を聞いて、やりすぎたことを悟ったマヤは、慌ててマベちんに謝ったのだが…
(………ネイチャちゃん)
と流石に歎息しつつ、スマホの電源を落とす。
(…いくら猫好きだからって…)
そう思いながら、天井を見上げる。
とは言え特にそこに面白いものがあるわけでもなく…
…一体どれだけ猫好きなんだろう…
いやそれより、写真だけで気絶って、本物に会わせたらホントに死んじゃうんじゃ…
虚空を見つめながら、そんな風に友人の将来が心配になってきた時だった。
「お~い、マヤ。待たせて悪かったな」
トレーナーちゃんの声が聞こえたから、そっちの方を向くと、テーブルで何かの資料を読んでいたトレーナーちゃんが、それをしまっている。
見ると、その姿はいつもとはかなり違う。
普段は全身真っ黒なトレーナーちゃんだけど、流石に今は部屋に置いてあった浴衣に着替えている。
サングラスも帽子も外したその格好は、
思ったよりもそれなりに整っているから…
(いつもそんな風に、普通の格好してれば良いのに…)
と少し思いながら、座っていた窓際の椅子から立ち上がる。
そう、ここはマヤ達が今夜宿泊する部屋だ。ペアチケットで予約出来た部屋は意外と豪華な部屋で、畳の匂いがする落ち着いた和室だ。
そして、しばらくの間マヤ達が特に喋らなかったってのもあるけど、夜になり、都会と違って周囲の雑音がほとんどないからか、気が付けば部屋はびっくりするほどに静まり返っていた。
それに、部屋の片隅の時計を見ると、それなりに良い時間だったから…
「...ふわっ」
今更のようにあくびが出て、
我慢していた眠気もまた襲ってくる。
でも、だからこそ
「ううん…マヤのためにトレーナーちゃん頑張ってくれたんだもん。
それなのに、マヤだけ先に一人で寝てられないよ…」
そう眠気に抗って目を擦りながらも、マヤは微笑む。
…そう、あの後お風呂からあがって少しのんびりした後、マヤは一旦寝ようとしたんだけど
「先に寝てて良いぞ、マヤ。
俺はもう少しだけ起きてるから」
そう言って鞄から仕事の書類を取り出したトレーナーちゃんを見たマヤは、トレーナーちゃんの仕事が終わるのを待っていたのだ。
理由は簡単。
トレーナーちゃんが頑張ってるのに、その横で一人で寝てなんていられないから。
今回の旅行にあたって、トレーナーちゃんにはかなり頑張ってもらっちゃったし、少しとは言え仕事の一部を持ち込まざるを得なかったところを見ても、マヤのためにどれだけ無理させたかが良くわかる。
だからこそ、
そのお手伝いが出来なくても、
せめてトレーナーちゃんが起きてる間は一緒に起きてようと思ってたんだけど…
「…わふっ」
またあくびが出る。
トレーナーちゃんの仕事が終わったと聞いて、力が抜けたんだろう。
普段はとっくに寝てるような時間だからか、もう眠くて眠くて仕方がない。
そのまま足からも力が抜けて、マヤの体はそのまま畳に…
「おっと」
…叩きつけられることなく、
トレーナーちゃんに抱き止められる。
でもその時マヤは眠くて眠くて仕方がなかったから…
「…まったく、本当に寝坊助だな。マヤは」
「…ん~…」
そう言って苦笑するトレーナーちゃんにも、完全に生返事だ。
だから
「やれやれ、仕方ないな。
…よっと」
なんて言ってトレーナーちゃんがマヤの体を抱き上げ、布団まで運んで寝かせてくれた時も、頭がぼーっとしてたから特に何も思わなかったし
「…お休み、マヤ」
そう、苦笑しながら布団をかけてくれたトレーナーちゃんにも、なんて言って答えたのか、正直覚えてない。
…でも
トレーナーちゃんが電気を消すと、たちまちあたりには闇の帳が落ちる。
そして、マヤの隣の布団に入ったトレーナーちゃんは、そのままマヤに背中を向けて寝息をたてはじめる
(…)
そして、そんなトレーナーちゃんの背中を、なんとなく、そうなんとなくマヤは見続ける。
あたりはもう真っ暗で何も見えないし、流石は観光地といったところか、余計な雑音も一切しない。
お陰で布団の中に入ったマヤの眠気は加速度的に増していく。
布団も柔らかくてフワフワだし、
多分このまま眠ったらすっごく良い夢が見れると思う。
だけどそれでも、普段ならそのまま
寝てしまうのに、どうしても、なぜかこちらに向けるトレーナーちゃんの背中から目が離せなかったから…
(…トレーナーちゃん)
思い出すのは、先の温泉での一幕。
今まで知らなかったトレーナーちゃんの過去で…
.........................
.................
.........
