注意
この話でトレーナーちゃんの過去が少し語られますが、なかなかにハードです。
正直作者でも、ここまで過酷な生い立ちにする必要って…
と少し思うくらいなので、ご注意ください
ロープウェイを降りて、いくつかの石造りの門を超えて少し歩くと、開けた場所にたどり着く。
そこから見えたのは教科書や本の中でしか見たことのない、本物の天守閣だったから
「わぁっ!」
思わず声が出てしまう。
別にそこまで歴史が好きな訳じゃないけど、それでも本物の天守閣なんて見るのは初めてだったから、感動もひとしおだ。
そして、そんなマヤの後ろから付いてきたトレーナーちゃんも、それは同じようで
「へぇ!大したもんだな!!」
そう楽しそうに微笑むと
「よしっ!じゃあ早速てっぺんまで登ってみようぜ!!
ユー・コピー?」
なんてうずうずしながら聞いてくるものだから
「アイ・コピー!
行こっ!トレーナーちゃん!!」
マヤもそう元気よく答えて、二人で天守閣へと向かって走り出す。
温泉旅行二日目。
一日目が、普段の疲れを取るためののんびりしたものだったのに対して、今日は折角観光名所にいるのだから、と言うことでちょっとした観光ツアーの日だ。
だからこそ、今マヤ達はとある古いお城にいる。
そこは、昔のある大名が建てたお城で、江戸時代以前に建造された天守閣が現存する貴重なお城。
日本の数あるお城の中でも、間違いなく名城と言われる、由緒正しいお城だからこそ
「おおっ!!」
剃刀も入らないほどにきっちりと積まれた石造りの壁に感心し、天守閣の中に飾られた展示品を繁々と眺め、そして何故か開催していた甲冑装着体験で、戦国武将の格好をしてカッコつけてたトレーナーちゃんは、天守閣の頂上から見える絶景に、感嘆の声をあげる。
…まぁ、こういうのトレーナーちゃん好きそうだとは思ってたし、実際すっごく楽しそうだったから、それは予想通りだったんだけど…
「すっごーい…」
眼下に広がる景色に、マヤもまた感心する。
この辺で一番高い山のてっぺんにあるお城の天守閣からは、眼下の町が一望できる。さっきまで歩いてた道のりや、側を通った建物が、まるでミニチュアのようなスケール感で眼前に広がっている。いや、それだけじゃない。マヤ達が通らなかった道、行かなかった場所も含めて、一個の町そのものが、地平線の彼方まで広がっていたから…
「…すごいよな、本当」
そう隣でしみじみと呟くトレーナーちゃんの言葉に、流石に賛同せざるを得ない。
お城、それも童話のお姫様が暮らすような、幻想的なイメージのある外国のお城ではなく、戦国時代なんかに戦いの為に作られた、機能性一点特化で武骨なイメージのある日本のお城なんて初めて来たけど、確かにこの光景、眼下に広がる町を、一番高いところから見下ろすなんて独特の俯瞰は圧巻の一言に尽きる。
マヤにはあまり興味のない歴史的価値みたいなものなんかを含めなくても、この景色だけで観光名所としては十分に一級品だ。
だからこそ
「見て見て!さっき通った道があんなに小さく見えるよ!!」
思わずはしゃいでしまうマヤの様子を見るトレーナーちゃんは、とっても優しい顔をしていて
「来て良かっただろ?」
そう聞いてきたから
「うん!!」
マヤも素直にそれに頷く。
そして、それが嬉しかったのか、トレーナーちゃんはマヤにお城の由来について話してくれる。
「このお城はな、有名な関ヶ原の戦いの後に、とある大名が建てた城で、その大名がこの地に城を建てたからこそ、今この辺は松山って言われてるらしいぜ」
「へぇ~!凄い人が建てたんだね!!」
そんなマヤの相槌に合わせて、トレーナーはさらに続ける
「あぁ、そうなんだ!その大名がまた凄いのなんの!!
豊臣秀吉に見いだされたその大名は、戦場で武功をあげまくって出世して、後に徳川家康に仕えることになった後も抜群の働きをしてこの地に城を構えることになったらしいんだが、それだけでもまだ飽きたらず、晩年には会津に拠点を移し、さらに出世したっていうんだから堪らないよなぁ」
そう続けながら、トレーナーちゃんは天守閣の柵を掴む。
「最初知ったときは驚いたよ。
素人意見だが、戦国大名っていうのはなんとなく、その人生のどこかで悲劇的な目に会うものだって思いこんでたからな。
織田信長とか斎藤道三とかあたり見てたら分かるだろ?
