「まさか不義理を働こうというわけではあるまいな?トレーナーの仕事として、ウマ娘の監督責任が貴様にあることくらい分かっているだろうが」
所変わってトレーナー室。トレーナーの義務だの契約違反だのをくどくどと説教されている。確かに俺が悪いところはあったかもしれんがそろそろ勘弁してくれません?年下の女子に正論で責められる様は客観的に見てもなかなか情けないんだが。
その旨を極力丸く伝えてみても、貴様の感情など知るかとにべもなくあしらわれた。悲しい
「周りからの評判など関係ない。貴様が指導しているのは私だ、くだらないことに目をとられるな」
いまさらそんなことを言わせるなとばかりに呆れた目線を向けてくる。
「とにかく、これからは毎日顔を出せ。こんな腑抜けた状態だと勝てるものも勝てん」
そう結論付けて話が終わったかと思うととっとと部屋から追い出された。そこ俺の仕事部屋でもあるのになぁ。
何はともあれ、予定していたメジロドーベルの付き添いにかなり遅れてしまっている。急いでグラウンドに向かわなければ。
トレーナー室を出て、廊下を小走りで向かう。ちなみに学園内は静かに走るがルールであるが、これはトレーナーにも適応されてるのかは未だによく分かっていない。
背中に汗をにじませながらようやくグラウンドにたどり着いた。目立つのが嫌いなメジロドーベルは恐らくサブグラウンドにいるはずだ。
練習場を突っ切ると、コースの端でチームスピカの面々がツイスターゲームをしている。代々スピカに伝わる練習法らしいが流石にうちにはな……などと考えていると
「おやおや、今話題の宰相さんじゃないの」
飴をくわえながら目の前の練習風景の元凶である沖野トレーナーがこちらに歩いてきた。
「こんにちは。最早あの光景名物になってますよね。最近よくやってません?」
「おう、今さりげなくゴルシに関節キメられてるあいつが明後日出走するんだよ」
あれ最終調整でやるメニューなのかよ。てか止めろよ。
「雑誌読んだよ。メジロドーベルも今宝塚に向けて鍛えてんだろ?」
「去年は悔しい結果になりましたからね。ドーベルも先輩の仇を取るって燃えてますよ。一時期はチーム解散の危機だったのに、今じゃ信じられないくらい盛り返しましたよね」
「はっはっは。まぁそれほどでも……あるな。しかしお前さんまた難しい奴を拾い上げたよな。意思がハッキリしてるやつがいいのか?」
曖昧に返事を返しつつ練習風景を見てる沖野トレーナーを見上げる。
エアグルーヴは去年の宝塚でこの男率いるサイレンススズカに負けてしまっているのだ。沖野トレーナーは直感的な資質というか見抜く力に優れており、個性の強いスピカのメンバーたちに振り回されているようで最終的にはまとめ上げている。そもそも中央トレーナーは総じて優秀なのだが、彼は違うベクトルで才覚を持っている食えない人物である。
「お前さんも指導しに来たのか?」
「ええ、予定より遅れてしまってるんですが、メジロドーベルの練習の様子を見に来ました」
「そうか……トレーナーとしては珍しいよな、練習につきっきりにならないってのも」
「勿論しっかり見れればそれが理想なんですが。ウマ娘回りの管理やサポートも含めると結構色んなところ出向かないといけなかったりするんですよね」
最も沖野トレーナーの様に更にウマ娘を増やしてチームを作ってしまえば話は変わる。
サブトレーナー・臨床工学技士・ウマ娘専門医・管理栄養士などとサポートチームを作るためトレーナーはトレーニング一本に集中できるのだが、俺みたいに少人数を担当している場合は個人で話を通すしかないため雑用に時間を取られてしまうのだ。
「にしてもお前は色々抱えちまってるよ。そんなんで担当ウマ娘をちゃんと見れているのか?一見大丈夫そうに見えるやつがとんでもない爆弾抱えてたりするんだぞ」
ううむ……言葉が重い。耳の痛い話だ。
「ええ、確かにすこし空回ってるのかもしれません。シーズンが一段落したら仕事配分も少し考えなおすことにします。ではここで失礼しますね」
「おう、じゃあな」
「……あいつ、一応思春期の娘相手にしてるの分かってんのか?俺の所のやつみたいにまっすぐな奴らとも限んねえんだぞ」
沖野トレーナーと挨拶をして別れ、1本走り終えて息を切らしているドーベルのところに駆け寄る。
「おう、お疲れ様。ペース配分は問題ないか?」
「おつかれ、トレーナー。言われた通りそこに記録してあるよ。ほんの少しだけど縮まってる。順調」
「そうかそうか。今の時期に追い込みすぎても良くない。あと3本やったら流して終わりにしよう」
うん、練習の調子は良さそうだな。あとはさっきまで居なかったことを謝らなければ。
「あと、今日顔出せなくて申し訳ない。ちょっと野暮用があってな…次は気を付けるよ」
「別に……あんたが居ても居なくてもやることは変わらないし。でもそうね、予定が急に変わるのは困るかな」
「うむ、時間を守らないのは信頼を失う。気を付けてはいるんだが俺もまだまだ甘いな」
「ふふ、そういう変に意識高いところ、あんたらしいとは思うけどね。まあ失敗は誰にでもあるよ」
メジロドーベルもエアグルーヴに負けず劣らずの尖り具合を見せたウマ娘だ。最もこちらは男性不信気味だったというのがでかいが。でも今では俺に対して比較的丸くなったというか、必要以上に歯向かったりぶつかってきたりすることが無くなってき
「でもさ」
「アタシ放っておいてグルーヴ先輩とお喋りしてるのはおかしいと思わない?」
おっと、特大のものがぶつかってきたな?
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