…口に出した瞬間にわかった。
いや、わかった。
その話題がトレーナーちゃんにとってはあまり人に話したくないことだったこと、苦い記憶を思い出すものだったこと、そして…
「…ははっ」
瞬間的に凍りついた空気の中で漏れたトレーナーちゃんの苦笑は、しかし
「…俺がトレーナーになった理由、か…」
どんなに失敗しても、常に顔を上げて前を向いていたトレーナーちゃんにしては珍しく
「………あまり聞いていて、楽しいものじゃないぞ?」
どこか寂しそうな、そして悲しそうなものだったから…
「ご、ごめん!トレーナーちゃん!!」
マヤは慌てて謝る。
それに対してトレーナーちゃんは、気にするな、と言ってくれるけど、それでも後の言葉が続かない。
カコーン…
一体さっきまでの盛り上がりはなんだったのか、と思うくらいにあたりはまた静まり返る。音らしい音は、それこそ遠くから響いてくる鹿威しの音くらいだ。
だからこそ、マヤは自分の迂闊な発言を悔やむ。知らなかったとは言え、トレーナーちゃんをここまで消沈させてしまったことを、心から反省する。
…ホントに、ホントに何気ない、些細な疑問だったのだ。
これまで一緒に歩いてきて、そう言えばこの人が、一体どこでどう育ったのか、何を考えて今まで生きてきたのか、そういうことを聞いたことがなかったな、って。
それだけ。ホントにそれだけ。
トレーナーちゃんを傷つけるつもりなんて全然なくて、むしろ、いつもの感じで楽しそうに語ってくれると思っていたから…
カコーン…
体を満たす温泉の暖かさとは裏腹に、マヤ達の間の空気は絶望的なほどに冷えきっていて、さっきとは別の意味で、マヤはどうすれば良いのか分からなくなる。
…そう、だからまさかこんなことになるなんて思わなかった。
そして、だからこそどう反応して良いのか分からない。
故にマヤは動けない。
だけど
「…だが、そうだな」
そんなあまりにも重い空気の中でぽつりと口を開いたトレーナーちゃんは、
「…確かにお前には知る権利があるよな」
それでも、その重い口をマヤのために開いてくれようとしたから
「…そ、そろそろ出ない?トレーナーちゃん!」
その先を続けさせたくなくて、
マヤは先手をうつ。
温泉から出ないかとトレーナーちゃんを誘う。
実際そろそろ体も十分に暖まったから、温泉から出ても良い頃合いだとは思っていたところだったというのはある。それに…
(…直接顔は見てないけど)
…それでも、トレーナーちゃんが辛そうな顔をしているのが分かったから…きっとこの話は、トレーナーちゃんにとって、できるなら思い出したくないことまで思い出してしまうような話だから…
(…トレーナーちゃんに)
これ以上トレーナーちゃんに悲しい顔をさせたくない。
そんなトレーナーちゃんを見たくない。
そんな思いでトレーナーちゃんに切り出したマヤの提案は、しかし
「…ありがとな、マヤ」
そのトレーナーちゃんの言葉であっさりと瓦解する。
なぜなら
「…でも別に良いんだ。
結局あれは過去の話で、今となってはもうどうにもならない話だ。だからこそ、今からどうこう言っても仕方がない。
それに…」
そうやって紡がれるトレーナーちゃんの言葉には
「…旅の恥はかき捨てだ!
まぁ確かに、愛バに散々色々語らせておいて、自分は何も言わないなんて不公平だしな!
二束三文の価値もないだろうけど、せっかくだから、この俺の門外不出、興業収入一億円突破の、全米が泣いた笑いあり涙ありの驚天動地の知られざる過去の旅路を公開するってのも、悪くはないしな!!」
軽い言葉使いとは裏腹に
「…だからさ、マヤ」
聞く価値もない、そんな言葉とは裏腹に
「………もし、良かったら聞いてくれないか?」
聞いてほしい。
そんな微かな本音が、本人すら気付いているのか分からないけど、確かにその言葉の奥にはあったから…
カコーン…
温泉はまた静まり返る。
でも、今度の静寂は単なる気まずさ故のものじゃなかったから
「…」
トレーナーちゃんのその言葉に、マヤは…
「………わかっ、た」
渋々、そう言わざるを得ない
だって…
「…ありがとな」
そうやって恐らく笑っているトレーナーちゃんが、普段は滅茶苦茶してるくせに、それでも絶対にマヤを困らせるようなことだけはしない、そんなトレーナーちゃんが
「…」
本当に、本当に珍しく、我が儘を言ってるから…
「………トレーナーちゃんの、バカ…」
そんな悪態をつくことしか、
もうマヤには出来なかったから…
カコーン…
荒涼とした寒ざむしい夜空の真ん中に、真ん丸な月が一人ぽつりと浮かんでいる
どんなに辛い今日でも、明日は必ず来るし、太陽も必ず昇るとはよく言うけれど、逆にその文脈で月もまた必ず昇るという言い方をされていることを、マヤは聞いたことがない。
本質的に同じことのはずなのに、なぜか月がそういった希望の象徴として扱われないのは、希望の象徴と言うには、月の光があまりにも朧気で頼りなく、また儚いからなのかもしれない。
そんな青白い、どこか寒々しい光に照らされたトレーナーちゃんが語ったのは
「…そうだな、それならまず何から話そうか…」
今まで聞いたことのなかったトレーナーちゃんの過去
本来マヤですら知ることのなかったはずの、トレーナーちゃんの秘められた生い立ち
「…取り敢えず、さしあたってまず…」
そして…
「…昔々、あるところに一人のガキがおりました、とでも言っておくのがお約束ってやつかな?」
…マヤと共に走る、そう決めたトレーナーちゃん自身の、走る理由だった
ちなみに翌日の朝、昨日のこと(お姫様抱っこでトレーナーちゃんに布団へ移送されたことと、その間の自分の対応)を思い出したマヤちゃんは、しばらく布団の中で悶えます。
「...ぴゃあああああああああぁぁぁぁぁぁ///////」
「!?なんだ!どうしたマ...ーー」
「...ト、トレーナーちゃんはあっち行ってて!!」ブンッ!!
「ぐへっ!!」(枕を投げられた)