出る杭は打たれるなんて諺があるが、それに輪をかけて下剋上万歳の時代だったからな。
だから、マイナーな武将ならともかく、後世に名を残すような高名な武将の多くは、どこかしらで落ちぶれたり、悲劇的な目にあっているものだって、勝手にそう思いこんでた」
そして、トレーナーちゃんは眼下に広がる景色を見つめる。
天気は晴天。雲一つない空の下に広がる町並みはどこまでも、それこそ地平線の彼方まで続いている。
それはまるで世界そのものがこのお城の支配下にあるような、そんな錯覚を覚えるような壮大な景色で、そんな圧巻の光景が目の前には広がっている。
でも、そんな景色を見つめるトレーナーちゃんの姿は…
「だけど、この城を建てた奴は違う。さっきも言った通り、結局死ぬまで出世し続けた上に、軽く調べてみただけでも、何かの戦いに負けたとかみたいな苦いエピソードがほとんどない。
それどころか、こいつを褒め称えるエピソードばかり出てくる」
相変わらずの気楽な口調とは裏腹に…
「…凄いよな。
まさに日本男児ならかくあるべし。その大名は、死ぬまで周囲の期待に応え続け、成果を出し続けたんだ」
何故か、少しだけ寂しそうに見えたから…
「トレーナーちゃん…」
その姿を見て、マヤは苦しくなる。
…なんでだろう?そんな寂しそうな顔をしないでほしい、そういつもよりも更に強く思う。
そして、そんな脳裏を過ったのは、昨日の夜の温泉でのトレーナーちゃんの話で…
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「…なぁ、マヤ
優生学って学問知ってるか?」
唐突に出てきた聞きなれないその言葉に、
意図が分からずマヤはトレーナーちゃんに聞き返す
「…ううん。どんな学問なの?」
「なに、色々あるが本質は簡単だ。それこそ俺達の周りでもその学問の考え方は普通に使われてる」
そう言ってトレーナーちゃんは続ける。
「...要は天才を作るための学問だな。
例えば生まれつきある病気に強い奴がいたとして、そいつの子供が同じようにその病気に強くなるだろうなんてことは、わざわざ遺伝子がどうとか言わなくても想像できるよな?そんな感じで理想の配合を繰り返し、良質な子孫と遺伝子を残していこうって学問のことだ。
…第二次世界大戦中は、それを曲解した奴らが、逆に劣等な遺伝子を根絶するための学問として研究していたが…まぁ、今はそれは良い。
大事なのは、藍田玉を生ず。
つまり、優秀な奴の子供は必ず優秀、血筋万歳、血統こそが全て。そういう学問だってことだな」
そうトレーナーちゃんは肩を竦める
「だからこそ、それを信奉していた俺の両親は、俺を生んだときに確信したんだそうだ。
俺こそが、この世における全ての人類の頂点に立つ人類だと、な」
そして、そんな大袈裟なことをトレーナーちゃんが言い出すものだから…
「そ、それはいくらなんでも…」
いくら自分達の子供だからって、あまりにもかける期待が大き過ぎはしないだろうか?
それにそもそも…
「それに…ねぇ、トレーナーちゃん。トレーナーちゃんの両親は、トレーナーちゃんのことをそこまで言えるほどに凄い人達だったの?」
マヤはそうトレーナーちゃんに問いかける。
…そう、それにそもそも先の文脈から言うならば、子供が優秀であるためには親が優秀でなければならない。
だからこそ、マヤはそう聞いたんだけど…
「…あぁ、困ったことにな」
そうトレーナーちゃんは、少し呆れたようにため息をつく
「なんせ親父もお袋も、稀代の天才だったからな。文武両道なんてレベルじゃない。流石に二人とも万能の天才とまではいかなかったが、それでも二人合わせれば人間に理論上可能なことは大体できる、そんな親だったんだ」
そう続けるトレーナーちゃんに流石にマヤも絶句する。
だからこそ
「…だからこそ、俺も当然天才であることを求められた。両親に恥じない、いや両親がそうだったからこそ、それを越える大天才であることを。だが…」
カコーン…
遠くから鹿威しの音が響いてくる。
「…残念ながら、俺は天才ではなかった」
そして、トレーナーちゃんが続けたのは…
「学問やスポーツは勿論のこと、絵や彫刻、陶芸や日本舞踊に、歌唱や楽器、それから料理に服飾に…あぁ、カメラや演劇なんかもあったかな?
両親からの期待を一心に背負い、それらに挑んだ俺はしかし、どの才能も持ち合わせていなかった…正確に言うと、二人の要求水準に俺の才能は届かなかった…」
そんなあまりにも残酷な話で…
「だからさ、昔は本当に辛かったんだぜ?
かけっこで1番になっても、テストで100点をとっても、「その程度のことで喜ぶな。お前よりできるやつなどいくらでもいる。そんな奴らに比べたらお前など屑だ」。
そう言われて、小学校で金賞を取った絵を目の前で破られ、練習のし過ぎで溺死しかけながら勝ち取った全国水泳大会のトロフィーをその日の内に粗大ごみに出され、あげく10徹でぶっ倒れながら取った全国模試一位の成績表を、「お前は1+1ができた程度で喜ぶのか?」とこれまた目の前で燃やされる。
そして親父とお袋は怒鳴るんだ。
「サボるな!もっと出来るだろ!!」、ってな
…多分地獄がこの世にあるとしたら、それはあの頃の我が家だったと思うぜ?」
そんなあまりにも惨すぎる過去で…
「…だけど、それでも、そんなのでも親だからな。
あの頃の俺は、それでも頑張った。あの人達に誉めてもらいたい、認めてもらいたい、その一心だけで。
…だからこそ」
その言葉に込められた重みは、マヤが想像していたものよりも、あまりにも、あまりにも重すぎたから…
「親父とお袋が期待する全てのものに打ち込み、そして文字通り血を吐くまで、限界まで頑張ったその果てに、自分ではあの人達の期待には応えられないと、そう悟った時は本当に、本当に辛くて、悲しくて...一体俺はどうして生きてるのか、それが本当に分からなくなったんだ。
…それまで、俺にとっては両親こそが全てだったからな」
「…」
「…だから、俺はその時一度だけ、本当に一度だけだが…」
「…」
「…俺、死のうとしたことがあるんだぜ?」
カコーン…
…何も言えない。トレーナーちゃんの過去の話を聞いたマヤは、そのあまりの壮絶さに黙り込んでしまう。
荒涼とした寒ざむしい月が、静寂に沈む温泉を、静かに照らしている。
…正直、マヤには何って言ったら良いのかわからない。
トレーナーちゃんの反応から、多分トレーナーちゃんの過去が普通の人よりもかなり過酷なものであることは想像していたけれど、実際に聞いてみるとそれすら生ぬるい。
なにせ…
(どれだけ頑張っても…)
周りが認めてくれない。
自分の苦悩を誰も理解してくれず、ただ一方的に自分の怠惰だと責められるだけ。
頑張ってるのに、変わりたいと思ってるのに、それでもそれが出来なくて…そして、そんな自分自身が一番許せなくて…
その状況は…
(「トレーニングがつまらない?それはあなたが怠惰なだけなんじゃないの?」)
(「なるほど、つまりやる気がない…と。
…それなら帰って良いよ。怠け者に用はない」)
(「皆やってるでしょ!つべこべ言わずにやりなさい!!」)
マヤ自身も、馴染みのあるものだったから…
だからこそ
「…トレーナーちゃんは」
そんな環境下で、
…ううん、マヤが経験したものよりも、遥かにヒドイ環境下で
「…どうして…」
それでもトレーナーちゃんが、もう一度立ち上がることができたのは、生きようと思ったのは…そして…
「………どうして、トレーナーになろうと思ったの?」
そんな疑問を、マヤはトレーナーちゃんに投げ掛ける。
二人きりの温泉は静かだ。
そこにはもうもうと沸き上がる湯気と、ぽっかりと天に空いた穴のように浮かぶ月しかない。
そして…
カコーン…
鹿威しの音が、遠くから響きわたる
温泉に降りた静寂の帳を破るべく、二人の間に降りた沈黙を破るべく
だからこそ…
「………それはな」
トレーナーちゃんもまた重い口を開く。自身がトレーナーを目指した理由、その心の最も奥にある理由、それを口に出そうとする。
だから、マヤも耳をすませる。
どんな些細な言葉でも、決して聞き逃さない、そんな覚悟を持って、トレーナーちゃんの言葉の続きを固唾を飲んで待つ。
そして…
「それは…」
トレーナーちゃんの口から語られたのは…
Q.とあるウマ娘は、自分の技が一子相伝のものだと言っていますが、初代があんな感じで本当に大丈夫?
A.あそこの一族の技の継承はこんな感じです。
初代:もしこんなことができたら、好きなだけ猫をモフれるのにな~、と自分のノートに妄想を書き記す(後の黒歴史ノートである)
2代目:たまたま箪笥の底にあった初代のノートを見つけ、そこに書いてあった技を現実的に使用するために研究を開始。研究の結果、後の3代目につながる技術体系のプロトタイプの構築に成功
3代目:2代目から受け継いだ技術をブラッシュアップし、流派として完成させる
ちなみにこれ、2代目と3代目がやってることを初代は知らないので、もし知ったら黒歴史がばれていたことと、それが現実に技術体系として受け継がれていることに対する羞恥で、成功1d/10失敗1d100のSANチェックです☆